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木枯らしに抱かれて…  作者: 土田なごみ
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第9話 個人面談

なんだか、つまんない。



『副担任』なんて、名前ばっかり。


毎日、教室に顔を出すのは、担任の先生だけ。


担任の先生が嫌いな訳ではないけど、時々恨めしくなる事がある。



そんな矢先の出来事だった。



終業のチャイムが鳴った。


教壇から下りかけた野崎先生は、何かを思い出して立ち止まった。


「今日が個人面談の生徒は?」


―私、今日だった―


私を含め、数人がパラパラと手を挙げた。


「今日は俺がする事になったから、放課後に国数準備室に来なさい」



野崎先生が、副担任だと再認識した瞬間だった。



一対一で何を話したらいいんだろ?


答えは分かり切っているのに…


個人面談なんだから、話の内容なんて、先生の方で用意されているのに…


凄く緊張する。


放課後までソワソワして、私は落ち着かなかった。



国数準備室の扉の前で、深呼吸をした。


誰かが見ている訳でもないけど、遠慮がちに浅く長い深呼吸。


そして、手で前髪を整えた。



国数準備室の前の廊下は、毎日通っている。


準備室の中の気配を気にするのは、いつもの事。


でも、中に入るのは初めてだった。



「失礼しまぁす…」


いつもより、か細くトーンの高い声。


緊張しているのが良く分かる。



国数準備室の中では、今まで談笑していたらしく、年配の女性の先生がにこやかに笑っていた。


「どうぞ」と私を招き入れ、女性の先生は仕事を始めた。


「あ、面談だね。入りなさい」


振り返った野崎先生も、教室とは違う、柔らかい表情をしていた。


「はい。失礼します…」



さっきより小さな声で会釈した。


多分、先生には聞こえていない。



一歩一歩、ぎこちなく歩く私。


そして、野崎先生の机の横に立った。



机の上には、山積みの資料と数本のボールペンが転がっている。


そして、灰皿の中には吸いかけの煙草があり、細い煙が上がっていた。


先生は、山積みの資料の一番上から、一冊のファイルを取った。


煙草の煙に気付いた先生は、灰皿の中の煙草を揉み消した。


そして、先生はファイルを開き、人差し指を滑らせる。



先生と私の間には、無言の時間が流れていた。


私の視線の下に、先生がいる。


ピンと跳ねた後ろ髪の癖。


ちょっと可愛いかも。


口元が緩んでしまいそうだった。



いつもなら、見上げる程なのに、こんなにも無防備に近い。



手を延ばせば、先生に触れられる。



「西坂亜澄さん」


「…はいっ!」



呼び慣れないフルネームで呼ばれ、少し驚いた。


「君はB型だな」


「は?」


突然に切り出され、何を言っているのか分からなかった。


「得意な科目と不得意な科目の成績に、差があり過ぎる。好き嫌いがはっきりしているのが、B型の特徴だ」


―血液型の話?―


「そうです。B型です」


「やっぱり」


そう言いながら、手に持っていたボールペンを、机の上で持て余す様にトントンと叩いた。


「数学と英語は、成績は良いんだけど、他はいまいちだな」


「すみません…」


「ん?最近、国語を頑張っているみたいだな」



「はい」


―先生が―


「好きだから…」



「そうか、その調子で頑張りなさい」



「あのっ…」


私の言葉に、先生は顔を上げた。


唇が、勝手に動いてしまいそうだった。



「あのっ、先生の血液型は何型ですか!?」


「俺の事はどうでもいい」


即答だった。


そして、私から顔を背けてしまった。



「あら、野崎先生は冷たいのね」


年配の先生が、クスクスと笑った。


「いえ、俺の事はいいんです」


「生徒の質問には、きちんと答えてあげなくちゃ」


年配の先生は、そう言いながら席を立った。


「ねぇ」と、私に向かい首を傾げながら、小脇に資料を抱え準備室を出ていってしまった。



国数準備室に、野崎先生と二人きり。


なんだか、気まずい気持ちでいっぱいだった。



「やれば出来るんだ。他の教科にも興味を持って頑張りなさい」


先生は無関心な顔で、話を戻してしまった。


「はい…頑張ります」


叱られた子供みたいに、うつむいて突っ立っている私。



やっぱり、野崎先生と私は『先生と生徒』以外、何もないんだ。


心の奥がチクンと傷んだ。



「高校を卒業したら、どうするんだ」


淡々と進路の話を進める先生。


興味がなさそうな顔をされるなら、怒られた方がまだ良かった。


「お嫁さんになりたいです」


ふて腐れて、そう答えてしまった。


もう、どうでもいい。


きっと、先生の顔は怒っているか呆れているかのどちらかに決まっている。


唇を尖らせながら、そっと先生の顔を覗き込んでみた。


「アハハッ!」


先生が、クシャクシャな顔をして突然笑い出した。


予想外の反応で、びっくりしてしまった。


「本当に、お前は面白い奴だよ!」


必死に笑いを堪えようと、お腹を抱えている。


あまりにも笑っているので、私の頬も緩んでしまった。


「行き先でも決まっているのか」


「いえ…、そういう訳ではなくて…」


「可愛い夢を見るのもいいけど、花嫁道具に学歴を持って行くのも良いんじゃないか」


「そう…ですね」


「上を目指してみなさい」


「はい」


「教室に戻ったら、次の生徒に、俺の所に来る様に言いなさい」


先生はファイルを閉じ、元の場所に戻した。


そして、机の上に投げてあった煙草の箱を手にした。


「はい。ありがとうございました」


ペコッと頭を下げた。



今の私には、最初感じていた緊張感は無かった。


先生の笑い声を聞いただけで、体が解れてしまう。


私って、単純。



「西坂」


先生の机から、数歩離れた所で呼び止められた。


「はい」


「俺もB型だ」



背中を向けたまま、先生は一言だけ言った。


背中越しに、煙草の煙だけが上がっている。


「私と同じですねっ!」



先生は、それ以上言葉にはしなかった。




先生の背中が、少しだけはにかんで見えた。

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