第6話 恋の力
今まで、教科書は学校に泊めておく事が多かった。
薄っぺらなカバンの中身は、コスメポーチとブラシとお財布、そしてわずかな教科書。
予習復習なんて、ある程度決まった教科だけしかしなかった。
国語は、連日お泊り決定の教科だった。
でも、あの『赤とんぼ』以来、私の通学カバンはズッシリと重くなった。
毎日、カバンに詰め込んでいる物。
国語の教科書とノート、辞書類。
そして、図書室で借りた本。
まるで、優等生みたいなカバンの厚みと重み。
このカバンの重さは、野崎先生への想いそのものだった。
国語は、あまり得意じゃなかった。
『赤とんぼ』以来、私は“的を得ない解答をする生徒”と思われている事は、間違いないと思う。
その印象のままでは、絶対にイヤ。
先生もうなずいて納得する、スマートな解答を出せる生徒になりたい。
野崎先生にとって、私はただの生徒。
大勢いる生徒達の中に、ポツンと紛れ込んでいる、たった一人にしか過ぎない。
キレイとか可愛いとか、私の外見はそんな特別なものでもない。
成績だって、ごく普通。
平凡な私だから、数年も経てば、先生の記憶から私の存在は消えてしまうのだろう。
今だって、私の存在は、先生の心情に引っかかりもしないのかもしれない。
私が野崎先生の生徒でいられる、今この時…
良い生徒と思われたい。
先生の目に止まりたい。
野崎先生と私は、“先生と生徒”という接点しか持っていない。
先生に好印象を持ってもらえる方法は…
単純だけど、国語の成績が良くなる事?
精一杯考えたけれど、これが一番の近道だった。
私は、家に帰ってからも、熱心に国語の教科書を開いた。
机の上のクラス写真を眺めながら…
時々、写真立てを手に取って、小さく写っている野崎先生の姿を見つめる。
指先で撫でながら…
苦手な国語の勉強だって、全然苦にならない。
恋のパワーって、スゴイと思う。




