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互い違い

 嘘。

 痛い。

 嘘だろ。

 痛い痛い。

 阿鼻叫喚だ。

 声を上げたい。

 大声疾呼したい。

 その口が開かない。

 関節が、曲がらない。

 全身の筋肉が動かない。

 何故、僕は轢かれたんだ?

「嘘……だろ――嘘だった……だろ」

 アドレナリンが無くなったから、痛みで動けなくなったのか?

 まあいい、そんなことは後回しだ。

 それよりも、熱い。酷く喉が渇く。感覚的にはサウナに突っ込まれたようだ。

 だが、一部が反抗期を迎えていた。

 それは他人に促されたものだった。

 僕の頬を冷たい感覚が支配する。

 そこに手を当て確認してみると、手があった。

 僕のじゃない、細作りな冷たい手が。

 君は誰だ。

「へー。以外と丈夫なのね、嘘吐きさん」

「……」

 聴覚は生きていた。が、言葉が上手く舌から離れない、そもそも頭で紡げない。

「私は……そうね……乙臣舞夢」

 自分も名乗る、もとい乙臣の顔を見ようとしたが、案の定首が回らず、見る事すら出来ない。

「動けないの?」

 やっと、口が開き、声が出るようになった。相手に言葉を伝えられないのは、こんなに辛くて苦しい事だったのか。

「ぉぅ。僕。僕は。僕の名前は」

「言わなくて良い、嘘吐きさんの事は、アナタと呼ぶから」

「な、んで、だ」

「アナタの名前を聞くと、鳥肌が立ったり虫唾が走ったりする気がするのよ」

 そう言うと、乙臣は僕の頬から手を離す。そして、僕は一つ咳払いで整えた喉から、こう言い放つ。

「僕の何を知っている!」

 と。

 だが乙臣は、そっぽを向き、視線の先に言い放つ。

「何かは知らない。何と何を知らない。ついでに――何も知らない」

 結局のところ、何も知らないらしい。僕だって知らない。僕が知っている事は、乙臣のか細い声と冷たい細作りな手くらいだし、乙臣だって僕の体温と僕の不恰好な後姿を知っている。だが、それを言わずに知らないと言うのなら、多分そういう話ではないのだろう。きっと外側の話ではなく、内側の話だ。

「でもまぁそれにしてもアナタ、酷い姿をしているわね、知らなかったー」

 あれ、今の発言で、何も知らない発言のニュアンスが、あらぬ方へ傾いちゃったよ! それより何より酷い姿とはなんだ。

「酷い姿って」

「ぐちゃぐちゃよ」

 ぐちゃぐちゃって、あれか? 昼ドラ的なあれか? いや、僕を見て言っているのだから、そんな感覚的なドロドロのぐちゃぐちゃではない事くらい分かる、僕の見た目がドロドロのぐちゃぐちゃなんだよな。ドロドロとは言ってないか。だが、俄かに信じがたい話だし、大体僕は人だぞ、人類だぞ、ホモサピエンスだぞ、それの第一印象がぐちゃぐちゃって。まぁ確かに、身体中に痛みと違和感は感じるけど……。

「一つ良いか?」

「駄目って言ったら諦めるの?」

「あぁ、まぁ、確かにそうなんだがしかし、流れというか決まり文句というか」

「決まりなんて知ったこと、か。ねぇ訊くの訊かないの、さぁどっちなの?」

「じゃ、じゃあ、訊くぞ。ぐちゃぐちゃって一言じゃ、僕がどんな風に死に掛けているのか分からない。どんな風なんだ?」

「そうね……強いて言えば、まっくろくろすけかしら」

「そんな……言ってしまえば、煤塗れじゃないか」

「なっているのだからしょうがないじゃない、人間だけど」

 何とも後ろ向きな貼り絵職人だ。

「じゃあその、くろすけ奴に少し手を貸して下さい」

「嫌よ」

「お前は先ず躓け!」

 目が霞み始めた。涙のせいではない。実質先程まで何も見えなかったから良くなり始めているのだろう。それと共に、首やら関節やら諸々動かせるまで回復していた。

 薄ら見える乙臣の姿は、長く紫がかった黒髪に、少し吊り上った目元と、キュッとした唇。総じて可愛いというより、綺麗やカッコイイ、サディスティックという言葉が似合うだろう。 

「ん? お前、何か見覚えが……会った事あるかな?」

「さっきからお前お前って、アナタは私を神や仏として崇めているの? 違うでしょ、況してや私を侮る意味合いで、その呼び方を口にしたのだとしたら、斬り苛む形で惨殺するわよ」

「…………すいませんでした」

「別に、お前呼ばわり慣れてるから、許してあげなくもない」

「その言い回しだと、何か条件があるように聞こえるのですが」

「勘が鋭いのね、まぁ私の凶器にも匹敵する勘の鋭さに比べたら、豆腐位かしら」

 これはもう速さに頼るしかないな。

「で、何をすればいいんですか? 三回回ってワンと言えば良いのですか?」

「そうね、それも良いのだけれど……そうね、アナタのメンタルに気絶するまで頭をぶつけなさい」

「フッ、残念だったなぁ、僕のメンタルは勘と同じで豆腐で出来ているんだよ」

「あらカワイソウ。 それじゃあ条件に満たないから……、私の前で三回スベって媚びる様に笑いなさい。ジャンピングまたはバク中なら一回で許してあげる」

 ん? 何だ? フィギュアスケートの話か? いや、滑る笑う飛ぶは出来なくもないだろうが、バク宙は無理だろう。

「何を悩んでいるの? 土下座よ、土下座」

「やはり土下座系統か! 更に笑えというのか!」

「無理に頭を垂れなくたって良いのよ、とてもトンデモ途轍もなく面白いアナタの持ちネタを披露出来るなら許してあげる、笑ってはあげないけど」

「三回もスベって自分で笑えというのか! ラッキーボーイもビックリだよ!」

「待って、嘘よ、ウーソ。本当の条件を提示するから、心して身を入れて聞きなさい」

「僕のメンタルが、後で修復できる程度にお願いします」

「アナタの家に連れて行きなさい、自分の家で土下座した方が良いでしょ」

「それは情けですか? いいえ違います!」

「その後に、良い事教えてあげるから」

「それ、謀っていませんか?」

「別に謀ってなんていないけれど」

「端から勘違いを狙っているようにしか聞こえないのだが」

「それは豆腐違いっていうこと?」

「それは間違いだっていうこと!」

「ねぇ、やっぱり今すぐここで土下座して頂戴」

「それは気が変わる、もとい先ほどとは気持ちが違うという事、それはつまり気違いという事ですかね……土下座すれば許してもらえるんですかね」

「こんなところで土下座するなんて、場違いよ」

「それが言いたかっただけか……」

「違いないわね」


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