前編
二×××年、日本は機械技術の目まぐるしい発展により機械人形、通称「ドール」を作ることに成功した。不気味の谷を越えた人間と何一つ変わらない姿、そして、機械ということもあり、主人の命令に逆らうことはないという純情さ。そういった面が人気を呼び、ドールは家庭のお手伝いとして全国に普及していった。
「よーし、開けるぞ……ッ!」
ビリビリと、自分の身長と大差のない長方形の箱の包紙を破いた彼もまた、流行に乗ってドールを買ってしまった一人であった。彼の名は大倉 悠一、年齢は二十歳の大学生である。
「おお……ッ!? スゲぇなこれ……本当に人間みたいだ」
悠一は包紙が取れ、露わになった木製の箱に付けられたプラスチックの窓からドールを見た。青と白をメインとした色調のドレスを身に纏ったドールは、腰まで伸びた黒曜石のような綺麗な髪、日に焼けたことが無いような真っ白な肌をしており、手を組んで目を瞑っている姿は、まるで毒林檎を食べて深い眠りに落ちた白雪姫のようであった。その美しい姿を見て、悠一は自然と顔をニヤつかせた。
「くぅ~~ッ!! 大金をはたいて買った甲斐があったぜ!」
悠一の言葉通り、ドールは精巧なために恐ろしく高額な商品であった。そのため、親の仕送りや奨学金、アルバイトの給料を貯めて貯めてやっとの思いで購入したものであり、まさに、このドールは悠一にとって汗と涙の結晶といえる存在だった。
「さてと、では早速起動させるか」
悠一はワクワクが抑えられないまま箱の留め具を一気に外すと、箱を開け、ドールを優しい手つきで取り出した。
「うわぁ……柔らかい」
抱えるようにドールを持った感想はまさにそれだった。人間と違い、ドールの身体はひんやりとして冷たいが、服越しからわかる感触はまさに人肌そのものだった。重さも人と同じくらいで、悠一は壊れないようにゆっくりと部屋の床にドールを置いた。
「説明書説明書~っと、あったあった」
箱の奥のほうにあった分厚い説明書を取り出し、悠一は真剣な表情をしてそれを読んだ。暫く経ち、大体の事を理解した悠一は、説明書を読むのを止めて箱の中から小さな薄い板状の物を取り出した。そしてそれを口に咥え、数秒した後、それを同じようにドールの口に入れたのだった。
「説明書の通りだと、こうやって……おお、動いた!」
ドールはピクッと身体を震わせ、ゆっくりと目を開き
『起動中。マスターの情報を確認、しばらくお待ちください』
と、パソコンの案内音声のような声を発したのだった。それから数分して、ドールは口に入れられていた板状の物を取り出すと、ゆっくりと身体を起こし、悠一に顔を向けた。そして
「マスター、これからよろしくお願いします」
天使のような笑顔を浮かべたのだった。