第13話 夢か現か
目が覚めた。隣には、この世のものとは思えない美貌を持った女性が、静かに寝息を立ててていた。俺は、彼女に暫し見惚れていたが、ふと重大なことに気がついた。
そう、俺は、アロイスのままだった。しかし、そんなに深くは考えなかった。まだ周囲が暗かったのだ。きっと夢が続いているのだろう。そう考えると、俺は横で寝る美しい女性、桜さんとの伽を思い出し、思わず身を震わせた。
凄い経験だった。俺は現実では嫁さんしか知らなかったが、夢とは言え、あんな快楽を得るとは思わなかった。全てが現実味があり、夢とは思えない実感があった。しかし、これは夢だ。もう一度、夢から覚める前に貪りたいという衝動に駆られたが、桜さんの寝顔は余りに無防備な少女のそれに似ていて、蹂躙することは躊躇われた。
そんな紳士の振りをした俺だったが、この無防備な桜さんを見ていると、簡単に欲情し性欲の高ぶりを感じてしまうのも確かだった。最近ご無沙汰だったこともあるのだろうが、この可愛いと美しいの絶妙な境にあるような、俺の好みど真ん中なルックスに、エンジェルリングを映す、美しい艶のある黒髪。均整の取れた肢体。艶めかしく胸元から覗いてみえるその谷間。そんないい女が、俺の真横で安らかに寝息を立てていた。まるで、好きにしてもいいと言っているような、そんな錯覚を覚えた。まあ、実際好きなようにしてしまったわけだが。
俺は、いい女の前では、どうしても挙動不審になった。苦手であった、コンプレックスを思い切り刺激されるようで。変に意識してしまう悪い癖があった。しかし、目の前の極上の女は、俺の奴隷だと、所有物だとまで言っていた。そのせいかどうかは分からないが、比較的負い目のようなものを感じることは少なかった。それどころか、据え膳食わぬは、ではないが、夢の中でくらいヘタレはやめたい、桜さんとの触れ合いの途中から、そんな思いに駆られていた。
色んな思考が綯い交ぜになる中、俺は、何だか微妙に思考誘導を受けているような感覚に陥っていたが、どうせもうすぐ覚める夢であるし、そんなに深く考えても仕方ないことだと思うと、全ての考えを棚に上げ、桜さんを抱き寄せた。しっとりとした肌の潤いを感じつつ、彼女の頭から、シャンプーもしていないのに、とても良い香りがするのを不思議に思いながら、まるでモヤがかかっていくように、微睡みに身を任せて、俺は意識を手放した。
目が覚めた。朝日が差し込み、部屋は徐々に明るくなってきていた。俺は、目の前の頭を抱きかかえ、匂いを嗅いだ。良い匂いがした。子供の頭は、良い匂いがすると嫁さんが言っていたな、そう言えば。俺は、はっきりしない頭で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
ふと、下半身に湿り気を感じた。俺は、夢のことを思い出していた。そうだ、あんな凄い、生々しい夢を見たのだ、こりゃ絶対に漏らしてるな。あー、久し振りだな、アラフォーなおっさんでも出るときは出るんだよなぁ。嫁さんに見付かる前に、風呂場で洗わないとな。そう思った俺は、隣で寝ている子供を起こさないように、そっと布団を捲った。
「……え?」
視界に入った俺の体は、服を着ていなかった。つまりは、全裸であった。なぜ、俺は全裸なのか、記憶が無い。忘年会では割と飲んだが、記憶を飛ばすほどは飲んでいないはずだ、意味が分からない。
俺は、まだはっきりしない頭を何とか回転させつつ、この状況を整理しようとしていた。そして、隣で寝ていた子供を見た。そこに居たのは、……子供ではなかった。
「―――!!」
その時の俺の顔は、きっと傑作だったろう。声にならない驚きは、驚きを通り越して俺の思考回路に致命的な混乱をもたらした。え、待て待て待て、何か、まだこれは夢の中ってことか?この状況を見る限りは、夢でしかない、夢でしかあり得ない。しかし、俺の脳ミソは、これは現実だと告げていた。何だ、何なんだこの感覚は。というよりも、一体何が起きているのだ。俺は、あまりの事態に、固まってしまっていた。
どれくらい固まっていたのか、分からないが、状況に変化が生じた。俺の隣で寝ていた子供ではない誰かが、起きたのだ。長い睫毛が一瞬震え、瞼がゆっくりと開いていく。黒く美しい瞳が現れた。そして、その潤んだ瞳は、ゆっくりと動き、俺の顔を捉えた。俺は、その誰かから目が離せなかった。
「おはようございます、アロイス様」
桜さんは、被っていた薄い布団で、その均整の取れた美しい肢体を隠しつつ、はにかむような仕草を見せながら、俺に朝の挨拶をした。その様を見るだけで、俺はリミッターが吹き飛びそうになるのを感じていた。しかし、何とかその場は踏みとどまった。
夢ならば、そのままあの続きがあったならば、どんなに良かっただろう。刹那の快楽を求め、俺はまた、その艶めかしい肢体を貪ったことだろう。しかし、事はそう単純ではなかった。
俺の感覚は、これは現実だと告げていた。もう日が昇って、夜は明けたのだ。目が覚めていなければおかしいのだ。しかし、実際には、夢の続きそのままの光景が目の前にあった。どういうことだ、どういうことだ、考えろ俺。
そして、ひとつの仮説を考えた。そう、最も現実的な解だ。それは、俺が酒に酔った勢いでナンパした?若しくは買った?キレイなおねーちゃんと寝てしまった、そういうことだ。そうか、それなら納得がいく。きっと軽い女子大生か風俗嬢か何か、ということだろう。お相手が途轍もない美人、というのが気になるが、そこは上手にやったのだろう、きっと。グッジョブ、酔った俺。
……いやいやいや、グッジョブじゃねーよ。どーするんだよこれ、状況的にヤッちまってるだろ、これ。よ、嫁さんにバレたら怒られるじゃすまねーよ。そういやゴム着けたのかな、病気とか大丈夫なんだろうか。あーもうヤダ、朝帰りなんて、死亡フラグが立っているとしか思えんな。
離婚されたらどうしようとか、そんなことばかりぐるぐると考えていた俺の思考を断ち切ったのは、桜さんの手の感覚だった。その艶やかな感触は、俺の手を優しく包み込むと、俺を思考の鎖から解き放った。なんかもう、ほとんど麻薬だわ、これ。
「どうなされたのですか、アロイス様」
桜さんが、俺の顔を覗き込むようにして見上げた。俺は彼女の、濡れたような光沢を湛えた唇にむしゃぶりつきたくなるような、そんな衝動に駆られた。
「あ、いや。……おはようございます、桜さん」
あかん、このままでは歯止めが効かん。しかし紳士な俺は、あまりにツボな格好で迫ってくる桜さんを押し倒したくなる衝動を抑えながら、彼女に聞いた。
「あー、えっと、き、昨日はすみません、私、酷いこと、しませんでしたか?」
えー、何謝ってるの俺、しかも密かに記憶喪失の予防線張ってるし。いや、俺が聞きたいのはそういうことではなくてだな。
「酷いこと、ですか?」
桜さんは、きょとんとした顔で俺を見た。俺の質問の真意を諮りかねている、そんな感じだった。
「あ、その、い、痛くしたりとか、気持ち悪くしたりとか」
いや、そうじゃなくて。何言ってるの?俺。
「あ、あの」
桜さんは、頬を染め、上目遣いで俺を見ながら、小さな声で言った。
「す、少し痛かったですけど、アロイス様が、その、気持ち良いと言ってくださったので、嬉しかったです」
もう無理、紳士無理。
更新は、週1~2回ペースは確保したいです。
まったり続きます。