第2話 アラブさん
その建物は立派な建物であった。他の建物と違い壁は白く、出入り口を飾るレリーフやらも豪華に見える。貴族の屋敷なんだろうか?でも敷地境の壁も庭も無いから商館?にしてはエントランスはそんなに広くないか。何だろう、宿かな?と思っていると、建物の中から出てきた一人の男に声をかけられた。中東系とでも言おうか、肌は茶褐色、彫りの深い顔。目つきの鋭い、ぱっと見はいかにも悪人な顔だ。これまた古代ローマ人のような、布を体に巻き付けただけのような格好をしている。
普段の俺なら、顔だけで絶対にスルーする相手だ。正直怖いし、逃げたい。しかし、逃げたところで俺の足ではまず追い付かれるし、まあ夢だし、と相手することにした。そう、これはもう夢なのだ。泥酔した挙げ句、どっかの道路かベンチの上で寝た状態で見ている夢。ああ、確実に嫁さんに怒られるな。
おっと、話が逸れた。今はこの中東おじさん、仮称アラブさんとしておこう、の話を聞いてみようじゃないか。いざとなればスライディング土下座を噛まして逃げよう、と若干引き気味に、俺はアラブさんと向かい合った。
「こんにちは、異国の方ですか?」
ヤクザな風貌からは想像できない丁寧な言葉に、俺はより警戒感を強めた。この手の奴は一番面倒というのが、俺の経験則から出ている結論だ。恫喝タイプはハードクレーム対応に切り替えれば良いが、この一見丁寧な物腰で来られるとこちらも職業柄あまり無碍な対応は出来ないのだ。しかも今は自分1人しかいない。対応を間違えると簀巻きで港に浮かぶ未来も覚悟しなければならないかもしれない。夢だとはいえ、そんな結末は出来るだけ御免被りたいものだ。
しかし、異国の方って、凄い表現だな。まあ外見からして今の俺は真冬用のダウンジャケットを着ているので、中世然とした周囲から浮きまくってるから、そうなんだろうけど。
あと、何故このアラブさんはこんなに日本語が普通に話せるのか、違和感が激しいのだが、まあ夢なので細かいことは気にしても仕方ないか。
「そ、そうですそうです。日本からやってきました。フロムジャパーン」
外人と見るや怪しい英語が出る。外人ならゲルマン系だろうがアラブ系だろうがロシアンだろうがブラックさんだろうが全員英語、という何とも安直な思考回路であったが、とにかく第一声を出してみた。日本人だと言うのも、場合によっては地雷だったりするが、まあ夢だしな、もういいじゃん。
「ニホンですか、寡聞にして知らないですね」
そうですか、アラブさんは日本をご存じ無いですか。結構中東には投資したり援助したり、自衛隊派遣とかもしてるはずなんだけど、市井の一般人なんてそんなもんか。まあ、アメリカとかでも未だにサムライハラキリゲイシャとか言ってるのが居たりするらしいからなぁ。というかホントにここどこっていう設定なんだろうか、俺の夢。
若干思考が飛びつつある俺を尻目に、アラブさんは何やらニコニコ?しながらこっちを見ている。ゴツい中東おじさんに満面の笑顔されても、全然萌えないなぁ。などと更にあらぬ方向に考えが飛びかけたところで、アラブさんは口を開いた。
「その左手首にお召しになっているもの、相当な逸品とお見受けいたしますが、いかがですか?」
左手首?と聞いて俺は自分の左手首を見た。そこには、嫁さんから結婚記念日に貰った、結婚指輪と同じくらい大事なアイテム、腕時計があった。総チタンの、防塵防水機能を備えたソーラー電波時計である。クロノグラフタイプではなくて、すっきりした文字盤だけのシンプルなものであった。メカメカしてるのも格好良いとは思うが、こっちも見やすくて好きである。そう言えばさっき電波受信させたんだったが、やはり意味は無かったようだ。
「ああ、これですか。うん、確かに割と高いと思いますよ、20万くらいかな」
所謂海外高級ブランドの宝飾時計ほどではないが、国内メーカーのシンプルな時計にしては良い値段がする腕時計であった。まあ、嫁さんから貰った時点でプライスレスではあるが。
「20万!やはり値が張りますな」
見た感じ何となく裕福そうな目の前のおっさんにすれば、20万くらいどうでもいいような気もするが。通貨の単位でも違うんだろうか。でも日本語ペラペラなおっさんが、そんな勘違いするかね?
「そうですか?まあ、今時腕時計にそんな金かけるのは道楽っていう人もいますからね」
ただ、所謂海外高級ブランド勢に比べれば可愛いもんである。
「ほう、腕時計というのですか。ちなみにあなた様は確かその、ニホンという国から来られたのですよね?」
「ああ、そうです、日本ですよ、ジャパーン。遠い遠い海の向こうからですね」
やはり取り敢えず適当な英語が出てしまうな。相手は日本語ペラペラなんだが、ついつい。酔ってるせいでもあるんだろうけど。
ちなみに、日本のどこか、まで言わなかったのは、どうせ何県だ、とか言ったところで分からんだろうし、というところだ。
「ニホン、ジャパーンですか、やはり聞いたことの無い名前ですねぇ」
おっさんが首を傾げる。んー、鎖国でもしてるのか、孤島なのか、それともド田舎なのか?と思いきや、そうだこれは夢だった。だからそういう設定なんだ、と思う。うん、夢か。つーか、日本語喋ってんのに日本知らんとか、どんだけ。まあ、夢でアラビア語喋られても困るけど。
「ちなみに、その腕時計とは、名前からすると、もしかしてあの、時刻を見る時計なのですか?」
「そうです、よ?」
ここまで来て、俺は自分の夢の設定の突っ込みどころ満載具合に思わず眉をひそめる。
日本を知らないのに日本語ペラペラなおっさん。相当な逸品とか言いつつ、腕時計が何かも知らないで、価値なんか分かるのか?あー、通じて便利な言葉はともかく、世界観的には中世以前て感じか?まあ、中世ヨーロッパの遺跡群は好きで行ってみたい場所も多いから、夢でタイムスリップでもしたか?まあ、それならそれでロールプレイでもするか?と思い、俺は対応の方針を変えることにした。
「……そうですよ、これが1周すると12時間、あ、いや2周すると、1日になるのです」
時間という概念がきっちりあるのかどうかは怪しい。つうか無い方がそれっぽい。
「ほう、そうですか」
「この短い針が、12、ってこの数字分かります?」
「もちろん」
バカにするな、という思いか、こっちの子供に教えるような態度が気に食わなかったのか、おっさんが一瞬凄む。ひいっ、夢でもやっぱり怖いよ。
「あ、いや、表記方法の確認ですよ。私の国とで違うかもしれないでしょ?」
そういうことでしたか、あはは、と区切りをつけたところで、話を続ける。数字は共通であるらしい。アラブさんだけに、アラビア数字は読めるのだろうか?んな訳無いか。
「……で、この腕時計はソーラー式なので、電池切れの心配がないのです」
「電池切れ?」
「ああ、すみません。ええっとですね、要するに、光に当てている限り、動力源が尽きないとでも言いましょうか、動き続けるんですよ」
「おお!ひょっとしてマジックアイテムですか?」
……このおっさん何気に重要なこと言いました。マジックアイテム、とか言いましたよ。
ゆっくりまったり続きます。




