第98話 は、はわわ…
夜中に何やってんですかね、いい歳こいたおっさんが(笑)
夢を、見ていた。
随分な夢だったと思う。
訳の分からないまま汚い広場に放り出され、結婚指輪を失くし、スマホの代わりに女神と家を手に入れた。
何故か伝説の剣を引き抜き、伝承を求めて旅に出た。辿り着いた先で、穢れだ巫女だと良く分からん話を聞き、何故かそれを探す羽目になった。
色々あって、幾つかの穢れと、そして四人居ると言われた巫女さん全員と出会った。巫女さん達との爛れた関係を深めつつ、残りの穢れを求めて往かなくてはならない。
全ては、家族の元に帰るために…。
「でも、それどう考えても修羅場不可避だと思うが」
「姉御もそう思うよな?やっぱり。春香もそうだろうが、桜殿が離れるとは思えんな」
「わ、私は巫女だから、妻とか妾とは違うの!」
「私は奴隷ですので、本妻様と揉めるようなことは無いと思いますが」
おかしい、夢のはずなのに、いつまで経っても寝覚める気配が無い。いつもなら、そろそろ嫁様が『仕事の時間だ、とっとと起きろ』と優しく起こしに来るのだが…。
「ルーデルさん、お加減はいかがですか?」
「あー、アロ、ルーデル殿はまだ目覚めないんだが…」
いや、起きてるよ夏織さん、嫁様に虚偽申告は即ギルティだ。
「ああ、今起きるよ、おはよう、アヤ、今日も可愛いな俺の嫁さんは」
「おお、やはり本妻殿の声掛けは効果覿面だな」
「そうですね、流石本妻様です」
「ねえ、何だか本妻さんの様子がおかしいように思うんだけど」
何だか目覚めても幻聴と幻覚が続いているのもおかしいが、目の前にいるのは明らかに嫁様である。何だか若作り、ゲホゲホッ、いやいつまでも若々しいな嫁様は。でも何で朝からナースコスプレなんだ?それどこの病院のやつ?
「…本妻殿?」
何故か放心状態の嫁様に、夏織さんが訝しそうに声をかけた。ん?何故夏織さんが嫁様と会話?しているんだ…?
「…わ」
「わ?」
「私は未婚です!!」
あ、これは不味い、レッドアラートですよ奥さん!メーデーメーデー!天候は晴朗なれど波高し!!
「いや、違うんだアヤ、これには大きな誤解が」
「誤解しかありませんが!?あと名前で呼ばないでいただけますかルーデルさん!」
ああ、そんな!名前で呼ぶなだと?
名前で呼ばないと御機嫌急降下爆撃絶対零度になってた嫁様が?
何が起こっているんだ?取り敢えず出撃だ、ルーデルだけに。
「あ、アヤ」
「ルーデルさん?」
これは、まさかまだ夢の設定?え?夢?
名札は、ハッ、旧姓でございますよお姉さん。またアレか佐久夜さんのアレなのか!?
「…す、すみません、寝ぼけてたみたいですね」
今は戦略的撤退を選択だ、損切は確実に!生きていれば再起の好機は必ずあるはず!足が無くたってスツーカには乗れるぜハハハッ!って更に急降下爆撃してどうするよ俺。対戦車砲でもブッパするか?
「…ご理解いただければ、それでよろしいですよ?」
すみません調子に乗りました。にっこり笑顔の貴女に、無条件降伏します。
◇◇◇
かくして、定時巡回は恙無く終わり、次までに躾けとけよ、と周囲に目で語りながら慈愛の大天使様は去っていった。
「何だか分からんかったが、あのアロイス殿を物理的にも精神的にも一方的に押し込んでいくのは凄いな、流石は本妻殿、格が違う」
「格はともかく、アロイス様の扱いは慣れてらっしゃる感じでしたね、私も頑張らなくては」
まあ、精神科の病棟看護師だったからな、キ〇〇イの相手は任せろ、って俺はキチ〇〇じゃねえ!!
「冬華ちゃん、別に対抗意識を出さなくても大丈夫だからね?」
「流石、情婦春香は余裕だな」
「情婦は関係ないでしょ、っていうか情婦じゃないし!」
「…なあ、毎回これなのか?この二人は」
キャンキャン言い合って、と言うよりは春香さんが一方的に言ってるだけだが、言ってる割には存外楽しそうな春香さんと夏織さんを横目に、秋音さんが呆れたように言った。
「そうですね、あの二人は、いっつもあんな感じですね、なあ、桜」
「そうですねアロイス様、あのお二人はとても仲がお良ろしいようですので」
「そ、そうですか」
…相変わらず秋音さんは桜さんが少し苦手?なようだ。まあ、誰しも合わない人間や苦手な人間はいるものだ。それはそれぞれが別の人格である以上、仕方ないことであって、避けられないことなのだ。間を取り持つなんて、そんなおこがましいことを俺は思ったりはしない。それぞれの思いは尊重すべきであって、そう、それは基本的人権の尊重、第何条だったか忘れたが、最高法規たる憲法に書いてあるのだ。うむ、だから仕方ないことなんだよ、相容れないこともあるさ、うん。
「ケンポウとは何ですか?アロイス様」
「徒手空拳の、とは違うんでしょうね、でもどうせろくなことを考えてないわよ、桜」
「私は別に桜様が苦手なわけではないんだが、ちょっとまだ距離感を図りかねているだけなんだけども」
「別に気にしなくていいんじゃないの?なあ?桜殿」
「あんたはちょっとは取り繕いなさいよ、夏織」
「…俺はこの10年で学んだんだよ。女の話に男が割って入るのは、ラマダンやってるイスラム原理主義者に豚肉食わせるくらい無謀な試みだってな。ははっ、そんなに死にてえのか、お前。ユ〇ヤ資本とオイルマネーが札束で殴り合いしてる中に、ふらふらと個人投資家が無策で突っ込んでいくようなもんだよ。何が言いたいかって?女の人間関係に口は出さないんだよ、俺は、絶対に。特に、嫁様と俺の実家の女軍団との関係には、俺は、関わりたくないっ」
「いや、そこは関われよお前、どっちも敵に回す最悪の悪魔の所業だろ、それ」
「そ、そうなんですか?秋音さん」
「そうだぞ春香さん、関係ないとか言ってケツまくるようなクズ男だったら、引きずってでも連れてきて盾にくらいなってもらわんと」
「流石姉御!発想が漢前過ぎる!」
「それくらいしてもらわないと、わ、私の純潔が浮かばれないだろ!」
「…意外と乙女ですね、秋音様も。私も負けてはおれません、ここはやはり主様を巡って本妻様と事を構えるのが良いのでしょうか?」
「それは漫画の読み過ぎですよ、冬華様」
誰だ刺激が足りないとか言った馬鹿は、現実の結婚生活にそんな過剰な刺激は要らねえんだよ!
「でも旦那様が当初御実家の肩を持ちすぎて、孤立無援の奥様が新しい能力に開眼されて、御実家に実力を認めさせ、最後には旦那様の目を覚まさせるとか、愛ゆえに、胸熱展開がたまらなかったのですが」
「あああ!俺が悪かったんだ、悪かったんだ!」
現実じゃ旦那は目が覚めるじゃ済まないんだよ、当然その後は漏れなく贖罪の旅路が待ってるんだよ、女性経験が未熟だなんて言い訳、屁の突っ張りにもなりゃしないんだよ!
一体何なのかさっぱり分からず、俺はまた夢幻の彼方に旅立つのだった。
アロイス氏のトラウマを刺激したのは誰だ?
んー、後で消すかも(苦笑