第20話 噂
「少なくとも、俺が護衛の話は一旦置いておこうか」
俺は、全くイメージできない護衛作戦は取り敢えず無しの方向で話を進めようとした。というか、護衛以外でお願いしたい。
「はい。ただ、護衛以外となると、かなり難しい話になるかと思います」
桜さんは、残念そうな表情でそう言った。
「と言うと?」
「アロイス様は異界の方ですからご存じなくても仕方ないのですが、旅団と言っても色々あるのですよ」
桜さんが言うには、旅団の団長クラスとコネの無い人間が護衛と旅先案内人以外の役割で旅団に参加しようとするのは厳しいだろう、とのことだった。理由は幾つかあったが、金持ちでもない、商人でもない、身元も良く分からない人間を連れ歩くメリットが見えない、ということだな。加えたのがややこしい人間だったりすると、当然騒動の元になるわけだから、ただでさえ何が起こるか分からない長旅におけるリスクは、可能な限り避けておきたい、というところだろう。ま、常識的な判断といえるだろう。1点を除いては。
「話は分かった。しかし、その理屈だと護衛でも大して変わらんと思うが」
そうなのだ。当然ではあるが、荒事担当の護衛なんて、一番信用が必要な部類だと思うんだが。事務バイトのお姉ちゃんは若くて可愛ければ誰でも良くても、マスターキー渡す警備スタッフは誰でも良くはないぞ。あ、つい本音が、お願いだから通報は止めてー。フェチズム?ファシスト?何だっけ、あーそうそうフェミニストだ、連中に襲われたら後が大変なんだよ。
「護衛は旅団においてはある意味消耗品ですから、身辺警護の護衛以外は割と扱いも適当ですよ」
桜さんてば、さらっと恐ろしいこと言ってのけたよ。
「そ、そうなのか」
「それに力のある傭兵でしたら、報酬さえ惜しまなければ、身内の護衛よりも余程信用できますよ」
勿論程度にもよりますけどね、と桜さんは続けた。いや、分かるのよ?言わんとするところは。要するに、高給取りの実力派な傭兵なら、身元も大目に見て貰えるって、そういうことでしょ?だから、それは俺には無理だって。
「桜、まさか俺がその強い傭兵になれるとでも思っているのか?」
桜さんは、力強く言った。
「勿論ですわ、アロイス様。アロイス様なら、きっと強い傭兵になれますよ」
……頭痛が痛いとはまさにこのこと。この娘は本気でそんなことを言っているのだろうか。流石に桜さんマンセーな俺でも、その結論には承伏しかねるわ。
「お世辞ならい……」
「お世辞ではありません、私の本心です」
頭が賢いのか、弱いのか良く分からないよ、桜さん。俺の中で、桜さんの残念度指数が鰻登りに上がっていこうとした、その時だった。
「実は以前、噂に聞いたのです。王都近郊に『愚者の剣』なる伝説の剣があると。赤熱病をご自分の力だけで克服されたアロイス様なら、きっと剣も認めるはずです」
「愚者の、剣?」
もう、死亡フラグ立ってるよね、これ。
桜さんから聞いた愚者の剣の噂というか、話とはなかなかに香ばしいものだった。
昔々、あるところに、英雄と呼ばれた男がいたそうな。その男は、一振りの剣を相棒に、様々な偉業を成し遂げたとな。その英雄がある日、突然人々を集めて言った。
『この剣を、ここから抜けた者に託そう』
そう言って、英雄は剣を地面に突き立てると、そのまま何処かへ去っていった。
その日から、腕に覚えのある者が次々と剣に挑んだ。剣はなかなか抜けなかったが、ある時、当代一と呼ばれた猛者が遂に抜くことに成功した。
が、それは悲劇の始まりだった。剣を手にした猛者は突然苦しみだし、頭を抱えて地面をのたうち回った。それでも猛者は剣を手放そうとしなかった。しばらく経って、猛者が剣を手放したとき、彼は痴れ者と化していた。不思議なことに、剣は元の位置に刺さっていたという。
猛者は元々素行不良な男だったから、皆そのせいだと考えた。剣に認められなかったのだと、そういうことだ。それから、幾人もの騎士、聖人、王族がその剣を手にしたが、抜くことすら出来なかった者、抜いても“試練”に堪えられなかったものばかりが続いた。
唯一剣を構えられたのは、伝説級とも言われた剣技を誇った、剣聖と呼ばれた男のみであったらしいが、その剣聖ですら、激しい頭痛に耐えながら構えるのがやっとで、武器として振うことは能わなかったそうだ。
時は流れ、抜いた者の末路に関する逸話があまりにも酷いことから、次第に誰も抜こうとしなくなり、あまつさえ呪い疑惑までかけられて実質的に封印状態になり、人々の記憶からも消えかけて今に至るという。
「で、付いた名前が愚者の剣、と」
「そういうことです、アロイス様」
おいおいおいおいおいおい、想定よりも激しいフラグっぷりに、おじさんクラクラしちゃうぞ。話からすると、腕力と精神力、どっちも必要そうなイベントなんだが、ってイベントって言っちゃったけどな。俺にはそのどっちも無いわー。
「うーん、それはちょっと。……そう言えば、赤熱病って何?」
「アロイス様が克服された、一般には不治の病とされる病です」
え、あれって赤痢か何かじゃ無かったのか……。
その後、結局桜さんに押し切られて、その愚者の剣を見に行くことになった。見に行くだけだから、抜かないから。つーか、普通に考えて、俺が引いても抜けないから。
お読みいただき、ありがとうございます。
自分の納得できる文章ってのも、難しいもんですねぇ。