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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、伝承を求める
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第30話 戦いの幕開け

「いかがでしたか、サマンサさん」


 桜さんは、ちょっとだけ乱れた着衣を直すと、いつもの柔和な微笑を湛えた仕事モードに入った。


「どうやら、周囲で乱戦状態になっているようです、桜様。混乱がこちらに来るのも時間の問題かと」


 桜さんは、その後もサマンサさんと幾つかやりとりをしてから、俺の方を向いた。


「なんだか規模の大きな襲撃のようですね、アロイス様。国境が近いようですから、ひょっとすると他国の間者が仕掛けてきているのかもしれません」

「国境が近い、ということは、逆に今までは王国の領土だったのか?」

「そのようですね。砂漠が緩衝地帯になっていたのであれば、ここはさながら橋頭堡といったところでしょうか?」


 わざわざ対岸に拠点作ってまで守る価値が通ってきた砂漠にあるのかは分からんが。彼女たちの推測が正しいなら、隣国が最前線の拠点に攪乱攻撃を仕掛けてきたタイミングで到着とか、とてつもなく運が良いな俺は、泣けてくるな。


 周囲の騒ぎは続いていたが、持ち場を離れるわけにもいかないだろうということで、俺たちは旅団の荷物の側で待機することにした。戦いたくないからとか、そういうことではない。いや、強がっても仕方ないか、俺は戦いたくない、だから待機することにした。

 当たり前だろう、今まで何の訓練もしたことのない人間が、いきなり戦闘に巻き込まれたらどう考えるか。敵に立ち向かうなんて発想の出来る武闘派なヤツは、早死にするだけだろう。そんな漫画じゃないんだから、運動神経の欠片もないおっさんがいきなり戦えるかっての。三十六計逃げるに如かず、である。三十六も計略は知らんが。


「あー、しかしこれはマズいんじゃないのか?」


 つい心の声が出てしまった。小市民かつ木っ端役人な俺に、この状況は荷が重すぎる。


「大丈夫ですよ、アロイス様」


 声の方を見ると、桜さんが微笑んでいた。彼女の笑顔を見ていると、荒波の暴れる心が落ち着いてくるから不思議だ。癒し効果は健在である。


「愚者の剣、いえ、愚者の刀を従えたアロイス様であれば、賊など何人来ようが敵ではありません」


 いや、大丈夫じゃなかったよ。おじさん王都でも良いから、もう帰りたいよ。真実とかどうでも良いから、元の世界に帰る方法とか、そのうち見付かるかもしれないから、もう帰りたい。

 しかし、そんな俺の小市民的感情をあざ笑うが如く、事態は悪化の一途を辿った。暴徒の一部が、とうとう俺の潜んでいた一画にもやってきたのだ。


「どういたしましょう、アロイス様」


 他の旅団の荷物が荒らされている様子を遠目に見ながら、俺は苦悶していた。桜さんは俺の方を見て判断を仰いでいる。サマンサさんは荷台の上から周囲を窺っていた。

 俺が見張りを頼まれているのは荷台3つだ。他の旅団の荷物番と暴徒との戦いを見ている限りでは、暴徒はそんなに大した武器は持っていないように見える。というか、恐らくは火事場泥棒の類だろう。ただ、全くの丸腰というわけではなさそうだ。

 喧噪が近くなるに従い、叫び声や泣き声、武器同士がぶつかる金属音など、色んな音が団子になって耳に飛び込んできた。視界にも、騒ぎが入ってきた。斬り合っている男達が見えた。あ、後ろから刺されたのか、荷物番らしき男が呻きながら膝を突いた。そして次の瞬間には、前に居た男が剣を振い、荷物番の首を飛ばした。血飛沫が宙に舞い、荷物番の体が前のめりに倒れた。首を飛ばした男は、荷物を固定していた紐を剣で切り飛ばし、そこで矢を受けて倒れた。荷物番の相棒だろうか、荷台の上から、男が叫びながら矢を次々と暴徒達に射掛けていく。その弓師も、荷台の下から他の暴徒に足首を切られ、荷物の影に落ちていった。馬が嘶き、後ろを見れば遠くには火の手が上がっていた。

 その阿鼻叫喚具合に、俺は言葉を失っていた。


「アロイス様!!」


 桜さんに一喝され、俺は我に返った。彼女は俺の前に躍り出るや否や、腰を落として居合抜きよろしく抜刀一閃、俺に向かって飛んできていた矢を切り飛ばした。矢が飛んできた方を見ると、男が血を地面にぶちまけて倒れていた。傍らには、刀に着いた血を振り払っているサマンサさんがいた。


「ここは私と桜様で何とかいたします故、アロイス様は荷物をお側でお守りくださいませ」


 一瞬で俺の側に飛んできたサマンサさんが、俺の耳元で囁くように言った。次の瞬間には、サマンサさんはこちらに向かってきていた暴徒に向かって突撃し、一刀のもとに切り伏せていた。


「数が多いですね、私はサマンサさんを援護します。アロイス様は、荷物の警戒を」


 そう言うと、桜さんも荷台に飛び上がり、どこからともなく取り出した小さな弓で矢を放ち始めた。


 残念ながら、桜さんたちの奮闘も、俺には全く現実感が無かった。至る所で飛び散る血の臭いも、まき散らされた臓物の、本来なら吐き気を催すであろう光景も、全てが現実感を纏わなかった。何なんだ、何なんだよこれは。世界はぐるぐると、歪んで見えた。そして、その光景は、まるでスローモーションのように、俺の目に飛び込んできた。

 振り向いた俺の目の前に、その男はいた。体躯のでかい、褐色の肌のその男は、これまたでかい剣を振りかぶって、俺の方へ突っ込んできていた。そんな彼の体に、何度か衝撃が走り、彼は口から血を流した。桜さんが、俺の背後から数本矢を打ち込んだようであったが、しかし、彼は倒れなかった。彼は、血まみれの口元を歪めて笑うと、俺に向かって大剣を振り下ろさんとした。俺は、あまりの展開についていけずに、その男を、呆然と見上げていた。


「~~!!」


 桜さんの、声にならない叫びが、辺りに響いた。我に返った俺は必死に体を動かし、横へ飛んだ。大剣を振り下ろした男は、どうやらそれが限界だったらしく、再び剣を振り上げることなく、その場に倒れ込んだ。俺は、ほっと一息つくと、礼を言おうと桜さんの方を向いた。彼女は、後ろから羽交い締めにされていた。


「桜さん?」


 ああ、桜さんが押し倒された。そして更に別の男がその上から押さえ込みに掛かった。

 全てはスローモーションのように、現実感無く流れていった。最後に、押し倒された桜さんと目が合うまでは。彼女の涙を溜めた瞳と目が合った瞬間、俺の中に熱いものがこみ上げた。

 確かに、俺にとっては、この世界は現実ではない、いつかはお別れするであろう夢幻のような世界だ。しかし、桜さんにとっては、紛れもない現実で、生きていく世界なのだ。そして、そんな彼女に、俺は約束したのだ。


『俺が元の世界に戻るその日までは、俺は君のために何でもやろう』


 このままでは、桜さんが汚されてしまう。自分の身の安全よりも何よりも、まずそれが脳裏を走った。俺に寝取られ属性は無いのである、そんな展開は真っ平御免だ。


「俺の桜を汚すな!!」


 俺は無意識のうちに愚者の刀を抜き放つと、桜さんを押さえ込んでいた二人の男に意識を集中し、手元に手繰り寄せた。そして、我を忘れて、全力の一閃。

 気が付くと、俺は桜さんの傍らに立っていた。

時間が無いよう……。

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