第27話 事の始まり
「桜、俺にその、説明とやらをしてくれないか。俺が気を失う前に言ってたやつだが」
俺は半ば自分で考えるのを諦めて、桜さんに促した。結局のところ、俺が幾ら考えたところで、情報が無さ過ぎる。成り行きに任せるしか無いのか、結局は。
「分かりました、ご説明します。でも」
桜さんは、額を押さえて俯き加減な俺の顔を覗き込んで、少し悲しそうな顔をしながら言った。
「そういうこと、とは、どんなことだったのでしょうか?」
「え?」
「アロイス様は、何か思うところがあったご様子でした。よろしければ、それを教えていただけませんか?」
「ああ、……小さな男の猜疑心だよ」
そう言って、俺は、彼女を疑っていたことを正直に話した。よくよく考えてみれば、合理性をこれでもかと言うくらい欠いている話ではあったが。
「……ということだよ。すまない、疑ったりして」
俺が謝罪の言葉を伝えた直後、桜さんの目から、涙が溢れた。ああ、泣かせてしまったな。
「ありがとうございます、アロイス様」
「は?」
恨み言の一つでも出てくるのかと思ったら、全く予想外の言葉が出てきて、俺は心底驚いた。何を言っているんだこの子は。
「あ、あの桜さ」
「桜、です」
「あ、はい」
まっすぐの切り返しに、若干ビビリながら、俺は仕切り直した。
「桜、どうして『ありがとう』なんだ?」
「それは、奴隷である私を、ひとりの人間として、丁寧に扱っていただいていると、強く感謝したからです」
要するに、桜さんは、奴隷である自分にちゃんと説明をしてくれたり、しかも丁寧に謝罪までいただいたり、誠に勿体ないと、そういうことらしかった。
「桜のことは大切に思ってるよ。メニカムさんのところで言っただろう、俺がその指輪に込めた気持ちに嘘はないよ」
「あ、アロイス様」
桜さんは、俺の手を握り締めた。彼女の顔は、もう涙と鼻水で凄いことになっていたが、それでも可愛いのは不思議なものだった。
「私は、アロイス様と出会えて幸せです」
「そうか、それは良かった」
俺は、嗚咽を漏らしながら泣き続ける桜さんを、強く抱き締めた。もう、何だか良く分からんが、彼女の気持ちを疑うのは金輪際止めようと、それだけは思った。
さて、桜さんのいう説明とやらを、その後聞いた。彼女は愚者の剣の伝承などを調べていたらしく、ムルスキーさんにも協力して貰いながら情報を集めていたという。ずっと俺の側に居たような気がするんだけど、よくそんな時間があったな。
モノがモノだけに、めぼしい情報は少なかったらしいが、その少ない情報の中で、愚者の剣の所有者に関わる重要と思われるものがあったらしい。それは、愚者の剣は感覚を増幅し鋭敏にする、というものだった。
他にも、所有者によって形を変えるとか、意志を持っていて所有者に語りかけるとか、所有者を乗っ取って夜な夜な人を斬るとか、誰も持った事無いんじゃないのか、という突っ込みは野暮なんだろうか、ともかくそんな話もあったらしい。
でもまあ、実際愚者の剣はロングソード的両刃剣から日本刀に形変わってるし、以前なら気付かなかっただろう、桜さんのぶつけてきた剣気とやらにも俺は瞬時に反応した。
「あの時、剣気を向けることを、アロイス様に説明している余裕は無いと判断しました」
もう愚者の剣に囚われそうになっていた俺の心を起こすためにも、桜さんは無礼を承知で剣気を叩き付けたという。全ては優しい主人のため、という彼女の言葉は、俺の心に楔のように突き刺さった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
数日後、俺は愚者の剣改め、愚者の刀を腰に下げ、メニカムさんのところを訪れた。
「お聞きしましたよ、それが愚者の剣ですか」
メニカムさんは、出会うや否や、俺の腰にぶら下がっている刀に目を向けて話しはじめた。やはり、その手のアイテムにも興味津々らしい。
「ええ、そうですよ。お手に取られますか?」
「え?大丈夫なんですか?」
「鞘から抜かなければ、恐らくは」
メニカムさんは、俺がテーブルの上に置いた刀を、じっと見詰めた。
「あまり、禍々しい感じではないですね。魔力がある風でも無い」
「そうですね、見た目は割と地味ですね、確かに」
「しかし、手に取るのはやめておきます」
メニカムさんは、不気味な笑顔を浮かべた。
「この手の剣は、持つとどうしても抜きたくなると思いますので」
「そ、そうですか」
強面のメニカムさんが言うと、それはそれで怖いんだけど。
「で、剣を見せるためだけに来られたわけではないのでしょう?」
俺は、メニカムさんに改めて向かった。
「桜さんの故郷に、行こうかと思います。つきましては、お力添えをいただけないかと思いまして」
「ほう、それはまた何故にですか?」
メニカムさんの目付きが鋭くなった。まあ、そうだろう。一見の客が実質金を貸してくれなどと言ったら、誰でも警戒して当然だ。
さて、どうしたものか。正直に言ってしまうと、俺が帰ってこない、つまりは貸した金が返ってこない可能性の方が高いと思われるのは明白だ。彼にリターンもあることを何とか伝えなければいけないのだろうが、難しいな。
「実は、桜さんから聞いた話の中で、とても興味深いものがあったのですが、詳しい話は彼女の故郷にいる人しか知らないそうなのです。私自身は見ての通り旅の知識もほとんどありませんし、仲間も居ないもので、筋違いとは思ったのですが、メニカムさんに相談させていただこうかと思いましてね」
「ほう、ほう。桜さ、んの興味深いお話ですか。お聞かせいただいても?」
この人、桜さんが絡むとやっぱり反応が怪しくなるな。
「それについては、私からお話しいたしましょう。よろしいですか?アロイス様」
桜さんが、会話に入ってきた。特に断る理由も無かったので、俺は桜さんに任せることにした。
……結果、アロイスさんは傭兵としてとある旅団について行くことになりましたとさ。
というか、これ絶対に桜さんが事前に根回ししてたな。何という日本人的所作なのだろうか。やっぱり日本があるんじゃないのか。
ともあれ、俺はやっと馴染んできた王都の家を離れ、桜さんの故郷に向かうことになったのだった。
ちょっと長くなってしまいましたが、これでプロローグ(導入部)は終わりです。
終わりがちょっと尻切れになった感じもしないではないですが、そろそろ話を動かしたいんです、作者も(笑)
少しだけ閑話を挟んで、新章に入りたいと思います。
あまり考えずに書いた新作もありますので、良ければ読んでやってください。
※まあこっちも出来はそんなに良くはありませんが(えー)




