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『奪う者』と『与えられた者』

作者: 雑色 歩貴

拙い点も多々ありますが、読んでいただけたら幸いです。


 暗い。ひたすらに暗い、夜道を歩く。


 この世には多種多様な生物がいる。

 誰かが言っていた。確か、こないだ凍えて死んだ物乞のじいさんだったか。

 そのじいさんが貯まった金で買った安酒を片手に語っていた。偉く饒舌だったのを覚えている。


 あれは、いつだったか。そんなに前の事じゃあ無い。あの特徴的な肌寒さから秋の始まりと真ん中の間辺りだった気がする。

 空腹で動けずに座る俺の隣に、誰かがドサリと音を立てて座る。

 なんとなく気配でわかった。あの汚ぇじいさんだ。比較的人通りの多い場所で物乞いをしているじいさん。時折すれ違う際に何度か話す事があった。

 じいさんも俺も、何も話さずにただ時間だけが過ぎていく。

 じいさんはいつまでここに居るんだろうか。俺が死ぬのを見届ける気なのだろうか。いや、それとも死んだ俺から冬に備えて衣類を剥ぐ気でいるのだろうか。

 無意味に、時間だけが過ぎて行く。

「なぁ、ーー。世の中にゃぁ色んな奴が居てな」

 不意に、口を開いたじいさん。

 横で三角座りをしている俺は名前を呼ばれても特に反応を示さなかったが、それでもじいさんは話続ける。

「道端で物を乞うきったねぇ俺に泥を投げてくる奴もいりゃ、哀れに思って俺に少ねぇ銭を投げる奴もいる」

「...で?」

 相槌が欲しかったのか少し黙るじいさんに反応を示してやった。

 クツクツと横でじいさんが笑ったのが分かった。

「でもなぁ、銭を投げる奴等は何も、俺の為に投げてる訳じゃねぇんだ。じゃあ誰の為に投げてるんだと思う?」

「...知らん」

 本当は少し考えたけど、さも何も考えて無い様に、気だるげに返す。

 すると、そんな俺の内心を察してか再びクツクツと笑われ、やけに悔しかった。

「そうか。知らねぇか、なら教えてやんよ」

 そこで言葉を止めたじいさん。気になり横を見ると、手に持った酒瓶と口を合わせていた。

 ゴクリと影の深いしわくちゃの喉が動く。

 俺は酒を飲まない。けれどもこの時ばかりはやけに上手そうに見えた。空腹のせいでも有るかもしれないがな。

「奴等はな、自分の為に俺に小銭をやんだ」

「じ、自分の為? 何でだ?」

「そうだ。自分の為だ」

 残り少ない体力を振り絞ってまで思わず聞き返してしまった俺に、じいさんはニカッと笑った。

「惨めな俺に小銭をやることでよ。奴等の『善良な心』って奴が満たされんだ。自分の『善良な心』ってもんの為に小汚ぇ俺に小銭を恵む。自分の為に俺を使う。つまりはそういうことだ」

「...そうか」

「そうだ」

 じいさんは深い溜め息を吐いてケツの場所をずらす。

「世の中には色んな奴が居てなぁ」

「それさっきも...」

「けどよぉ、そんな色んな奴らも二つに分ける事が出来んだ。それが何か分かるか?」

 この話はどこかで聞いたことがあって、その模範的な答えのまま伝える。

「...『奪う者』と『奪われる者』」

「...ぷっ、くはっはっははははは!!」

「な!?」

 至極真面目な返答に対した回答は笑声。

 いっそ快活な程高らかな笑い声。

「ちげぇよ。『奪う者』はあってるがな、もう一つはちげぇ」

「じゃあなんだよ」

「ーー『与えられる者』だ」

「は?」

「はじゃねぇよ」

「意味わかんねえ」

「そうか」

「...説明しろよ」

「こればっかは自分で考えな」

 言い返そうとする俺にじいさんはおもむろに酒瓶を俺に突き付けた。

「飲め。残りはやる」

 余りに唐突で意味が分からない。

 訝しげにじいさんを見つめてみるが、その心はやっぱり分からない。

 眼前の酒瓶に目を見やる。

 濁った茶色のガラスに入れられた液体。まだ4口分程が残っている。

 ゴクリ。無い唾を飲み込む。急激に喉が乾いてきた...否、喉の乾きを思い出してきた。

 気付けば引ったくる様に瓶を奪っていて、欲望のまま、望むがままに糞不味い液体で喉を潤していく。

「...ぷはぁ! げほっげほっ!!」

「くっくっく...良い飲みっぷりじゃあねぇの」

 口の端から溢れた酒すら指先で口に運ぶ俺を見てじいさんは笑った。

「...ありがとよ」

「あぁ、礼には及ばねぇ。ただその瓶は返してくれ...ととっ」

 手に持ったそこそこの質量のある瓶をじいさんに手渡す際に、地面に落とす。

 硬質な音を立てて瓶が倒れる。幸い割れはしなかったが、傷はついてしまった。こんなもの何に使うのだろうか。

「これはな、ちっと使う予定があってな」

「何に?」

「ーーは知らんでいい」

「そうか」

 気だるい体に鞭を打って立ち上がり、ケツについた砂を叩き落とす。

「なんだ、どっか行くのか?」

「腹が減った。盗ってくる」

 くっくっくと笑うじいさんが、歩き出した俺の背中に語りかける。

「話の続きだが、ただ与えられる者は人間じゃねぇ。その与えられたもんで如何に上手く生きるか、奪えるかして初めて人間だ。なら、ただ与えられるだけの者は何だ? 何だと思う?」

 背中の方に少しだけ顔を向けて答える。

「家畜だ」

「いいや、違ぇな」

 じゃあ何だ。と問おうと後ろを完全に振り向く前にその答えはきた。


「ゴミだ」


 バッと後ろを振り向く。しかしじいさんはくっくっくと笑うでもなく、ひたすらに無表情に俺の驚愕に染まった面を見つめていた。

「自分がゴミだって言うのかよ」

「いんにゃ。俺はお前に酒をやった。これで俺も人間だ」

「じいさんは恵まれてばっかで、何も奪ってねぇだろ」

「人に何かをやれる奴は、今まで奪ってきた事で余裕があるって訳だ。つまり俺は人間だ」

「...意味わかんね」

「まぁでも、与えられる者も奪う者と同じなのかね」

 背中を向けて歩き出す。振り返らない。振り返る理由もない。それ故にじいさんの表情は分からないままだった。

 それから何日かした後、じいさんは死んだ。冬に入る前の事だった。

 元々老いていたのだろう。寒さに耐えきれずに凍え死んだ。あの薄っぺらい服じゃ死んで当然だ。自業自得だ。それなのに何故か、やけに虚しく思えた。

 じいさんは意外と、いや、俺が知らないだけでこのスラムでは人望があったみたいで、ちょっとした葬式が開かれた。何人もの厳つい男達が泣いていたのが印象的だった。

 じいさんの墓は無い。骨もない。適当な所に打ち捨てたから、巡回している警備兵か何かがそれを見つけて持っていっただろう。


 思わず止めたいた足を再び動き出させて、ひたすらに暗い、先の見えない道を進む。

 角を曲がった所で仄かな光が見えた。大通りだ。

 大通りは人混みに溢れていて、雑踏が埋め尽くしていた。

 その道の端に瓶が落ちている。じいさんがいつも座っていた場所だ。

 誰もその瓶を拾おうとしない。当然だ。ここの奴等はゴミなんて拾う理由がない。ゴミは汚いからだ。

 けれども一丁前に『善良な心』があるから、それ故に、敢えて避けて、瓶なんてゴミを見ていない振りをして通り過ぎて行く。

 不自然に人のいない瓶の周囲に近付き、拾い上げる。

 底には見覚えのある傷がついていて、そしてやけに重い。この重みで人の命なんて簡単に奪えるーー否、己の物にならない物は奪うとは言えないか。この瓶で人の命なんて簡単に潰せる。

 スラムに住む俺の軽い命も。町に住む奴等の重い命も。この瓶をその頭に振り落とすだけで、ただそれだけで等しく容易に潰せる。

 手に持った瓶の持ち心地を試すように何度も飲み口付近を握り締める。


 俺の住むスラムは無法だが、たった一つのルールがある。それは、人を殺さない事。

 殺していけないのは何もスラムの人間だけではない。この大通りを行き交う奴等の事もダメだ。

 しかし、そんなルールなんてもうどうでもいい。俺は時期にスラムを出る。否、出なければいけない様に、出立の狼煙を上げるのだ。


 今夜、俺は人を殺すだろう。


 こんなゴミみたいな俺を作った奴を殺そう。

 暗い。ひたすらに暗い、夜道を歩こう。

 俺は人間だ。欲しい物は奪おう。奪って何かを成そう。

 搾取し、狩って、千切って、盗るのだ。そうして積み上げた山の上に、束の間の平和が建てばいい。それを、山に住む人間が支えればいい。

 そして、奴等が自分達の為にじいさんに金をやった様に、余裕が出来たら弱者に小銭を恵もう。


 俺は、人間だ。

 奪う事しか出来ない、俺らは人間か?

 与える事が出来る奴は奪ってきたからだ。

 損をする、得をする。その言葉にこそ世界の本質が見える。


「なぁ、じいさん」


 じいさんの名前は知らない。じいさんが親から与えられた名前を知らない。人間として個を認識され、名付けられたじいさんの事は知っている。

 なぁ、じいさん。名前という過去を捨てて未来を歩もうとする俺は人間なのだろうか。

 


ありがとうございました。

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