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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、降り立つ
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第22話 伝説の痴態

 どう考えてもヤバそうな雰囲気しか感じない場所を前に、俺は立ち尽くしていた。


「さ、桜さ」

「アロイス様、大丈夫です」


 頑張れ!と言わんばかりの小さなガッツポーズを決める桜さんに、やっぱ可愛いなチアリーダーの格好でもさせたら最高だな、とかメロメロになりつつも、そうだムルスキーさんもいたんだと思い出し、俺は姿勢を正した。


「桜さん、今日は見に来ただ」

「剣聖以来の奇跡をこの目で見られるなんて、私は幸せ者ですね」

「その通りですわ、ムルスキー様」


 こら、ムルスキーさんも煽るんじゃない。


 そうこうしていると、近くまで行ってみようと、桜さんとムルスキーさんの2人が塚に向かって歩き出した。え、俺は置いていくの?いや、俺行きたくないんだけど、近づきたくないんだけどなー。誰も俺の話を聞いてくれないのは、分かってやってるよね、この人たち。

 で、とうとう塚を登り、地面に突き立った剣と思しきものの前にやってきた。目の前までやってくると、その異様な雰囲気がいやが応にも強烈に伝わってきた。

 まず、剣の柄が綺麗過ぎる。野ざらしになっているから、多少なりとも汚れているはずなのだが、さっき手入れが済んだかのように綺麗なのだ。聞いた話のとおりだとすれば、柄を握っただけではどうもないはずだから、ひょっとすると観光目的で来る連中のためか何かで、手入れをしている人間がいるのかもしれないが、そんな雰囲気ではないと思えた。そして、突き立っている剣の刀身とでも言うのだろうか、刃の部分も、錆びてもおらず、曇り一つ無い状態であった。

 剣自体の特徴は、所謂西洋風の両刃の剣、ロングソード、と言うのかな?ファンタジーで良く出てくる、定番の剣のデザインだった。刀身にも柄にも細かい装飾等は特になく、無骨な実用品、という感じである。


「綺麗だな」


 俺は、つい言葉に出してしまった。刃こぼれもなく、磨かれた剣は、まるで鏡面のようであった。剣に映る自分の顔を見ながら、ここまで磨くのも大変だろうなぁ、などと妙なところで感心していると、桜さんが弾む声で話しかけてきた。


「そうですね、アロイス様。呪われた剣なんて、嘘みたいですね」

「そうだな、確かに、ぱっと見は普通の剣にしか見えないな」


 俺は、桜さんの方を向いた。何このキラキラした瞳は。期待満開なのがひしひしと伝わってくるな。だが断る!


「しかし、綺麗過ぎないかこれ。周囲の雰囲気といい、どうにも怪しいな。今日のところは確認に止めて、一旦引き上げようか」

「そうですか……」


 桜さんが残念そうに俯く。こ、これはダメージがでかいぞ。主に俺の受ける、だが。こんないい女の期待に応えないなんて、それでも男か、俺!と思ったその時だった。


「アロイス様、男気を見せるときですよ」


 いつの間にか俺の横に来ていたムルスキーさんが、耳元で小さくささやいた。きっと、彼は俺の決意を固めるために助け船を出したつもりだったのだろう。しかしその一言が、俺の中の、それまで感じていた、もやもやしていた違和感を全て繋げたようであった。そうだ、そういうことだったのか。つまりは、この2人はグルなのだ。

 俺の何かを狙って、この2人は俺にこの愚者の剣を抜かせて、廃人化させようとしているのだ。そうだ、きっとそうに違いない。俺の中の猜疑心は最大級に膨れあがった。そして、その狙っている何かは、きっとマジックアイテムに違いない。そうだ、そうに決まっている。

 あれだ、何とか商法ってやつだ。正常な判断が出来ない状況に持ち込んで、強引に押し切る、例のあれだよ。役割分担といい、実にそのまんまじゃないか。危ない危ない、危うく乗せられるところだった。


 しかし、ならばどうしてこんな回りくどいことをするのか。身寄りもない異邦人など、殺して埋めとけば良さそうなものだが。違うな、彼女たちが慎重なだけなのだ。俺が本当のことを言っているとは限らない。どちらかというと相当胡散臭いのだから、これは何かあると考えたとしても何ら不思議ではない。どこかに実は仲間が潜んでいるとも考えられるからだ。なるほど、彼女たちはプロフェッショナルだ。内偵を警戒している可能性はあるか。


「駄目、ですか?」


 桜さんが、上目遣いで俺の方を見ながら言った。この目だよ、この目。俺はこの目で見られると、どうにも我慢が出来なくなるのだ。急激に思考回路が塗り替えられていく。だが、俺の猜疑心は割と柔なものではなかったようで、理性をぐりんぐりんと揺さぶられながらも、彼女を押し倒さずに踏みとどまった。ま、ムルスキーさんもいるしな。


「だ、だ、駄目というわけではないけど、今日のところは……!!」


 その時、桜さんの瞳に、煌めきが宿った。涙ぐんでいたのだろうか。いや、分からない。しかし、神代の美女にここまでしてお願いされて、たかが剣の一本が怖くて握れないなど、選択肢としてあり得ない。モノが付いてんだろ、男が廃るぜ。

 自分の可愛い奴隷の、実質初めてのお願いじゃないか。お前は桜さんに、どれだけのことをしてもらったんだ。例え騙されていたとしても、この状況ではどうしようもないし、むしろ望むところではないか。よーし、ヤッたるで、俺。

 俺は、ズボンを脱ぎ捨て、いや違う、何を考えているんだ俺は。抜くは抜くでも、違うものを抜いてしまうところだった。今日は、というか今日も、だが、部屋に戻ったら桜さんにしっかりじっくりすっきり抜いてもらおう。無事帰れたら、だが。


「……よし、案ずるより生むが易し、百聞は一見に如かず!」


 何だか妙なテンションではあるが、こういう時は勢いが無いとどこまでも考えてしまって先に進めなくなるものだ。俺は、内心で気合を入れつつ、剣の柄に手を掛けた。


「せーのっ」


 俺は、まるで大根か何かを抜くような感じで、両手に力を込めると、一気に力を掛けた。話では、歴戦の猛者でもびくともしなかったという代物である。俺ごときが本気を出したところで、何も起こらないだろう。そう、高を括っていた。よーし、ここでアイソメトリックスしちゃうぞ、的なノリで、何も考えずに思い切り剣を引っ張った次の瞬間、俺は後ろにひっくり返って、空を見上げていた。剣は、あまりにも呆気なく、あっさりと抜けたのであった。


「ぎゃー!」


 俺はあまりの激痛に叫び、もんどりうった。全身に激痛が走る。こ、これが愚者の剣に宿ると言われていた呪いなのか、そうなのか。おじさんもう無理、これ無理ぃぃ!


「あ、あの、アロイス様?」


 あまりの痛みに転げまわることもできず、ひたすら屈んで耐えている俺に、心配したのか桜さんが遠慮がちに声を掛けてきた。こ、これは何か喋って安心させてやらねば。


「ああ、だ、大丈夫だ。無茶苦茶、痛いけど、意識を、持っていかれる、とか、そんなことは、ないから」

「あ、あの、非常に申し上げにくいのですが」

「ど、どうしたの?桜さん。何か、問題、でも?」


 困惑気味の桜さんに代わり、こちらも若干困惑気味ではあるが、面白そうというか、興味津々という感じの声でムルスキーさんが言った。


「えー、そうですね、何といいますか。アロイス様」


 何なんだこいつは、煮え切らないヤツだな。俺が本気で死ぬ気でがんばっているのに、桜さんはともかく、お前までうろたえてどうするよ。だんだん腹の立ってきた俺は、彼に言いたいことをさっさと言えと促した。


「すまんが、長時間は持たないから、用件は簡潔に頼む」

「分かりました、では。……少し落ち着かれて、ご自分の手をご覧になってくださいますか?」


 ムルスキーさんは、極めて冷静な声で俺にそう言った。言外に何か含んでそうな気もせんではないが、まあいい。俺は、我慢のために閉じていた目を開き、某歌人もかくやと言うくらいに、じっと手を見た。


 我慢を重ねど、痛みは取れず、我が気持ち楽にならず、じっと手を見たそこには、……何もなかった。

オチが弱いかなぁ?

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