精霊媒体の罠
チリッ、と真横を何かの塊が通り過ぎた。2,3本の髪が落ちていく。少し離れたところで『能力』を使った跡を感じたが、今では感じない。一体誰だ、こんな雑魚にもならない俺に攻撃を仕掛けてきたバカは。
大いにため息をついて、目的地に向かおうとする俺にまた攻撃が仕掛けられる。今度は背中。前を向いて完全に無防備なそこは攻撃を当てやすい場所である。
「……何がしたい」
素早く無詠唱で『水』を展開し、身体に纏わせるように展開させた。うっすらと纏う水の膜に当たったのは火の球。確実に悪意ある、俺を傷つけようとした結果だろう。それもこの水の膜に遮られて終了したが。
俺が『落ちこぼれ』であるが故にその存在自体を嫌っている者は多く存在する。この学園が優秀な者を贔屓しているがためにそんな下らない風潮差別ができたと言っても過言ではないだろう。特に、強く貴重な能力を持っている者からしたら、Xクラスという弱者の存在は要らないだろう。要は、貴族様思考なのだ。この世界に貴族という概念と存在は存在してはいるものの、最早実力主義な世界である。だが、貴族の血族が強い能力を継承していることもまた事実。
「色々と生きづらいな」
水の膜を解き、球を放った人物を『風』で探す。これは応用技になるが、風は本来周囲全体を把握するのに長けている精霊だ。よって、精霊と意志さえ取れれば魔力感知もできないことはない。が、これは精霊と契約してる者に言わせたら反則技かつ高度すぎるため契約者でも難しいらしい。
「居た」
そのまま風を指定した場所に降下させれば妙な声が上がる。大方、俺を攻撃した術者にでも当たったか。もちろんそのつもりで探していたわけだが。当たっていればいいかとかなり適当な考えだが、これ以上時間を食うわけにもいかない。このままだと大方観都に怒られそうだ。
売られた喧嘩は適当に買ってあしらっている。俺は面倒ごとは苦手だが、そこまで人間できてるわけでもなく。弱者を見下して自己の肯定感に浸るのはいいが、そこに俺を巻き込むなというのが本音だ。というか、本音でしかない。
早足に廊下を歩き、ようやく目的地に辿り着く。目的地は中庭。そこの状態が何やら惨状化しているのは俺の知ったことではない。その渦中にいるのが観都と……澪か。あの二人ならやりかねないな。能力調整が苦手な二人だし。
「何やってんだ」
「あ、京ちゃん! 遅いよ!」
「絡まれてた」
その言葉に固まるのはやはり観都か。観都は俺に突っかかってくる奴を片っ端から嫌がらせしてるからな。この四大精霊の契約者達とは学園に入ってからの仲だが。そんな観都の様子にため息をつけば、柊葉が観都の頭を叩いた。何かよからぬ事を考えてでもいたのだろう。大抵、好き勝手する観都を止めるのは柊葉の役目らしいしな。
「京ちゃん、そいつは?」
「適当にあしらってきた」
今頃は教室にでも戻ってるだろう。何せ、そろそろ授業が始まる頃だ。いつも授業の前にこうしてコイツらは自分達の能力と対面している。相手は王だ。こうして意思の疎通を図らなければ能力に呑まれてしまうことは彼らも分かっている。俺は、その場所に来て授業をサボろうとするコイツらを連れて帰るのが仕事な訳で。そしてその度にやることがある。
「戻るぞ」
「はーい」
気の抜けた返事と共に俺に当てられたのは風の槍。気配を感じて後ろを見ずに避ければ次に来たのは水の衝撃波。仕方なく風を展開して相殺すれば懲りずに土で足元を拘束される。こうやってやってくるから面倒なんだ。観都と澪が二人して俺に襲いかかってくるがこれまた毎回同じ手で。
「光」
加減はしてある。瞳に負荷がないように調節した光に毎回引っかかって失敗して終了だ。毎回毎回俺で試すなって……。これでパターンでも増えたら本当に対処に時間がかかる。
「また失敗した-! 京ちゃんに当てるのに毎回これだと当たんないってば!」
「京ちゃん、たまには当てさせて!」
「何でだよ」
いや、当てさせてって何だよ。柊葉は基本傍観者を貫いているから俺に手を出すことはない。瀬奈も拘束しかしてこない。つまり、残りの二人が俺に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。全然当たりはしてないが。
「京雅には当たらないの分かってるだろ」
「京ちゃん、常時展開してるわけじゃないでしょ」
「四大元素をか? するわけないだろ」
四大元素の常時展開とか、そんなのしているのは限られた天才だけだ。四大元素を使うのだって、魔力を分け与えてるのには変わりはないから消費するのだ。それを常時展開となると一日で底がつく。魔力量にも限りがあるのは誰でも知っていること。なくなれば一日動けない。
「じゃあ何であんな簡単に避けれられるの!?」
「勘」
それ以外にやっていることと言えば、魔力の層を張って他者の魔力を感知することくらいだろうか。別にこれは素人でもコツさえ掴めば簡単にできることだから誰でもできるが。
「魔力の層で感知してるって言えばいいのに」
「え!? あれやってるの!?」
柊葉によってバラされたが、別にそこまで驚くことでもないだろう。現に柊葉はいつもやっているからこの仕組みに気づいているんだろうし。観都だって基本は張っているのだ。今は解いてはいるが。
「さっすが京ちゃん!」
「澪だって観都だってできるだろう」
何も殊勝なことをいているわけではなんだから。ため息をついて、教室に向かう。予鈴はいつの間にか過ぎていた。いつもならとうに着くはずの教室まで何故今日は着かないんだろうか。そう思った瞬間に感じたのは、強く俺らを覆うようにかけられた外部との干渉遮断術。
「……やられた」
誰だ、こんな下らないことした奴は。外部との干渉遮断つまりは結界や異空間に閉じ込められたと言ってもおかしくはない。外部と干渉遮断をするには四大元素全てが必要になる上にそう簡単には精霊が干渉遮断をしない。それをしたということは何らかの強制力が働いている可能性が高い。
空間遮断は精霊自体も閉じ込める。つまり、一時的に仮で繋がった契約者との魔力供給も切れる。繋がりの切れた精霊は自由だが同時に魔力を求めて暴走もする。精霊は元より繊細な生き物だ。こんな風に強制的に繋がりが絶たれることは危険でしかない。
「こじ開ける?」
「いや、その方が危険だろう」
柊葉の言うことが正しい。無理にこじ開けるのは危険だ。精霊を下手に刺激しかねない。それにここは彼らに任せた方が早い。何せ、四大元素の精霊の王と契約しているのだから――全ての精霊は王の支配下にある。つまり、頼めば早い話だ。部外者でしかない俺はその様子を見守るしかない……そして、誰がこんなことをしたのかを予測するくらいしかやることがないのだ。
「私と柊でゆっくり解いていくから観都と澪は精霊達を宥めてて」
瀬奈と柊葉は確かに二人に比べて魔力の精密なコントロールが上手い。観都と澪もできるのだが、魔力の層を解くのは苦手だろう。何せ、繊細さとスピードが要されるのだから。精霊の説得を任された二人は大人しく従い、怯えさせないようにゆっくりと近づいて話しかけている。
「にしても、誰が?」
「さあな、京雅は?」
「分からん」
四大精霊の王の契約者である彼らに私情を持つ者か、あるいは俺を気に入らない奴か。どちらにせよ、迷惑行為であることは明白だ。干渉遮断術を使っているところからして、実力はそれ相応と見ていいだろう。オレら五人を一気に空間遮断術内に閉じ込めるというのは中々ハードルが高いのに。厄介ごとに巻き込まれた、とため息をつく手前、視界の端で何かが光る。
「……あれは……」
もう解きかけの空間、なるほど。実力が全く及ばないからあんなものを……視界の端からギリギリでそれに届くだろうと風を使い、浮かせば空間遮断術が解ける。解きかけだった柊葉と瀬奈は何があったのか把握できずにいる。精霊を説得していた二人は術が解けたことに気づいて身体を伸ばす。
「京雅、何した?」
「俺が何かしたように言うな」
柊葉の言葉に即答で返しながら、手に引き寄せたものを見せる。俺の手の中にあるのは小さな透明な石。透明で結晶石みたいな石だが中に込められている魔力を感知した四人は怒りをにじませた。それもそのはず――
「四精霊を閉じ込めた、石……!?」
四大精霊をこの石に閉じ込めて空間遮断術の媒体としていた。石に込められた精霊は何かの術によってその生命力を失っている。精霊とて、その命は悠久ではないのだ。四大精霊の王を怒らせた。契約者とその意志を共有してはないだろうが、自身の眷属を殺されて怒らないわけがないのだ。
石からほのかに感じた魔力に俺は人知れず苦々しく眉根を寄せていたことに気づくはずもなかった。
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