第15話 過ぎたるは…
じ、時間が無い……。
メニカムさんのところへ向かう前に、まずは桜さんに話を聞いてみることにした。
寝室に戻った俺と桜さんは、取り敢えず座った。椅子はひとつだけだったので、桜さんを椅子に座らせ、俺はベッドに腰掛けた。逆は、なんかもう危険過ぎる香りが。
「桜さん、ちょっと聞きたいんですけど」
「はい、何でしょう、アロイス様」
そう言えば、俺の呼称がご主人様からアロイス様に変わってるな。あれか、やっぱり男女の関係になったからか?まあどっちでも良いか、ご主人様は若干痛い印象があるから、逆に良いかも。って、今はそうじゃなくて。
「……つかぬことを聞くんですが、ここはどこか分かりますか?」
桜さんが、きょとんとした顔でこちらを見ている。そりゃそうだ、俺でもそんな事聞かれたら、相手の頭を疑うな。
「あ、地理に疎くてね。この街の正式な名前とか、知らないんですよ」
「そうなのですか。ここは王都ですよ、アロイス様」
王都か、そうか、そうなのかー、王様とかいるわけねー。って、おい、何そのざっくりした説明。
「王都ですか、ちなみに何て言う名前の王様がおってなんですかね」
そう言えば、王宮がどうとか、メニカムさんが言ってたな。桜さんは、少し困惑したような、申し訳なさそうな顔をして言った。
「申し訳ないのですが、王様の名前は分かりません。私は一介の奴隷ですので、そういう話は全く聞かされていないんです」
どうやら、桜さんはあまり情報を持っていないようだ。国外からやってきたのかもしれない。
「あ、知らなければいいんですよ、気にしなくても。あと、この国の名前は知ってますか?」
「確か、ガリアス王国とか言っているのをどこかで聞きました」
ガリアス王国?全然知らないなぁ、そんな国あったっけ?
その後、加えてそのガリアス王国に関する事、その風土などや、桜さん自身の出身地等について、幾つかの事柄を聞いた。固有名詞も出たことには出たが、俺の全く知らない名前ばかりだ。そこで、俺はある程度の結論、仮説に至った。
非現実的だが、ここはどこか俺の知っている世界とは違う世界なのかもしれない。単に社会が違うだけなのか、それとも地球ですらないのか。
……つーかだな、ここは、名前も聞いたことのない、なんとかいう王国の首都で、成り行きで買った美人奴隷とヤリまくりんこだと。はあ?そんなバカなことが起こってたまるか。今日は土曜日で、俺は子供と公園で遊んでいるはずだったのに、何これ。
俺は、信じられなかった。雰囲気的には夢ではなくて、どうやらこれも現実であることを受け入れるしかなさそうではあったが、そうすんなりとはいかなかった。
「そうですか、あ、いや、もういいです。ありがとう」
精神的疲労を感じた俺は、桜さんに手のひらを向けて、もういいとジェスチャーをした。
「お役に立てず申し訳ないです、アロイス様」
桜さんが、とても申し訳なさそうな顔でこちらを見ながら謝罪の言葉を口にした。
「いえ、桜さんが悪いわけではない……」
そう言いながら桜さんの輝くような美しい黒目を見た瞬間、俺は彼女に引き込まれた。何故だかどうしようもなく彼女が欲しくなった俺は、ベッドから立ち上がると、椅子に座ったままの彼女を抱きしめた。
「え、あ、アロイス様?」
「そんな顔されたら、いじめたくなるよ」
戸惑うそぶりを見せた桜さんの耳元で小さくささやくと、俺は彼女の耳たぶを優しく噛んだ。
「あっ」
俺は、彼女を椅子から立たせると、そのままベッドに押し倒した。
―――
その後、一日桜さんと乳繰り合っていた。疲れて寝て、起きてまた疲れて寝て、を繰り返していたので、もう時間も良く分からなくなっていた。晩飯の間にベッドメイクをしてくれたらしいメイドのエリーさんが、顔を真っ赤にさせながらも、なんかもうまるで汚物でも見るような冷たい目で俺を見るという、器用なことをしていたが、まあ、なんだ、君もどう?なんて軽口は俺には無理だわ。つーか完全にセクハラだ、セクハラ。
ああ、乳繰り合っていた、といっても、俺が一方的に乳を繰っていただけで、俺は繰られていない。俺にそんな趣味はないのだ。嫁さんにいじくられても、全然気持ち良くならなかったな。おお、そういう意味では、桜さんにいじくられたらまた違うんだろうか。分からんな、いや、いい加減この話題から離れよう。
しかし、やはり異常だろう、これ。元気すぎるを通り越して、止まらないのだから。盛りの付いた犬かよ、全く。加えて、どうにも頭がぼんやりしているような気がしてならない。仕事終わりに酒を飲んだ帰りに昼間の広場に出たのだから、時差ボケっぽくなって体内時計の感覚がなかなか合わないのかもしれないな。
地頭もともかく、近頃は仕事で本気で頭使うこともないので、回転が悪くて蜘蛛の巣でも張ってるんじゃないかとは思っていたが、ちょっとこれは違和感を感じるレベルだな。
結局その日は、一日中家から出ることなく終わった。
次の日、ようやく俺はメニカムさんに会いに行った。
執事とやらのムルスキーさんの案内で、俺と桜さんは連れ立ってメニカムさんのところへ向かっていた。
「メニカムさんには、すぐ会えるのだろうか?」
俺が独り言をついつい口に出してしまうと、ムルスキーさんが返してくれた。
「マジックアイテムには目の無い方ですから、他のことを押してでもお会いになると思いますよ」
正直なところ、一刻も早く確認したい。可能であれば引き上げて手元に戻したいのが本音だ。しかし、取引して双方合意の上譲渡しているからなぁ。しかも完全にアウェーな土地と思しき場所で、いきなり好感度を落とすような行動は取りたくない。それはもう明らかに自殺行為だ。これは久し振りに本気で仕事モードにならんと不味いかもしれんな。
俺は密かに気合いを入れた。交渉事は、それなりに経験があるとは言え、職業柄や職務内容的に、上位からの『お願い』という名の指示ということが多かったので、正直下手に出る交渉は『仕事では』あまり経験は無い。が、そこは何とかなるだろう。嫁さんに鍛えられた俺なら、どうにでもなるはずだ。大丈夫、ダイジョウブ。
ちなみに、隣を歩いている桜さんの服装は、街の他の人たちと同じような、地味な色のものだった。昨日の服は?と聞いたら、あれは日中に着て出歩くと目立ち過ぎるので、と何故かムルスキーさんが答えてくれた。まあ、紅白だしな、確かにこんなくすんだ街の一角であんな服着てたら、悪目立ちしそうだね。
道中確認したいことを考えていたら、いつの間にかメニカムさんの店の前まで来ていた。さて、どうしようかな。
我ながら、展開が無いなぁ(苦笑)
もう少ししたら、ちょっと動き始める予定です。