第23話 本気のヤる気
さて、状況を整理しようではないか。
俺は愚者の剣の柄を両手で握っていた。これは正しいはずだ。そして、地面から引き抜こうとした。これも合ってる。で、その後はどうなった?あまりにあっさり抜けすぎて、俺はそのまま後ろにひっくり返り、気が付いたら空が見えていた。そして、凄い激痛に襲われたんだ。経験したことのない、凄まじい痛みが俺の腰と頭から走ったのだ。これを呪いと言わずして何というのか。
しかし、俺の手に握られているはずの愚者の剣は、いつの間にかどこかに消え去ってしまった。俺は、夢でも見ているのだろうか。夢の夢だから、もう良く分からなくなってるとか。
はっ、そうか、分かったぞ。俺の聞いた話に、勝手に剣が戻るというものがあったな。そうだ、相応しくない者が抜いたとしても、すぐに剣が自ら戻ってしまうのだとしたら、俺が剣に相応しくないと判断されただけとか、そういう話になるんではないのか?
俺は状況を確認しようと、体を起こそうとし、声にならない声を上げてうずくまった。
「あ、アロイス様、大丈夫ですか?」
「こ、腰が、腰が」
頭も痛かったが、腰に電流が流れたような鋭い痛みが走ったのだ。桜さんが俺を介抱しようと近付きかけたが、俺は手で彼女を制した。
「アロイス様?」
「近づくな、……呪いに、巻き込まれたら困るだろ」
心配そうに俺を見つめる桜さん。その顔もまた、美しい。見つめ合うふたり~、とか以外と余裕だな俺。
「うーん、これは呪いなのでしょうか?」
同じく俺を支えかけたが動きを止めたムルスキーさんが、怪しむように言った。
「呪い、じゃない、なら何だ」
片手で激しく痛む腰を、もう片方の手で少し痛む後頭部を押さえながら、俺はムルスキーさんに問うた。確かに、愚者の剣の呪いは精神に作用すると思われるのであって、腰が痛くなるとか、そんな伝承は俺は聞かなかった。恐らく彼もそうなのだろう、だからこそ、他を怪しんでいるのだ。
「その……、ぎっくり腰では?」
微妙な空気が流れた。
「……け、剣はどこなんだ、そう言えば」
少しでも動けば激痛が走るので、死にかけの芋虫のように同じ体勢を取り続ける俺は、剣のありかを誰とはなしに聞いた。
「あ、け、剣でしたら、アロイス様が塚の下の方までお投げになりましたわ」
「……あ、そうなんだ」
桜さんの返答に、俺は認めたくない事実を受け入れざるを得なくなった。そう、俺は愚者の剣を抜いた瞬間にぎっくり腰になったのだ。そして、剣を手放してぶん投げた挙げ句、そのままの勢いで後ろに倒れて後頭部を強打したというわけだ。ああ、なんという伝説級の痴態であろうか、穴があったら入れたい。
もうここまでやらかしたら、怖いものなんてない。というわけで、俺は桜さんとムルスキーさんにお願いして、剣のところに運んで貰った。そう、改めて、剣を掴むのだ。願わくは、この忌まわしき記憶を消し去り給えよ。
「アロイス様、無理なさらなくても」
「いや、この剣はここに放置できないだろう。桜やムルスキーさんに握らせるわけにはいかないし、ならば俺が握るより無い」
「アロイス様……」
桜さんの中で、俺の株急上昇中であろうか。最期くらい、男にさせてくれよ。
「御武運を、アロイス様」
そう言うと、ムルスキーさんは桜さんを促し、連れ立って俺から少し離れた。何が起こるか分からないからだろう。流石にもう、明後日の方向に投げたりはしないと思うが。
寝たまま掴むのに何か意味はあるのだろうか、と自分に冷静に突っ込みを入れたりしていたが、俺があっさり引き抜けた時点で眉唾とは言え、まだ何が起こるか分からないのだ。掴んだ瞬間に起き上がってタコ踊りとか、あながち無いとも言い切れない。
さらば夢の世界、おかえり嫁さん。
何故だかそう念じて、俺は愚者の剣を掴んだ。
……夢幻の世界であった。
様々な光が入り乱れ、まるでイリュージョン、幻術のように明滅する様は、ライトアップやプロジェクションマッピングを見慣れた俺をして、美しくもあった。気持ちが少し落ち着いてくると、今度は凄い開放感と疾走感に包まれる。脳の回路が全て解き放たれ、認識の限界を超え、シナプスがオーバーロードする。俺のイメージとしてはそんな感じだ。そして、俺の前頭葉が激痛と高熱を発しだした。手術痕が酷い、まるで燃えるようだ。失われた神経回路を上書きしようとして失敗し続け、情報がオーバーフローしている。徐々に周辺の回路に溢れた情報が回り出す。これは、……強制励起、覚醒剤チックだな。あれよりももっと暴力的ではありそうではあるが。
「これは、無理だな……」
次々と流れ続ける様々な情報の奔流に、俺の脳は悲鳴を上げていた。何とか持ち堪えているのは、脳内出血で損傷を受けた神経細胞やシナプス部分で、相当量のパケットが破棄されているからのように感じた。しかし、それでももうすぐ限界を迎えそうだ。何となく分かる、これは自我の崩壊だ。フォールダウンが起きる。ああ、痴態の記憶よさらば。願わくば桜さんをもう一度抱きたかった。桜さん、……ん?桜さん?
気力を振り絞って桜さんの方に目を動かすと、彼女はこちらをじっと見つめていた。その瞳には、幾何かの心配と、多分に驚きの感情が宿っていた。何だ、心配は分かるが、何に驚いているのか、さっぱり分からん。
しかし、それも気のせいかもしれないのだ。俺は目を閉じ、溢れる情報というか、何かを感じていた。離れた家族に再会も出来ず、俺は、ここで消えるのか。諦観を抱き始めていた、その時だった。
『お父さん、起きて!』
嫁さんの呼ぶ声がした。目を開けると、嫁さんの姿が浮かんだ。何故か、結婚したばかりの頃のような、若い姿だった。最近の子ども達もいた。その組み合わせおかしいだろ、と突っ込みながら、俺は最期に家族に会えたことを感謝していた。幻覚でもいい、やっぱり俺は家族に会いたかったんだな、と思った。
「……いや、違うだろ」
そう、こんなところで、俺は終わるわけにはいかない。俺には扶養家族がいるのだ。おとーさんは倒れるわけにはいかないのだ、主に金ヅルとして。そして、この異世界にも、俺が守らなくてはいけない存在があるのだ。もし何かの謀略であったとしても、それでも構わない。俺は、あの胸に帰り、あの体で癒して貰うのだ!あれは俺のものだ、他の誰にも渡さないぜ。
「ぬううううう!」
アイシャルリターン、マイハニー。俺のマグナムが火を噴くぜぇ、今夜は寝かせないぜヒャッハー。俺は、暴走する妄想に突き動かされて立ち上がろうとした。だが、うっかり腰が痛いことを忘れていたのを思い出してしまった。俺は、覚醒した脳で電撃を食らったような痛みを受け取り、その場に倒れ込んだ。
今夜は上でお任せだなぁ、もう痛過ぎ、ぎっくり腰嫌すぎる助けて。
勢いだけで書いてしまった……