第3話 校外学習
「きゃー!飯ごう、噴いてる噴いてる!」
「ちょっとー、火強過ぎっ!」
鍋をひっくり返しそうな、このドタバタなキャンプ。
今日は、校外学習でキャンプ場に来ている。
春の遠足みたいなもの。
ところが、うちの班の男子ときたら、薪に火を付けたら『役目は終わり』みたいな顔をして、どこかに行ってしまった。
それに加え、カレー担当の真由美まで『ちょっとトイレ』と行ってしまったきり、帰って来ない。
このまとまりの無い班ったら、本当にサイテーなんだからっ!
結局、女子三人だけでのカレーライス作り。
帰って来たら、覚悟しときなさいよ!
ブツクサと膨れながら、カレーを掻き混ぜた。
「ごめ〜ん。遅くなっちゃった〜」
真由美が、浮かれた顔をして、跳ねる様に走って帰って来た。
「遅い!トイレに何分かかってんの?カレー、もう出来ちゃったよ!」
私は、頬っぺたをプーッと膨らませた。
「ホントにごめん!ところでさ、ちょっと聞いてよぉ」
全く反省の色無し。
真由美ったら、早く話したくて、口元がムズムズしている。
「何っ!?」
相変わらず、膨れっ面の私。
「さっき長谷川クンに聞いたんだけど、長谷川クン、バスケ部に入部するんだって」
「はぁ?今まで何しに行ってたの!?私一人にカレー作らせて、信じらんないっ」
「片付けは、亜澄の分もするから。許して、ね?」
真由美は、両手を合わせてペコッと頭を下げた。
全く…仕方ないんだから。
「それでね、私決めたんだ。バスケ部のマネージャーになる!」
「え!?一緒にダンス部に入部するのは?どうすんの?」
「お願いよー!私の高校生活の分かれ道なの。ごめん!見逃して」
さっきから勝手な事ばっかり言って…
真由美には、怒りを通り越して驚かされてしまう。
いいな…真由美の性格。
真由美は、想ったらとことん追い掛けるタイプ。
“当たって砕ける”事ばかりだけど、臆病な私には真似出来ない。
「今日の帰り、キムラ屋でおごってくれたら許す」
キムラ屋とは、下校途中にある美味しいアラモード屋さん。
学校の帰り道、友達同士で時々寄り道して行く所。
「分かった。ソフトの二色チョコでいいよね?」
「ジェラートがいいな。チョコチップ&ストロベリーのダブルでよろしくネ」
私は、両手の中指と人差し指でWの文字を作った。
「今月、おこずかいピンチなのに〜!ジェラートでバスケ部のマネージャー、許してくれる?」
「分かったよ。応援するから、真由美も頑張ってネ」
「ありがと。亜澄なら、そう言ってくれると思った」
真由美は、私をキュッと抱きしめてきた。
「あの……、亜澄ちゃん」
そう話し掛けてきたのは、同じ班の沙也ちゃんだった。
別の中学校出身の、ちょっと大人っぽい子。
「亜澄ちゃん、ダンス部に入部するの?」
「うん、そのつもりだったんだけど…真由美が入部するのを辞めるって言うから、どうしようかなって…」
「じゃあ、私と一緒に入部しよ?私も一人で心細かったんだ」
「ホントに?よかった!」
沙也ちゃんって、気さくな感じでいいな。
仲良くなれそう。
さっきまで、ふて腐れながらカレーを作っていたのが嘘みたい。
「あっ…先生」
沙也ちゃんの視線の先に、野崎先生が立っていた。
「この班はカレーだな」
黒のジャージ姿の野崎先生が、カレー鍋を覗き込んでいた。
アウトドアな空間、野崎先生には不釣り合いですっ。
でも…青空の下のせいか、野崎先生が爽やかな表情に見えるぅ!
ハートの中の私は、大きく慌てふためいていた。
「先生も、カレーいかがですか?」
これも、ハート中の私が言わせた言葉だと思う。
「それじゃあ、一口頂こうかな」
「はいっ!」
およそ一口ではない量を、私は盛りつけてしまった。
野崎先生は、そのカレーライスの量に笑っていた。
「頂きます」
私が切った人参が…お肉が…
一口、二口と、スプーンを口に運ぶ先生。
「うん、なかなか美味いな!」
誰にでも、それなりに上手く作れるカレーなのに…
先生が『美味い』って!
私はすっかり舞い上がってしまった。
これから先の記憶は真っ白になっている。
ハートの中の私は、緊張と嬉しさのあまり、気絶してしまったのかもしれない。
意識を取り戻した時には、先生の姿は無く、私はきれいに空になったお皿とスプーンを持っていた。
「ちょっと、まるで新婚さんを見ている様なんですけど」
真由美がニヤニヤしながら見ている。
「うんうん!」
沙也ちゃんまで、目をキラキラさせて、何度もコクコクとうなずいている。
「そ、そんな…」
私、耳まで真っ赤になっていると思う。
先生が好きだって、バレちゃったらどうしよう…
「いいよね〜、野崎先生…」
―えっ!?―
焦っている私の気持ちを打ち破った。
「私、初めて見た時からクールでカッコイイな〜って思ってたんだぁ…」
沙也ちゃんの目が、ハートマークになっている。
「亜澄ちゃん、野崎先生とあんな風におしゃべりしてもらって、羨ましいっ!」
真由美も私も、呆気にとられてる。
二人とも別の意味で。
そんな…、沙也ちゃんと、いきなりライバル!?




