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木枯らしに抱かれて…  作者: 土田なごみ
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第7話 放課後

赤く染まった夕焼け空に、野球部のバッティングの金切り音が響いている。



開け放った窓から、緑色の風がそよいできた。


部活で汗ばんだ制服のブラウスの中を、風が通り抜けていく。


気持ち良い。




生徒玄関までの長い廊下。


私は、風と一緒に駆け出した。



前を歩くのは野崎先生。


いつもの、ゆっくりとしたペースで歩いている。


先生の背中まで数メートル。


後、もう少し…



「先生っ、さよなら!」



―間に合った―



「…おぉ、西坂か。さようなら」



国数準備室に入りかけた野崎先生は、一旦立ち止まって体を振り向かせた。


突然、私に声をかけられた先生は、無防備に笑っていた。



先生のはにかんだ笑顔、初めて見たかも…


授業中には、絶対に見られない笑顔。


野崎先生、あんな顔して笑うんだ…



今日は、凄く得しちゃった!



運が良ければ、国数準備室前の廊下で、先生に会う事が出来る。


国数準備室は、生徒玄関の隣なので、登下校時には必ず通る場所だった。



先生の後ろ姿を見かけた時は、追い付こうとして、今みたいに駆け出してしまう。



先生の姿が無い時には…


ほとんどは、いつもそう。


国数準備室の気配を、横目で気にしながら、通り過ぎるしかなかった。


『先生に会いたかったな…』なんて考えながら…


すれ違い際の挨拶だけでも、私には十分に嬉しかった。


私だけにかけてくれる『さようなら』の言葉。


その瞬間だけ、先生と私だけの空間になる。


その空間が弾けた後も、余韻に浸りながらドキドキしている。



駆けた足取りが、スキップしてしまいそうだった。


その勢いのまま、生徒玄関に飛び込んだ。




人気の無い下駄箱に、まさか真由美がいるなんて思わなかった。


思いっきり自分の世界に浸っていたから、跳び上がってしまった。



「ま、真由美。そこにいたんだぁ。ビックリした!」


訳分かんない事、言ってしまった。


私、本当にスキップしてなかったよね?


「『ビックリした』って…そっちこそ突然来るんだもん。誰かと思ったよぉ!」


上履きを片手に振り向いた真由美は、目を丸くしていた。


「そ、それにしてもさぁ…真由美、今日は帰りが早いね」


「そうなの。マネージャーの仕事が早く終わってねっ」



憧れの長谷川クンを追いかけて、バスケ部のマネージャーになった真由美。


でも現実は、長谷川クンを追っている暇はなさそう。


いつも、先輩マネージャーの側に付いて、忙しそうにコートをくるくると走り回っていた。


「マネージャーって言ったって、雑用係みたいなもんだよ」



真由美は、楽しそうにぼやいていた。



ふと、長い廊下から、賑やかに談笑する声が近づいて来た。


真由美は、不意に話をやめ、ふざけ合う声がする方を気にしている。


声がする方と真由美とを交互に見比べながら、私も黙って靴を履いた。



下駄箱の陰から、二人の学ラン姿が現れた。



「やぁ!真由美ちゃん。お疲れ!」



賑やかに聞こえていた声が、笑いかけてきた。


バスケ部の二年生だった。


「お疲れ様でしたぁ」


背筋を伸ばした真由美は、聞き慣れないピンとした声で挨拶をした。


私もついつられて、ペコリと頭を下げた。


「なになに?真由美ちゃんのお友達?可愛いじゃん」


もう一人が、ひょいと顔を出した。


私は、思わず後ずさりしてしまった。


「ちょっと先輩っ。私の大事な友達、ナンパしないで下さい!」


真由美は、わざと怒った声を出した。


「ゴメンゴメン!コイツの事、後で俺が張り倒しておくから」


そう言って、首根っこをつまんで騒がしく行ってしまった。



すっかり、相手のペースにのせられてしまった。


これが体育会系のノリ?



「バスケ部って、凄く楽しそうだね」


私は苦笑いした。


「まぁね。部活の時は、さすがにああじゃないけど、みんな優しいよ!」


真由美は楽しそうに笑っていた。


キラキラとした、凄く良い表情してる。


「ね、真由美。今日一緒に帰れる?」


「うん!あ、本屋さんに寄りたいんだけど、付き合ってくれる?今日、雑誌の発売日なんだぁ!」


「うん、いいよ。私も探したい本があったし」



私と真由美は、生徒玄関裏の自転車小屋へと回った。




途中、さっきのバスケ部の先輩の姿を見た。


一人がヒラヒラと手を振り、もう一人がその腕を引きずりながら、校門を出ていってしまった。


私達はその様子を見て、目を見合わせて笑った。

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