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木枯らしに抱かれて…  作者: 土田なごみ
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第8話 文学少女

商店街の中の小さな書店。


レジに座っているおじさんは、店の様子には興味がなさそうに、黙々と新聞を読んでいる。


静かな店内には、パラパラとお客さんがいる程度。


私達も、その中に混じった。



「ね、ちょっとあっち見てくるね」


私は小説作家コーナーの方を指差した。


「ん、分かった…」


手にした雑誌を見たまま、真由美は生返事をした。


その一角に、人は誰もいなかった。


きちんと並んだ小説達は、誰かが手に取ってくれるのを待っている様だった。


私の探している本は、芥川龍之介の本。


題名は何でも良かった。




「芥川龍之介は面白いから読んでみろ」



今日の授業の時、野崎先生が言った言葉。


授業の合間、先生の言葉の端々から、先生はかなりの読書家だと想像した。


先生が今まで読んだという本は、必ずチェックしていた。


図書室で借りたり、本屋さんで買ったり…


今までの私なら、教科書に載っている作家の本を、手に取って買う事はしなかっただろう。


授業で習っている『羅生門』だって、文章が難しい。


わざわざ難しい本を読むなんて、考えられなかった。



“教壇に立っている今”以外、野崎先生の事は全く知らない。



先生が今までに読んだ本を辿って行く事は、先生自身を知る一番の手段だった。


本はすぐに見付かった。


ずっしり重いカバンを足元に置く。


本を手に取って、一ページ一ページめくり、文字を追ってみた。


この本を読んで、先生は何を感じたのかな…


この文章達は、先生の感受性をどの様に響かせたのだろう。



「亜澄ったら、こんな所にいたんだ」


真由美が、一冊の雑誌を手にしてやって来た。


「だから!こっちにいるって、さっき言ったじゃん」


「そうだっけ?」


やっぱり、雑誌に夢中で私の話を聞いていなかったみたい。



「何読んでるの?」


真由美が本を覗き込んできた。


何だか恥ずかしくて、身を縮めて本を閉じかけた。


「げっ!ずいぶん難しい本読んでるじゃん!」


閉じかけた本の表紙を見て、真由美が言った。


「え…、結構面白いよ…」


「何よ〜!先生みたいな事言って。いつから文学少女になったわけ?」



―先生みたいな…―



真由美の何気ない一言が、私の気持ちを見透かされたみたいで恥ずかしかった。


閉じかけた本を、元の場所に戻してしまった。



「あれ?買わないの?」


「うん。立ち読みしてただけ」



足元に置いたカバンに手を掛けた。



「真由美は何の本買うの?」


「これ?」


嬉しそうに、雑誌の表紙を見せてくれた。


その表紙には、『下半期恋占い大特集』の大きな文字があった。


「この雑誌の占い、すっごく良く当たるんだよね!」


「もちろん、長谷川クンとの相性見るんでしょ」


「ん…、まぁね〜」


雑誌で口元を隠しながら、ニヤニヤ笑っている。


片思いでも、何だか楽しそう。


「いいな…」


「次、貸すよ?ってか、亜澄の好きな人って誰よ!教えなさいっ」


「えっ?違う違う!『貸して』の意味じゃないし。私、好きな人いないし」


私は、手の平を大きく振って嘘をついた。


雑誌を借りたって、先生の誕生日を知らないから、占いようがない。


悲しいけど…


「ホントに?」


真由美が、うたぐり深く私の顔を覗き込んできた。


その視線を避ける様に、私はレジへと歩き出した。



「本当だってば。好きな人が出来たら、真由美に一番に教えるよ」



私は、また嘘をついた。


そして、切なく秘めた想いに、心地よさを感じていた。

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