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あらすじ必読な突発短編

正当な復讐

作者:


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして…。


 ジャクリーンの頭には、それしかなかった。


 先々代の王の第2王女として生まれ、妾腹ゆえに冷遇されて来た。だが、代わりに自由気ままであった。

 滅多に会う事のない異母姉である先代の王ロクサーヌを意識したことはあっても、ちゃんと見たことはなかった。

 だから、ジャクリーンは王位という物、玉座という物、政治という物を知らないできた。


「…ここまで来て、未だに自身の愚かさに気付かないのか」


 血に染めた白刃を下げて、心底からの侮蔑を込めた少女の声がジャクリーンをわずかばかり正気に戻した。


「愚か…? 侵略者が何を偉そうにッ!」


「国の威信を貶め、国土国民を死に追いやり今なお苦しめ続け、それらを全く理解しない愚か者。お前にとやかく言われたくはない」


 少女の冷ややかな声がジャクリーンを切り付けた。


 黒髪に紫紺の瞳をした少女は、隣国の第1王女フェリアーネ。

 侵攻軍の総指揮をとるわずか15歳。

 この国と関わりが無いはずのフェリアーネは、凄まじいほどの憎悪をもってジャクリーンを睨みつける。


「賢明なる先王を追い落とし、追放して玉座を簒奪した貴様を、同じ王族として許すことはできない」


「けん、め、い…? 重税を課して民を貧困で苦しめ、自身は贅沢と華美を尽くし、諸国を遊び歩くような、あの女がっ?!」


 ジャクリーンの怒りをともなった叫びに、フェリアーネだけでなく彼女に従っている騎士達が心底呆れたようにため息をついた。

 その様子に気づかないジャクリーンは、尚も言い募る。


「民の貧困に気付きもせず、振り返ろうともしない傲慢で享楽的なあの女は、また民を苦しめようとしていたのよ! 追放したのも処刑したのも間違ってない! あたしは正しいっ!!」


 叫びと共に、白刃が振り払われた。

 ジャクリーンの首筋に髪一筋の間をあけて止まった白刃から伝った鮮血が、ジャクリーンのドレスにシミを作る。


「王とはどういう存在かを知りもしないで、王として必死だった先王を侮辱するか」


 恐怖に硬直したジャクリーンは、口を開くことが出来なかった。

 16年前、ロクサーヌを追放した時、反乱を率いたのはジャクリーンだが戦闘には関わっていない。つまり、ただの旗頭として担がれていただけなのだ。

 実際に剣を持っても抜いたことはなく、稽古しか経験のないジャクリーンには血に染まった白刃に抱くのは恐怖でしかない。


 怯えているジャクリーンに、フェリアーネは嘲笑を浮かべる。


「お前は、先王を贅沢を尽くして華美を好み、民を苦しめたとのたまったが、王宮で何年暮らした。王宮のどこに金銀細工がある。国庫を見ていないのか。食料ではなく良質の工芸品などが整然と並んでいるが何のためであるか、分からないのか。華やかな装いを繰り返していたのに理由があると考えもしなかったのか」


 この場で生きているこの国の官吏達を見回すが、全員が何も言わない。

 知らないからか、知っていても言わないでいたのか。

 フェリアーネにとっては、どっちでも構わない。


「諸外国でのお前の評価を知っているか? 政治を何も知らず、貧相な装いで情けを乞う王族の威信も誇りもない傀儡の小娘、とささやかれ嘲笑われているのに堂々と近隣国の会議で正義を振りかざし白けさせる、と」


「…何、それ…」


「国の顔たる王がいつも同じドレスで外交に赴けば、貧しい無力な国であることを示し、隙を作ることになる。その身を飾る宝飾品や衣類は、いわば鎧であり盾。威信と誇りを汚さない為の必需品。さらに言えば、先王が身に着けていた宝飾品はこの国の特産物である金剛石を主体にしたものばかり。つまり、先王は自らを広告にして特産物とその細工技術を売り込んでいた。事実、各国から依頼がわずかばかりだが届き始めていた。―――お前が王になったことで全て無になったがな」


 確かに、依頼撤回が相次ぎ、今ではどれだけアピールしても見向きもされない。


「国庫に蓄えられていたのが、食料ではないのは保存がそう何年も持つ物ではないから。工芸品や装飾品であれば、諸国に売り払い物々交換として食料を仕入れることが出来る。いつ来るかわからない飢饉や災害に備え、年数が経てば経つほど価値を増す物を所蔵していた。―――お前は全てを即座に売り払って民のご機嫌取りに使っていたがな」


 知らない、と呟いたジャクリーンをただただ冷ややかに見下ろしたままフェリアーネは続ける。

 容赦してやる気は一切なかった。


「税を軽くして、結果何が起こった? 堤一つ満足に造れなくなり災害による被害が増え、ついに簒奪から6年後、大規模な飢饉が起こるほどの災害を招いた。それを心配し、顔と身分を隠して国境付近を支援していた先王をさらい、全ての悪事の主犯として処刑した。バカバカしい。どうやったら、人間の力で飢饉を起こせる? 一部の田畑を薬剤で汚染することはできても、国全体ではどうにもならない。そんな事すらわからないのか? ―――わからないから、理解もできなかったんだろう」


 この国は、小さく、痩せた土地だった。

 ジャクリーンの即位以前、税を取られた後は食べるのがやっと、切り詰めないと生きて行けない、そんな民は当たり前だった。

 陳情しても下がらない税に、民の不満も憎悪もロクサーヌへと向かっていた。

 下がらない理由も、それだけの税を取る理由も、誰一人として考えることもせず、知ろうともしなかった。


「徴収した税で生命線である農耕地帯を護る為に、より強い堤を造り、災害の爪痕の補修、堤の維持を行っていた。税収の中で、王家の生活費がどれだけだったか、見ていないのか? 歴代の王がほとんど若死にしている事実に疑問も浮かばなかったのか? お前は、何を見て何を聞いていた?」


 答える声は上がらない。

 何も見ていないから。

 何も聞いていないから。


「税を軽くして、王家の生活費は以前のまま。民が疲弊し困苦にあえぐのは当然。歴代の王は負担を軽くするため、譲位が可能と思われる程度に後継者が育った場合、病死や事故死として自ら命を絶っている。お前が生まれたのは、先王を産んでから先々代の王妃が子を産めなくなった為。もしもの保険だった。15になり、成人した先王はお前に自由を与えようとして王宮からの関与を一切たった。冷遇された、と思い込んでいたようだがな」


「………ない」


 小さく落ちた呟きに、フェリアーネは眉を寄せる。


「知らない。違う。間違ってない。あたしは間違ってない! あたしは悪くない! あたしのせいじゃない!」


「お前のせい以外の何物でもない」


 半ば狂ったように叫ぶジャクリーンを、フェリアーネは容赦なく遮り叩きつける。


「先王は何も言わなかった。何も知らせようとしなかった。それが王の責務と考えていたからだ。それは一つの原因で、先王が悪い部分ではあっただろう。だが、お前は国の為に必死だった先王を殺した。先王を信用して手を差し伸べようとした各国に醜態をさらした。先王を非難するばかりで我が身を振り返らず、民を苦しめ無為に殺した。―――死者の壁が築かれるほどに追い詰めたのはお前だ。お前が悪い」


 容赦のない断罪。

 ジャクリーンは呆然と呟く。

 自分は間違っていない、自分は悪くない、と。


 だが、それに耳を貸す者はこの場にはいない。

 この国の者ですら、フェリアーネの言葉に反論することもできずにただ虚ろな眼差しを中空に向けている。

 正義を成そうとした者など一握りでしかない。多くは権威を欲し、国の為に貴族を抑制し続けた先王を疎んじた者ばかり。

 それにジャクリーンは気付かなかった。

 だからこそ、フェリアーネは憎悪を募らせる。


 先王を殺したジャクリーンこそ、国を亡ぼす元凶であり全ての諸悪の根源だったから。


「国に殉じさせてやるのだから、感謝しろ。ジャクリーン=ベルフェアーズ」


 次の瞬間、振るわれた白刃にジャクリーンの意識は永遠に闇に呑まれた。


 結局、最後まで自分が悪であることに気付かないまま…。



※※※



「…王や貴族のみならず、国民まで皆殺し、か。そこまでやる必要があったのか?」


「当然です。彼らが僕らの母の死を望み、それを果たしたんです。僕らは忘れません。母の首が断たれた時、彼らは歓声を上げたのですから」


「あれは、醜悪だったな」


「ええ。国民の為に駆けずり回り、王としての責任故に自分の恋を捨てた母を殺した彼らを、僕らは許しません」


「簒奪したあの女は、国を滅ぼしたのが自分であることに最後まで気付かなかったようだしな」


「許す要素が一つとしてありませんね」


「…そうだな」


「あぁ、でも、一つだけ」


「? 何だ?」


「あの無能な女が母を追放してくれなければ、僕らはこの世に居ませんでした。あの時、処刑ではなく追放にしたことだけは、ほんのわずか、感謝しなくもないですね」


「…確かに。普通、復権を企てられることを厭って、処刑するもんだけどな」


「10年前の処刑が答えです。何かあった時の為に、全てを押し付けて殺すつもりだったんですよ。最初から」


「その割には、動向をつかんでなかったな」


「まさか、隣国の王に囲われているなんて思わないでしょう。父にとっても、あの追放は渡りに船でした。妹を思うあまりに王位を捨てられず、民を思うあまりに王位から逃げられず、責任感故に王位を投げ出さなかった母を、囲う格好の口実になりましたから」


「…陛下も、大概だよな。というか、一つ疑問なんだが」


「なんですか?」


「軍を率いたのが、フェリアーネなのは何故だ? 陛下自ら行きそうなもんだけどな」


「簡単な事ですよ」


「ん?」


「壊しつくして、殺しつくして、それでも心は収まらずに自らの命を絶つしかなくなることが分かっていたからです。母が永遠に失われたその場所に、母が守ろうとしたその場所に、立った瞬間に狂気に呑まれると分かっていたからです」


「…深い愛情に感激すべきか、戦慄すべきか。大いに迷うな」


「感激一択でしょう。どこに迷うことがあるんですか」


「……お前と陛下は、親子だよ」


「何を当然のことを感慨深げに言ってるんですか」


「いや…、それで、あの国はどうするんだ?」


「公国クラスの小さな土地ですからね。適当な代官を派遣してのんびり復興しますよ」


「フェリアーネの所領にするんじゃないのか?」


「本人が嫌がるに決まってるじゃないですか。僕だって嫌です。本来なら、同じ国にするのだった嫌なんですから。でも、滅ぼした者として、責任をもって面倒見るべきでしょう。多少の差別は甘んじて受けてもらいましょう。まぁ、国民は一人もいないんですから不満も出ませんけどね」


「…あの女も、王位を簒奪しただけで満足してロクサーヌ様を放っておけばよかったのにな。そうすれば、全てを滅ぼしつくされることはなかった」


「そうですね。まぁ、国民のクーデターによって滅びるか、他の国に侵略されるか、末路はほとんど同じだったと思いますよ」


「だが、民は残っただろう」


「……他国は僕らに譲ってくれたんですよ。正当性は僕らにこそありますから」






「先のベルフェアーズ女王ロクサーヌ様の忘れ形見である、大国サディランの王太子レオンハルトと第1王女フェリアーネ。……確かに、この上なく正当な血と理由だな」





 小さな小さな北国ベルフェアーズ。

 そこで起こった簒奪事件と先王の処刑、そして、滅亡。


 先王ロクサーヌと隣国である大国サディランの国王オズワルドの子供達。

 双子の兄レオンハルトは王太子として各国の折衝にあたり、双子の妹フェリアーネは軍を率いてベルフェアーズの終王ジャクリーンを討った。


 この行為を非難する者はなく、各国はサディランのベルフェアーズ併合を黙認した。


 王も貴族も民も田畑の全ても焼き尽くされ、荒れ果てた更地となったベルフェアーズがようやく人が住み金剛石の採掘と細工で栄えるようになるのは、レオンハルトの孫の世代。


 公爵家に嫁いだフェリアーネの息子が領主となり、命を賭して国に尽くし、殉じた誇り高き女王に敬意を表し、ロクサーヌ地方と呼ばれるようになる。





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