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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、降り立つ
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第25話 検証(上)

 さて、思いっ切り痴態を晒してから数日が過ぎ、俺の腰も何とか歩けるくらいには回復した。ぎっくり腰の治療は、これまた変な祈祷師が来るわけで無し、妙な薬を飲まされるで無し、桜さんが『マッサージ』してくれるくらいのことであった。魔女の箒で叩くとか言われたらどうしようかと思っていたが、それは杞憂に終わった。

 ちなみに桜さんの『マッサージ』で腰の状態が余計に悪化したことは内緒である。止めれば良いのに、俺もただのアホだな。弁解しておくと、不可避の衝動がうんたらかんたら。


「さて、今日こそは試してみよう」


 俺は、愚者の剣と思われる刀を前にして、自分に言い聞かせるように話した。隣には桜さんがいて、心配そうに俺を見ている。


「アロイス様、もう少し先でも良いのでは」


 やっと歩けるようになったばかりで、走ることも出来ない俺ではあったが、気になるものは気になって仕方なかったのだ。大体、勝手に光ったり移動したりするという剣である。いつまでもそこにあるのかどうかも、分かったものではない。本当はもっと早く手に取りたかったのだが、剣の場所まで自力で歩けないという、何とも情けない状態であったのだ。


「そうですよ、そう急がれなくても良いと思うのですが」


 桜さんの更に隣にいる、ムルスキーさんも言った。彼には、俺が万一暴れ出したときの保険になってもらっている。つまりは、桜さんを守って俺を取り押さえろと、そういうことである。

 正直、彼を立ち会わせることについては、とても悩んだ。俺としては、出来れば桜さんとふたりでやりたかったのだが、彼女だけでは不測の事態に対応、出来そうな気もするけど。まあ、保険だ、保険。その話をした時の、彼女の嬉しそうなとろけそうな顔は凄かった。ムルスキーさんがいなかったら、きっと延期になってただろうな。いかんいかん、気をしっかり持たないと。

 ムルスキーさんについては、愚者の剣を抜くときに既に立ち会っている訳で、その時に助けてもらったこともあるのだ。あの日の翌日に、改めてお礼を言ったのだが、初めは的を射ていないようであった。何となくではあるが、彼は、お礼云々はどうでも良くて、剣聖様伝説に出てくる剣に興味があるだけのような気がするな。今日の話については、執事としては当然ですよ、とばかりに、あっさり請け負ってくれた。危険かもしれないんだけどなぁ、そんなあっさり決めて良いもんなんだ。


「なんか、何となくなんだけど、早めにやっといた方が良さそうな気がするんだ」

「でも、アロイス様」

「大丈夫だって。ムルスキーさんにも来てもらってることだしね」


 俺は食い下がる桜さんをなだめていた。そんな上目遣いで見つめても、駄目だからね?というか、薦めてくれたの桜さんなんだけどなぁ。


「まあ、アロイス様の決意は固そうですよ、桜様。ここは見守って差し上げてはいかがですか?」

「そうですか……」


 ムルスキーさんにも説得されて、桜さんは仕方なく引いたようだ。危ないと思ったら必ず剣から手を離すことを約束させられたが。しかし、奴隷に様付けか、やはり色々と思うところがあるなぁ。


 さて、そんなこんなで、俺は愚者の剣ならぬ刀の前に立っていた。桜さんは俺の後方、離れた場所に椅子を置いて座らせ、その斜め前方にムルスキーさんを配した。もし桜さんが反射的に俺に近づこうとしても、彼がブロックしてくれると期待したい。それよりも彼女たちがグルだったときの方が怖いが、もうその時は仕方ないと思うより無い。生まれた猜疑心は、理屈ではなく、なかなか消えなかった。それを悲しいと思ってしまう自分もいたことは確かだ。もういいじゃないか、騙されていたとしても。そうだからと言って、俺に選択肢はあるのか、無いじゃないか。大使館に駆け込むのか?どう見ても大使館なんて無さそうだし、仮にあったとして、彼女たちが俺をハメようとしているなら、素直に場所を教える訳が無い。ずっとスルーしていたが、日本を知らないのに、何故日本語が通じているのか、全く意味が分からない。文字はその辺の本やら、そう言えばメニカムさんの店で見た水晶にも浮かんでいたな。そういうのを少し見た感じでは、どうやらアルファベットっぽいが、英語やドイツ語では無さそうだし、会話時は自動翻訳でもされているのか?でも、桜さんの名前は漢字で、周囲は読めなかった。ということは、音声自動認識型、といったところか。


「……アロイス様?」


 既に聞き慣れた声に呼ばれて振り返ると、桜さんが心配そうな、少し怪訝そうな、何とも形容しがたい表情で俺の方を見ていた。ここは元気付けとくかね?


「ああ、少し考え事をしていたんだよ。どうしても大事な桜を傷付けたくないからね」

「まあ」


 また満開の花のような、輝くばかりの笑顔になった桜さんであった。いかんいかん、思考が飛ぶ前にやってしまおう。


「では、ムルスキーさん、頼みましたよ」

「はい、承知いたしました」


 俺はムルスキーさんに念押しすると、刀に向き合い、目を閉じると、ひとつ息をついた。そして、気持ちを落ち着けると、ゆっくりと目を開け、柄に手をかけた。

 刹那、視界が歪んだ。そして、始まった。


 全神経が吸い込まれていくような感覚が、俺を襲った。刀と俺とが接続されて、感覚を共有するというか、一体化するというか、不思議な感覚だった。しかしそれもつかの間、次の瞬間には、脳に何かが逆流してくるような感覚を覚えた。


「ぐぅ……!」


 脳に入ってきた何かは、俺の頭の中を暴れまくって、そして俺の損傷した前頭葉を喰らい始めた。おでこから頭頂部にかけて、激痛が俺を襲った。俺は、空いていた左手で頭を押さえ、痛みに耐えた。


「……!」


 桜さんの声が聞こえたが、何を言っているかまでは分からなかった。あまりの痛みに、全身から脂汗が吹き出し、俺は片膝をついた。瞬きも忘れ、俺はひたすら痛みに耐えることに集中した。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか、いつ終わるとも分からない激痛に意識を手放しかけたとき、それは起こった。脳のシナプスが全て励起され、アドレナリンが爆走している。覚醒、とでも言えばよいのだろうか。相変わらず頭は痛かったが、それ以上に、明瞭な意識が俺の頭を支配していた。認識領域の拡大、新人類か、ニュー(おっとこれ以上は検閲対象だ)のような、今ならファンネルでも扱えそうだ。

万能感が俺を満たしていく。全方位に感覚が伸びていく。凄い、こいつ動くぞ。そして、自分の手に、体の制御が戻ってきた。意識は冴え渡り、思考回路はオーバークロック状態で、フル回転を通り越して暴走気味である。前頭葉の傷が、痛いを通り越して熱く感じた。


 長時間は持ちそうにないが、どうやら俺は、覚醒状態?とやらを手に入れたようだ。


久し振りだなぁ……

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