第38話 春香
俺たちの方に向かってきていた2人組は、やや離れた場所で立ち止まった。壮年の男性が前に出ると、声を上げた。
「我は青龍守たる東青家が家臣、山脇信春と申す。そちらは何者か、名を名乗られよ」
うわー、なんだか時代劇みたいだな、おい。しかし、これどう返すんだ。俺が考えていると、更に声が飛んできた。
「改めて申す、名を名乗られよ!」
ええっと、これは名前を言えば良いのだろうか。俺は一歩前に出ると、声を張り上げた。
「私はアロイス、えーっと、アロイス=ルーデルと申す者です」
名字なんて考えてなかったから、適当に言ってしまった。某金融民族が怖いので若干自重気味ではある。だがしかし、反省はしていない。
「アロイス?……南蛮の者がこの地に何用か」
南蛮!南蛮って、南蛮って、何やねん。
「あー、この地に伝わる伝承を訪ねて来たのです」
「伝承とは何ぞや!」
俺は困った。これ、正直に言ったら斬られるんじゃないのか。いきなりジモティを連れて行くとか、理解の範疇外になりそうな予感が。まあ、俺が聞いてもただの人さらいにしか聞こえないから通報しますたレベルだが。
どうしたものか、俺が逡巡していると、後ろに控えていた桜さんが俺の横に並んだ。
「お久しゅうございます、山脇様」
「む、お前は、見覚えのある顔だな。確か、うむむ」
山脇さんはうなりだした。名前が思い出せないのか、悩ましげな顔をしている。その時、凛とした鈴が鳴り響いた。
「ハル爺、桜ですよ」
「おお、そうでしたな、桜でしたな」
ハル爺って、なんか可愛いなオイ。ということで、山脇さん改め、ハル爺は一気に雰囲気を緩めた。
その女性は、佇まいといい、身のこなしといい、凛という言葉が本当に似合った。黒髪を後ろに垂らし、勝ち気そうな目は黒の瞳。服装は柔らかな藍色の着物に、はっとするような紅葉色の帯であった。桜さんとは趣は異なるが、確かに美しい女性であった。彼女は、桜さんに話しかけた。
「桜、久方ぶりですね」
「はい、お久しぶりでございます」
女性は、ちらりとこちらを見た。俺は、頭を下げた。
「初めまして。アロイス=ルーデルと申します」
「ご丁寧に。私は東青家当主信昭の娘、春香と申します」
簡単な自己紹介の後、東青さん、と言うと当主と区別が付かなくてややこしいな、春香さんは俺の方を見て笑顔を浮かべた。
「アロイス様、でよろしいかしら。どちらからいらしたのですか?日出の言葉を流暢に話されるのですね、どこで学ばれたのですか?桜とはどういうご縁で一緒におられるのかしら?」
何か興味津々で質問されてるな。これにはどう答えたものか、と考えていると、ハル爺が割って入った。
「いけません春香様。初対面の御仁をいきなり質問攻めにするおつもりか?」
「瞳の色も同じですし、本当に南蛮の方なのかしら?ああ、ごめんなさい、つい聞きたくなってしまいまして、初対面で不躾ですわね」
「いえいえ、お気になさらず」
若干困惑気味の俺を、桜さんが見ていた。救いを求めて俺が桜さんの方を見ると、何やら暗い笑顔を浮かべ、そして、言った。
「こちらのアロイス様は、私のご主人様なのです」
それを聞いた春香さんとハル爺の顔色が困惑に変わった。先にハル爺が口を開いた。
「何を言っている桜。お前は春香様の付き人ではないか。ああ、この御仁と夫婦の契りでも交わしたのか?」
「まあ、それでしたらお祝いをせねば」
ふたりがその方向で盛り上がろうとした矢先に、桜さんが爆弾を投下した。
「いえ、私は奴隷としてアロイス様に買われたのです。そして、アロイス様は、あなた様の約束の方でもありますよ、春香様」
それを聞いて、ハル爺は固まった。春香さんは、展開に付いていけないのか、きょとんとしていた。
◇◇◇
「それで、わざわざ異国からやってきたそちの望みは一体何か。まさか身請けした桜を届けに来たわけでもあるまいて」
俺は、春香さんの父親である、この地の領主?豪族?たる東青家当主、信昭公に面会していた。さっきから変な汗をかき続けているのだが、何故だろうか。
「聞けば、我が愛娘春香の『約束の方』というではないか。ん?桜よ」
俺の後ろに控えている桜さんが、自信たっぷりとばかりに答えた。
「そうです信昭様、そこにおわしますアロイス様こそ、春香様の約束の方かと」
「ふーむ、この不具の異人がのぅ」
信昭公は、俺を値踏みするように眺めた。今にも斬られそうな気迫を感じながらも、俺は考えていた。桜さんは、恐らく敢えて煽っている。後ろからも殺気に近いような視線を感じるのだ。これは所謂四面楚歌、孤立無援状態ではないだろうか。しかし、ここまで来てしまったら、開き直らないと仕方ない気がする。どうせ嫌な奴になるのなら、思い切れと、そういうことなのか、桜さんや。しかし、この場で彼女に真意を問うことは出来ないし、問うたところで真意を言うとも限らない。結局その流れに乗るしかないのか。
「そうです青龍守信昭殿。私は、あなたの娘を巫女として身請けするために参ったのです」
「なっ!」
俺が言葉を発した瞬間、俺の後ろで叫びにも似た声と共に、剣気と殺気が一気に膨れあがり、何故か一瞬でかき消えた。後ろが気になるが、俺は、後ろを向くわけにはいかなかった。当然、目の前にいる男の出方を窺うためである。というか、正直なところは、目を離したら斬られるんじゃないかと、びくびくしていたのだが。
信昭公は、目を見開いて俺を見詰めていた。まさしくアレだ、不良とかマルヤな人がメンチを切る、あんな状態である。目だけで射殺されそうな、そんな強烈な視線のプレッシャーに、俺は逃げ出したくなるのを必死で抑えていた。もし、偉い人との面会だからと桜さんに預けた天断さんが手元にあったら、多分握り締めていただろう。
「……はっはっは、そうかそうか」
暫くの後、信昭公はいきなり笑い出した。俺の体が、ビクンと跳ねた。
「はっはっは、心配せずとも良いアロイスとやら。そんな戯れ言でどうにかするほど、儂は狭量ではない」
「恐れながら戯れ言ではありませんわ、信昭様」
若干雰囲気が和みかけた瞬間、桜さんが間髪入れずに追撃を入れた。また緊迫度合いが一気に上がった。
「ほう、ではそちは本気でこの不具者が春香の約束の者だと、そう申すのだな」
「そう申し上げております」
信昭公は、顎をなでながら、俺を改めて見据えた。俺は、彼から目を逸らさないので精一杯だった。
「……ほう、逸らさぬか。まあ良い、春香よ」
信昭公は、少し離れて隣に座っている春香さんに話しかけた。ちなみに彼女は、応接用なのか着物が替わっていた。さっきまで着てたのが作業用だったのかな。話が始まる前には彼女を見る余裕も何とかあったのだが、今はあんまり余裕は無い。
「はい」
「お前が決めよ」
春香さんが、目を見開き、信昭公を見詰めた。どうやら驚いているようだ。
「どうした、お前のことだ、お前が自ら決めるが良い」
信昭公は、事も無げにそう言った。春香さんは、信昭公から目を逸らし、少し考えた後、俺の方を向いた。その目は、父親に負けず劣らず鋭いものだった。
お待たせしました、やっと新ヒロイン登場です。
※一番待っていたのは作者だったりするのかも(笑)




