第99話 黒幕は誰だ
イキナリ飛びます、飛びます。
気が付くと、何だか記憶にある和室で寝ていた。
「お目覚めですか?アロイス様」
「…お目覚めですよ、桜」
「どうかされましたか?」
まるで悟りを開いたように天井を見つめたままの俺に、桜さんが聞いてきた。きっと首を傾げながらだろうな。
「お加減が優れませんか?」
「お加減はすこぶる優れておりますよ、桜」
「???」
熱でもあると思ったのか、桜さんが寝ている俺の額に自分の額をくっつけた。俺の視界が、彼女の顔で埋まる。
「お熱は無いよう、んんっ!」
離れようとした彼女の頭を両腕で抱え込むと、俺はそのままの勢いで深く口づけた。
「んはっ、ど、どうされたのですか?アロイス様」
「お熱はありますよ、桜」
「え?でも、え?んっ」
戸惑う桜さんを、布団に引きずり込むように抱きこみ、彼女の身体を弄ろうとしたところで。
「寝起きから盛ってんじゃないわよ!」
春香さんに頭を叩かれた。
◇◇◇
「ごめんごめん、このとおり、俺の熱いファトスが溢れてしまってな」
「ファトスが何だか知らないけれど、溢れないように縛ってあげましょうか?」
え、どこを、ナニを縛ってくれるんですか春香さん、そんな高度なプレイ、おじさんはしたことないんだけど。
「そんなところ縛らないわよ!」
「相変わらず飛ばしてるなぁ、アロイス殿は」
「もう隠そうともしていないではないか。羞恥心は無いのか、この痴れ者は」
俺にもな、流石にあるぞ、羞恥心。良い大人ですからね、侘び寂びでございますよ、奥さん。
「俺と秋音さんの間に隠すようなことなんてないだろうに、初心なエロフさんだなぁ」
「むしろ隠すことしかないわ!貴様も隠さんか!」
秋音さんの煽り耐性は、春香さんとどっこいどっこいな気がするな。見た目がキレッキレのセクシーエロフさんなので、ギャップが凄い。初心だからか、照れてちょっと赤くなってるところなんて、もう劣情を刺激しまくりなわけですよ、どうしてやろうか、ぐふふ。
「あ、本妻殿だ」
何!俺の嫁様レーダーには反応が無いぞ!またステルス性能を上げたとな?いやそんなことよりも!この状況は不味い!
俺は即座に服を整えると、桜さんを座らせ、布団に入り目を閉じた。
「…どんな躾け方したらこうなるのよ」
「おお、やっぱり凄いな本妻殿効果は、もう伝家の宝刀だな」
しばらく目を閉じていたが、嫁様は降臨あそばされなかった。
何となく、分かってはいたが、嫁様をフェイクで使うとは、後で覚えてろよ、かおりんめ。
嫁様のお陰ですっかり頭の冷えた俺は、改めて起きると、五人の女性と向き合っていた。すなわち、桜さん、春香さん、夏織さん、秋音さん、そして後から部屋に入ってきた冬華さんである。何故か全員きっちり和装であるが、改めて揃うと、こう、何だ、何と言うか。
「金満オヤジが京都で美女侍らして御座敷遊びしてるみたいだな」
俺は金満ではないけどな!むしろ金欠だけどな!
「御座敷遊びとは何ですか?アロイス様」
独り言に桜さんが反応したので、仕方なく答える。
「そうだなぁ、野球拳とか、帯引っ張って悪代官ごっことか?」
「それ絶対違うでしょ、ねえ、違うでしょ!」
春香さんのツッコミは安定のスルー。
「丁半博打とかはしないのか?」
「博打もあったかな?後は貝合わせとか?」
「貝?ああ、都の遊びでそのようなものがあると聞いた記憶があるな。アサリとか、ハマグリとかを合わせて遊ぶのだったか」
秋音さんは都の話を知っているとか、やっぱり上級国民か、陽キャのパリピ属性なのか。ハイソなエロフなのか。渋谷でウェ~イ、とかやってるハイエロフ。色々とぶち壊しだからやめろ。
まあ、貝合わせの話に戻ろう。
「え?そこは言うならアワビだろ?」
「は?アワビだと?」
要領を得ない秋音さんに、紳士な俺が丁寧に教えて差し上げた。
「貝合わせってのは(以下検閲)」
「そんな遊びがあってたまるか!!!」
「俺も何が楽しいのか良く分からんのだけどなぁ」
別に百合豚じゃないしなぁ、俺。それ見てるだけとか、完全に生殺しじゃねぇか、どんだけマゾいんだよ。
「絶対そういうことじゃないでしょ、それ。ねえ、夏織、どう思う、って夏織?」
「夏織様には、ちょっと刺激が強かったみたいですね、アロイス様」
「そうか、それは悪いことをしてしまったな」
ふははは、調子に乗ったかおりんなど返り討ちにしてくれるわ!
「で、そろそろ馬鹿話も終わりにしないか、ルーデル殿」
ひとしきり騒いだ後で、秋音さんが、仕切り直しとばかりに佇まいを正した。場の空気が少しばかり締まった。まあ、茶化すようなところでもないか。
「では、改めて、皆に聞きたいんだけど、ここはどこで、今はいつなんだ?」
そう俺が言うと、巫女さんズが揃って桜さんを見た。なるほど、そういうことですか。
「で?教えてもらえるのかい?桜」
「もう少しだけお待ちくださいませ、アロイス様、そろそろ頃合いですから」
頃合い?何だ、何かが起こるのか?誰か来るのか?まさか嫁様がお迎えにお越しいただけるのか?
若干ガクブルしていた俺を待っていたのは、全ての元凶との再会であった。
「お久し振りですね、アロイス様」
桜さんの超越上位互換者、佐久夜さんの登場である。
◇◇◇
「巫女との出会いを果たされたばかりか、既に3つも穢れをお持ちですか。本当に、稀にみる逸材ですね、アロイス様」
俺は今、佐久夜さんと向き合って座っていた。いつぞやのように座卓につき、茶をしばきつつ近況を話していた。
ちなみに、桜さん以外はここには居ない。別室で休んでいるらしい。
「色々とありましたが、行く先々で、とある方の影が見えて仕方なかったのですが」
「そうですか」
佐久夜さんがにっこりと笑った。美しい唇が弧を描く、その様だけでも神々しい。
「…そろそろ、教えていただけませんか」
「何をお聞きになりたいですか?」
巫女さんが揃った時点で、佐久夜さんと再会することはある程度予想していた。元々そういう話だったから、再会した時には次の話になるだろう、ということも分かってはいた。
しかし、巫女さんと出会い、穢れを纏う中で、どうしても気になることが出てきていた。
時々だが、自分が、自分でなくなるような感覚に陥ることがある。
思考に靄が掛かっていたり、一方で冴え渡ったりする。
天断さんを抜いた時にも、感じる万能感や前頭葉の焼けつくような痛みが、少し変わってきている。
元々、そういうことなんだろうと、呑み込もうとしていた。何を知ったところで、俺の選択肢が増えるわけではない。ならば、何も知らないまま踊らされている方が、自分の良心も痛まないだろう、という打算もあった。
しかし、今や状況は確実に変わりつつある。
既に嫁様らしき存在との接点も出来てしまった今、何も知らない、では済まないのである。歪みつつある自分の中で、唯一残っていると言ってもいい、家族への想い。きっと元の世界に戻ったとしても、もう元の自分に戻れることはないだろう。全部を無かったことにすれば別だが、それならそもそもこんなことをする必要がない。ゲームじゃないんだから、リセットなんて出来ないわけで。
自分は割と薄情な人間だと思っていたが、どうして、義務感だけでここまでやらないだろうと思うのだ。そこまで意志が強い人間でも無い俺が、俺に、どうして、何を求められているのか。
無償の愛を受け取りながら、無償の愛など信じられなかった俺が、家族を持つということはどういうことなのだろうか、常に付きまとうその下らない問いを。人間のふりをしているだけの、人間のようなものではないのだろうかと。
終には人間を辞めてしまうであろう俺の、今だからこそ、意味が無かろうが問わなくてはいけないこと。それはすなわち。
あんた誰?
話が段々おかしくなってきましたかね…