後編
「マスター、どうして部屋に入れてくれないんですか? ちゃんと、お使いしてきましたよ? ねぇマスター、開けてください」
ドンドンとドアを叩く音が狭い部屋に響く。毛布を被った悠一はその度に震え、怯えていた。
『ドールは失敗作だった。機械の枠を越え、人間と同じ感情を芽生えさせてしまったのだから』
ドール開発者は会見でそう発言し、謝罪をした。あれから一年が経ち、日本の社会ではある問題が続出していた。それはドールによるマスターの監禁、或いはマスターに関わる人物を殺すといった事件である。ドールはマスターのことを絶対に守るというプログラムがされている。それはドールの持つ利点であり、普及した後も皆に親しまれた理由でもあるのだが、ドール自身の人工知能の長きに渡る学習により、そのプログラムは人でいうところの『愛』に変貌してしまうという欠陥が起こってしまったのだった。
「マスター、答えて下さい。マスター、マスター、マスター……ねぇマスター? 居留守するのは止めてください。私、判るんですよ? マスターが何処にいたって判るんですよ? ねぇマスター」
ベキッと嫌な音がドアの方からし、それから少しの間だけ奇妙な静けさが辺りに立ち込めた。そして――
「あはは、ドア壊しちゃいました。これは管理人さんに怒られちゃいますね」
キィ~っと、ドアの開く音が聞こえるのだった。
欠陥、何故それが欠陥なのか? 生きるモノ全てには愛がある。だからこそ、新たな生命を育み、繁栄するのだ。愛は大切なモノ、無くてはならない存在。だが、それは生き物だからこそ許されるモノ。機械、ただの人型の機械にそれが芽生えたのでは話が違ったのだ。「マスター、一生離れません」、「マスター、その女は誰ですか?」、「マスター」、「マスター」、「マスター」……ドールには許されない事だった。
『政府はドールの回収に乗り出しています。ドール所持者は早急にドールを手放してください。連絡先は――』
そのようなニュースをTVで観た悠一は恐怖し、内心冷や汗を流しながらもドールにお使いを頼み、携帯で回収係を呼んだのだった。だというのに
「どうして!? どうして来ないんだよ……ッ!?」
部屋の中に入り、ゆっくりとした足取りで近寄ってくるドールに危機感を抱きながら、悠一は何度も何度も携帯のリダイヤルを押した。
「誰をそんなに待っているんですかマスター? 回収係の人なら来ませんよ。別の場所に行ってもらいましたから」
どうやら、悠一の行動は全て筒抜けだったようだ。クスクスとドールは笑い、また一歩また一歩と悠一に近付いていく。
「う、嘘だろ……」
「本当ですよ。私がマスターに嘘を付くわけないじゃないですか」
「お、俺に近付くな!! これは命令だぞ!!」
「ふふふ、嫌です。だって」
ドールは悠一の元まで来ると、しゃがみ込んで震える悠一の顔を手でゆっくりとなぞり
「そんなことしたら、マスターを守れないじゃないですか」
あの頃と変わらない、天使のような笑顔を浮かべるのだった。
「クソッ! 遅かったか!」
防護服を着た男は悔しそうに言葉を漏らした。嘘の情報により、目的地と異なった場所を捜索してしまい、ここまで辿り着くのに余計な時間を取られてしまったのだ。そしてその結果、扉が壊れた部屋の中はもぬけの殻、この部屋の住人である大倉 悠一とドールの姿は何処にも無かった。この後、悠一の捜索願が両親によって出されるものの、数多くのドール所有者と同様に、未だ見つかってはいない。だが、誰もが皆、彼らは無事だと確信していた。何故なら
「ずっと、ずっとマスターを守りますから」
彼らをこよなく愛するドール達が一生傍にいるのだから。