第10話 疑問
評価いただきました!
ありがとうございます、いやあ、読んでくれる人がいてくれて嬉しいな。
サクラさん改め、桜さんを手に入れた。
手に入れた、という表現が何ともナニでアレだが、でも実際に手に入れたのだから仕方無いのだ。そういうことにしておこう。細かい突っ込みは無しの方向でお願いしたい。
ちなみに、水晶玉から閃光が走った後は、特に不思議なことは起こらなかった。いや、もう不思議なことしか起こってないので、何が不思議で何が不思議ではないのか、あまり良く分からなくなったというのが正直なところか。俺は、桜さんと一緒に歩きつつ、全部夢だと思うことで、何とか表面上の平静を保つことに専念していた。そう、俺の平常心を乱しまくる存在が、俺の目の前にいるからだ。
あの閃光騒ぎの後、俺はメニカムさんの作成した証書とやらの中身を確認しようとして、そこに書かれた文字に驚いたりしていた。どうやらアルファベットのようだが、俺の拙い語学力では、それが何語なのか判別できなかった。英語っぽい気もするが、俺は英語は殆ど読めないのだ。会話は日本語で通じるのに、何故に文字になると分からないのか、俺にはさっぱり理解不能だったが、そもそも夢に合理性を求めること自体がナンセンスだということに思い至った時点で、それ以上考えることを止めた。何か翻訳機能でも付いてるのだろう、きっと。
俺は字が読めないことを正直にメニカムさんに伝えた。彼は、予想通り、話せるのに読めないことに驚愕していたが、そういう人もいるから、と自らを納得させていた。あれか、識字率が低いんだろうか、時代設定的に。まあ、見た目通りの中世から近世辺りの文明度ということであれば、貴族や富裕層でも無い限り、学校なんて行かないだろうし。そもそも学校が無いのか。寺子屋的なものならあるのかね。
とてつもなく貴重なマジックアイテム持ってるのに、字が読めないというのが衝撃だったのだろうか。メニカムさんは、読めないし中身分からないからやっぱり契約しないとか言わないでくださいよ、と俺に対して、割と必死に懇願していた。何だろう、この切迫さ加減は。まあ、登録儀式?やっておいてやっぱりやめたとか言われると面倒なんだろう、きっと。もうそれでいいや、という感じで、俺は自分で読む代わりに、彼に証書の内容を読み上げてもらって確認ということにした。
で、その後は、俺のスマホの引き渡しになった訳だが、これがもう何か思い出したくないくらい大変だった。何が大変って、俺の一挙一動、一言一句にいちいちメニカムさんが興奮するので、全然話が進まなかったのだ。いちいち蘊蓄なげーよ、おっさん。
ってまあでも、俺自身も割とおっさんなわけで、思い返せばクルマとか自分の好きな話題だと、他の人にはどうでも良いような細かい話を延々と職場でしていたような気がするのではあるが。昔の話とかって頻繁にしてたから、俺も実はかなりの勢いでウザがられてたんだろうかとか、熱弁を振うメニカムさんを見ながらちょっと反省していた俺であった。しかし認めたくないものだな、おっさん故の過ちというものを。
結局、スマホの引き渡しを終えて、メニカムさんの店を出た時には、夕方を通り越し、辺りはもう暗くなっていた。メニカムさんは、取引成立を祝って一緒に食事でも、とか言っていた。まあ、大型取引の後は、民間企業なら良くある話なのだろう。しかし、私は公務に携わる者として、そのようなことは一切ございませんと言い切らなくてはいけない立場であった。例え夢の中の奴隷商相手であれ、そこを譲るわけにはいかないのであった。
というか、もういつ夢から覚めてもおかしくないくらい時間が経過していることに焦っていた俺は、せっかくの超絶俺好み美人とウハウハいちゃコラタイムが強面マルヤなおっさんとの食事会で終わってしまうことへの恐怖と怒りで、その申し出に対しては断固として固辞し、とにかくメニカムさんが俺にくれたとかいう家に向かうことにしたのであった。
メニカムさんは非常に残念そうであったが、もう出会うこともないであろう彼に、そこまで気を遣う必要も無し、と判断した俺は、きっちり社交辞令としての別れの挨拶を済ませたのであった。
そんなこんなで、メニカムさんとこの使用人らしき壮年の男性に連れられて、俺と桜さんは路地を歩いていた。やっと話の長いおっさんから解放され、落ち着きを取り戻した俺は、改めて桜さんの方に目を向けていた。敢えて言おう、桜さんの方であると。
いや、もう直視できないんですよ、分かりますかね。直視すると何かもうヤバい感じになりそうな予感がビンビンにするのですよね、色んな意味で。
まずこの桜さん、私の好みをそのまま体現したような方でございますので、もう今すぐこの場でむしゃぶりつきたい骨まで吸い尽くしたいと変態まっしぐらな欲望全開の自分が居る一方で、チキンハートな自分も居るわけです。夢な訳ですよあなた、恥ずかしがってどうするんですか。夢は恥のかき捨て、くらいの感じでいいじゃないですか、と考えてはみるものの、この超リアルな、そばにいれば何かとても良い香りまで漂ってくる状況では、なかなかそこも踏み切れず、うーむ。
そして、夢だと改めて思い直すことで、一旦冷静になろうと、俺は平常心確保の努力を続けているのであった。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「へ?」
唐突に桜さんから出た言葉に、俺は動揺を隠せず、間の抜けた返事とも言えない声を発した。
「その、時々お体が大きく、揺れていらっしゃるので」
遠慮がちに若干伏し目で俺の方を見ながら、言葉を選びつつも心配そうに桜さんは言った。俺はその仕草に、既にノックアウトされそうになりながらも、先導してくれている男性のことも思い出しつつ、努めて冷静に答えた。
「……ああ、これは気にしなくていいですよ、昔からなので」
「そうなんですか」
桜さんは、あまり得心が行かない様子であった。まあ、これは初対面の人からは大抵受ける反応なので、俺自身は逆に少し安心というか、落ち着いて冷静になることが出来た。
「物心付いたときには既にこの体でしたからね。多少動きがぎこちないのと、幾つかの制約を除けば、割と普通に生活できますよ」
「そう、なんですね」
そう言うと、桜さんは黙ってしまった。今までの俺の経験から行けば、この後の反応は大きく2つだ。大変ですね、から細かいことを色々聞かれるか、若しくは体の話題に全く触れなくなるか。まあ、どっちでも良いんだがね。こういうとき、俺は自分から説明などしない。夢の中ですら、この展開なんだなあ、と若干の疲労感を覚えつつも、俺は彼女の言葉を待った。
「……あの」
少し間を置いて、桜さんが、戸惑いながらも口を開いた。
「何ですか?」
「ご主人様は、その、幾つかの制約と言いますと、どのような制約なのですか?」
まあ、気になるよな、普通。一応は自分のご主人様なわけだしな。さて、どうしてやろうか。
次回から暴走予定です(笑)
まったり続きますよー。