閑話3 夏織の想い
マサ兄は、分家筋の商家の長男だ。5歳年上の、私にとっては兄のような人である。
橘本家の娘である私は、親戚一同からは色眼鏡で見られることが多かった。朱家の屋号は重く、羨望や嫉妬を抱かれることも珍しくなかった。また、私は本家の長女として、幼いころから相応しい振る舞いを求められた。
型にはめられたくない、という生来の気質もあって、息が詰まりそうな生活を送っていた私を、ある意味解き放ってくれたのが、マサ兄だった。彼は、実家の商家の跡取りになるはずだったのに、家を飛び出し、鍛冶屋に弟子入りした。彼の両親は、当初こそ怒り心頭で、勘当も辞さない態度だったが、彼が本気で鍛冶師を目指して打ち込んでいる姿を見て、黙認することにしたようだ。なんだかんだ言っても、彼の両親は息子が大事なのだろう。
私は、幼いころからマサ兄に良く相手をしてもらっていた。彼が家を出る15の歳までは、たまに橘の家にも来ていて、良く私の話を聞いてくれた。彼だけは、両親にすら告げられなくなっていた私の想いを否定しなかった。私は、一日座敷に座って過ごすなんてまっぴらだった。有能な婿を貰い、子を成し、立派に跡継ぎを育てる。それだけが私に求められていた。
そんな、クソみたいな人生なんて、誰が生きるものか。
そんな想いを抱えながらも、ヘラヘラ笑いながら日々を過ごしていた私の救いは、長男にも関わらず家を飛び出し、自分のやりたいことに向かって突き進むマサ兄の存在だった。
彼が眩しかった、憧れた。
それが、年頃になれば思慕に近い感情に変わっていくのは、必然だったのかもしれない。
しかし、歳がいけば、だんだんと周りの状況も見えてくる。本家の娘である私の思慕の想いをそのまま実らせればどういう結果が待ち受けるか、分からないほど愚かにはなれなかった。
私は、マサ兄への想いを胸に秘することに決めた。その代わりに、思いつく限り破天荒に生きてやろうと決めたのだ。実家を勘当されるなら、それもまた良し。つまらない男に一生傅くくらいなら、泥水を啜ってでも自分を曲げたくはない。そう思っていた時期もあった。
だが、賭場を荒らしても、喧嘩博打をしても、私は実家を勘当にならなかった。親が用意した縁談の席にも、ちゃんと出席はしたものの、態度は酷いものだった。それでも、勘当にはならなかった。
どこまで行っても所詮は良家の娘である私は、本当の意味での勘当や、世間の厳しさを知らなかったのだ。桜殿から聞いたが、親が用心棒を雇っていたことにも気付けなかったくらいだ、とんだ間抜けである。同志春香は、早い段階で気付いていたようだが、私や用心棒、私の両親に気を遣って言わなかったらしい。私は、結局籠の中の鳥であった。
そんな私でも、マサ兄への秘した想いは、墓場まで持っていくつもりだった。ただ、想うだけは許してもらいたい。いずれは婿を取り、子を成し、跡継ぎを産む。ああ、それは受け入れる。だから、この想いだけは、持つことを許してほしい。そう思っていた。
アロイス殿は、不思議な男だ。はっきり言って、頼りない男である。だが、言うことがいちいち破天荒で、実に歌舞いていると感じる時がある。そういう意味では面白い男だ。まあ、口だけだろうが、と初めは思っていた。
何かというとシモの話しかしない、典型的な好色オヤジではあったが、不具ゆえに今まで苦労してきたこともあったのだろう、渋みを感じさせることも稀にある。出来るだけ筋を通そうとしているのかと思えば平気で無体を働くし、間を取り持とうとしているのかと思えばそうでもなかったりと、一貫性が無い。如何せん小物臭が強い男であるが、同志春香の男でもあるので、無碍に扱ったりはしない。
それに、なんだかんだ言いながら、私の生き方を絶対否定しない。それは、傍に居て、確かに心地よかったのだ。
だからだろうか、冬華殿、ハナちゃんを救うため、巫女になることを受け入れろと言われたとき、思ったよりも嫌ではなくて、自分でも戸惑った。元々、心以外は誰とも分からぬ婿にくれてやるつもりだったのだ。だからだろうか、自分が傍にいて、息をしやすいアロイス殿の巫女になる、まずは体を繋げて、という話に、そこまで拒否感は無かった。
この男なら、私の在り方を否定しなかったこの男なら、私の想いも大事にしてくれるのかもしれない。私が、想いを秘するのを許してくれるのかもしれない。
彼の腕の中で、そう、思ったのだ。
勢いだけで書いてるので、ちょっと矛盾とかあるかもです。
先謝っときます、ごめんなさい(苦笑
※後々見直して修正するかも…