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リトアニア大公国~バルトの帝国

旧ソ連の15共和国にバルト諸国がある。そのバルトの沿岸にあるクライペダはバルト族により12世紀に創建された。


長い間クライペダは東プロイセンに属しメーメルと呼ばれていた。


このバルトの港町は1252年にドイツ騎士団によって創建されカストルム・メルメレ (Castrum Me

mele, Memelburg, また Mimmelburg) の名で記録に残された。1254年にクライペダはハンザ自由都市となり、1257にはリューベク都市法を承認した。


この地域はドイツ騎士団によりキリスト教に改宗させられた。1422年のメルノ海平和条約により、プロイセン公国とリトアニアの国境が定められた。メーメルはプロイセン領となりこの国境線は1919年まで変わらずに残った。これはヨーロッパにおける最も長く変更されなかった国境線のひとつである。


1474年の初めはメーメルはプロイセン州の都市としてクルム法に基づき統治されていた。


1525年にメーメル公爵領はアルブレヒト(アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバハ=プロイセン)によりルター派地域となる。これが街と港湾の長年に渡る発展の始まりを告げた。なぜならプロイセン公国はポーランドの采地であり、後にはポーランド=リトアニア共和国の一部となったからである。ダネ川の河口近くに位置するという利点を活かしこの国境の都市は近隣のリトアニアに貿易港としての役割を務めた。


繁栄の時代は1629年から1635年にかけて、メーメルがスウェーデンの攻撃により損害を受け、占領されたときに終わった。


メーメルは幾度も再建されたが、75年後には多くの人がペストで死亡した。18世紀初頭にスウェーデンに再び占領されたが、1720年にプロイセン王国の領土として確定した。1871年にドイツが統一されると、メーメルはドイツのなかでもっとも東北部に位置する都市となった。


第一次世界大戦後の1919年、ドイツ領であった当地は連合国の保護下に置かれた。 ヴェルサイユ条約締結により、メーメル周辺の領土はドイツから割譲され、フランスの保護下におかれ、フランス軍が駐留する自治が行われていた。


しかし、1923年にブドリュス大佐指揮下のリトアニア軍が侵攻し、フランスは自治権の保持を条件にメーメルを放棄した。


ドイツ人の人口が多かったメーメルでは、1938年の選挙でナチ党が勝利し、1939年3月22日、ドイツ第三帝国に合併された。これはオーストリア、ズデーテンラント、チェコスロバキアの合併の後のものであった。


第二次世界大戦中、1944年の末頃から始まって1945年に到るまで、住民はソ連軍の侵攻から逃れるためにドイツ本土へ避難した。当地のドイツ人人口は激減した。クライペダは赤軍に1945年1月に占領され、リトアニア・ソビエト社会主義共和国領となった。


残留していた多くの住民はシベリアへ送られ、それを免れた者もドイツへ追放された。これがクライペダの歴史である。


12〜13世紀の東欧ロシア諸国は様々な小国が乱立して近隣諸国を戦争で領地を奪い合っていた。


単なる領地を拡大させて領地地主となり、貴族の爵位を授かる。侯爵・公爵・大公爵。


領地が膨張するとさらに欲は出てしまうようで版土拡大戦争はとどまることをしないようである。


ロシアの北西の地域にあるバルトにリトアニア大公国が栄えていた。


バルトの大公王はゲデミナス大公。


北バルトのゲデミナス大公は武闘派で戦略家。強引な戦略軍事と人心掌握にたけていた。リトアニア軍力の優秀さに任せては次々と他国領地を征服していった。


バルト海に臨む小さな国に過ぎないリトアニアだったが短期の間にノウ゛ゴロドの一部・ベラルーシ・ルーマニア・トラキア・ウクライナと侵略に成功をする。これはすべて大公の軍事のうまさであった。領地をどんどん軍事拡大し一大勢力を一代で成し遂げる偉大な将軍となっていった。


偉大なるリトアニアの大公王はそのリトアニア史においてひたすら領地拡大政策を実行し国に莫大な金銀と財をもたらした。

「ワシの底知れぬ力をみなのもの思い知るがよい」


勇猛な時の権力者はさらに領地拡大していくつもりだった。


そんなリトアニアのゲデミナス大公にも気掛かりなことがあった。


「ワシの武官統帥(将軍)としての活躍は永遠とはならない。どうしても一代だけでは限界がある」

ゲテミナスの悩みとはズバリ後継者問題であった。


大公国王は歴史の偉人にありがちな例に漏れず多数の皇后・側室がいた。


日本でいう側室は征服した領地にいくらでも存在をした。ちゃんとそこには子もいたのである。


偉大なる大公王が自分の父だと崇めたてる息子の数はゲテミナス大公本人すらも正確に知らないくらいたくさんたくさん、あっち、こっちにいらっしゃる。


正室(妻)のお妃さまもいるがこのあたり日本とは文化が違うようで決して妻と呼ばれる存在はひとりではなかった。


私だけが妻よ妻の座なのよ。他の女は黙りなさいとピシャリと言うこともなかった。


大公国の首都はトラカイ城である。大公国のゲデミナス大公帝王の居城トラカイ。


お城は閑静な湖水に囲まれトラカイは平和な町の象徴としてリトアニア庶民に親しまれていた。


そのトラカイ城下ではいつまでも続く侵略戦争に農民町民たちは兵士として刈り出されいささか疲弊気味でもあった。


農兵士は戦線に送り込まれない日には畑で働き、池で魚取りの、のんびりとした生活。のんびりしたトラカイ城下の風景が目に浮かぶ。


「おい皆さん聞いてくれ。一体、大公国王ゲテミナスはなにを考えていなさるんだ。いつまでこんな侵略戦争を繰り返したら気が済むんだ。あの小さな国リトアニアが今じゃ3倍の領地に拡大したんだぞ。もう領地は充分じゃないか。さらには隣のキエフ・ルースのノウ゛ゴロド侯国やモスクワ公国まで領地にしたいと張り切りらしいぞ」


※最高領土は7〜8倍まで膨張を果たす。ただしロシアの領地化は失敗している。


「そうだ、そうだ。もう領土はいらない。戦争なんてもうごめんだ。オラたちトラカイはのんびり農作を作って暮らしたいだけさ」


宮中でも大公国王ゲデミナスのあまりに強引な軍事政策の毎日に文句が出る。


いつまでも続けられる侵略戦争にうんざりの様子であった。


「ねぇ、ねぇ、聞いた?あなた、どこまで聞いている?」

テレビのワイドショーか女性週刊誌かのような噂がまことしやかに流れ始めた。


噂とは何か。


次期大公王(国王)は誰?ゲテミナスの後継者になるのはどなたなのかがトラカイの噂であった。


ゲデミナス大公の息子は紹介したくても数がありすぎて困ってしまう。いたるところにいる。かなり多数の息子のうち誰が映えある後継者に指名されるのかの噂がやにわに持ち上がる。


宮殿は正室も側室もイガミ合いながら我が息子をなんとか大公王にしたいと躍起になっていた。


※リトアニア史を紐解くと実質七人の大公王子が跡継ぎ争い、骨肉の争いを演じている。王子の中には殺し合いをした者もいた。


リトアニアのそんなこんなの夏のことであった。


トラカイ城は大変な騒ぎに見舞われた。


「大変だ大公王さまが、ゲテミナス大公さまがお倒れになられたぞ」

大公は度重なる戦争の極度の緊張感の中で倒れてしまう。さらに寄る歳波にはさすが勝てない。ゲデミナス大公いくさには勝てたが歳には負けた。

「うーん悔しいぞ。体が言うことを聞かない」


大公は病床のゲデミナス大老公となった。


大公は病魔床の中ですっかり弱気になる。想うことはただひとつであった。


「ワシの跡継ぎは誰なんだ。誰が跡をやるのか確かめてから死にたい。うーん苦しい。医者を医者を呼べ」


トラカイの宮中にてはウルサイ奥方の正と側のお妃連中はなにかとやかましくしていた。

「なんとか我が息子を、ゲデミナス大公の跡継ぎに指名をしてもらいたい」

あの手この手と跡継ぎ宣言の策略を練るのであった。


大公への献身的な看病に熱心になる者。老大公は年寄りだ。日頃優しい心を見せておけば跡を頼むと言いそうだ。


勧心を買うために貢ぎものをする者。


そして我が息子こそは国王にふさわしいと熱心に武勇伝を吹聴する者。


その数はかり知れず。色々あれこれと大公に近寄ったとしても大公自身が全く覚えていなかった。


ゲテミナス大公の身から出た錆びと言えばそれまでだが。


トラカイ城の中だけでなく城外にも、

「私は、大公さまのお妃ですよ」

と名乗るものが山といた。大公ゲデミナスはなんて艶福家なんでしょか。


病床にあるゲデミナス大公は日増しに気弱になる。

「あかんぞワシ。そろそろ行きそうだあ」


部下の軍事統帥たちは大公王が病床でもなんでも高らかに領地拡大をはかりリトアニア大公ここにありを響かせた。

「閣下ウクライナへの侵攻は武力をさらに高め、人海戦術をいたしましょう。閣下、ルーマニアは、ひとつ武力で威嚇しておきましょう。それには農民兵をリトアニア全部からできるかぎり集めましょう」

と部下の軍事指令官たちはありとあらゆる戦略を繰り広げたいと大公さまに進言するが。

「ああもうよい。武力侵攻はこの当たりでやめにしたい」

ゲテミナス大公まったく戦意を失った。

「なんでそんな」

臣下の士気はグッと下がってしまう。

「大公がいくさを好まないとはどうしたことか」

トラカイ城はまるでお通夜のような雰囲気すら漂うものとなっていく。


トラカイの街。

「おい、おまえ、聞いているかい?大公さま、病に倒れてからあの勇ましい虎から、お猫ちゃんにおなりになりなさったんだってさ。勇猛な虎がロシアンブルーキャットかいな、にゃあーご」

市中の大公の噂は瞬く間に広がる。

「ああ俺も聞いた聞いた。いくら統帥たちが戦術を持ちかけてもまったく乗り気にならないらしい。あれじゃ逆に大公王失格と来たもんさ。はやく王子さんに跡を譲り楽隠居してもらいたいなあ。勇猛な虎が借りてきた猫じゃいかんよニャアーん」


あれだけ戦争に反対していた庶民もゲテミナス大公の落ちぶれには心配をしている。

「そうだそうだ。確に大公さまには引退がいいと思う。ありていに言えば理屈はそうだけどさ。さて問題の後継者はとどなたかな。どこの領地の誰がふさわしいのかい。俺にだけこっそりと教えてくれないか、アハハ。王子なんていくらでもいるんだろ。なんせ大公さん自身もどれだけいらっしゃるのかわからないらしいぜ」


農民平民たちの噂話は大抵次世代の王子に跡を継がせてまでだった。王子の話が出てピタッと止まってしまう。


王子が、王子の数がゲテミナス大公の場合あまりにも多かったのは紛れもない事実だった。


宮中侍従のヒソヒソ話。

「大公さまの跡継ぎがなかなか決まらないとなると厄介だ。大公さまがあんな病気の身だから早く跡継ぎを決めてしまわないといけない。大公王候補か。いくらでもいるけどいずれもウドの大木だしなあ」

普段みじかにいる侍従さえこんな程度の認識だった。

「どうだい軍隊の中から選んでは。軍は浅ましい若者だと言われてはいるが候補にしたらどうだい。案外責任を感じしっかりやるかもしれない」

「軍隊か。あの野蛮な軍隊の中から大公王を選ぶのか?いやだな俺は。反対するよ。あんな連中人情も何もあったもんじゃないからさ。大公国王にはなってもらいたくはないな。まだ経済省の王子がましだな。猫みたいにおとなしいのが欠点だけどな」

その他宮中の執務の王子など名前があがる。人材がないわけではないが決め手にこと欠くところだった。


宮中での噂、トラカイの城下町の噂、日増しに、

「大公さまの跡継ぎは誰になるんだ。もしかして空位になるんじゃあないか。いないとなると他の国から簡単に侵略されちまうぜ」

噂が噂を呼び話はでっかくなったり、はたまた元に戻ってしまったりと国中の話題をさらっていた。


現代ならばネットで全ての王子候補の名前を公表して人気投票したらよいかもしれない。


ベッドに倒れたゲテミナス大公。皆の声を病床の中で聞きつけていく。


「跡継ぎか。いくさに明け暮れた時は考えていなかったが」

大公はすぅっと窓の外を眺め昔を思い出す。

「ワシが王子だった時はどうだったか」

ふと我にかえり大公の人生を回想する。


ゲテミナス大公は小国リトアニアの王子であった。王子の身分は他にもいくらもいた。あまたある王子の中のひとりの王子だった。


ゲテミナスは王子時代になんとか公国王の父に認めてもらおうと最大の努力をする。それが軍事であり領地拡大であった。


無我夢中で年中辺境の敵と戦ううちにリトアニアは膨張をし大帝国に成長していく。

「あの時代は功名心でいっぱいだった」


やがて父親の公王が病気で亡くなり跡を継ぐことになる。このゲテミナス王子から公王への世代交代は周りに反対をする者がほとんどなくスムースに行われたと言われている。


宮中にはゲテミナスが一番優秀な王子だと認められていたからである。

「確かにワシが一番だと言えた。勇猛にして戦略に富んだ軍指令官だった。怖いものがないという世代だ。そんなワシは公王(父親)の死に目にあえなかった。出軍していたからだ。厳しい戦いを勝利してこのトラカイに戻ってきた時はすでに親父はこの世にいなかった。公王の空位は許されない。ワシはすぐに即位を宣言し反対派大臣の首をはねた」


いかに当時の王子ゲテミナスは勢いがあり公王になる器であるかを鼓舞していたかを表しているエピソードだ。


「次の大公は誰がいいのか」

ゲテミナス大公はひとつ溜め息をする。

「どうしたものかいな」

ベッドに横になりゲテミナス大公夢見心地になる。


軍指令官の王子達を想像する。官邸にいる経済大臣の王子を想像する。農民漁民の管理の王子を想像する。まだ年端もゆかぬ幼少の王子達もいた。

「王子はいる。ワシの息子と言われた王子はいる。いるにはいるが」

そのままグタッとしていつの間にかスヤスヤと寝込んでしまった。


大公国リトアニアの沿岸クライペダはバルト海に面している。この海は波打ちに時折琥珀が打ち上げられる。


琥珀は後のロマノフはロシア帝国エカテリーナ2世がその美しさに魅了をされ琥珀の間を首都・St.ペテルブルグに作ったほど魅惑的な宝石だった。


琥珀そのものは大古の昔の松ヤニが地殻変動で地下に埋もれて出来たものとされる。


ダイヤモンドやサファイヤが発見されるまでは宝石の最高峰とも言われていた。


リトアニア大公国は内地トラカイを中心に原野を伐り拓いて開拓された農業の国。元々は自然を相手にのんびり自給自足の牧歌的な生活だった。


それがゲテミナス大公の時代当たりから侵略拡大政策を進め次第にリトアニアは大きくなり気がつけば拡大路線がリトアニアの経済政策の一番になっていた。


その侵略は隣の領地港町クライペダにまでやってきたのだった。


この美女ユラテの住むクライペダ・プロシア国にまで勇猛果敢なリトアニア軍隊は押し寄せアッという間に狭い町を侵略をしてしまう。なんせ平和な民族クライペダは軍事の存在がまったくなかった。リトアニア軍が攻めて来ても対抗するスベがないと言うべきか。


クライペダの漁民の娘ユラテは我が町クライペダが敵対する国のリトアニア領地となったことを避難先で知る。クライペダという国がなくなってしまったことをリトアニア軍の存在から知る。

「なんてことなの。あの平和なクライペダが私の愛してやまない国が野蛮なリトアニアの支配を受けるだなんて。だから戦争は嫌なの。私の町クライペダを返して頂戴。喉かな平和な街なのよ」


ユラテが泣き叫ぼうがクライペダの市民はリトアニア軍に完全統治をされてしまった。町を歩くこともままならない状態となってしまう。

「嫌だわ。リトアニア軍に支配され統治されているのは」


ユラテはひたすらかつてのクライペダ、港の風景のよく似合う町を懐かしみ、リトアニア軍を恨んでいた。


が、日をおいてリトアニアに支配統治をされたら驚いた。なんとクライペダの生活が今までより楽になっていくのであった。


漁民の町クライペダ。水あげされた魚はリトアニアが今までの取引き価格より高値で市場で買い取りをしてくれた。森林農作物もしかり高値取引だった。クライペダの経済活動はリトアニア領地になり活気を得ていく。


水揚げの中にはクライペダでは取引きをされないような魚までがどんどん市場に並び飛ぶように売れた。

「そんな馬鹿な。あの魚なんか今まで棄てていたんだぜ。猫も食べてくれないと言われたのに」

あんな魚の中にはウナギも含まれていた。


またリトアニア軍が街を守り治安がよくなっていた。まずは泥棒やかっぱらいがいなくなっていく。クライペダの市民少しずつだが統治下も悪くはないなと思い直すことになる。


プロシアのクライペダと敵対する国との交易も始まり異文化がクライペダにやってきた。敵対した国も同じリトアニア支配下になったため強制的に付き合うわけである。


さすがは経済に明るいゲテミナス大公の支配下政策だった。クライペダの経済を活性化させて租税公課を増やしてやろうと考えたのだ。


そんなクライペダのある日、リトアニア軍隊から命令が市民の家におりた。集会場に集まれ。


なにごとだろうかと市民は家族とともに集会場のクライペダ広場にぞろぞろと出向く。


軍の命令のクライペダ市民広場。集まった市民達はリトアニア軍に囲まれ重々しい雰囲気になっていた。予定の時間が迫り広場のバルコニーにひとりの軍人が勇ましく立つ。


拡声器のない時代。その軍人は声を張り上げた。

「クライペダの皆の者よよく聴け。我はリトアニア大公国の命令を受け統治支配をいたす総指令官・統帥なるぞ」

リトアニア大公国軍総指令官は勇ましくクライペダ市民に告げた。

「そこで聞いてもらいたい。我々の支配統治は決して市民の身分を脅かしたり財産を奪うことはしないことを約束されたい」

市民は、おっーと安堵の声をあげた。リトアニアの支配下になっても今までの生活は変わらないと若き指令官はいうのだ。


広場の市民は統帥に思わず拍手をした。ユラテも家族とともに手を取り喜んだ。恐れていた領地政策が最悪のものではないとわかったからである。


広場に多くいるクライペダ市民。その群衆の中のひとりユラテ。彼女にしてみたら後に目の前のリトアニア大公国軍総指令官の統帥ととんでもないドラマが待っているとはつゆ知らずの話であった。


今バルコニーで演説をする若き青年将校。地位はリトアニア大公国軍総指令官統帥でありゲテミナス大公の王子だった。当然に次期大公国王の候補に入ってくる存在である。


統帥はクライペダ統治を大公国王から任せられ赴任していた。クライペダ広場の横に大本営を敷き統治領官邸を占拠していた。


広場の集会は終わり市民はまたぞろぞろと帰路につく。クライペダ市民は四方をリトアニア軍の若き青年兵達にジロジロと見られながら。


翌朝本営の軍人達がざわざわとやかましいことに総指令官統帥は気が付く。

「うん、なんだろか。なんの騒ぎなんだ」

ざわざわざわざわとした軍隊の若者の話はなんであったのか。総指令官は

ちょっと耳を傾けた。


若い軍人の話は、

「このバルト海の港町クライペダは美人が多い」


民族分類だとバルト民族はインド=ヨーロッパ語族であるらしい。スラブ系のロシアとは違う。クライペダもバルト民族系なんだがリトアニアとは文化も言語も違っていた。


統帥はこっそり壁に隠れて兵士の話を聞き、

「クライペダに美人が多いだと」

統帥は軍事士官学校時代を思い出す。

「この地はバルト族のプロシア民のはず。血に類似は見られないものだ。異民であることは間違いない」

統帥はバカバカしい話をしているなあと相手にはしなかった。それが日を置くうちに様子が一変する。


総指令官もクライペダの街を巡回してみることにした。街には確かに綺麗な娘があふれていた。


「俺が素敵な女を連れてトラカイに帰れば大公国王もそれなりの地位を約束してくれるに違いない」

ついに統帥も交えて若い軍隊はクライペダ美人の話題で持ちきりとなる。


誰がいいか、あの娘は最高だぜ。いやぁ、あれは見た目はいいがスレッカラシさ。まだ農家丸出しのリトアニア娘がいいぜ。何でぇ〜、美人はこっちだ断然にクライペダだぞ。もっと街をよく見てみろよ、カワイコチャンがウヨウヨいるぜ。まるでクライペダ港から水あげされた魚のようにさ。


軍隊青年の話は毎日毎晩これ一色となる。


そんな話題の中に美人ユラテが登場をするのに時間はかからなかった。


若い青年軍はクライペダの市民パトロールを始めいろいろ市民と接するチャンスがあり市民生活には熟知していた。

「ユラテがかわいいなあ。前の青年軍もユラテが可愛いと言ったからなあ」

軍隊の中の噂にかわいいユラテのファンクラブが出来てしまうほどの熱狂ぶりだった。


官邸の中にもクライペダの噂が流れた。この噂は様々に聞き流され統帥の耳に入る。


統帥は噂を聞きニヤリッと笑う。

「みなが騒ぐユラテとやら。そんなにも綺麗なのか」

総指令官はサーベルを持ち武官の服装をしてクライペダの街にでることにした。道先案内は若い青年兵士に任せた。


「よいか、そのユラテとやらの家に連れて参れ」

若い兵士は最初に戸惑った。そんな噂話を統帥がまともに受けてと。


が、最高武官、総指令官の命令とあらば嫌とも言えない。ふたつ返事でユラテのいる港街に案内をした。


クライペダの美少女ユラテ。若い連中の軍隊から思われていることはつゆ知らずクライペダの街で漁民の娘として暮らしていた。ユラテは女の子らしくお裁縫を習いいつかはあらわれるであろうかっこいい王子さまとの恋を夢見ていた。普通の娘さんだった。


総指令官統帥は遠くからはっきりとユラテのその姿を見ることができた。

「うーん確かに噂のある美人だ。清楚な女性だな」

総指令官はユラテを見たらすべての用事は終わったとして官邸に戻っていく。その後ろ姿は心なしかウキウキとしていた。


翌日ユラテの家に軍より一報が入る。明日リトアニアの大本営に出廷されよ。


軍からの使者に驚いたのは両親だった。何で我が娘が支配者のリトアニア軍隊に召し取られるのか。オロオロするばかりだった。

「なぜなんだ。娘のユラテが軍に召し取られるなんて」

父母は最悪殺されてしまうのではないかと恐れた。


話を聞いたユラテ。なんのことかしらと興味半分の現代っ子であった。翌日平気な顔をしリトアニア軍人に囲まれ総指令官統帥の元に連行をされた。


クライペダ広場の大本営は大騒ぎ。恐らくクライペダで一番の美少女ユラテ、噂されている美女の中の美女ユラテがやってきたのだ。無理もなかった。


「おいユラテを見たか。綺麗だなあ。やっぱり綺麗な女だよ。惚れ惚れとするよ。あんな女に俺は憧れるよ。総指令官はお気に入りになられるんだろうな」

憲兵達からのひそひそ話はユラテの耳にも届く。

「なあみんな。ユラテがクライペダ一番の美人だろう。いやバルト諸国を見回しても一番だろうなあ」

大変な騒ぎのざわめきの中。美少女ユラテは官邸の建物の中を進む。その建物の中は至るところ若い軍人だらけであった。


ユラテは招き入れられて総指令官統帥の部屋に入っていく。

「さあユラテ。こちらに」

漁村の小娘ユラテはさすがにオドオドしながら統帥の前に出る。そこにはあのバルコニーからクライペダ市民に向け盛大な演説をした統帥閣下が立っていた。その声の響き、抑揚のあるリトアニア訛りの効いた演説。ユラテは少しずつ思いだしていく。


総指令官統帥はしっかりと噂の美少女ユラテを見定めた。


どのくらいの時間がふたりの間に流れたのであろうか。統帥はリトアニア大公国の若き王子。ひとりの若者として目の前にいる美女ユラテにひとめ惚れをしてしまった。


「あなたがユラテですね。いろいろ噂を聞き、私はあなたに会いたいと望んだのです」

統帥閣下は手短にユラテに事の経緯を説明し非礼な点があらば詫びたいとも言った。あくまでも紳士であり平等であった。


一目惚れした総指令官は今にもユラテと恋をしたいと言いたそうでもあった。


翌日もユラテはリトアニア軍指令官邸に来るように命をされ家に返された。


帰宅途中のユラテは、

「困ったわ。明日も軍に行かないといけないなんて。あの統帥閣下にいろいろ聞かれたりするし」

美少女ユラテには統帥閣下は男として光輝くことは残念ながらなかったようだ。


家族の元にユラテは帰り心配した父母は出迎える。

「ユラテ、いったい何の話だったんだい。リトアニア軍兵士に連れられてしまってさ。もう父さん母さん心配で心配でたまらなかったよ」


おろおろして母親は涙を流す。が、父上は軍の兵士から統帥閣下がユラテを気に入っていることを聞かされていた。気に入ったらお后として迎えたいとも耳打ちされていた。

「総指令官がユラテを気に入るとは。ウチの娘にお妃さまが勤まるはずないじゃあないか、あまり現実的な話ではないな」

父母異なった意味で無事娘が帰ってきたことをいたく喜んだ。


「ユラテおかえり。さあ早く家におはいり」

父親はにこにこ顔だった。娘はなにもなく帰ってきたと思っていたのだ。


「ただいま帰って参りました。お父さん、お母さん、心配なさらないで。軍は、統帥閣下は、私に何も悪いことしはしなかったわ」


その夜ユラテは疲れからグッズリと眠る。熟睡の夢枕には統帥閣下が勇ましき姿で現れた。

「閣下どうかされましたか」

夢の中で美少女ユラテに閣下は徐にプロポーズをするのであった。

「ユラテ、我がリトアニアのお妃になってほしい」

総指令官は律儀に言う。

「えっ!私、私が、お妃ですって。困ります。王妃になるような身分ではありません」

ユラテは迷惑そうな顔をして断りをしてしまう。

「我がリトアニアの未来のためにユラテ、君が必要なのだ。プロポーズを受けてもらいたい」

夢の中、ユラテは汗をびっしょりかき目覚める。


私はリトアニアのお妃さまになるの?クライペダとは敵対する国なのよ。リトアニアのプリンセスになるなんて、あまりにも唐突過ぎる話だわ。


翌朝、軍兵はユラテを迎えにやってきた。昨日とその扱いは違っていた。まさに王女を迎える儀礼そのものであった。


「ユラテさま、おはようございます。お迎えに参りました」

ユラテの家の玄関には馬車が用意されていた。お召しの者がゆっくりと、ユラテにこう説明をする。

「ユラテさま。総指令官統帥閣下さま、いや、我が国リトアニアの王子さまは、あなた様をいたくお気に入りとなりました。つきましては、本日より、ユラテさまは、お妃として我々は接したいと存じます。なにとぞご容赦を」

お召しの者の総勢がふかぶかとお辞儀をする。


ユラテは驚いた。当たり前だ、昨日、会ったばかりの軍人が王子だと告白する。ユラテを気に入ったからお妃扱いだと言われてはわけわからない。

「これでは夢の続きじゃないの。どうなっているの」


総指令官邸に到着してすぐに統帥のいる執務室にユラテは通された。


「これはこれは美しいユラテさま」

統帥は笑顔で愛するユラテを迎える。普段滅多に見せない笑顔がそこにはあった。


恋をされるユラテも初回とは違い少しリラックスしたようだった。あまたある警戒心も少しやわらいでいく。


「ユラテよく来てくれたね。昨日はご両親にも迷惑をかけてしまったようだ。申し訳なかった」

総指令官はあくまでも紳士であった。

「ユラテちょっと待ちたまえ」

指令官は執事を呼びてきぱきと指令を与える。執事はハイハイとひとつひとつに相槌を打ち用件を理解していく。

「以上だ。今日のスケジュールしっかり頼む」

指令官は指図が済むとクルッと向きをユラテに向けた。

「お待たせしたね。私は今からユラテ、君とデートをする業務に就くことにする」


ユラテはユラテで誠実な総指令官の姿勢に気がつく。ユラテに対する尊敬の気持ちがようやく伝わり始めた。憧れの気持ち、素敵な男性だなあとなってきたようだった。

「あのぅ、閣下」

ユラテは昨夜見た夢を思い出しながら総指令官を見る。ユラテは段々と目の前にいらっしゃる男がどんな男なのかわかってきた。

「ユラテ。君はこのクライペダで生まれ育った。これからもここで暮らしていくことを恐らく希望しているかもしれない」


総指令官はユラテに自分の夢を語り始めついにこう打ち明けた。


「美しいユラテ。是非リトアニアのためにお妃になってくれないか」

一目惚れの総指令官は、クライペダの漁村の娘にプロポーズをした。


言われたユラテ。戸惑ったが覚悟はできていた。

「私でよろしいのでしょうか」

恥ずかしそうに下を向きモジモジてしてしまう。


「ユラテ、私には君が必要だ。是非リトアニアのためにプロポーズを受けて欲しい」


総指令官は優しくユラテの手を、どこまでも白く細いユラテの手を取り抱き寄せた。ユラテは厚い胸に抱かれしばしの喜びを感じる。幸せの絶頂は総指令官とのくちずけだった。ユラテはとろけていく自分がわかった。ユラテは恋をしてしまったようだ。


ユラテが総指令官邸に通い始めたある日。


馬車は軍総指令官邸建物にいつものようにユラテを連れて到着をする。お召しは足早に建物に消えユラテの到着を総指令官に知らせた。


しかしお召しは慌てて出て来てしまう。あまりにも慌て走り途中で石段を踏みはずしコテンと転んでしまう。

「ユラテさま、大変でございます。王子が、王子がおりません」


その頃、リトアニアのトラカイ城。


リトアニア大公国のゲテミナス大公、病床の身の上に異変が起こる。季節の変わり目からか、体調の変化に危篤状態に陥る。


大公さまが一大事。危篤となったとリトアニア領地各地に早馬を駆り立て緊急令を発したのだ。


国王の大公の危篤により次期大公国王を決める。


クライペダにも早馬は着く。


伝令を受けた総指令官統帥は早くトラカイ城に戻らなければならなかった。

「大公国王の身にもしものことがあれば王子の身分である者がこぞって跡継ぎであると名乗りを挙げるに違いない」

執務の用件をテキパキとこなし、副提督、大将、ありとあらゆる階層に、ことこまかな指示を与えていく。


なにしろ再びクライペダに戻ってくる保証はなにひとつなかった。


統帥は闇の中、早馬を駆り立てトラカイ城に馳参上する。


長い長い道のりであった。


トラカイに着くと馬をなだめて門に向かい大声で、

「門を開けよ。大公、大公は、いかがされようぞ」

統帥の声に門ぺイは、

「お、これは、これは、クライペダの統帥閣下。ささ、早く中へ。大公さまは再び容態が悪くなされました。大公さまも閣下の勇ましき姿をご覧なさればきっと気丈夫になられましょう」


門が開き城内に一歩、馬を進めるクライペダ統帥閣下。城の中を見渡したら、

「なん。なんだこの異様な雰囲気は」


城内はざわめき騒然としていた。リトアニア大公国の各領地から統帥クラスの王子が早馬で揃って戻っていたのであった。その場には王子たちとその母上になるお妃たちが山のごとくいた。


さしずめ大公の異母兄弟の集まりのごとしであった。


王子同士はお互いその存在は知ってるが領地に派遣されたり、お妃同士の不仲があり、まず、一同に顔を合わせることはなかった。


ざわめきの中、ひとりの王子が大声でその他の王子たちを罵倒し始めた。ライバルの存在は邪魔だといわんばかりに。


「けっ、こいつなのかい。クライペダ統帥ってのはフン!まぬけなツラしていやがるぜ」

いきなり挨拶もなく罵声を浴びせられた。


「うん!その後ろからのはベラルーシ、ルーマニア、ダキア統帥か。やいやい、続々、大公国王候補がやってきやがるぜ。いったいよぅ、何しにトラカイ城にのこのこきゃがるんだ。ご苦労なこった。だがな、言っておくが大公国王になるのは俺さ、俺さまに決まっているんだぜ。皆変な欲を出しなさんな。わかったかい。わかったならとっとと帰った帰ったワッハハ」


悪態をつくのはウクライナ統帥だった。

ウクライナ国はゲテミナス大公が領地拡大で戦い倒れた国。まだ領地化されていなかった。よってゲテミナス大公王のいない後はこの乱暴なウクライナ統帥の軍事の力量が120%問われた。だがどうもうまくいかない。リトアニア軍は進撃したくても敵のウクライナが強く抵抗し死者ばかりが増えた。リトアニアの農兵士達はいい加減、嫌気がさしもう戦いはごめんだと思ってしまう。


こうなると士気は下がり征服してしまえと言う指揮命令が空回りしていく。いささかウクライナ統帥の指揮能力のなさを表していた。

「ええい、こしゃくなウクライナだ。とっとと征服されちまえ」

統帥がいかに怒鳴ろうがわき叫ぼうが事態は好転はしなかった。


ゲテミナス大公危篤のトラカイ城。


大公のご子息たちが集まりお互いがお互いにライバル心をメラメラと燃やしていた。


クライペダ統帥は城に入りまずは自分の母親を宮内の部屋に訪ねた。それから父親である大公を見舞おうと考えたのだ。


母親はやさしく息子を出迎えた。

「おかえりなさい。大変だったね。バルトのクライペダから戻ってお疲れだね。一晩早馬を走らせたんだろうに。ゆっくりおし。さあさ、お茶を差し上げよう。おすわりしなさいな。一息なさい」

母親の后はパンパンと手を叩き侍従を呼ぶ。いかにも悠長なところだった。

「母上。そんなお茶なんかより、いち早く大公さま父上さまにお会いしなくてはなりません」

早口でまくしたて息子は母をいさめるように言う。

「大公さまかい。そうだよね、おまえは大公さまに会いに帰ってきたんだね。だが大公さまはもはや意識不明だよ。いくらおまえが息子だからと呼ぼうとも、なんにもわからないよ」

母上はそっとハンケチを取りだし目に当てる。

「私はね、情けないことに大公さまに近づけないんだよ」

さめざめと泣く母を見て

息子は悟る。

「宮内のお妃争いにどうやら負けて弾き出されたらしいな、母上は」

賢い息子はそう察した。


女は女の戦いに破れたら惨めなものだった。

「母上それはそうと大公さまはいかんせん危篤ですぞ。今、会わねば一生後悔いたします。行きましょう大公のもとに。我が父のもとにささ母親さま」

が、母上は泣きながらも頑として部屋から出ることをしない。お妃争いの敗者は負けたことを後悔するばかりだった。


「まったく、女の世界というやつは困ってしまう」

いい加減呆れてしまいひとりで大公の元へ行くことにする。


宮内を巡り歩き大公国王の寝室へ向かう。


そこに呼び止める大声が、

「おいきさま。どこに行くんだ」

クライペダ統帥と年のあまり変わらない王子に乱暴に止められてしまう。

「きさま、何しに来た。ここにきさまは用は何もない。とっとと帰れ」


挨拶も何もなくいきなり頭ごなしに怒鳴りまくられる。クライペダ統帥は落ちついて、

「私は、大公の王子である。父上に会うのが何が悪いのだ。そこをどけ邪魔だては許さんぞ」

大公の部屋の前の若者は胡散臭そうな顔をして、

「けっ。残念なことだな。俺にとっても大公さまは親父なんだよ、ハハ。息子はな大公の息子は俺さまさ。それで充分だ。消えろ雑魚めが」


見るからに腕ぷしの強そうな王子は今にも襲いかかりそうな態度を見せ威嚇している。大公はすぐそこ目の前の部屋にいらっしゃるというのに。


クライペダ統帥しかたなく諦めて母上の部屋に戻る。悔しい思いで怒りがこみあげてくる。

「おかえりなさい。どうだった、会えたかい」

息子の真っ赤な怒り顔を見たら、

「そうかいそうかい、どうもダメだったようだね」


母上の話では大公が危篤になる前からべったり枕元にその暴力王子は寄りついていたらしい。なんとか次期国王になりたい一心から頑張っていた。王子の母妃も一緒になり大公部屋に陣取りその最期の瞬間を看とり次期国王宣言を高らかにやるつもりだった。


クライペダ統帥はこの話を聞き激怒した。大した武功も立てずただ次期国王になりたいとは虫がよすぎるではないか。統帥は怒りから震えあがり部屋を出ていく。母君は慌てて息子を引き留める。

「どこに行くんだい。変な気を起こさないでおくれよ。今は今はね大公さまの一大事なんだよ。荒いことはよしておくれ」

が統帥は母上の哀願も聞き入れず腰のサーベルを確認し荒々しき足音を残し出ていった。


「おのれ成敗してくれる。皆の者よ邪魔だてするな。どけ」

クライペダ統帥顔面を真っ赤にしてサーベルを抜いた。トラカイ城の事件発生の瞬間であった。


怒鳴り声の統帥の姿はクライペダで統帥を王子の帰りを"王妃"として待つユラテはまったく想像もできないところであった。


もしその瞬間統帥が少しばかり冷静ならばまた歴史は変わったかもしれない。


海のそばクライペダで美少女ユラテが心を決め、リトアニア大公国の王子との結婚を望んでいるとわかっていたら。


サーベルを抜いたクライペダ統帥は荒々しく大公の部屋に行く。

「何事だ。病人がいるんだぞ。騒がしいじゃあないか。静かにしろ」

出迎えたのはウクライナ統帥閣下だった。


「ははぁん、きさまか。まだ懲りずに現れやがったな。とっとと消えろ」

次の瞬間バサッと左手袋がウクライナ統帥に投げつけられた。決闘の合図である。手袋を見たらウクライナ統帥は顔色が変わった。


クライペダの総指令官邸。ユラテはお召しの者より、統帥閣下の王子が早馬によりトラカイ城に戻ってしまったことを知る。


お召しはユラテを慰めた。

「王子さまは、クライペダにおかえりになります。その前にユラテさまにお妃教育を受けていただきます。リトアニア大公帝国のお妃さまは将来の大公妃(女王・クイーン)であられますから」


ユラテはお妃教育を受け

ることを受諾しまもなく会えるであろう王子さまの帰りを待つ。


一月が経った。お召しの者は、

「申し上げます。トラカイ城は大公さまのご容態が回復されました。今はみじかに王子を置いて置きたいとダダをおしゃっておいでだそうです。クライペダ統帥も側におられます」


軍の兵士たちもユラテに

「統帥閣下はいががされたのか。トラカイ城に行かれた者に詳しく聞きたい。いろいろ大公さまも知りたい」

と願っていた。


「ええ統帥閣下さまは、父親の大公さまの側にいらっしゃいます。しかし、シモベの我々には滅多に姿は御見せいたしません」

トラカイ城の様子はユラテにはさっぱりわからなかった。


二ヶ月が経つ。


ユラテがお妃教育を受けているのは王子からの命令であった。いくら離れていようとも手紙のひとつも王子からあってもよさそうなものであった。


ユラテは日増しに王子に恋こがれてしまう。

「統帥さま。王子さま。ユラテはあなたさまに逢いたいでございます」


三ヶ月が経つ。


ユラテはいつものように官邸に出かける。とお召しの者がいそいそと出てくる。いつもの様子ではなかった。

「ユラテさま。長い間ご苦労さまでした。本日をもちましてお妃教育はおわりでございます」


ハッ、ユラテは言葉を失う。

「ではいよいよ挙式になるのだろうか」

ユラテは緊張して聞いてみた。

「いいえ違います。誠に申しあげにくいことなのですが」

お召しは恭しく頭をさげる。ユラテに宮中と無関係。王子とも関係のない人となってもらいたいと言う。お召しの者はつらつらとこれだけを事務的に言い退いた。


「申し上げは以上でございます」

頭を下げる。ユラテには早く帰ってもらいたいと目が語る。

「そんなことを突然言われても」

ユラテはどんな理由なのか知りたいと詰め寄る。しかしおかえり下さいの一言のみだった。


わけがわからずユラテは泣いた。

「いったい、どういうこと?私が私の何がいけないというの」


ユラテは泣き顔で家族の元に戻る。子細を話し終わると以後部屋から出てこないことになってしまう。


ユラテの暇を出されたと時を同じくしてトラカイ城では、

「新・リトアニア大公国王の誕生」

の式典が華々しく行われていた。


新大公国王にはウクライナ統帥閣下がなった。


新大公国王は己の自己顕示欲を満たしたいためにリトアニア領地各地をまず回り始める。


その巡回の中に当然クライペダ領地も含まれていた。

「おおそうだ。忘れていたな。クライペダは統帥指揮官が空位のままだった」


早速、軍部に人選を依頼する。着任させるように大公は国王命令を下す。

「クライペダはあいつの領地だったなあ」

クライペダは突如として騒ぎが巻き起こった。数日のうちに新リトアニア大公国王がご訪問をされるという情報が流れたためだ。


街が騒ぐのは無理もない。新大公国王になれば、租税が上がるか、魚市場の買い取り値が下がるのかと市民の生活にじかにはね返る問題をはらんでいたからだ。


自宅に閉じ籠りのユラテも新大公国王の誕生とクライペダ訪問の知らせが届く。


新大公国王が誰になったのかわからなかったし、知らされなかった。


新大公国王訪問の日はやって来た。


クライペダ市民は生活が税金がどうなるか心配でたまらない。市民は大群衆となり大公王の演説を聞きにクライペダ広場にいく。


ユラテも家族とともに出かける。普段外出はしないユラテも新大公国王は見ておきたかった。


広場には軍の兵士がしっかり統制され配置されていた。その軍の青年兵士はみんな美少女ユラテを知っていた。

「王妃になり損ねた女」

は有名になっていた。


リトアニア軍隊としてはあまり来てほしくない女がユラテであった。軍隊の噂はすぐに広まりユラテは一躍時の人になる。


新大公王の演説は定刻に始まった。


租税は上がるか。生活は楽になるのか。クライペダ広場は緊張をした。


が、なんたることか新大公王の演説はまったく市民の関心事に触れない。当たり障りのないまま続きついには壇上を降りてしまう。

「いったいこれはどうなるんだ。税金はどうなるのだ」


群衆は怒りを爆発させる。都合の悪いことは言わないのか。そんな騒ぎの中にユラテは大群衆に紛れていた。

「おいあれはユラテだぞ。王子が振った女だせ」

軍隊の青年に見つかってさらにクライペダ市民にばれてしまう。クライペダの青年のひとりが、

「おいユラテ。オマエ、リトアニアのお妃さんになるんだろ。なあっ、プリンセスになるんだろう」

突然群衆の後ろからユラテは言われる。たっぷり皮肉であった。

「そうだ、そうだ。ユラテは長い間、軍指令部にお妃になるため通っていたじゃあないか。となると、あの今演説した柄の悪い大公国王に嫁ぐというわけかアッハハ」


クライペダの群衆は新たにざわめき立てる。それを聞きつけたのが軍隊の青年リトアニア兵士。


兵士にはちゃんと話が事情がわかっていた。


すぐさまユラテを群衆から誘い出して救いの手を出す。

「ユラテこっちにこい。さあさあ、私の後についていらっしゃい」


若手兵士は美少女ユラテのファンであった。


群衆はユラテ見た。

「おいユラテ。おまえあの大公王のお妃になるんか」

話が段々ややこしくなってきた。

「なんだったらさ。ユラテに頼んでクライペダの税金を安くしてもらおうぜ。お妃なら旦那も言うことを聞くだろうぜ」

大公国王に今後の政策を聞き出そう租税を軽くしてもらおうと段々話が大きくなっていく。群衆の中からユラテに暴力を振るう者も現れた。当たりはしなかったが石も投げられた。ユラテは広場は危険だった。


若手兵士のユラテ保護の判断は正しかった。ユラテは軍指令部に連れて行かれた。


指令部そこは気まずい雰囲気が漂うものだが、如何せん、クライペダ市民もユラテに将来の女王に期待し始めたものだからこちらも危険だった。


ユラテは指令部官邸に連れていかれた。その後ろ姿をお妃教育のお召しの者が見つける。

「ユラテさま、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」


ユラテはユラテでお召しの者にこの場で一気に今までの怒りをぶっつけた。それをお召しの者ちゃんと察し、


「ユラテさま、立ち話もなんですから、こちらにどうぞ」


ユラテは新大公王にすぐ伝達をされた。

「お妃教育のユラテが参りました」



リトアニアのお妃教育を受けた美少女は新大公国王も会いたいと希望していたらしい。

「ユラテさま。こちらにいらっしてくださいな」


かつてはクライペダ統帥閣下のいらっしゃった部屋に通される。ユラテにしてみたら思い出の詰まる部屋だった。


部屋の重い扉を開く。眼前に憧れのあの王子はいるのであろうか。


扉の向こうユラテの視線の前には。


椅子に座り、ふんぞり返る男がいた。いかつい風情の新大公王は美少女ユラテを見てこうイヤミをつけ言い放す。

「残念だったなアッハハ。オマエの愛する王子が座ってなくてアッハハ」


新大公王はたんたんと話始めた。ユラテの愛した王子との決闘のシーンを雄弁に語り始めた。


ユラテは愛した王子がもはやこの世にいないと知り全身が凍てつき、血が逆流するのを感じていく。


「決闘を申し込んだのはあいつの方だ。売られた喧嘩は買わないといけないからな」


新大公王はいかに自分が有能な軍人でありその能力にたけているかを強調した。


さらにクライペダ統帥との決闘はあっけなく勝負はついたと付け加えた。

「弱い男だったなあ」


ユラテ青くなり目の前の真実をどうしても呑み込めない。無理もない信じたくない話だった。


「ユラテ、おまえはリトアニアのお妃にならんと努力をした女だ。つまりは俺のお妃になるわけだ」

ユラテは目の前の醜い男に嫌悪感をいだく。


「今のリトアニア大公王さまは私だ」


ユラテは部屋を見渡した。なにか男を刺すものがないか探す。

「お妃さまは確かに美しい」

新大公はユラテに一歩近くなる。


ユラテは男の歩みよりに気が動転していくのを感じる。今のユラテはなにをするかわからない。


新大公王はニヤニヤしながらユラテにさらに歩みよる。

「ユラテ。大公王の妃になるというのはなどう言うことか教えてやる」

太く醜い腕がスリムな体のユラテを抱き抱えようと延びた。まるで野生のゴリラのような醜い腕だった。


ユラテは腕をかわした。


目は机の上のペーパーナイフを見つける。さっと

走り手に持つ。いかつい大男に向け威嚇をする。それ以上近くに来たら刺すわと。

「おっ、なかなか威勢がいいじゃあないかお嬢さん」


ニヤリと笑い武力に対する構えを大男は取る。


ユラテ、あぶない。大男は簡単にユラテの腕を取りパチンと叩いた。

「痛い」

ユラテの顔が苦しみを伝えた。


ちょっとした隙にユラテはナイフを奪われたのだ。

「お嬢さん危ないからそのような物はもたないようにしましょうね」

大男はギュっとユラテに抱きつき強引にクチビルを奪う。抱かれてユラテの胸は毛だらけの太い見苦しい腕が強引に揉んでいく。ユラテは全身に虫ずが走る。さらにスカートはたくしあげられユラテの下着が露になった。


次の瞬間ユラテは苦し紛れに後ろを手探りなにか棒見たいなものをつかむ。掴んだ鉄パイプを力一杯大男の頭に叩きつける。鈍い音がしユラテの手にはジーンと痺れがくる。

「痛ぁ、お嬢ちゃん、ちょっと、オイタが過ぎるぜ」


新大公王のひるんだ隙にユラテは窓を開けバルコニーに出た。大きい声で

「助けて!助けて!」


クライペダ市民の群衆はユラテの存在と声に気がつく。ただでさえリトアニア新大公王に不信を抱くところだすぐに駆け付けた。


群衆は軍指令部になだれ込み新大公王は吊しあげを食らってしまう。


クライペダ市民達は、

「こいつか新大公王てのは。近くでみたらバカ丸出しじゃあないか」


その場で殴られ、蹴られ、八つ裂きにされた。


なんと、あっけなく新大公王は死んでしまう。


リトアニア大公国はこの後、幾度か大公国王を人選するがあまりパッとしないことで、また、元の小国に戻ってしまう。


ユラテは、その後どうなったか?


伝説によると恋する王子を失った悲しみから世を嘆きバルトの海に入ってしまった。やがて人魚となり、琥珀になったと伝わる。


リトアニア史によるとユラテはビタウタス大公を産むことになっている。


ビタウタスは祖父ゲテミナス大公を大変に尊敬していてゲテミナスの戦略を取り入れいくさを数こなした。その結果リトアニアの領土は最高に膨れあがりビタウタスはリトアニアの英雄として国民から長く尊敬をされている。


ユラテそのものは想像の人物である。クライベダにいた美しいユラテは実在しない。ただクライペダの美しい伝説の中に燦然といつも光り輝くだけである。


クライペダの臨海公園には儚げな娘としてユラテの人魚像が立っている。公園を散策される市民にはあまり見向きもされぬささやかな人魚像である。  

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