第16話 どうしよう
久し振りに更新です。
長かった…。
メニカムさんは、すぐに出てきた。本当にすぐだった。
「おお、アロイス様、いらっしゃいませ。ひょっとして、時計の手入れですか?」
時計と聞いて、俺は一瞬考えたが、そうだスマホのことだ、と思い出した。
「え、ええ、そうなのですが、よろしいですか?」
メニカムさんは少し様子を伺うような顔をした。俺がはっきりしなかったのを訝しく思ったのだろうか。
「いや、何だ。はは、私の地元ではそれは時計とは言わないもので。」
「ほう、では何と?」
メニカムさんの目が輝いた。なんか、鋭い眼光、って表現がとっても合いそうだ。
「スマホ、スマートホンと言うのですが、聞いたことはありませんか?」
「いえ、聞いたことはありませんね」
若しくは、とブランド名を言ってみるが、やはり知らないと言う。どうも、文化圏が全く異なることは確かだ。
「では、持ってきていただいても?」
「ええ、勿論ですとも、勿論ですとも」
えらい勢いだな、おい。なんかもう、嬉しくて堪らないといった感じだ。あんまり笑顔を振りまかれると、逆に怖いよ。
メニカムさんは、一緒に出てきていたレアさんに、スマホを取りに行かせると、一緒に来ていた桜さんに気付いた。
「あ、桜さ…んも、いらっしゃいませ?」
何故語尾を上げる、語尾を。そんなメニカムさんに、桜さんは普通に挨拶をした。
「こんにちは、メニカム様」
「うおっと、これは失礼を。こんにちは、桜さん」
っていうか、本当に気付いていなかったのか。しかし、この二人のやりとりは、若干を通り越してかなり不自然なのだが、まあ気にしても仕方ないか。とか考えている俺に、メニカムさんが小声で話を振ってきた。
「ところでアロイス様」
「はい、何でしょう」
「桜さんは、その、お気に召しましたか?」
「は?」
俺は当初、何を聞かれているのか、全然分からなかった。が、ニマニマという表現が合いそうなメニカムさんの表情を見て、程なく意図を察した俺は、どう答えたものか迷った。男はこの手の話題好きだけどさ、まあ。
「え、あっと、まあまあ」
と、適当に答えようとしたその瞬間であった。ある意味凄まじい殺気の様な気配と共に、不穏な空気を桜さんの方から感じた俺は『え?それ地雷なの?』と一瞬戸惑ったが、すぐに嫁さんにより鍛えられたスキルを発揮した。
「あ、いえ、とっても良かったです。最高にお気に召しましたです、ハイ」
「お、おお、それはそれは、ようございました」
完全に気配に飲まれた男二人であった。しかし、あんたもそういうタイプなのね、桜さん。以降気をつけよう。
さて、そうこうしているうちにレアさんがスマホを持ってきた。
「いやー、来られるまでに何度も見ましたが、これは凄いですな。こんなものがこの世に存在するなんて、現物を前にしても、なかなか信じられませんよ」
メニカムさんの話もそこそこに、俺はスマホを受け取ると、画面を確認した。まずは電波状況の確認だが、どうやら通信会社の電波は入っていないようだ。が、WiFiの電波は入っているように見えた。ん?どこかに無線APでもあるのか?電池残量も見たところ、不思議なことに減っているようには見えなかった。まあ、使ってなかったから、これはそんなものなのかもしれない。
ロックを解除して、機能の確認をした。電話は、家や嫁さんの携帯に発信してみるも、電波がきていないせいだろうが、全く繋がらなかった。ネットも、WiFiが入っている表示のわりには繋がらなかった。良く分からんな。メールもSNS系の通信アプリも新しいメッセージは入っていなかった。職場のシステムから毎朝きていたメールも無いようだから、少なくとも昨日、土曜日の朝の段階では接続が切れている、というところか。
これは期待できないかな、と思いつつ、地図アプリを起動した。お、なんか通信しているっぽいな。これはGPSで現在地が分かるかも、と期待しながら俺は画面を見ていた。
「……、何コレ?」
俺の見ていた地図アプリの画面は、グレーアウトしていた。おい待てコラ。
「はあー!?マジで?」
思わず悪態をついてしまった。
これは他のツールを見ても意味無いな、と思った俺はスマホをテーブルに置いた。ひとつ、大きく息をついた。
「ア、アロイス様」
声の方を向くと、恐る恐るという感じで、メニカムさんが声を掛けてきていた。ああ、さっきまで険しい顔で画面見てたからかな。ついつい確認作業に集中してしまった。
「ああ、申し訳ない、少し状況を確認してましてね」
「状況、ですか?」
「ええ、実はこの機械は、まあスマホと言うのですが、このスマホは時計以外にも幾つか機能がありましてね」
そこまで言って、ふと俺は思い至った。この感じでは電話もともかく、他のアプリやらのことも、どうやっても伝わりそうにない。どうしたものかと考えていると、桜さんが助け船を出してくれた。
「アロイス様、メニカム様はそのスマホの模様が、アロイス様の操作で次々と変わっていくのを、とても興味深そうにご覧になってましたよ」
「そ、そうなのです。その時計、スマホというのですか、その上に文字のようなものが幾つも現れては消えていく、そしてアロイス様、あなたは目にも止まらぬ速さでそれを読んでいかれる」
メニカムさんは感極まったような感じで、俺に向かって言った。
「アロイス様、あなたは、あなた様は一体どういった方なのですか?」
その後、興奮のあまり暴走したメニカムさんを何とか鎮めた俺は、スマホという名の時計を置いて、彼の店を出た。家や使用人を手配してくれたことのお礼も伝えたことは伝えたが、心ここにあらず、という感じだった。ここでは、人前でスマホの画面操作をしただけでこうなるのか。他にもうっかりやらかさなければ良いのだが、まあ難しいだろうか。
しかし、騒動を抜けて一息ついたところで、俺の意識は一気に現実に引き戻された。改めて周囲の風景を見る。このヨーロッパの中世然とした場所に、何故俺はいるのだろうか。
通りを馬が歩いていく、糞をしながら。あの糞のように、俺もこの場所に落とされたのだろうか。つーか馬か、日本の都市部ではもう競馬場くらいでしか見ないよ。あー、なんか、どうなってんだ。
俺は、途方に暮れた。
なかなか時間が取れないのです。
悲しいのです(ToT)