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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、降り立つ
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第19話 伝承

 食堂に移動し、相変わらず何とも言えない食事をいただいた。腹が減っているから美味くなる、ってのを期待したのだが、肥えまくった現代人の舌はそうそう騙されないらしい。素材の味とか言ったところで、品種改良が進んだ野菜ばかり食ってたのだし、何とも言えないな。食事を終えると、俺はその場で桜さんに尋ねた。


「桜さ……、桜、食事の前に言ってた話だけれども」

「少しお待ちくださいませ、アロイス様」


 そう言うと、意味深な笑顔を浮かべたまま、彼女は席を立って給仕の2人と二言三言言葉を交わした。給仕の2人は、メイドのエリーさんとサマンサさんであるわけだが、何やら納得したような表情で食堂から出て行った。あー、俺耳悪いから、何話してるか全然聞き取れないんだけど。


「どうしたの?桜」

「大したことではありませんわ、アロイス様」


 そう言いながら、桜さんは俺の正面に座った。食事の後とか、今までなら横に座ってたのに、どういうことだ、何が起きているんだ。


「桜」

「はい、何でしょう」

「何で俺の横に座らないんだ?」


 俺は意を決して聞いてみた。桜さんは一瞬どういうことか分からなかったようだが、すぐに合点がいったようで、頬に手を当て、はにかみながら言った。


「まあ、そんなに私のことを気に入られました?」

「ま、まあ、うん」


 俺の返事を聞いた途端、桜さんは、満開の桜たちが起こす桜吹雪のような、心を奪わんばかりの輝く笑顔を俺に向けた。そして、その表情は徐々に恍惚とした、余韻を楽しむようなものに変わっていった。視線は若干の熱を帯び、蛇のように絡まるようにも思われた。あかん、こんなんに豆腐メンタルで勝てるわけないわ。

 マリアナ海溝よりも深く沈められた俺の理性であったが、桜さんがすんでのところで引き上げてくれた。頬に当てていた手を下ろし、テーブルの上で両手の指を絡めると、若干拗ねたような表情を見せた。


「嬉しいですわ。でも、アロイス様ったら、横に座ると、いつもお話どころじゃなくなりますもの」


 それを言われると否定できないな、うん。まあ、正面でも既に破壊力抜群だけど、間にテーブルがあるから確かに手は届かんわな。


「そ、そういうことね」


 俺は納得せざるを得なかった。桜さんが触れられる距離に居ると、どうにも自制が利かないんだよな。彼女が抜群に魅力的なのは確かなんだが、ここまで飢えてたのか俺、という気はする。

 話が進まなくなるな、今は桜さんの話に耳を傾けよう。


「で、俺の役に立つかもしれない、という話をしてくれるかい?」


 桜さんは佇まいを正した。一気に空気が張り詰める。え、何?何が始まるの?


「アロイス様」

「は、はい、何でしょう」


 思わず他人行儀な素に戻る俺の様子を見て、桜さんは微笑んだ。


「そう力まないでくださいませ。ひょっとしたらお役に立つかもしれない、というくらいの話ですから」


 どこにでもいる奴隷の世迷い事かもしれませんよ、と桜さんは笑った。いや、こんな奴隷どこにでもいたら怖いわ。


「わ、分かったよ。でも、俺が色々と判断するには、何にせよ情報が少な過ぎるんだ。色んな話を聞かせて欲しいんだけど、頼めるかな?」

「分かりました」


 桜さんは、静かに話し始めた。彼女のような、どう見ても奴隷から一番遠そうな人が何故奴隷などやっているのか、それも合わせて教えてくれた。


 桜さんの話によれば、彼女はここから恐らく遥か東方よりやってきたらしい。外見的に日本人と見れなくもなかったので、念のため日本から来たのかと聞いてみたが、違うという話であった。彼女は、地方を治める豪族の家に侍女として仕えていて、元々は仕える家の命を受けて隊商と共に旅をしていたのだが、その隊商が旅の途中で盗賊団に襲われて壊滅。彼女は盗賊団に捕まり、奴隷として売り飛ばされた。そして、奴隷商の元を転々とし、俺に買われる数日前に、メニカムさんのところへやってきたらしい。恐らく東方、という曖昧な彼女の表現は、もう自分がどこをどう移動したか正確には分からないから、とのことだった。道理でこの辺りのことに疎い、という訳だ。

 そして、桜さんの故郷には、こんな伝承があった。この世界には『八徳』と『七つの穢れ』というものがあるという。徳か穢れか、どちらかを全て修めた者は、それぞれを守護する者から祝福を受け、己の願いをひとつだけ聞き入れられるという。更に、これは故郷では単なるおとぎ話ではなく、現実にある話であるとされているらしい。というのが、実際に修めたという人間が歴史上いるとのことであった。

 伝承にまつわる細かい話は。桜さんはあまり知らないらしいが、伝承に詳しい高位の巫女や禰宜であれば知っている可能性が高いというのだ。


「……そのひとつだけかなえて貰える願いで、アロイス様の故郷への帰還をお望みになれば良いのではないでしょうか」


 桜さんの話は、そこで終わった。俺は少し考えた。

 彼女の話を、余りに荒唐無稽だとぶった切るのは簡単にできることだ。普通の状況なら、確実にそうするだろう。何言ってんだこのサイコ野郎、どんなにイイ女でもカルト教団はお断りだ願い下げ、お引き取りくださいマセ、っていうのが正直なところだな。が、今の状況は、その前提条件がそもそも違う。普通の状況、とはまず言い難い状況だ。俺はこのクソ文明度の低そうな王都とやらにいきなりやってきて、とびっきりの美女奴隷をスマホと交換で手込めにしたと。それから味気の無い飯を何度か食い、恐らく悪過ぎる衛生環境に適応できずに病気にかかり死ぬほど苦しんだと。そんな話を、誰が信じる?サイコ野郎はお前だ、措置入院ヨロシク、続きはカウンセラーに話してね、で終わりだな。そう、俺の方も大概な話をしているのだ。しかも手込めにした美女相手に。そろそろマルヤさんでも出てこないかな、実は美人局でした、って言われる方がどれだけ安心するか分からん。

 というか、桜さんの話は、全部とは言わないが、一部ウソが混じっていると感じた。というのも、隊商を襲うような盗賊団がこんな上玉を喰わずに奴隷商に売るとか、とてつもなく違和感がある。そもそも彼女から時々漏れ出るオーラは、はっきり言って常人のそれでは無い。周囲を圧倒し、平伏させるだけの力が、彼女にはあると思われる。そんな彼女が、何故、俺ごとき平凡な人間にウソをつくのかは分からないが、彼女にも事情があるのだろう。そして、そう、彼女がウソを言っていようがいまいが、俺には選択肢がほぼ存在しない。桜さんという協力者を欠けば、俺はこの世界でそもそも生存できない可能性が高いのだ。

 その致し方ない状況というのはさておき、俺はこの荒唐無稽な話を信じてみることにした。どうせ行動規範もクソも無いのである、どうせ騙されるならとことん騙されてやろうじゃないか、そっちの方が面白いわ。いやー、俺ってワイルドだろ?どうせやることヤっちまってるし、もう後には引けないんだよ。毒を食らわば皿までよ。

 と、思考回路は迷走したが、最終的には、桜さんの話すことだし、仮に違っていたとしても、彼女は伝承レベルだと始めに断りを入れているのだから、別に彼女に非があるわけではないのであって云々。


 しかし、桜さんの話を信じ、その詳しい巫女さんとやらに情報を聞くとして、彼女の故郷に、どうやって行けばいいのだろうか。彼女が途中まで一緒にいたという隊商のようなものがあれば良いのだが、タダで一緒に行かせて、というのは無理な話だろう。相当な遠方のようだし、路銀も無いままではどうにもならない。どうにかならんもんかな。やはりここはメニカム氏に頼るしか無いのか。

 そんな俺の心を察したのか、桜さんから素敵なアドバイスがあった。


「護衛として雇われる形で、東方に向かう旅団などに同行できれば、路銀の問題はある程度見えてくるのですが」


 それだ、それイタダキ。死ぬ気で盗賊団と戦う、……訳ないだろう。身体能力的に無理がありすぎて笑いしか出てこない。


「あはは、そりゃ無理だわ、桜。ちなみに桜は何か武芸を修めているのかい?」

「そうですか?まあ、アロイス様は武芸はあまりお得意ではないご様子ですけれども。私は剣術を少々、という程度です」

「ほう、剣術か、凄いじゃないか」

「護身に役立つかな、という程度のものですよ。以前の主人は達人でしたけれど」


 そんなこと言いながら実は空前絶後の腕前とかに違いない、きっとそうだ。もう糞の役にも立たない自尊心なんか捨てて、ヒモ生活でもいいかなー、なんて邪な考えが一瞬頭を過ぎった。いかんいかんいかん、そんなことが嫁バレしたら、それこそ地獄を見るに違いない。子ども達に合わす顔もないではないか。もう既に無いような気もするが。

 しかし、以前の主人、か。もう桜さんは、その地方豪族の家との主従関係は切れていると考えているのだろうか。


「……あ、そういうことですね。私は奴隷身分に堕とされたので、もう侍女には戻れないのです。故郷に戻っても私はアロイス様の奴隷であることには変わりませんわ」


 俺の内心の疑問に対し、桜さんがニコニコしながら補足説明をしてくれた。この娘は読心術でも使えるのだろうか。つーか、奴隷に堕としたのは俺じゃなかったっけ?俺、その主人に殺されそうな気がするんだけど。

お読みいただきありがとうございます。

ちょっと話が動き出しそうです。

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