第36話 天断さんと共に
翌日、なのかどうかも良く分からないが、桜さんを抱いたまま一眠りした後、俺たちは佐久夜さんの元を発つことにした。ちなみに朝飯もまさしく旅館のそれで、ここは日本じゃないなら一体どこなのよ、と俺は言いたいのであった。
「まだゆっくりして行かれれば良いのですよ?」
「いや、あまりご厚意に甘えるのもどうかと思いまして」
「何をおっしゃいますやら、私とアロイス様の仲ではありませんか」
そう言うと、佐久夜さんは両手を自分の頬に当てた。いや、仲って言われても、昨日知り合ったばかりだし、まともに面識もない初対面の女性に襲いかかったりとか、そんな鬼畜なことは、……ごめんなさい、前科ありました。でも、今回は違うからね。
「あ、アロイス様、まさか、佐久夜様と」
桜さんが衝撃を受けたようにこちらを見てきた。いや、違うから。だから話がややこしくなるから止めて、お願いだから。
さて、出発しようと考えたのは良いものの、一体どこに向かえば良いのだろうか。桜さんが言っていた、伝承に詳しい人物というのは、恐らく佐久夜さんのことなのだろうし、巫女だか何だかの居場所も分かっているということだったから、取り敢えずは聞いてみようと思い、俺は仕切り直して佐久夜さんに話しかけた。
「えーっと、佐久夜さん。その、昨夜の話で言われていた巫女さんはどこにいるのでしょうか。取り敢えずはその巫女さんに会いに行こうかと思いまして」
「ええ、そうですね、まずはそうされるのが良いでしょう。一人目については桜に伝えていますから、その方の元に向かわれてはいかがですか」
「一人目、ですか。二人目以降はどうすれば」
「あら、もう戻っては来られないおつもりですか?寂しいですわね」
俺の問いに、佐久夜さんは茶目っ気たっぷりにそう答えた。この人がそれやると、心臓を鷲づかみにされる感覚に襲われるんですが。思わず硬直して崩れそうになった俺を見て、佐久夜さんはころころと笑いながら続けた。
「戯れ言ですよ、アロイス様。そう真に受けずとも」
いや、真に受けたわけではないんですけど。でも分かって言ってるな、この人。
「二人目以降は、導きがあるでしょう。流れには逆らわないことです」
佐久夜さんは、微笑んだ。
◇◇◇
俺は、佐久夜さんにお茶をいただきながら、出発の準備をする桜さんとサマンサさんを眺めていた。病み上がり?だから何もしなくて良いと桜さんに言われた俺は、素直に何もせずに待っていた。決して面倒だったから、というわけではない。というか、王都を出発するときも自分では大して準備しなかったので、何をどうすれば良いのか、単純に分からないということもある。流石にスーツケースにパスポート、トラベラーズチェックとかいうわけではないだろうし。
若干手持ち無沙汰になっていた俺に、佐久夜さんが聞いてきた。
「そう言えばアロイス様、あの刀に名前は付けられましたか?」
「名前、ですか?」
正宗とか、村正とか、あの類かね?
「いつまでも愚者の刀、では格好もつかないでしょうし」
「そんなものですかね」
まあ、確かに愚者の刀と言い続けるのはちょっと思うところがあるな。しかし、愚者ねぇ、ある意味愚か者の俺にはぴったりと言えばそうだけども。
「例えば、そうですね、あまたち、などいかがでしょう」
「あまたち、ですか」
「はい、天をも断つ、という意味です」
天をも断つ、ですか。そうですかー、天の叢雲だっけ?あれは三種の神器だっけか?いや、あれは草薙の剣か。しかし、何その時代感満載な名前は。
「ちょっと、大袈裟と言いますか、大層な名前のような気がしますが」
「いえいえ、武器の名前なんてそんなものですよ」
それに、と佐久夜さんは続けた。
「天に仇為そうとするアロイス様の刀には、ぴったりではありませんか」
そう言うと、彼女はころころと笑った。笑えない、それ笑えないよ佐久夜さん。
その後、桜さんとサマンサさんにも聞いたが、特に異論も無く、他に良い名前も思い付かないので、俺の刀はあまたちさんと命名されることになった。何故にさん付け。
「では、出発の前に、あまたちさんに銘を入れましょうか」
佐久夜さんが、俺の横に置いてあったあまたちさんを持つと、そう言った。
「銘、ですか?」
「そうです。名を与えられ、刻まれることで、この刀は本当の意味で主の所有物となるのです」
「そうなんですか」
「そうなんです」
そう言うと、佐久夜さんは俺に微笑みかけた。ひいぃ、何か力がこもってて怖いんですが。
「あらあら、そんなに怖がらなくても。では、始めますね」
え、ここで始めるの?と俺が思う間もなく、刀に向かった佐久夜さんは何やら言葉を紡ぎ始めた。
「こ、これは、マントラ?」
良くご存じですね、とばかりに彼女がこちらを向いて微笑んだ。その間も言葉は紡ぎ続けられた。真言密教の秘術は、この世界では、宙に浮かぶ球体陣を組んでいた。な、なんということだ、う、美しい。明滅を繰り返す文字、恐らくはサンスクリットとかなんだろうか、その文字達は、球体を形作りながら、刀の柄に集約していき、最後には見えなくなった。気付けば、言葉も終わっていた。
「終わりましたよ、どうぞ」
佐久夜さんは、俺に向かって刀を差し出した。
「あまたちさんです」
だから何故にさん付け。
ちなみに、銘は柄の中の刀身部分、茎とか言うらしいが、そこに刻まれているので、柄が付いている状態では見ることが出来ない。だから、銘もさん付けなのかどうなのかは分からず仕舞いであった。
まあ、細かいことは気にしないことにしよう。うん、そうしよう。
そうして、俺は「天断さん」と共に旅路に就いたのであった。
付けた傍から名前を間違えておりました。
全然ダメだ(苦笑)
正しくは『あまたちさん』でございます。
※だから何故に(以下略)




