N井さんといぬいぬさん(Love me, love my dog)2
電柱のような外見のコンクリートの鳥居をくぐり、気が急くためか跳ねるのをやめた知佳に引かれるようにして、香里は石畳の参道を歩く。小さいながらも社殿があるが、それには目もくれずに知佳は舗装されていない方に向かう。
ブランコの支柱に、その犬はつながれていた。犬がいる場所はちょうど木陰になっていて、前足の上にうっそりと頭を載せている。
香里の手を離すと、知佳はぱたぱたと犬に駆け寄り、鼻面が向けられた方に回り込む。
「いぬいぬさん」
うあん、と犬は軽く、といっても低音の鳴き声を発した。
知佳の体ほどもある、灰色の犬だ。鎖を模した首輪には小さな丸い名札のようなものが付いているが、名前が刻まれているわけではないようだ。
ほら、と知佳は得意げに振り返り、「りーちゃんも」と香里を促した。
「いぬいぬさん?」
香里の呼び掛けに対しても、わん、と返ってくる。
「ね? おへんじするでしょ?」
とん、とん、とん、と知佳がその場で何度も跳ね、湿った砂が小さな足跡で削られていく。縄跳びというよりは、プールに入ったばかりの子供が浮力を確かめるように何度も水底を蹴る様子と似ている。未知のものを確かめたくて仕方がない、疼くような興味が知佳の体を動かし、跳ねさせる。
「だからね、いぬいぬさんなの」
香里は小さく笑って、「まだわからないよ」と意地の悪い調子にならないよう気を付けながら言う。
「ほかの名前で呼んでもお返事してくれるかもしれない」
「えー、そうかなあ。いぬいぬさんは、いぬいぬさんなのに」
可能性の問題、と言いかけてから、「かもしれないってだけ」と香里は言い直し、ほかの呼び方を試してみることにした。
「ポチ」
犬の名としては定番のものであるが、目の前の犬は答えない。
「ぽちじゃないんだよ。だって————」
いぬいぬさんだもん、と続けようとする知佳を遮ると、その腕を引いて香里はいったん犬から遠ざかる。舗装された参道をブランコがある方とは反対側へと横切り、犬から見えないであろう賽銭箱の横に身を潜めるようにする。
「りーちゃん、どうしたの?」
「作戦会議」
普段より音域を低くした重々しい口調で言うと、香里は腰を落とした。