第17話 旅愁
連続投稿ですよ、奥さん
俺は途方に暮れた。
いや、どうしろと。空想や創作ならともかく、実際に自分の身に起こると、本当にどうにもならない。
国内でもない、どこなのか全く分からないところに、いきなり放り出されて、全くノーヒントで生還しろって、どんなサバイバルだよ。「生きる力」ったって、限度があるな。
とりあえず、無駄なんだろうなと思いつつも、俺はこの王都とやらに来た当初にいた、広場に行ってみることにした。あの時、前に進まず、後ろに戻っていれば、こんな事態には陥っていないはずだったのだろうか。でも、それだと桜さんと出会えてないか、それはそれで惜しいな。あー、でもどうだろう、帰った時に血の海を見ることになりそうな予感からすると、そのまま後ろ向いて戻った方が賢かったんだろうな、きっと。
ぼんやりとそんなことを考えながら、広場に着いた俺は、絶句した。
「・・・は?」
なんと、俺が来たであろう方向は、壁であった。
俺は壁に駆け寄った。特に何か細工がされている風でもない。何の変哲もない、煉瓦か何かでできた、ただの壁だ。
あれから時間が経過しているんだ、店の配置が変わって俺が勘違いしている可能性は?俺は必死であの時の自分の動きを思い出した。そうだ、俺はこの広場から、真っ直ぐ歩いて出たのだ。いろんな店を見たが、途中で曲がった記憶は無かった。ということは、やはり俺は壁から出てきた、ということか。そんな馬鹿な。
俺は、店の裏にいきなり入ってきた上に壁に向かってぶつぶつ言っているおっさんに、怪訝を通り越して引き気味な屋台のおじさんに、話を聞いてみた。
「すみません、こちらでの商いはいつからされていますか?」
「いつからって、俺は生まれも育ちも王都なら、ギルド登録もずっとこの王都だが。俺の顔を知らないなんて、あんたこの街区の人間じゃないだろ」
「あ、そうではなくて、この場所です。この屋台は以前からこちらに?」
「ああ、そうだよ。ここ何年かはずっとここだよ。ギルドの取り決め通りだ」
「そうですか。では、2、3日前に、スーツ姿、えーっと、この辺りであまり見ない変わった姿の男がこの辺りに来ていなかったですか?」
「その前に、あんた誰だよ。人の店の裏にいきなり入ってきたと思ったら、壁に向かってブツブツ。気味悪いぞ」
確かにその通りだ。俺なら問答無用で閉じ込めて通報するレベルだな。
「ああ、申し訳ない。ちょっと急ぎ確認したいことがあって、慌ててしまいました。私は…」
その時、俺の名前を呼ぶ声がした。声の方を向くと、桜さんが小走りでやってきた。
「やっと見つけました。急に走られて、どうされたのですか?アロイス様」
屋台のおじさんも彼女の方を向いて、そして何故か固まっていた。
「私を置いていかないでください」
なんか怒ってる。笑顔だけど、これは桜さん絶対に怒ってる。
「すみません」
俺は、条件反射的に謝っていた。習慣って怖い。何故か屋台のおじさんも一緒に謝ってた。いや、あんたが何故謝る。
仕切り直して聞いた屋台のおじさんの話では、俺の姿は見ていないということだった。近くにいた知り合いにも聞いてもらったが、やはり俺を見た人はいなかった。
「あんたみたいなぎこちない動きする人、一回見たら忘れないと思うんだけど」
別の屋台のおばさんの言葉だ。うん、ごもっともな意見だ、昔から良く言われてたよ。
何が何だか良く分からないまま、メニカムさんのくれた家に戻ってきた俺は、失意と混乱の極みにあった。
一体何だ、これは。
週末だから、今のところ仕事への影響は無いけど、家では大騒ぎになっていることだろう。というか、大騒ぎになっていて欲しいな。居ても居なくても変わらんとか言われたら、さすがにお父さん心折れそう。
また味気ない晩飯を食って、桜さんに体を拭いてもらっていたら暴走して、そんな感じで3日目は終わっていった。
そして、俺が夢ではないことを確信する出来事が起こった。
もしこれが夢ではなく現実ならば、薄々そうなるのではないかと思っていた。ろくでもないことは被るわけで、俺は体調を崩した。
そりゃ、公衆衛生の概念がどう考えても21世紀の日本よりも薄そうな場所だ。晩飯で水が出てたけど、あれだってどこまで綺麗なのか分からないのだ。
インドに行く旅行者が、まず洗礼を受けるのが風土病たる赤痢らしい。聞いた話では、ひどいのになると1ヶ月の滞在期間中ずっと入院してた人もいるらしい。そうなのだ、限りなく滅菌された、衛生的な現代日本の都市での生活に慣れきった人間の体は、野生にはいきなり耐えられないのである。
結局はおもいっきり下したわけだが、その処理の様子を見て俺は悟った。ここにいたら、俺は死んでしまう。
激しい腹痛と、体温計も無いので何度か分からない高熱、頭が割れそうなくらいの激しい頭痛に蝕まれながら、俺は桜さんに抱かれて子供のように泣いた。情緒不安定の極みだったのだろう、アラフォーのおっさんが、美女の胸で鼻水垂らしながら泣きじゃくるという、何とも情けない絵面であった。
その後、何度か寝て起きてを繰り返し、ようやく回復してきた。水分補給にと出された生水は断り、しっかり煮沸するように頼んだ。水が原因と決まったわけではないが、用心に越したことはない。
医者や薬師の診療を受けることも、ファンタジーっぽく回復魔法をかけられることもなく、ひたすら桜さんに抱かれたまま、自力で俺は何とか病の苦しみを乗り越えたようだ。ようやく頭がはっきりして来たとき、時間の感覚は飛んでしまっていた。
「おはようございます、アロイス様。お加減はいかがですか?」
「あ、ああ、だいぶんマシですね」
何度か目の目覚め、俺は桜さんの顔を落ち着いて見られるまでに回復していた。ずっと俺の世話をして、抱いてくれていたのだろうか。
「それは良かったです」
安堵したような、嬉しいかのような、彼女の微笑が、以前にも増して眩しかった。
「ありがとうございます。ところで、私はどれくらい寝てましたか?」
「ちょうど2日ですね、アロイス様」
俺は桜さんに頼んで、机の上に置いてあった腕時計を持ってきてもらった。腕時計のカレンダーで確認しても、俺は彼女の言うとおり、2日寝込んでいた計算であった。もう、こちらに来てから5日は過ぎているのだろうか、週も明けて、仕事も始まっているだろう。ああ、あの報告書、月曜日が締め切りだったのにな。
「熱でうなされておいででしたよ」
ぼんやりと、仕事のことを考えていた俺に、桜さんが告げた。
「そうですか、……何か言ってましたか?」
「帰りたい、家に帰りたいと」
俺の問いに、桜さんは小さく答えた。俺は静かに目を閉じた。家に帰りたい、か。まるでホームシックにかかった子供じゃないか。
「そう、帰りたいか。そうだな、確かに帰りたいな」
「……祖国に、ですか?」
「そ、そうだな」
桜さんてば、祖国って、堅い言葉使うんだな。俺が若干戸惑っていると、桜さんは真面目な表情になった。
「私も、一緒に行けますか?」
俺は、どう答えたものか迷った。
更新できるときにやっとかないと…。
予約投稿?そんな余裕が欲しいよ。