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再会(五)

五、再会


 しろがねの月は、雲に(おお)われていた。

 アランのつながれたろうのなかには、晴れた夜でさえ、ほとんど明かりが届かない。それをいいことに、ムカデやゲジがそこを住処(すみか)とし、純潔な女神の光を逃れ、彼らの仲間を増やしていた。

「寒い……」

 (こご)えるアランのまぶたの裏に、二人の女性の面影おもかげが浮かぶ。まずはジャンヌ。そして、カトリーヌ。

 カトリーヌはこのことを、昔の恋人がやしきの隠し牢へつながれていることを知っているのだろうか。……カトリーヌ……。

 扉の開く音がして、明かりが()し込んだ。階段を降りる足音に、アランは身構える。


 現れたのは、カトリーヌだった。すでに二十歳を越え、その風貌ふうぼうには、大人らしさが見受けられる。しかし、目許(めもと)には(くま)ができており、やつれた様子も見て取れた。牢のなか、五年ぶりの再開。この状況には、沈黙という挨拶(あいさつ)がしっくりと馴染(なじ)んだ。



 ……来てくれたんだ、カトリーヌ……

 ……もちろんよ、アラン……



 沈黙のあと、彼女はアランに抱きつく。

「アラン……。会いたかった……」

 彼女の火照ほてった頬を、硝子ガラスのような涙がらした。そして彼女は、そのあかくちびるから、言葉をあふれさせた。

「覚えてる? あのときのこと。あの林で、夜鳴きうぐいすナイチンゲールのいるあの林で、私たちが愛を語り合った最後の夜のことを……。確か、あなたは、妖精の話をしてくれたわね。林の妖精が、踊りを踊るって。でも、私のほうが、その妖精よりもずっと綺麗きれいだって。あなたはいつも、おもしろいことを言って、おもしろいけれども、素敵な、嬉しいことを言って、私を喜ばせてくれた。アラン、あなたは私の大切な恋人……。会いたかった。いつか、会えると思ってた。信じてた。あなたがいつか、私のところへ戻ってきてくれるって。危険を(おか)してでも、戻ってきてくれるって。でも、あなたは……、いいえ、それはいいの。だって、会えたんだから。アラン……。……私、結局結婚したの。お父さまには逆らえなかった。でも、その(ひと)の事業が急にだめになって、お父さまは私を(うち)へ戻した。別れは悲しくなかったわ、だって愛していなかったから。ただただ(みじ)めで。向こうでは、少しは私を可愛かわいがってくれてたみたいだけど、結局無意味なことだったんだわ。だって私は……、いつも、あなたのことを考えていた……。アラン……」

「ごめんよ、カトリーヌ」

「謝らないで。今はただ……」

「カトリーヌ、愛しい恋人、罪深い僕に口づけを……」

 二人は熱く求め合った。相手の唇を、身体を。そうして愛を確かめ合った。

 夢のような夜だった。アランにとっても、カトリーヌにとっても。かつて、雑木林のなかの大きなトネリコの木の下で語り合った、あの頃のことを(おも)い出していた。



 ……あなたの瞳は硝子のよう……

 ……君の硝子細工になりたい。そうすれば、君と一緒にいられるから……



 しかし、カトリーヌは、時間が過ぎゆくものだということを忘れはしなかった。しばらくすると、その身を恋人から離し、こう切り出した。

「私がお父さまに頼んだの」

「え……?」

「聴いて、アラン。私がね、あなたを捕まえるよう、お父さまにお願いしたの。そもそもの私の不幸の(もと)は、アランだ、って言ってね。もちろん嘘よ。ただただ、あなたに会いたかったためよ」

「カトリーヌ」

「聴いて、アラン。……このままあなたがここにいたら、明日の朝、首を()られてしまうわ。そうして、無惨(むざん)に捨てられてしまう。だから……」

 アランは恋人の言葉を待った。彼女の瞳は、薄明かりのなかで、異様な輝きを放っていた。




……このままあなたがここにいたら、明日の朝、首を斬られてしまうわ。そうして、無惨に捨てられてしまう。だから……

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