第33話 夢の夢?
俺は、改めて周囲を見回した。俺が寝ていた布団は使用人のような人たちが現れて畳み、部屋の外に持ち出していった。部屋は畳敷きで8畳くらいだろうか、何となく地方の旅館っぽい雰囲気にも感じるな。
佐久夜さんは、黒目黒髪の女性で、普通に着物を着ていた。落ち着いた紫色というか、藤色で柄も派手さは無いが、帯には金刺繍が入り、とても上品な雰囲気だった。桜さんも、これまた普通に着物姿であった。こちらは名前の通り桜に銀刺繍と、とても華やかで綺麗な姿であった。サマンサさんは、この人も着物を着ていた。顔が日本人ではないので、いかにも外人が着物を着ている、という感じにはなってしまっていたが、ベージュのような落ち着いた色であったこともあり、浮ついた感じはなかった。そう、女性陣は全員和装なのであった。しかも全員、動きに不自然さが無い。あの、いかにも成人式にしか着てない感全開のとは全く違い、まるでずっと着ていたかのように自然に着こなしていた。
一方俺はというと、これまた着物を着ていた。着物なのか浴衣なのか俺には良く分からんが、なんせそういう感じの服であった。ちなみに俺が和装なんか着こなせるわけもなく、と言いたいところだが、着付けが良いのか、そんなに崩れていないのが不思議だった。
「あ、あの、まずは何から申し上げて良いやら」
初対面の人相手なんだから、普通なら自己紹介して、時候の挨拶でもして、世間話しつつ相手の雰囲気を探るんだけど、相手は俺のことをかなり知っているようだし、逆にこちらは何も知らない。というか、ここがどこかも分からない。なんせ、起きたら全然違う場所に居たとか、そうそう経験できるもんじゃない、こともないか。最近もあったな、そう言えば。
「そうですね、取り敢えず、自己紹介でも致しましょうか」
佐久夜さんはそう言うと、佇まいを正した。それだけで、一気に場の雰囲気が変わった。メニカムさんのところで、桜さんが初めて喋ったときと似たような感じだな。違うのは、その存在感が有無を言わせないほどに強いことだろうか。目を合わせているのが正直辛いのだ。
「私は佐久夜と申します。桜の保護者、と言ったところでしょうかね」
「保護者、ですか」
「桜は私自身でもあるのですけれども、まあそれはまたの機会にいたしましょう」
やはり、私は桜というのは、聞き間違いではなかったようだ。さっぱり意味が分からないが、初対面で突っ込んで聞くような話でも無いだろうと思い、俺は聞き流すことにした。
「桜さんにはとてもお世話になっています。私がこちらの世界で生きていられるのは、桜さんのお陰ですよ。感謝しております」
「そうですか、それは良かったですわ」
佐久夜さんは、目を細めた。
「で、桜からも聞いたのですが、元の世界に戻る方法を求めておられると」
「はい、桜さんに聞いた方法がありまして、郷里に詳しい方が居るということでしたので、話を聞こうと旅をしております」
「ほう、そうですか」
佐久夜さんは、更に目を細めた。ひょっとして、と思い当たることがあった俺は、桜さんの方を見た。
「桜さん、もしかして、詳しい人って、佐久夜さんだったりする?」
桜さんは、その問いには答えず、ただにっこりと笑った。相変わらず破壊力抜群の笑顔であったが、恐らくは肯定ということだろう。そうとなれば、話題はこれでいいだろう。
「佐久夜さん、その、実は」
「アロイス様、その前に、ひとつ確認したいことがございます」
「は、はい、何でしょう」
佐久夜さんは、話を止めると、俺に聞いてきた。
「アロイス様に、この刀を抜いていただきたいのです」
佐久夜さんがそう言うと、示し合わせていたように障子が開き、使用人らしき人が、例の刀を持ってきた。そう、愚者の刀である。
「あ、その刀は危ないですよ」
「良く存じておりますよ」
佐久夜さんは立ち上がると、使用人から刀を受け取り、何の躊躇もなく鞘から抜いた。俺は一瞬身構えたが、取り越し苦労であった。彼女は平然としていたからだ。
「この刀と私は、少しばかり縁がございましてね。さあ、どうぞ」
佐久夜さんは暫く刀身を見詰めた後、納刀すると、俺に向かって刀を差し出した。俺は立ち上がり、愚者の刀を受け取った。
正直、この刀はあまり抜きたくなかった。検証を含めても両手で収まるくらいしか抜いていないのだ。それは、あの何とも言えない万能感と、激しい頭痛と、時間が濃密に圧縮される感覚が、非常に肉体的、精神的に疲労を伴うからだ。これはみだりに抜いて良い代物では無い、というのが俺の直感であり、数回持って確信に変わりつつあるものであった。しかし、今は抜くべき時なのだろう。
俺は、意を決すると、抜刀した。別に戦場でもないので、刀は右手で握り、だらんと下げている。傷を付けないように、畳に当たらないようにはしているが、それ以外はリラックスしていた。何故だろうか、安心感があった。きっと、佐久夜さんが平気だったからなのかも知れない。何かあっても、彼女なら止めてくれる、そんな妙な信頼とでも言うのだろうか、俺はそう感じでいた。
俺自身に起こったことは、やはり同じようなものだった。同じようなもの、というのは、今までは極度の緊張状態だったり、怒りで我を忘れたりで冷静に客観的に観察するまでに至っていなかったからだ。
全身を悪寒のようなものが走り抜ける。そして、体の内側から激しい熱を持った力が溢れる。それと同時に、激しい頭痛が始まる。俺は何とも言えない万能感に満たされつつ、頭の中で暴れ狂う何かと闘い続ける。嗜虐的な意識が鎌首をもたげる。前頭部の手術痕に集中していた痛みと熱が、若干分散しているような気もするが、それと同時に意識というか、理性を保つのもきつくなっている気がする。時間は相変わらず圧縮されているのだろうか、動きが無いので分からない。試しに何かしてみるか。
数分後、俺はまた、卓袱台で抜刀前と同じようにお茶を飲んでいた。
「見事に扱っておいでですね」
「いえ、持っているのもやっとですよ」
実際、佐久夜さんの褒め言葉を、そのまま受け取ることは出来なかった。なんせ剣術など知らないのだ。辛うじて、学生の時、体育で剣道やったかな?という程度である。後はもう、漫画の知識くらいだな。ちょっと恥ずかしかったが、居合い抜きの真似とかやって見せたのだ。危うく自分の指を落としそうになったけど。
「この刀を扱える方であること、失礼ながら初めは半信半疑でございました。桜が言うのですから、嘘ではないとは思っていたのですが、何か絡繰りでもあるのではないかと思うておったのです」
佐久夜さんはそう言うと、俺に頭を下げた。まあ、そうだろう。俺も自分の目で見るまではと、そう思うだろうな。というか、俺ならこの刀の逸話そのものを疑うが。
「ですが、アロイス様にお会いして、実際にその刀を振っていただいて、得心が行きました。それならば、納得がいきますね」
「と、言いますと?」
俺は、その理由を是非聞きたかったが、はぐらかすように破壊力抜群の笑みを浮かべた佐久夜さんの口から出てきたのは、全く違う言葉だった。
「アロイス様であれば、きっと試練にも耐えられましょう」
「試練、ですか?」
困惑気味の俺を前に、佐久夜さんは続けた。
「そうですよ、あなたが元居た世界に帰るための、試練です」
その後、俺が聞いた試練とやらは、何というか、まさしく荒唐無稽、噴飯物であった。
やっと動くかなー。




