偽りに嗤う
静寂を揺らすような轟音が鳴り響く。それは、唐突にだった。終焉の塔内にいたのは夜と青のみだったが、急いでその轟音の発生源に向かう。そう、それは。
「黒!!」
「……何だ」
呆れたような声を2人に向けたその人物は、言わずもがなこの終焉の塔の最大戦力であり、最高権力者である黒いローブの人物だ。相変わらず片付いていない部屋の床には、真っ黒に書き潰された何らかの術式と、走り書きで全く読むに値しない暗号のようなものをメモした神が散らばっていた。
「黒さん、今の轟音は」
「……ああ」
藍の問いに、さして興味ないような声であったが左手を天井に向けるとその掌には真っ黒く禍々しい魔力の渦を起こさせていた。轟音の正体は、この渦だ。しかし、魔力をこうも禍々しくさせるなど誰が思おうか。本来、魔力というのは純粋なエネルギーの塊だ。色などなく、無垢な原理そのもの。
「これの実験」
「おまっ……相変わらずやなぁ」
「そろそろだろう」
彼の国との、遊びは。その問いに、夜が呆れたように頷いた。ラバルという、隣国は何が楽しいのかこの国に戦争をしかけたいらしい。自身らを含めた塔の人間だけでも全く歯が立たない相手だと言うことを知らないのだろうか。ましてや、この黒が参戦するというのだ。それは、大人が赤子の手を捻ると同義である。
「なんや、やる気やなぁ」
「黒さん、お願いですからやるなら徹底的にお願いします」
「……青、お前お願いする方向ちゃうで?」
青が何やら物騒なことを、と夜が呆れる中で黒は黒で所詮はどうでもいい遊びだと自負していた。だが、研究過程で見つけたこの新たな術式を使ってみたいと思うのは研究中毒である性なんだろう。
「ほんで? 何なん、そのえげつい魔力は」
「魔力じゃない」
「は?」
感じるのは明らかに魔力だ。その絶対的な根源こそがこの世界の全てであると存在が証明しているのは明白だろう。
「空気中にある元素を全て混ぜた」
「……それなら、お前さんお得意の滅素があったやろ」
「あれは原理的には全ての元素を混ぜ合わせたものだが、そこまで破壊威力はない」
そもそも、万物に消滅と忘却の原理工程は存在しない。と、黒にしか分からない理論定義で成り立っているのはさておき。破壊威力とは何だ、と盛大に突っ込みたくなるのは致し方ないことだろう。
「空気中に元素が存在する理論は分かるな、群青」
「そら、分かるで? そもそも元素は気体や、固体にすると元素自体が能力を失うし、液体にした瞬間に能力以前の問題、存在が消滅する」
「青、お前が一番得な元素は」
「相性で言うなら、水と風ですね」
そう言えば、黒は右の掌を左手同様に天井に向け「元素:水,風」と呟けばその混合気体が黒の右の掌に展開される。肉眼で見れば、水色と黄緑が混ざっただけの綺麗な色合いだ。
「2種混合とか怖いんですけど……爆発しませんよね?」
「相性が悪ければ爆発する」
「青、安心しぃ。黒はどの能力の扱いにも長けとる。こんな初歩的なミスするんならそれこそ寝てないときに限るで」
「そうだな」
その肯定は以前やったことがあるのか。そう、胡乱げな瞳を向けても仕方が無いと思う。加えてその発言をした夜も「せやったなぁ……」と何故か遠い目をしていた。いつだったか、現場に居合わせたらしい。それはもう、散々だったんだろう。その遠い目を見たら分かる。そう思うと、青自身も想像できてしまうので思わず遠い目をしたくなった。
「それで?」
「三重展開術式緋色"改竄”」
展開術式、古代に失われた能力の一つと言われし現代では扱える存在がただ一人のみの"能力”。そう、言わずもがな黒のことである。この研究中毒はいつだったか、夜が覚えている限りでは終焉の塔に入った時にはもうこの"能力”の存在に気づいており、すぐに研究と実証に取りかかっていたはずだ。あの当時は、まだ『展開術式』という名前のみの、遙か昔にあったとされるだけの"能力”だったのに。いまや、そのうちの幾つかは黒によって復元されている。
「はー、なるほどな」
「え? 夜さん、これで分かるんですか?」
「"能力”の本質さえ分かれば、誰でも分かるで」
「……夜さん、そんなに頭よかったんですね?」
「青? お前、俺のこと何と思っとったん?」
黒が展開したのは展開術式の中でも扱いづらいと終焉の塔内で有名な『緋色』の術式だった。今のところ、黒が復元した展開術式は9つであり、『緋色』のような補助系能力には全て色の名前がついている。一方で回復系には水に関与する名前がついている。攻撃系の術式もあるが、黒は攻撃系の術式を滅多に展開しない上に、無詠唱で行使するために誰も聞いたことがない。今回は三重展開であるため、その扱いは困難であると簡単に推測できる。術式を展開させるための層は最大で6つ。数が小さいほど低出力で簡単であり、多いほどその出力は膨大かつ、維持が困難である。
「え、戦闘狂ですけど?」
「お前なぁ、いくら俺が元戦闘狂集団出身やからって、酷ないか?」
「当たり前でしょう、夜さんが笑わずに戦闘しているところなんて見たことないですけど」
「すごい偏見やん、それ」
「事実です」
夜の出身は青の言った通りだが、だからといって皆が皆戦闘狂というわけでもない。そんな言い合いを横目に、『緋色』で二種類の性質自体を改竄させた黒はそこに滅素を混ぜ合わせた。
「待った!」
「今度は何だ」
「今、何入れました!?」
「滅素」
「あんた、死にたいんですか!?」
「いや、なんで」
改竄した元素の本質に気づいていないらしい。青も終焉の塔に所属しているために、その実力は歳以上のものだがまだまだ詰めが甘い。夜が一人、笑っていることに気づかずに、消滅式を展開し始めたため強制的に止めた。
「え、ちょ……爆発、しない?」
「ああ、『改竄』はありとあらゆる能力の均衡調整のために術式だ。これで、元素と魔力の調整をしていたんだがな……」
軽く溜息をついた黒は、その術式を消滅式で打ち消す。つまり、青の懸念は全くないと言うことだ。あの轟音は、調整に少し別の『緋色』の術式を付け加えたら鳴り響いたらしい。何を入れたのかは、聞かないことにする。恐らく、とんでもない理論が返ってくるだろうから。
「というか、今の実演いりました?」
「元素理論がまだ分かってないお前さんのためにやってくれたんやで?」
「いや、俺だってそれくらいは……」
「この研究馬鹿に、普通の理論は通じへんで」
からかうような夜の言葉に、青がむくれる。それを黒はいつものことのように見ながら、そっと窓の外に視線を向けた。自分の役目くらい分かっている、それでも少しの懸念が別件で上がってきている。
「黒」
「……何でもない」
そう、本来なら何でもないこと。それは今、気にする暇はない。夜は気づいているらしいが、それは長年の付き合いと事情を知っているからだろう。要らない雑念を振り払い、二人の名を呼ぶ。
「万全の準備だけはしておけ」
たったそれだけ、告げれば雰囲気の変わる二人に相手国への少しの同情が湧かざるを得ない。塔最強と謳われる彼の実力の、ほんの一部を垣間見ることになるのはもうすぐであることなど相手国は知らなかった。
ご無沙汰してます。無事に私事が終えたので更新を再開します。
相変わらずの低速更新になりそうですがよろしくお願いします。
しおりを挟んだままの皆様、ありがとうございました。