その感情に理由はない
完全なタイトル詐欺ですが、実質その部分じゃないところにタイトルの意味居合いをつけてます。
アリアから勝手に進級試験の実技試験を申し込んだと聞いてコイツ、やりやがったな。と思ったのは仕方のないことだと思う。というか、誰でもそうはなる。生徒側の了承もなしにやるとは、さすがすぎて何も言えない。いや、それは教師のやることではない、とだけ先に言っておこう。
進級試験は筆記試験と実技試験に分かれている。筆記試験は合格ラインを超えればいい。まあ、クラスによってテストの難易度は違うのが。
Xクラスはバカなので、問題は15問だけ。全部選択式。なめているにも程があるレベルだ。よって、俺らは毎回と言っていいほど欠点者が出ない。それでも問題が簡単だから、とか言われているが実際は……まあ、確かに問題は選択式だし簡単なように見えるのだが出しているところはどこもかしこもきわどい。
例えば、複合術式の1種である「滅素」の原型組織は何か。わ、か、る、か!! んなもん習ってねぇよ! となるのだが正解は「火」「水」「風」「土」「光」「闇」だ。
「滅素」はこれらの元素が全て混じった複合元素であり、その術式の解読は未だ成されていない。この問題の厄介なところは原型組織という言い方だ。せめて構成組織と言えばいいものを……。けどまあ、その辺りはクリアしているからいい。問題は実技試験だ。
Xクラスは毎回辞退していた。それでは単位がもらえないのではないか、という話になるのだが筆記テストの点数は毎回欠点者はいないし何より実技試験に雑魚が来ても邪魔なだけである。という理由から実技試験は免除になっていた。もちろん、単位はもらえているから今まで進級してきている。
が、今回は実技の方も不本意ながらの傘下である。いや、俺は強制されてるわけだが。だが、全員参加、というわけではない。他のクラスは全員参加ではあるが、俺らにそんな時間を使うとはもったいない! ということで俺と柊、瀬奈が代表として参加する。
そしてまだ先の話だし、実質こっちも辞退したいのだが……この3ヶ月後には学園トーナメントがある。学園トーナメントは雑魚のXクラスであろうと強制参加である。本当、実力主義社会はどうにも血気盛んだ。……いや、違う。本当の実力主義社会はもっと殺伐としている。それこそ、制止の命運が決められているかのように。あそこはこんなに生温くなく、鼻をかけた連中らの集まりなんかじゃない。弱肉強食、そんな世界だ。
弱者は強者には勝てない。絶対に、あの世界では。先に殺されるのがオチだろう。なんと、残酷な世界なのか。
「アリア先生も横暴だよね!」
「……まあ、仕方ないよな」
目の敵にしている相手を完膚なきまでに潰したい、それがアリアだ。アイツ、何で教師になったんだろーな、と言うレベルだし。いや、実力は知っている。元々は『天文』に行く予定だったとか。
「京ちゃん、試合どうするの?」
「……どーにもしねぇよ」
『能力』出すしかないんじゃねぇかな、と思っている。本当は出したくはない。それに、俺は特殊だ。まあ、俺よりも特殊な奴を何人も知ってはいるが。そいつらは化け物クラスでしかない。かくいう俺も、本来はそのレベルだ。実力が、というよりは『能力』が、だが。
『適応型』『順応型』。『適応型』は『選定者』と呼ばれる選ばれた『能力』を持つ者だ。俺の『能力』は確かに希有である。が、それは俺だけが持っている『能力』ではない。珍しいのだ、そういう事例は。
同じ、もしくは似通う『能力』を持つことだってあり得る、しかしそれは『順応型』のみであり『適応型』のそれは個人の固有のモノとして存在する。だから、俺とアイツは珍しい。そういう、存在なのだ。
「僕も出たかったー!」
「仕方ないだろ、適当に……あ、いや京は確定されてたけど」
「好戦的なあんた達とはあちらさんもやりたくはないってことでしょ」
アイツらが煩い中、1人外をボンヤリ見つめながらつい先日のことを思い浮かべる。思えば、アレはたまたまだった。意図して起きた出来事ではない。ただの偶然、それだけのはずだったのに。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
その日はたまたま帰るのが遅かった。俺は寮に住んでない。学園から少し離れたアパートで一人暮らしをしている。寮にも住もうと思えば住めるが、学園に『能力』の申請をしていないと入寮できないため、ここを借りている。金は、とある人からの借り物だ。本当ならもう縁を切って、お互いに干渉しない存在なのだが、金だけはと譲らず出している。頑固で困る。
玄関に見慣れない靴、誰かいるな、と思ったが今日は手伝いの人が来る日だったか、と思い出す。生活能力が自分の思っていたよりも壊滅的だったため、手伝いを週2で雇っている。
あの人も帰りが遅くなっているのだろうか、と思いリビングに続くドアを開けばそこにいたのは予想外の人物だった。
「……お帰り」
「……何で、お前がここにいる」
顔も見たくない、お互いに干渉を避けている人物だった。俺の問いに奴は「忘れ物だ」としか言わなかった。早く見つけろよ。ああ、それとも見つかったのか? ならさっさと出て行け。
「京」
「気安く俺の名前を呼ぶな」
「……学園は、どうだ」
何も答えないし、何も答えるつもりもない。ただただ無言でいると、奴は少し息を吐いたらしい。足音が遠ざかる。ようやく行ったか。つか、アイツ何で俺の家の……ああ、まだ持ったままなのか。もう帰ってこないと思ってたから。詰めていた息を吐き出そうとして、辞めた。
「――俺は、あの日のことを忘れたことはない」
「……あんたはただの、裏切り者だ」
「だろうな」
お前からしてみれば、な。と、アイツはそう静かに呟いた。パタン、と玄関のドアが閉まる。その呟かれた言葉の意味などどうだってよかった。意味など、知らない。俺は奴が嫌いで、奴は裏切り者で、奴は――――……そこまで思って、我に返る。くっそ、アイツなんでこのタイミングでっ……!
隠せない苛立ちが舌打ちを誘った。無意識に出たそれはどう見ても奴に対するモノで。アイツのことなんてどうでもよくて、アイツはどうしたって裏切り者で。なのに、まだ。
――――どこかで、それが嘘だと思っている哀れで幼いあの頃の自分がいる。下らない、そう思ってないと自分を保てない哀れな自分がいる。
「……なあ、何でなんだよ」
その声は届かない。届くことはない、押し殺して捨てたはずの、想い。そうじゃないと、言ってほしかった。残酷な過去という産物。いつかいつか、それが嘘だと。そう、いつまでも信じていたあの頃は残酷にも、儚く散り行って。
「なんで、あんたは全てを裏切ってまで……何を成したいんだよ……!」
届くことのないそれは夕焼けの奥に潜む闇に消えて。零したそれは、もうない。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
あの日を思い出す度に、自分はまだ弱いと痛感する。捨てきれない想いと、いつまでも渦を巻く黒い感情が相まって、いつの間にか俺自身を苦しめている。断ち切らなければならないのは、きっと捨てきれない想いの方だ。それでも、捨てられない。それはまだどこかで――――……
「……京?」
「……っ、何?」
考え耽っていればいきなりかけられた声に思考が引き戻される。違う、今考えるべきところはそこじゃなく、進級試験の実技試験のことだ。要らない考え事に、感情を飲まれるわけには行かない。
雑念を振り払って、内心でため息をつく。……何となく、嫌な予感がしてならない。多少は荒れるだろうな、と思いつつ瞳を閉じて苦々しく息を吐く俺を、瀬奈と観都がどこか楽しそうにして見ていたことなど知らなかった。
次回の更新は3月を予定しています。