第10話 お昼休みの恋話
―B型、B型、先生は私と同じB型!―
血液型を私に教えてくれた事に、何か意味があるの?
ううん。
ただの気まぐれでもいい。
私に心を許してくれたみたいで嬉しかった。
私の大切な出来事。
心に鍵をかけて、絶対に誰にも知られたくなかった。
「ねぇ、真由美ちゃん。この間持って来た雑誌の占い、どぉ?当たってる?」
沙也ちゃんが、プチトマトを頬張りながら尋ねた。
沙也ちゃんと真由美と私は、机三つを寄せ合って、いつも一緒にお弁当を食べていた。
話題は、昨日見たドラマの話。
好きなアーティストの話。
ファッションの話。
そして、恋の話。
恋の話は、もっぱら聞く専門になっている。
いつも、沙也ちゃんと真由美で盛り上がっていた。
沙也ちゃんの恋の話を聞くのは、切なかった。
野崎先生と沙也ちゃんの些細な出来事に、嫉妬を感じてしまう。
真由美は…
なぜだか近頃、長谷川クンの話をしなくなっていた。
「うーん…当たっている様な、当たってない様な…」
冴えない返事の真由美。
雑誌を買った時の、恋する瞳は無かった。
「長谷川クンって、何座?誕生日知ってる?」
「知らないんだよねー」
私の質問にも、どうでもいい返事。
「私達が聞いてきてあげるっ!行こっ、亜澄ちゃん!」
突然、沙也ちゃんが椅子から立ち上がり、私の腕を引いた。
「えっ…?あ、ちょっと待って!お弁当がまだ途中…」
フォークを握ったままの私は、沙也ちゃんに手を引かれた。
悪戯っぽい足取りで、ベランダへと向かう沙也ちゃん。
見た目の大人っぽさとは違った、無邪気な積極性。
こんな沙也ちゃんも、野崎先生の事が好きなんだ…
消極的で恋に臆病な私自身が、悲しい位ちっぽけに感じてしまう。
ベランダには、長谷川クンが手摺りにもたれて、友達と話していた。
「長谷川クン!」
空を眺めていた長谷川クンは、私達の方を振り返った。
「長谷川クンって、誕生日いつなの?」
突然の沙也ちゃんの質問に、キョトンとした長谷川クン。
隣の友達が、肘で小突いている。
「オレ?」と、長谷川クンは自分の鼻先を指差した。
「何で?プレゼントでもくれんの?」
興味深そうに、身を乗り出して笑った。
「ふふっ。そういう事もあるかも…ね」
「あっ、でも、私達じゃないからね」
間髪を入れず、私は口を挟んだ。
「ふーん…」
長谷川クンは、沙也ちゃんと私を交互に見比べた。
「残念だなぁ。オレ、もう誕生日過ぎちゃったんだよね」
「えー、そうだったの?いつ?」
「夏休み中。8月…」
長谷川クンがそう言いかけた時、真由美が慌てて駆け寄って来た。
「沙也ちゃんっ!亜澄っっ!!」
困った様に、眉をしかめている。
「どうもー!お邪魔しましたぁ」
真由美はわざとらしく、おどけてみせた。
沙也ちゃんも私も、引きずられてお弁当の所まで戻った。
騒がしく去ってしまった私達を、長谷川クンは唖然と見ていた。
「ちょっとぉ!恥ずかしいからやめてヨ!!」
「恥ずかしい」だなんて、真由美らしくない。
「どうして?好きな人の事、もっと知りたくない?」
そう言いながら、私は席に座った。
「そうだよね。私だったら、野崎先生の事もっと知りたいのにな」
―私だって―
「ねぇ、真由美ちゃん。私に雑誌貸してくれない?野崎先生との相性、占ってみるから」
「いいけど。ところで、先生の星座知ってる?」
「知らなーい。今度聞いてみよっかなー」
沙也ちゃんの積極性が、時々怖くなる時がある。
本当に、野崎先生に聞きに行ってしまうかも…
「先生、教えてくれなさそうじゃない?」
意地悪く言ってしまった。
「そうだよね。『そんな必要は無い』みたいに、相手にしてくれないんじゃない?」
真由美が、私の気持ちを代弁するみたいにあいづちしてくれた。
「そう?やっぱりそう思う?」
沙也ちゃんの言葉に、真由美も私も揃ってうなずいた。
―でも、私には血液型教えてくれたんだよね―
ちょっぴり優越感だった。
絶対に、誰にも教えない。
独りよがりだけど、先生と私だけの秘密の出来事だと思っている。
「あっっ、そうだ!」
突然、真由美が両手をパチンと合わせた。
「バスケ部で、亜澄の事好きだって先輩がいるんだけど!」
「は?」
「『好きな人はいるのか』とか、『彼氏はいるのか』って、色々聞いてくるんだよね」
「誰、それ」
心臓がトクンと鳴った。
「あの〜…あっ!前、玄関で一緒に会ったじゃん!亜澄の事『可愛い』って言ってた先輩」
―誰?そんな人いたっけ?―
一生懸命、記憶の糸を辿ってみた。
―(「なになに?真由美ちゃんのお友達?可愛いじゃん」)―
「あ…思い出した!」
―二年生二人組の、軽い感じの人?―
そういえば、バスケットコート脇を通る時、最近やたらと声をかけられるっけ…
「えーっ、どんな感じの人なの?」
沙也ちゃんも興味ありそうに聞いてきた。
「塚本先輩っていうんだけど、面白くて優しい先輩だよ。私、亜澄の事『彼氏募集中みたいです』って言っちゃった」
「ちょっと!どーしてよっ」
「だって、亜澄好きな人いないんでしょ?彼氏ゲットのチャンスじゃん!」
「もう…余計な事しないでよぉ!」
「絶対にいい人だって。付き合っちゃえば」
―そんな、簡単に言わないでよ―
―でも…―
『好き』って言葉は不思議。
今まで何とも思っていなかった人が、急に気になってしまう。
久し振りに、明るい恋の話をした気分。
いつも、切なさを心に秘めていたから、今の私は開放感でいっぱいだった。




