3.ヌシダッタモノ
三の年が過ぎ去った。
ずっと覚束無かった手足にも漸く慣れて、グリムレンの手を借りずとも歩けるようになって久しい。ずっと舌っ足らずだったおしゃべりも、ここに来て漸く以前のように話せるようになった。
「っとに、きれいに食べやがって。可愛げのない幼児だよな……」
とはいえ、まだ熱いものを口に出来ない私の為に、冷ましてぬるくしてもらったスープを口に運んでいると、グレムリンはぼやいた。
これは最近の奴の口癖だ。さほど気にするものではない。
成りは幼く見えようとも、私はこの地の領主だ。我が君主、魔王様に献上できるその日まで、私は新しき命を授かったこの場所を守る義務がある。
「俺らみたいに生まれているのか解らない魔王の為にそこまでするかねえ、普通」
「いいたいことはなんでもいうがいい、ぐれむりん。だが、まおうさまのぶじょくだけはゆるさんぞ」
「侮辱っつーか、呆れてんだよお嬢」
「む?」
「昔っからあんたは誇り高くて魔王バカだったけど、敵対していた俺にも敬意を持ってくれていた。そんなあんたを、少なからず俺は尊敬していたんだぜ? 魔王と刺し違えた時、漸くあのクソみたいな場所から解放されたって思っていたのに……やっとせっかく一緒になれたのに、あんたは今も魔王魔王なんだもんな」
「む?」
ぶつぶつと文句を垂れるのはいつもの事であるが、なんだか今日に限っては偉くがっかりしている。どうやら私が魔王様に忠誠を誓っているのが気に食わないようだが、こればっかりはどうにも出来ない。
励まそうにも私の心持ちが変えられない以上、どうしようもないなと開き直っていた時だった。バッと顔を上げたグレムリンは、扉を睨みつけると私の前に立ち塞がった。
如何したのだと尋ねるよりも先に、扉が勢いよく開け放たれる。
「この地にのさばる爪と牙の魔物の領主は貴様だな!」
勝気な顔がにやりと不敵な笑みを浮かべ、漆黒の長い髪を鬱陶しそうに後ろに振り払う。白銀に輝く刀身を向けて、私達に闘志をぶつけてくる、その顔には見覚えがあった。
「「あ」」
グレムリンと、声が重なる。
「魔王?!」「まおうさま!」
駆け寄ろうとした私に向かって、魔王様は喜々としたご様子で剣を構えた。それにより、グレムリンに引き留められてしまう。
「貴様らに何の私怨もないがな。これもまた、勇者として生まれた宿命だ」
ふっと、哀愁を漂わせたのは、少しでも私を手にかける事を躊躇ってくれるのか。
というか、勇者。魔王様の高い能力で勇者を務めるのであれば、確かに世界を平定出来得るだろう。適任だ。
だとしたら……私は前世からの忠臣としてこの命、喜んで魔王様に――――。
――――と、思っていた時だ。
「くあぁっ! これよこれ! 一度でいいからヒーローになってみたかったんだ! これでわたしもヒーローになれる! さあ、わたしに倒されろ! 悪党ども!!」
「ちょ、クソだろ! あいつ! お嬢、撤退するぞ!」
私を抱え上げたグレムリンが、魔王様に向かって爆破魔法を盛大にぶっ放した。お蔭で建物の向こう側が吹っ飛ぶが、それでも巻き上がった煙の向こうで魔王様の闘志が萎えていない。むしろ膨らんでいる。
「大人しく私の栄誉の為にたーおーさーれーろー!!」
魔王様だった勇者が何か叫んでいるが、魔法を放つと同時に駆けだしたグレムリンは縮地術まで行使して逃げに徹す。
……どうやら今世の魔王様には、仕える事が出来なさそうだ。
我々の逃亡生活が、こうして幕を開けたのだった。
Fin.
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