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キエフ大公国~世界の穀倉帯ウクライナ

ロシアの大地がいくたかの諸民族の大公諸氏に分かれていた頃の話である。


7世紀頃スカンジナビア半島からノルマン人が南下しロシアにやってくる。


ノルマン人は海から川を進み水上武装集団となりバイキング・ヴァリャーグ・ルースとも呼ばれた。軍事進行ノルマン人は交易にも熱心で商都を求めた。当時商業の中心にいたのはハザール王国。


ボルガ川の河口に首都をもつユダヤ商人のハザール王国の勢力を退けうまうまとスラブの支配者になった。


「過ぎし歳月の物語」

によると862年北のイリメニ湖畔の町ノヴゴロドのスラブ人はヴァリャーグと戦いノルマンを追い出す。まずはノルマンをノヴゴロドからは撃退できたが自分たちのノヴゴロド民の内部対立の紛争は解決できなかった。そこで自分らを統治してくれる(クニャージ)を捜そうとなる。優秀なる民族はノルマンだと認めた証しである。


「我が国ノヴゴロドは領地は大きく作物は豊かな地だ。しかし秩序がない。公(国王)として君臨し我が国ノヴゴロドを統治する者はいないか。ノルマンに頼みたい」

この言葉を聞いてノルマンのリューリク隊長が兄弟とともにスラブ人の地ノヴゴロドにやってくる。リューリク隊長はスェーデン人だった。


リューリク隊長は衛士隊とノヴゴロドに入って統治を始める。兄弟たちはノヴゴロドから各地を支配下するために散る。


年代記によるとリューリクの部下アスコリドとジルがノヴゴロドから南下しドニエプル川右岸の町キエフを統治することになる。キエフはハザール王国の西の砦であり商人の町としてかなりの賑わいと繁栄があった。この時点でロシアにはノヴゴロドとキエフと2大商都が存在をしていく。


ノヴゴロド公のリューリクは死ぬ直前に幼い息子イーゴリを親戚オレグに託す。オレグは882年イーゴリと南下してアスコリドとジルを殺してキエフを支配してしまう。


ここにキエフの町が完成しキエフ・ルーシとなる。


その後ロシアの大地に大公たちがあまたに存在をして分裂統治をすることになる。


この内部の分割や分離は12世紀にキエフルーシの衰退の原因になる。


その権力低下の公(国王)たちの中から北のウラジミールとモスクワ大公が台頭する。


モスクワの名が年代記に出現は1147年ユーリードルゴルーキーがモスクワで宴会を開催の記録からとなる。将来の首都はこの時代あたりから成長をしていく。


13世紀にはモンゴル帝国の襲来がありウラジミールもモスクワもモンゴルに簡単に服従してしまう。しかしルースの民族争いは続き分裂をする。


・モスクワ中心の大ロシア。

・キエフ中心の小ロシア(ウクライナ)

・西部のベラルーシ(ベロルシア)

と東西南と3分裂にわかれた。


この大ロシアのモスクワ大公国は領地拡大をして15世紀末イワン3世の時代に滅亡したビザンツ帝国最後の皇帝の姪を妻とし帝国の紋章、双頭の鷲をモスクワ大公の紋章にする。


16世紀イワン雷帝時代にはヴォルガのほとりのカザンハン国を破りヴォルガ川をアジア人の川からロシア人の川に変える。


さらにヴォルガを越えてシベリアに進出をする。


17世紀にはポーランド・リトアニア支配下のキエフ・ウクライナを合併する。がロシアの領地拡大に水を差すのが"タタールの(くびき)"だった。


キエフ・ルースには振り払いたいが振り払えない敵モンゴル・タタール。このあたりがまだまだ基盤が脆弱なキエフルースの弱点であったかもしれない。


「ロシア英雄叙事詩・ブィリーナ」


リューリク隊長(初代ノヴゴロド)の子孫はノヴゴロド公(国王)となり後のロマノフ朝ロシアに吸収されるまで続く。


ロシア英雄叙事詩には勇敢なヒーローがたくさん登場をする。


Dobrynya Nikitichもそのひとりであった。実在の人物をモデルにしていると伝えられていてリューリクの子孫にあたる。


Dobrynya Nikitich(勇者) は貴族の父親(リューリクの系)とキエフ公ウラジミール大公の出の母親から生まれた。キエフ・ルース時代のエリートだとも言える勇者だった。


Dobrynya Nikitichは成人して武術に長じた男になる。その勇者がノヴゴルド公国からキエフの町にやってきた。

「私はキエフの大公さま(国王)ウラジミールさまに合うためにやってきた。キエフの町は商業が盛んで活気があり好きなところだ。できるならばキエフで暮らしてみたいものだ」


この当時のロシアはノウ゛ゴロド(北西ロシア)とキエフの2大都市しかなかった。モスクワやサンクトペテルブルグは閑散とした村から少し町になるかならないかの程度の話。


Dobrynya Nikitichは町の中を歩いてすっかり商都キエフが気に入ったらしい。町の中は南のビザンチン帝国や東のムガール王国からの商人集まった。公国や侯国などがいくらでもごったがえした国際都市キエフであった。

「町の中が国際的で様々な民族が集まった。私の生まれたノウ゛ゴロトも商人の町だがこれだけの活気と国際性はないな。せめては北からノルマンがやってくる貿易ぐらいだ。ゆえにキエフが格上であると認めねばならない」


※ノウ゛ゴルド公国は北ロシアにある国。この物語の頃はまだバルト沿岸にはハンザ同盟もなく交易や貿易での経済活動は活発ではなかった。この活発さが2大都市のキエフに敗ける要因にもなっていく。


Dobrynya Nikitichは街の中をあれこれ歩いてしゃれたカフェを見つける。看板にはアラブからの紅茶ありますと書いてある。お茶受けにはビザンチンからのハゥバー(甘い菓子)がつく。

「アラブは味わったことがない。ひとつ飲んでみたい。ハゥバーはアッハハ大好物なのさ」

カフェの戸を開く。中の騒音はやかましい。このカフェも様々な商人が集まった形になった。

「いくらでも商人がいるではないか。私にはさっぱりわからない言葉が飛び交う」


その中にロシア語がかろうじて聞き取れる。


耳を傾けたらキエフの商人同士がアラブ紅茶を飲みながら噂話をしていた。

「おい聞いたかい。隣の公国のさ公王(国王)さまと公王子さまがいなくなってしまい大変な騒ぎらしいぜ」

ロシアの商人は隣国に毛皮を卸す業者。公王の失踪から商売に支障が出て困る困ると愚痴っていた。

「公王さまはどうなすったんだい。まさか例の怪物騒動ではあるまいね」


「怪物騒動?なんだろうか」

Dobrynya Nikitichは隣のテーブルで話を聞きながら気になるところであった。


商人たちは、

「うーんなんとも言えないが怪物が公王さまと公王子さまを拐った可能性が高いらしいぞ。あまり言いたくはないが」

声を潜めてこそこそと噂をした。


その場はそれで収まりDobrynya Nikitichはキエフのお城に向かう。ウラジミール大公に会うためである。


キエフ城にたどり着き門兵に、

「大公さまにお会いしたい。ノウ゛ゴロドの兵士がやって来たと伝えてもらいたい」

門兵はわかりましたと大公さまに伝える。


ただちにDobrynya Nikitichは許可をもらえ城に入っていく。

「おい。今のがノウ゛ゴロドのDobrynya Nikitichなのか。勇敢で勇ましい顔していたぞ。あいつならあの怪物も退治できるかもしれないぜ」

門兵たちは口々に噂をした。キエフ城には毎日こうして勇敢で逞しい兵士がロシアやビザンチン、カザールからひっきりなく訪れていた。


目的は怪物退治をしてもらうこと。しかしいまだ退治をされた猛者(もさ)はひとりとしていなかった。


お城に案内をされたDobrynya Nikitichはさっそくキエフ大公のウラジミールに会う。

「はじめまして大公さま。私がノウ゛ゴロド公の甥にあたるDobrynya Nikitichでございます」


勇敢で勇ましい兵士は深く頭をさげた。目の前には今のロシア(ルース)でもっとも権力のあるウラジミール大公(国王)が威厳を保ちながら上座に座っていた。


兵士は今までいかに勇敢に戦い勝利を収めたかを強調する。

「うむわかった。Dobrynya Nikitichよ、そちの功名はこのキエフにも轟いていようぞ。苦しゅうない苦しゅうない、明日からキエフのために戦ってもらいたい」


ウラジミール大公は嬉しそうに告げた。


Dobrynya Nikitichは手を胸にあて、

「あるがたき幸せでございます。これからはキエフ大公さまのために戦いたいと思います」


勇者Dobrynya Nikitichはロシアは北ロシアの商都ノウ゛ゴロド出身。


ノヴゴロドは北欧ノルマンのスェーデン人リューリク隊長がルースの民に頼まれて公国を築きあげたところ。そのリューリクの子孫にこの兵士はあたる。兵士の身分であり貴族階級でもあった。


勇者はキエフに雇われ城の軍隊に配属をされた。やがてノヴゴロドの勇敢な兵士は頭角を現す。強力なキエフ軍も一目置く存在となっていく。

「おい。あれがノヴゴロドのヤツなのか。あいつがいくさに加担したら負けないと言われているぞ」

軍隊の訓練は厳しさを求められる。それは体力だけの話。


だが優秀なDobrynya Nikitichには気力・知性も備わっており並の兵士とは基本から違っていた。

「いくさは、敵国に対しいかにうまく攻め降参させるか。ただ戦いを求めるだけではいけない。できるならば敵国を追い詰めて戦いをしないでも降参をさせるかの技術も磨く必要がある」

勢いで軍事を見せびらかせるだけが能ではなかった。


キエフ軍はDobrynya Nikitichをまずは少将の身分で出陣させる。武力と勇気さは際立ちすぐに中将、大将と出世させられた。

「Dobrynya Nikitichさま。キエフの統帥になってもらいたい」

半年過ぎてのことであった。


Dobrynya Nikitichが軍隊でとんとん出世をする間時折妙な噂を耳にする。

「ルースや小アジアの公王や国王。さらに公王子と皇太子が突然姿をくらます」

ある日いなくなるという事件が続きキエフの街にも伝えられてくる。

「突然姿を消すとはどんな話であろうか。わからぬ。私の知能では消えるなどということ自体あるえぬのだ」

統帥となったDobrynya Nikitichも興味を示した。


キエフの商人たちはあっちこっちと交易や貿易のために近くの公国や遠い王国に足を運んで噂などを聞いていた。その話を聞いてみれば、

「いなくなるのは決まってるさ。あの獰猛な怪物のZmey Gorynychが原因なのさ。どこからとなく飛来をして公王・国王を誘拐してしまう。山の中にヤツの棲み家の洞穴がある。そこに連れていかれZmey Gorynychの火炎で手頃に焼かれて食べられてしまうのさ」

とまことしやかに神隠しの話は広まって噂となった。

「その怪物のZmey Gorynychとはなんだ。山の洞穴に棲むだと。焼く?どうなのか全くわけがわからぬぞ。うむ」

優秀な統帥とて初めて聞く名である。


そこでキエフの物識りな老人を城に呼びZmey Gorynychを尋ねてみることにした。

「老人ならば長く生き知らぬこともなかろう。さっそく話を聞かせてもらいたい。全くわけのわからぬ怪物だと思うから畏れてしまうのだ。どんなものか正体がわかってしまえば戦いのしかたもある。誘拐された公・国王さまも救い出していけるかもしれない」


ただちにキエフ大公国全体にお触れを出して北(山岳地帯)と南(海洋付近)から知恵のある老人たちが選ばれる。物識り老人たちは城に招かれた。


知恵のある老人とはなにか。今ならさしずめ大学教授である。庶民に勉学を教える立場の老人。キエフの文化や風習を後世に伝えるために書物を記していたほどの人材であった。


統帥は北と南の老人たちを軍隊の最前列に立たせ特別な講義をもたせた。


講義にはキエフ公ウラジミールも自ら希望をして出席した。

「国王のワシが知らぬでは済まされぬ」

ウラジミール大公はエンピツを舐め舐め講義を聞くほどの熱心さであった。


まず最初はキエフの北の山岳地帯からの老人3〜5人から講義は始められた。老人の中にひとりZmey Gorynychを目撃をした者がいた。

「ウラジミール大公さまにお招きに預かり大変に光栄に思います。この場を借りてお礼を致します。北の山岳からはかようにワシらの研究を発表される場所を与えていただきありがたいことでございます」

物識りな老人たちは丁寧にお辞儀をしてひとりひとり講義を進めた。老人たちの分野は考古学・歴史・民族学などであった。まさに大学教授である。


キエフ深くにある山脈に古代から空を飛ぶ竜の伝説があることは有名である。キエフの先住民になるスキタイ族の遺跡からも竜の存在が知られ恐怖であったと窺い知る。老人の考古学博士が発掘されている。


Zmey Gorynych。スキタイ族からはそのように呼ばれ忌まわしい巨大な怪物となっていた。

「竜なのか。巨大な竜だと言うのだな」

講義を聞き統帥は目を輝かせた。竜の退治は子供の頃憧れたことがある。


Zmey Gorynychが先住民スキタイ族に畏れられるのはまずはその容姿であった。


Zmey Gorynychは巨大な竜で、頭が3の竜。6の竜。9の竜。12の竜も伝説が語って古墳や壁画に描かれていた。


「頭がたくさんある。異様なもの。なるほど異様な怪物だと言えるな。また頭が多いだけでなく尾も3〜12本と伝説があるのか」

統帥はこれはまた不気味な怪物だと改めて思う。


最後に教壇に立つのは竜を目撃をした老人である。軍隊の兵士は緊張をして講義を聞く。身を乗り出して統帥は耳を傾けた。

「私は今から20年ほど前にキエフの山奥でZmey Gorynychを見ました。とても巨大な竜でした。頭は3つ。浅黒くグロテスクなものでした。目の前にいきなり現れたらあまりの怖さから腰が抜けてしまい立てることはありませんでした」

巨大な竜の目撃証言は生々しい。巨大な竜はどこからか飛来をして山の動物を捕獲しに来た。3っ頭でそれぞれパックと動物を獲物にして食べてしまう。


餌となった動物たちは巨大な竜に睨まれ全く動けなくなった。魅入れられたように餌となると物識り老人は証言をした。

「巨大な竜の瞳がキラリと光るとなにもかも動けなくなるようでございます。餌を食べて満足をしたら背中の羽根で大空を飛んでアッと言う間に消えてしまいました。竜の飛び出しはまるで暴風のようなありさまでございました。私は腰の抜けたまま近くの木にしがみつき飛ばされないようにしておりました。後にも先にもあのような暴風は感じたことはありません」

北の山岳地帯の物識り老人の講義はこれで全員終わる。


後から兵士からの質問を受けた。


竜は巨大というがどのくらいであったか。飛来のスピードは早いがどのくらいか。獲物はなんでも捕獲して食べてしまうのか。山の洞穴というが見たことはあるのか。


矢継ぎ早の質問にも北の老人たちはそれぞれの専門の立場から答えていく。これを見てウラジミール大公は、

「そこまで竜を知るとは。またキエフを研究しているとはたいしたもんじゃ」

老人たちに感心をしてしまう。


引き続き登場はキエフの南の物識り老人たち。兵士を前にして講義に着く。


こちらは海洋近辺の者である。キエフが隣接するのはカスピ海と黒海沿岸。彼らは長年に渡り漁師をしていた。


海洋老人たちは海のZmey Gorynychを頻繁に目撃をしさらには被害にも遭っていた。

「ワシラは海のことしかわからない。北の山岳の巨大な竜は今日初めて知りました。恐ろしい怪物でありますなあ。北の山岳のZmey Gorynychと海の怪物は正直違っている気がします。ただいまの話から怪物は怪物であるんですけどね。南の巨大な竜は海水に潜ります。獣を襲うだとか言われたんですが海の怪物は違ってます」


海洋の巨大な竜は3頭竜、6頭竜、9頭竜。飛来のために翼があった。


カスピ海も黒海もそうであるが巨大な竜が現れるときは必ず空が暗黒となり曇が一面を覆う。

「なにやら不気味な空模様になりますとワシら漁師仲間はZmey Gorynychが出てきそうと用心いたします。ですから慌てて船を岸に戻したり漁をやめたりします。あいつが現れたら魚もあまり釣れないですからね」


暗黒の空からZmey Gorynychが飛来すると海は大波が打ち寄せて小さな漁船などはすぐに転覆させられてしまう。

「海洋の巨大な竜は人食いだとは聞いてません。この点が山岳の怪物と違うなと思います。それでも襲わないかと言いますと数人の漁師は足を噛まれた腕を曳き千切られたとかでございます」

巨大な竜は海洋に潜り魚を追いかけ貝類を好んで捕獲をする。決して人間を食べてしまうとは聞いてはいないと付け加えた。


講義を聞く統帥は腕組みをした。

「うーん。山岳の竜と海洋の竜か。異様さは同じなれどな。空を飛び水に潜りか。肉食か魚食なのか」


南の海洋の老人たちにも質問がなされた。海洋の老人はみんな竜を見ていたから質問の答えはより具体的になっていた。


竜は潜り長くいられるのか。現れる時期にきまりがあるのか。

「ご質問にお答え致します。竜は春先に決ってカスピ海に現れるでございます。

ゆえに春の海苔の収穫は竜によりダメになることがありました。秋から冬には黒海でございます。漁師仲間では春には海底に産卵するのではないかと言われております。秋は黒海で冬眠ではないかと思います。黒海の海底には無数の洞穴がございます。勇気ある者が夏に潜り調べたことがございます。洞穴はかなりの数でございます」


こうして北と南の物識り老人たちは無事に竜の講義を終えた。北と南は同じキエフであれど全く交流がなく、

「貴重な意見を聞けて嬉しい。山の怪物、海の怪物。お互いの研究を寄り合い退治方法を考えて参りましょう」

老人たちは握手をした。


講義の最後にキエフ公ウラジミールは感激をして拍手をした。

「そなたたちよ。よく研究し学んでいようぞ。たいしたもんじゃ。しからば余の離れを学究の場として提供をしようぞ。今後は学問の幅を広くキエフだけでなくビザンチン帝国やカザール王国からも学術者を呼びつけようぞ。さらなる怪物の研究をしてもらうぞよ。いやそれだけではない。幅広い研究をしてもらいたい。いやは余は感心したもうぞ」

大公は満足であった。


ウラジミール大公の離れ宮はキエフ城のお堀近くにあった。


物識りな老人と漁師たちは喜んだ。

「大公さま本当によろしいのですか。ワシらは自分たちの身銭を切りキエフの歴史から文化や経済と研究してきました。山には寺子屋まで作ってキエフの子供に学問を身につけることにしてました。大公さまが手助けをしてくれますとは幸せです」

北の山岳の老人たちは深々と頭をさげた。横にいた漁師。

「漁師のワシらも同じです。カスピ海の漁師はみんなあの巨大な怪物にほとほと参っております。北の山岳からの知恵をいただき退治方法を見つけていきたいと思います。漁師には残念ながら寺子屋はありませんなあ。子供たちは小さな時から舟に乗り体で漁師を覚えて参ります」

カスピ海漁師たちもありがとうと頭をさげる。


この後に、離れ宮に寄り集まりキエフ大公国のために学問研究に勤めることになる。これが中世から続くキエフ大学の前進となった。最初は大公立キエフ学問所と名付けられた。


Dobrynya Nikitichも軍事の合間に学問所によく通っていた。自らの軍事の知識の研鑽にまた怪物の弱点研究に意欲を出す。


Dobrynya Nikitichが統帥となってキエフ大公国は破竹の勢いで近隣諸国を領地にしていく。

「全く天晴れな統帥じゃ。余は満足じゃ」

ウラジミール大公は自分の領地拡大が図られ嬉しいところである。


そんなキエフ大公国に山岳地方から早馬が駆けてくる。異常事態発生であった。

「大公さまに申し上げまする。キエフの山岳に怪物が現れましたでございます。村人を襲う恐ろしい3頭竜のZmey Gorynychでございます」

早馬の伝令兵士は汗だくになり大公に申し上げた。


話を聞いてウラジミール大公はさっそくに側近を軍に走らせた。

「統帥のDobrynya Nikitichを呼べ。早くワシの許に来るようにとな。とうとう現れよったか怪物め。ワシが成敗してくれようぞ」

ウラジミール大公はいよいよ我が国自慢の軍隊が怪物を退治してくれるものと期待をした。

「統帥ならば間違いないであろう。このキエフの町に3頭竜の首をはねて持ち帰るであろう」


まもなく軍隊から統帥が呼ばれて大公の宮殿に現れた。統帥は目がギラギラと輝いていた。

「お呼びでございますか大公さま」


Dobrynya Nikitich統帥はかた膝を付き大公さまに最大の敬意を表した。

「統帥殿。山岳に怪物のZmey Gorynychが現れたぞ。異様な3頭竜の怪物だぞ」

統帥はきりっとした顔を見せた。わかりましたと態度で示す。

「大公さま。我々軍隊は近隣諸国を突き破り領地拡大を図られました。しかしキエフの内部の山岳にて大公さまに従わぬ竜などというモノがいることは決して許してはなりませぬ。どうぞご安心をされますよう。我々軍隊が立派に退治をして参りましょう。手みあげには3頭の生首を持ち帰るでありましょう、アッハハ」


Dobrynya Nikitich統帥はその足でキエフアカデミーに行く。北の山岳老人たちから入念なZmey Gorynych情報を得たいと思ったからだ。相談を受ける老人はアカデミーでは大学教授。すっかりと竜に関して学問体系を確立して統帥の質問に全て答えるけとができた。

「統帥殿。くれぐれも気をつけて退治なされよ。人喰い竜はZmey Gorynychのことゆえに。兵士の持つ剣は鋭利なものを選ばれよ。3頭竜の12尾を次々に切り落とすしだいでございます」

山岳の大学教授はしっかりと統帥の手を握りしめた。

「お願い致します。ワシら山岳民には竜退治こそは長年の夢でございます」


Dobrynya Nikitich統帥は部下を3人従えて山岳に向かうことにした。

「軍隊から勢いのある若い兵士を選らんでやった。この竜退治で功名を立てるならば少将位か中将位を与える所存である」

若者たちは頑張って退治してきますと返事をした。軍隊の出世は若い兵士の夢である。


統帥たちはキエフの町を出発して一路山岳に向かう。


キエフの険しい山は道なき道を歩かざるをえなかった。道中若い兵士がひとり歩けなくなってリタイアをしてしまう。近くの村で休むことになった。

「統帥殿。申し訳ありませぬ。足が痛くてたまりません」


山岳の竜の棲むという山。村の民が言うには巨大な竜は飛来をしていつもこの辺りの山で姿が消えてしまう。だから山を探せは洞穴が見つけられるのではないかと話をした。


勇敢な若い2人の兵士は山に入り竜の棲み家を手分けをして探し出す。手には剣をしっかりと持っていた。洞穴は2日もかけてやっと見つけた。

「統帥殿。洞穴は木の葉と岩山に隠れていました。あれでは村の民ではまず見つけられはしないでありましょう」

手柄を立てた若い兵士に統帥はよくやったと褒めてやる。


いざ行かん統帥たちよ。勇気を持って岩山を退かし洞穴に入った。


暗闇の中は手探りの状態で進む。目がだんだん慣れてくるあたりから闇が薄明かりに見えてくる。

「ややあれは」

洞穴の中に小さな小さななにやらうごめいているものが目に入った。

「統帥殿。竜の子供たちですよ」

首が長いけれどヒヨコがピョピョと遊ぶようであった。最近卵から孵ったばかりの幼竜ばかり。

「なるほど。母親竜はこの子供竜のために村の畑を荒し人を襲うのか」


幼竜とて悪竜である。退治をしておかなければ成竜になってからでは手遅れである。

「みな剣を抜け。幼竜を退治せよ」

3頭竜の首をスコンスコンと一匹ニ匹とはねた。洞穴の幼竜はすべて殺された。


さらに統帥は洞穴の奥に用心しながら進む。なにやら岩の壁があった。

「こやつも岩山と同じか。グイッと力を入れたらギイギイと軋みながら岩は動き中が見えてくる。

「やあやあ」

驚いた。そこには誘拐された公王・公王子、国王・皇太子が揃って閉じ込められていたのだ。かなりの数であった。

「拙者はキエフ大公のDobrynya Nikitich統帥である。皆のものさあ竜の来ない間に脱出致しましょう。手をつないで闇に足を取られぬように気をつけて」

王たちはありがとうありがとうと感謝の気持ちを表す。


岩の中から囚われの全員が脱出した時に成竜Zmey Gorynychが空から舞い降りた。黒く光りいかにも異様さが漂った。

「出たなZmey Gorynychめ。さあこい成敗してやる」

統帥と若い兵士は剣を抜き戦う姿勢を見せていた。竜Zmey Gorynychは荒々しく舞い降りたが洞穴の幼竜の死骸を見てしまう。

「うぬ。オヌシたちは幼

竜をなんとしてくれたのか」

竜ははらはらと泣き出す。幼竜にはなんら罪はないではないか。


Zmey Gorynychはクルリと統帥を睨みつけた。3頭竜はそれぞれが相手を睨み攻撃をし始めてくる。


若い兵士は2人とも身軽に動きまわりクルリクルリと身をかわして12尾の根本に切りかかる。

「よしいまだ」

剣はキラキラと光り鋭く振り下ろされた。


「ギャアー」


Zmey Gorynychがあまりの痛みから悲鳴をあげた。あれだけたくさんあった尾は全て切り落とされてしまう。尾がなくなってバランスが取れないZmey Gorynychはもはや飛来ができない。

「おのれなんてことを」

Zmey Gorynychは怒る。素早く動き周り捕らえられぬ若い兵士に向かい炎を吐く。

「うおー熱い」

兵士もDobrynya Nikitich統帥も炎の犠牲となってしまう。統帥は完全に焼き尽くされてしまいそうになる。

「苦しめ苦しめ。幼竜を殺されたこの親の竜の憎しみを味わえ」

Zmey Gorynychは統帥たち兵士を、

「炎で炙り焼いてたべしまおう」

若い兵士は動きが止まり炎に巻かれ完全に焼けてしまう。

「ちくしょうオノレZmey Gorynychめ。よくも兵士を」

Dobrynya Nikitich統帥は焼かれながらも剣を向けた。しかし炎は強く歯向かうには分が悪い。


この統帥と竜の戦いを救出してもらった国王たちが遠くより眺めていた。

「統帥が危ない」

ひとりの国王はたまらずに避難場所を飛び出して統帥の炎の中に向かう。

「統帥殿。これを使かわれよ」

国王はえぃとなにやら剣か槍のようなものを統帥に投げた。

「かたじけない」

焼かれながら統帥は受け取る。手にしたらすぐさま竜Zmey Gorynychの心臓目がけて、

「ええーい」

鋭利な槍は見事に突きささる。

「うぐっ」

竜Zmey Gorynychのたうちまわり苦しむ。

「しめた。よしトドメを決めてやる」

3頭竜の上に跨がり統帥は剣を振り上げた。この一太刀で絶命必死。


すると竜Zmey Gorynychは、命ごいを始めた。

「済まぬ、悪かった。命だけは助けてもらいたい」

なんと竜が講和を申し出たのだった。そこで竜は誓約書を書く。

「今後人里には姿を現わさない。人は拐わない」

統帥は誓約を交わしたならばと矛を収めた。


こうしてDobrynya Nikitich統帥は囚われた国王たちを助け山を降りていく。

「私だって若い兵士を焼き殺されているんだ。竜が憎いんだぞ。本来ならば殺して当然なのだ」


囚われた国王たちは自分たちの公国や国に無事戻り喜ばれた。


キエフ大公は当初

Zmey Gorynychを退治しなかった統帥があまり面白くなかった。

「余は統帥にはZmey Gorynychを退治せよと申したのじゃ」

それを誓約の紙切れで交渉成立させて。大公はかなり統帥が気にくわないことになる。


そんな統帥嫌いもすぐに機嫌が直る。

「大公さま大公さま。申し上げます。近隣の公国と王国から我がキエフと交易を持ちたいと申し出がございます。すでに各地からは商人たちが押し寄せております。なんでも統帥閣下が竜から救ったお礼にと申しております。ただいま市場は空前の賑わいでございます」

竜から公国王や国王を助けたお礼にこの賑わい。

「統帥のおかげさまというやつか。キエフに恩義を感じて王たちが商人を我が国に送りこんだとな」

ウラジミール大公はキエフ城から遠く市場を眺めてみた。そこにはいまだ見たこともないくらいの人だかりができていた。市場から広場から商人で埋め尽くされてまるでお祭り騒ぎであった。大公は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「かような賑わいはキエフ初めてであろう」

これでキエフにはいくらぐらいの税金が舞い込むかほくそえんでいた。

「大公さま大公さま。申し上げます。先程ノゥ゛ゴロド公から琥珀が届けられました。竜から救われたお礼にとのことでございます」

その他お城には各地からの貢ぎ物で満たされていく。


ウラジミール大公は金銀財宝はコレクションにして蔵や地下に保管をしていたが、

「これだけ集まれば博物館や美術館ができてしまう。いい展示品になりそうぞ」

キエフは東西の交易や貿易の要所として商業都市に成長をしていく。こうしてキエフ・ルースの中心になったと言われている。

「キエフが栄えたらノウ゛ゴロドが小さく見えるな。経済格差がついてしまった」

ノルマン人リューリク隊長の時代からみたらキエフは一大発展を成したと言えた。


大公の幸せな日々は永遠と続くと思われた。キエフの繁栄そのものは衰えを知らない。

「毎日我が国は金貨や銀貨を近隣諸国の商人が運んでくれる」

まるで中国の鼓腹撃壌(こふくげきじょう)でった。

「余は何も心配することはない。余はキエフを統治できる。後世には名君ウラジミールとして語り継がれよう」

思わず嬉し涙がハラリと溢れ落ちる。頭の片隅にはリューリク隊長が浮かぶ。もしかしてリューリクと並び称せられていくやも知れぬとまで考える。


そんな平和なキエフ・ルース時代に再び事件が起こる。


「大公さま。大公さまぁ〜大変〜大変でございます。大公〜さまぁ〜」

城の侍従が走りに走り来る。血相を変えて大公の前に現れた。

「大変でございます、大変も大変でござります。大公さまの姪っ子さまが大事件。カスピ公国の一大事でございます」


姪姫とはウラジミール大公の妹の娘であった。妹姫はカスピ海に臨む小国の侯国に嫁いでいた。


そのカスピ侯国の姫君がなんとしたことか、

「なっ、なんじゃと。空から飛来した竜Zmey Gorynychに突然拐われただと」


妹妃の嫁ぐカスピ侯国。キエフ大公国とは隣同士であり最近講和を結ぶところであった。侯国はカスピ海からの魚の水揚げが主な財源の小国だった。


カスピ海に近い侯国の中心広場では侯王のパレードの最中であった。

「カスピ侯のワシもいよいよ公爵位をもらえ出世できる。めでたいことだ」

国王が爵位をキエフルースから授かったのだった。 


侯王も侯王妃殿下(妹)も晴れやかにパレードの馬車の中にいた。侯国民衆に手を振る。侯国民衆は王さまの出世の晴れ姿に小旗を振り答える。

「侯国王さまが公爵さまになられたぞ。ワシらは侯国から公国民衆となるわけじゃ。めでたいめでたいもんじゃ」

パレード広場は満員の庶民で膨れ上がり活気づく。


姪っ子の姫君は公国の広場パレードで小型の馬車に乗っていた。姫も可愛い手を盛んに振り公国民衆に答えていた。

「皆のものありがとう。(わらわ)の国王侯爵さまも公国王なられました。嬉しいこと限りなしでございます」

パレードの続く中で公国民が口々に叫び出した。

「公王さま万歳。新公国王さま万歳。偉大なるカスピ公王さま万歳」

パレード広場は盛り上がりを見せていた。


そこに急に空が曇り始めて怪しい雰囲気にパレード広場は包まれていく。新・公国王は、

「今日は一日晴れやかな空であると思われたが曇りか。残念じゃな。雨なぞ降らぬうちにパレードを終えてしまおう。さあさ急がせた急がせた」

新公王は馬車の御者に鞭を入れさせた。


曇り空。ただ曇りならばポツポツとくるかなであった。パレード広場は雨でなく風が吹き始めてくる。


ビュービュー


なにか妙に変則的に吹き荒れた風であるなあとカスピ公の民や軍隊は空を見上げた。

「やっ、ややあ」

見上げた上空からなにやら黒い物体が飛来してくるではないか。

「あれはなんだ頭が3つ。尾が12」

公国民衆はザワメキ空を指差す。


3頭12尾竜Zmey Gorynychが現れたのだ。その異様な姿から北の山岳地帯に棲む竜Zmey Gorynychであった。


巨大な竜は3頭をもたげながらパレード広場に現れる。カスピ公国軍隊はパレードを中止させて竜Zmey Gorynychから新公国王を守る。衛兵は皆腰の剣を抜き不気味に黒光りする竜にかざす。


上空のZmey Gorynychはパレード広場に目がけ3頭の口からボォーと火炎放射をして立ち向かう衛兵士を焼き殺しにはいる。

「熱い熱い。助けて」

カスピ公国軍隊はたちどころにやられてしまった。

「焼き殺される前に公国王さまだけは助けなくてはいけない」

兵士は公国王の馬車を衛護した。


Zmey Gorynych竜はパレード広場に舞い降りた。周りを火炎で焼き大暴れをする。

「オノレ化け物。よくもカスピ公国に現れたな」

軍隊は剣と槍で威嚇を繰り返してはいるが全く効果はなかった。竜はギョロと広場の中を眺め姫君の乗る馬車に睨みをつける。


ギャーア


天に向かい雄叫びをすると姫君の馬車もろとも拐い再び空に飛び出ししていく。

「なんだと。姫を妾の姫を」

カスピ公国王の可愛い姫は公国民衆の目の前で連れ拐われた。父親の公国王も母親の公国妃も気も狂わんばかりに泣き叫ぶ。

「娘を返して。(わらわ)の娘がなにをしたというの。娘を娘を返して」

公国王は軍隊に竜の退治を怒鳴りつける。飛び出した竜を早く撃ち殺すんだと。

「ああ、娘が連れ去られるぞよ。撃て撃て」


竜Zmey Gorynychがパレード広場から立ち去ると空は再び晴れやかになり何もなかったかのごとくであった。広場に残された母親のお妃さまは悲しみのあまりに倒れてしまい寝たきりとなった。公国王は竜よ憎しとカスピ軍隊の大将を呼びつけ妃奪回の案を練る。


話は2〜3日前の出来事であった。


「カスピ海公国王は軍隊を出すか。竜Zmey Gorynychは妃君を拐い飛び出したというのだな」


話を聞いたキエフ大公ウラジミールは腕組みをする。

「姫が竜に捕まえられているかぎり軍隊攻撃は難しいであろう。ましてや火炎を吐き兵士が焼き殺しに遭う」

実際にカスピ軍隊は竜Zmey Gorynychの洞穴の前に陣取りはすれども攻めあぐむところであった。


そこでかつて竜を退治したというキエフの統帥に尽力を願い出たとなったわけである。


Zmey Gorynych竜がウラジミール大公の姪っ子を奪ったと知りDobrynya Nikitichは怒りに怒りまくる。

「オノレZmey Gorynych竜め。私との誓約を反故としやがった」

キエフ統帥は剣の(つか)に手をかけ心の底よりZmey Gorynych竜に憎しみを感じていた。

「許せぬ。成敗してくれようぞ」

統帥もキエフ軍隊を集め直に竜の洞穴に向かう。


キエフの山岳にある竜Zmey Gorynychの洞穴。カスピ海公国軍隊が周りを取り囲み待機をしていた。

「これはこれはキエフ軍隊の統帥Dobrynya Nikitich様ではござらぬではないか。かたじけない我がカスピの援軍を頼みまする」

カスピ軍隊の大将は頭をさげて敬意を表す。


カスピ軍とキエフ軍隊は竜Zmey Gorynychの洞穴の前に結集をする。


洞穴に棲むZmey Gorynychをたちどころに撃ち殺して囚われの姫君を救い出したいと願っていた。


竜Zmey Gorynychは夜に洞穴から飛び出していく習性があった。


洞穴の中でカスピ海の姫君はどうであったか。


姫君はカスピ公国パレード広場より馬車のもろとも竜に連れ去られ北キエフの山岳にいた。


姫は竜の恐怖から気を失い一昼夜コンコンと眠り続ける。

「これ、これ。姫さま姫さま」

竜の棲む洞穴の中には姫と同じくキエフ・ルース各地から連れ去られた王や王妃がズラリと囚われの身であった。カスピ海の公国妃君はようやく目を醒ます。

「うーん。(わらわ)はよく眠りましたわ。あらっここはどこなの。なぜ妾はここにいるの。確か父の公国王就任祝いパレードの最中であったはずだわ」

姫は少しずつ記憶を辿り今の状況を理解しようとする。


カスピ海公国姫を起こしたのはアジアの小国コーカサスのアルメニア王国のお后さまであった。アルメニア后も竜に連れ去られ洞窟の中に囚われていた。

「カスピ海の姫君。お目覚めされましたか。よかったわ。連れ去られた際に怪我などはなかったでありましょうか」

アルメニアお妃様は手にお碗を持ち公国姫に冷たい水を与えた。


后様が申すにはこの竜の洞穴にはキエフルースを中心にあっちこっちから人拐いをされて来るようだとのこと。洞穴から逃げ出そうとすると穴の前には幼竜が数匹で門番をして簡単には出れなかった。だから救出の援軍が来るまで大人しく洞穴でジッとしていなければならないと諭した。

「妾はきっと勇敢なカスピ海軍隊が助けに来てくれます。それを信じて待ちますわ」

姫君は囚われの身であると改めて知り言葉とは裏腹に絶望をしていく。


洞穴の前のカスピ海軍隊と統帥Dobrynya Nikitichのキエフ軍隊。竜Zmey Gorynychが現れたら一斉攻撃をかけて殺してしまおうと作戦を練る。

「3頭の竜頭(あたま)を考え3方向から攻めてやる。竜頭を軍隊に気を取られている隙に兵士は洞窟に入る。姫君を救い出すのだ。姫さえ救出してしまえば我々軍隊はそのまま引き上げることができる」

統帥はあくまでもカスピ海公国姫の人命確保が第一であった。


夕方になる。山岳地帯は日は沈み辺り一面暗闇となる。


竜Zmey Gorynychの棲む洞穴は出入り口である岩山がゴゥゴォと地響きを立て開かれた。周りを取り囲み待機したカスピ/キエフ連合軍隊は緊張をする。

「いよいよおでましだな。不気味な竜Zmey Gorynychだ」


岩山が完全に開かれた。中から雄叫びが聞こえ竜Zmey Gorynychが現れた。


連合軍隊の兵士には初めて竜の姿を見た者もいて腰を抜かす。統帥としては、

「それも無理はないか。私も初めて見た時には腰を抜かすかと思ったからな」


統帥は軍隊に待てのサインを出す。

「黙って見ていたら竜Zmey Gorynychは飛来してどこかに行きそうだ。洞穴からいなくなるならその隙に姫君を救い出せそうである」


戦わずして姫を助け出せるに越したことはない。


しかし連合軍隊の兵士の中に竜Zmey Gorynychの姿を一目見た途端に、

「ギャーア〜出たぁ〜怪物だあ」

大騒ぎをしてしまい竜Zmey Gorynychに気がつかれしまう。


Zmey Gorynychはギョロっと睨み、

「そこでキサマ(軍隊)はなにをしている」

竜Zmey Gorynychは軍隊に答えろと3頭の首を一斉に向けた。

「しっ、しまった。見つけられたか」

統帥は悔しさから地を踏みしめた。


竜Zmey Gorynychは軍隊が手に手に武器を持ちこちらを狙うのを見届けると、

「全員焼き殺して食べてやる」

勇ましく竜Zmey Gorynychが現れたら統帥Dobrynya Nikitichがひとり竜Zmey Gorynychの前に立つ。

「Zmey Gorynychよ。私を覚えていようぞ」

統帥は大なる張りのある声で聞く。


言われた3頭竜は盛んに3つの首を捻りつつコヤツは誰かを考える。統帥Dobrynya Nikitichをトンと覚えていない様子であった。

「竜Zmey Gorynychは不戦契約を私とかわしたというのに忘れたとするのか。ウヌ、許せぬ」

統帥は軍隊に攻撃始めの合図を送る。


剣や槍で攻められた竜Zmey Gorynychは3っの頭を振り上げ火炎放射をする。


ゴゥゴォ


洞穴の周りは見る見るうちに辺り一面火の海と化していく。

「ダメだ退散だ。皆のもの退散しようぞ。火の回りが早い。急ぐのだ退散だ退散」


山火事はアッと言う間に山岳地帯に広がり軍隊はホウホウの体で逃げ出した。兵士の中には焼け死ぬ者も出てしまう。


竜の火炎がどうにも突破ができず統帥は悩んでしまう。

「竜Zmey Gorynychを攻め切れぬとは私も情けない軍人になり下がりだな」

そればかりではなかった。Zmey Gorynychの異様さに恐れまた火炎放射には腰が引けた軍隊となってしまう。

「なっなんだと。Zmey Gorynychが怖くて戦いたくないだと」

兵士の大半は山岳を降りてキエフやカスピ海に帰ってしまった。統帥Dobrynya Nikitichはまたまた頭を抱えてしまう。

「仕方がない。一度下山じゃ。戦闘能力のない軍隊など必要ない」

不甲斐なき軍人に怒りを感じてしまう。


キエフの街に戻るとDobrynya Nikitichはキエフ大公立アカデミーを訪ねる。竜Zmey Gorynychに関してなにかよい案をいただきたいと思ったからだ。


アカデミーの教授たちはDobrynya Nikitichを歓迎した。

「これは統帥さま。怪物Zmey Gorynych退治はなかなかうまく行かないようでござりますな」

北の山岳出身教授は統帥に同情をした。


「統帥殿。我々教授陣からはあらたに学究をした結果がございます。少しお時間をいただき詳しい講義をしたく存じます」

南の海洋(漁師老人)の教授からであった。南の教授はカスピ海洋と黒海洋とわかれそれぞれが海洋竜Zmey Gorynychを研究をしていた。

「よかろうぞ。カスピ海洋の教授の講義を参考にしたい。私は少しでも竜Zmey Gorynychの弱点を知りたいのだ」

統帥はアカデミーの講義を受ける。海洋竜というものを知るために。


海洋の竜Zmey Gorynychは統帥も心の中でどんどん拡大化されていく。このカスピ海や黒海に棲息をする海洋竜はどうやら山岳の洞穴に棲む竜とは異なる怪物ではないかとアカデミーの教授たちは感じていた。

「統帥殿。どうも山岳竜と海洋竜とZmey Gorynychはいるようでございます。山岳竜は獰猛で火炎を吐く。海洋竜は大人しく水を吐く程度ですかな。山岳の教授の学術研究と我々海洋の研究とでは竜が一致致しませぬ」


講義を受けた統帥はたまた悩みが増えた。

「となると2種類の竜Zmey Gorynychが我がキエフ大公国には存在をするというのか。山岳竜と海洋竜。獰猛竜と温厚竜なのか。山岳竜だけでも退治に手間取るというのに山岳と海洋だとは」

カスピ海洋竜Zmey Gorynychは統帥自身まだ対決をしたことのない怪物竜であった。


カスピ海旧・侯国。


名前の通りにカスピ海沿岸にある侯爵が統治をする国であった。カスピ海の魚や海産物を漁師たちが採り他国との公益や貿易で経済活動を成り立たせていた。その統治者の侯爵は経済大国キエフ大公国と親密になり条約にて領地化させようとした。その現れがキエフ大公の妹姫との戦略結婚であった。


キエフ大公との親密さを図るとカスピ侯国はどんどん拡大されついに侯国から公国にと格上げをされることになる。


侯王にはキエフ大公の妹妃との間に美しい3姉妹が生まれた。3姉妹のうち2姉妹はそれぞれ近隣の侯・公国に嫁ぎ今は末娘だけがカスピ海侯国にはいた。まだ子供であった。


末娘姫君は夏のある日侍従たちを従えてカスピ海にクルージングに出かける。末姫はカスピ海が大のお気に入りで遊びに行くとなるとカスピ海であった。

(わらわ)はカスピ海が大好き。綺麗な海であり新鮮なお魚や貝類も豊富にあるの。妾は成人をして嫁に行くならカスピ海に行きたいわ。妾の将来もこの海原(うなばら)のように永遠と横たわるものですわ」


末娘姫のお供の執事や侍従たちもカスピ海クルージングは楽しみのひとつ。

「姫さまがこのカスピ海をお好みになるわけも理解できます。私らお付きの者とてカスピ海の大自然は憧れでございます」


姫と船を同じにして執事はたまに釣糸を垂らすこともあった。

「アッハハ下手な横好きでございまして。でっかい魚が釣れましたらば姫君に料理して差し上げたいかと思っておりますアッハハ」

姫君のカスピ海クルージングは気持ちよく進み予定通りに岸に帰っていく。執事の釣りもある程度魚が釣れ満足をしていた。

「早速にお城の料理人に頼み魚料理にしてもらいましょうか」

執事は嬉しくてたまらなかった。


その頃、カスピ海の漁場市場では大変な騒ぎが巻き起こっていた。


カスピの漁師たちが竜Zmey Gorynychの幼児を偶然にも2匹釣りあげていたのだった。


幼竜は3っの頭をクネクネとさせて盛んに魚ビクの中から逃げ出したいとうごめいていた。

「これがカスピ海のドラゴンでございますか。なにやらグロテスクな生き物でございますなあ。頭が3つとは不気味でござるや」


その日の漁船はさらに一匹の幼竜を釣りあげてきたようで合計3匹の幼竜Zmey Gorynychが捕獲をされた。

「おいこの幼児竜はどうする。こいつらは成竜になったらワシら人間に襲いかかってくる獰猛なZmey Gorynychになるんだぜ。今のうちに殺してしまうが得策というわけだがな」

漁師仲間で殺してしまえとなる。

「ちょっと待て。幼竜であるが珍しいぞ。カスピ海侯王さまにお見せしたら喜ばれるやしれぬぞ。もしかして褒美をつかわすやしれぬ」


こうして3匹幼児の竜は漁師の手から宮殿に持ち運びをされた。


「侯王さま申し上げます。先程カスピ海漁師から幼竜Zmey Gorynychが釣れたと報告がありました。たった今お城の中の池に放たれております。いかがされましょうか」


※漁師はカスピ海と黒海といた。


報告を受けた侯王は

「幼児だが竜とは珍しいことだ」

末娘の姫君と供に池に見学にいく。侯王妃殿下は竜と聞いただけで足は震え嫌がった。


お城の池にはカスピ海で取れる魚が泳ぎ回る。漁師たちが侯王に喜ばれたくて入れていたのである。


3匹の幼竜もその魚と一緒になりスイスイと気持ち良さそうに池の中を泳ぎまわる。

「こうしてみたら忌まわしいという竜も普通の魚と変わらないものじゃのう」

末娘姫は父親の侯王の背中にしがみつきながらオソルオソル幼竜を眺めていた。グロテスクなものには変わらない幼竜。


幼竜はしばらく池で飼われれことになる。池の中で観察をしたら餌は貝殻や海草などを好んで食べているようであった。


末娘はそんな幼竜を毎日一回は池に観察をして大変な興味を抱いていく。

「うん。最初はね黒くてクニャクニャして気持ち悪いなあと思ったの。でも毎日観察していたらかわいいかなと思って」

幼竜が成長するに従い姫の手から直接に餌の貝殻や海草を食べるまで手なづけられていた。姫君は3匹幼竜に名前を付け親しげに自らのペットとしてもいた。

「赤ちゃん竜ですからね。かわいいと言えばかわいいわ」


その幼竜かなりの成長を見せていく。体長が6メートルを越える成竜の子供である。

「姫さま。困ってしまいますね。この竜はこれ以上この池には飼ってはおけないでございます。弱りましたなあ。あまりにも大きな竜となりますと餌だけでも賄い切れませぬ」

池の管理侍従ははっきりと姫君にこうも伝えた。

「殺さないといけないでございます」


驚きの姫である。

「殺さないといけないの。そんな可哀想なことを」

池管理から直に侯王に竜の処遇について意見伺いがなされていた。

「申し上げます。幼竜は体長1メートルからズンズンと成長しております。この数ヵ月で成竜にまでなるやしれませぬ。成竜Zmey Gorynychは6メートルを軽々越えます」


もはや飼うには限界であるとの答申であった。


侯王はしばらく考えていく。末娘の姫が日頃面倒を見ていることも知ってる。

「娘のいないところで殺害を命じる」

竜を成長させてはまたいかなる人害を与えるやわからないとの判断である。

「わかりました侯王さま。姫君さまは侯王さまに任せるとします」


池の管理侍従は早速軍隊の若い兵を呼び出した。槍にての一撃で竜刺し殺しを依頼したのだ。


末娘姫はすぐに父親の動きを察知する。父親の執事の後ろからこっそりと話を盗み聞きしてしまったのだ。

「お父様は竜を殺しになるのね」


池に行き改めて覗くと体長1メートルにもなる竜Zmey Gorynychが3匹泳ぎ回る。確かに異様なものである。

「この竜はZmey Gorynychといって成長すると人間を襲い食べてしまうかもしれないのね」

だから今殺しておかないと大変だと姫は理解した。


姫は今宵が竜とは最期になるのねとしみじみ思った。餌の貝殻と海草を与える。


すると。


「姫君。姫君」

なんと池で泳ぎ回る竜が話かけてくるではないか。姫は腰がストンと抜けその場に尻餅をついてしまう。

「姫君さま。我々3匹の竜を育てていただきありがとうとお礼を言いたい。確かに我々は竜Zmey Gorynychであり獰猛なるドラゴンとなるやしれぬ。だが姫君から受けた恩義は終世忘れることはないであろう」

一番の兄貴分にあたる竜が姫に話かけていたようだ。

「お父上さま侯王さまが我々竜Zmey Gorynychの殺害を命じたがため今宵に殺される運命となります。しかし殺されてはたまりません」


竜が言うには3匹目の弟竜がなかなか成長しなく空を飛ぶ能力が備えられていない。この弟竜が飛来能力をマスターしたら我々竜は再度カスピ海に戻りたいと言った。


話の途中で3男弟竜は池よりピシャと跳ねてみせた。イルカがジャンプしたかのようであった。

「弟が飛来できしだい我々はおいとましたい」


竜の話が終わって姫君は腰が動きなんとか立つことができた。


そこに軍隊兵数人がやってくる。手には槍や魚の銛を持つ。竜の命を奪いに来たのであった。

「姫君に申し上げます。我らは侯王さまから命じられております。姫君さまはただちに池から立ち退いていただきます」


軍兵は敬礼をして姫君を池から遠ざけようとする。姫は姫で今から竜が刺し殺されてはたまらないと、

「妾は嫌でございます。竜をそなた軍は殺害しようとなさるのですからここを退くわけには参りませぬ。お父様の命でもなりませぬ」

仕方ないさなと兵は姫の体をよいしょと抱き上げた。

「姫君、さあお城にお戻りあそばせ。私が姫のお部屋にまで抱っこして参ります」

抱き上げられて姫は嫌々と最大の抵抗を示す。しかし腕力に優るは兵である。サアッと部屋に連れていかれた。


姫君がいなくなり兵士は銛と槍をキラリと光らせ竜の命を狙う。


3匹竜は何も知らずかのごとく悠然と池の中を泳ぎまわる。


「まずは一番でっかい竜から殺るか」

兵士たち数人は号令をかけて同時に槍と銛で突き殺すことにする。

「よかろう。ならば行くぞ1・2の3」

兵士は力いっぱいに槍と銛を振り下ろす。


が。


「痛い痛い。どうしたんだ。いきなり頭が」

なにやら電気でも走ったかと思われる衝撃がもたらされた。兵士は全員手にした武器を離し頭を抱えた。


そして。


池の3匹の竜は順番に水の中より飛び出していく。長男竜から、

「池の生活は快適だった。ありがとう」

スゥーと一塵の風と供に飛び出す。次は次男竜。

「オイラも楽しかったさ。姫君の恩義は忘れられないぜ」

次男竜は少し飛びが悪いのか池から飛び一度落下をしてしまう。地面に叩きつけられた。だがなんとか持ち直して飛来した。羽根の使い方がまずかった。最後は3男竜だった。飛来できる能力は備えられたか初の試みである。成長がどうかと心配だった。

「兄貴竜を見て羽根を動き始めたんだけど」

とりあえず池から飛び出す。


ヒョイヒョイ。


が飛べなかった。池からすぐにコテンと落下してしまう。

「まだ羽根が大きくなっていないかな」

地上でバタバタと練習をしてみせる。確かに兄貴竜と比べたら風は弱めである。羽根の使い方がまずいようであった。


そこに長男竜が戻りフライトのアドバイスをする。

「弟竜が飛べなければ背中に乗せてでも帰っていかなければならない」

弟竜は兄貴竜のやるように羽根を動かした。少しは風が強くなった。バタバタと繰り返していくと風が強いものとなり体がふわりと浮く。


こうして3匹竜はお城の池からカスピ海に向けて飛来していく。お城を飛び出した際には姫君の見ていた部屋の前を軽く旋回をした。部屋からは姫君が涙を浮かべ見送った。


こちらはキエフ大公国立アカデミーの部屋。統帥Dobrynya Nikitichは盛んに竜Zmey Gorynychの研究に余念がない。

「山岳の竜と海洋の竜。この違いをなんとか理解せねば戦えはしない」

海洋竜が今一つわからずネックとなる。統帥は南の教授に意見を聞く。


最も厄介なことは山岳も海洋も同じ外見の竜Zmey Gorynychであることであった。

「アカデミーの教授たちによると山岳竜は肉食竜。海洋竜は草食竜に区別される。性格は獰猛さと温厚さか。で見た目は同じであり3頭12尾の竜Zmey Gorynychで羽根で空を飛ぶ」

もうひとつの特徴的違いは火炎放射か水鉄砲かである。


統帥はまた頭を抱えた。

「打開策が見つからないのだ」

カスピ海の姫君の命はどうなるかを考えたら心配で心配でたまらなくもなる。

「姫君よ。どうか御無事であれ」

両手をしっかり握り祈りを捧げた。


この統帥の嘆きの中に、

「毒を盛って毒となす」

が閃きはじめた。

「ちょっと待てよ。何もキエフ軍隊が山岳悪竜も海洋竜も両方退治しなくても良いとなるぞ」

統帥は腕組みをして軍事構想を練る。

「山岳悪竜と海洋竜を闘わせてやろう」

統帥は手をパチンと叩き北の教授と南の教授を部屋に呼んだ。


こちらはカスピ海公国。


姫君が竜Zmey Gorynychに拐われたカスピ海公国王は大変であった。お城の中にいてもジッとしていられなく丸一日ウロウロとするばかりである。

「全く弱ったもんだ。我が娘を竜Zmey Gorynychが拐ったとは。その竜退治に差し向けた我がカスピ海軍隊は竜にやられて戻ってきてしまう。最早打つ手はないのであろうか。ああ弱った弱ったぞよ」


公国王はお城をウロウロしながらかつて池で飼っていた3匹の竜を思い出す。

「あの竜たちが娘を拐ったのであろうか」

カスピ海公国王には海洋(良い)竜も山岳(悪)竜も区別はつきはしなかった。


カスピ海公国王の姫君がパレード広場から拐われて以来公国の噂は姫君の安否ばかりであった。拐った山岳悪竜は人喰い竜である。姫を拐ったら食べてしまったのかと専らの評判であった。


噂話はカスピ海の漁師とて同じであった。舟に乗りながら、

「姫君は可愛らしい娘さんらしいな。なんでまた竜に拐われてしまったんだ。パレード広場だろ拐われたのは。公国王の前でらしいな。たまらんなあ。お妃さまは病に倒れてしまったぞ」

姫の噂は至るところで持ちきりであった。姫の話にはお城の池の3匹竜が引き合いに出された。

「となると池の3竜が成長をして姫を迎えに来たのだろうか」

迎えに来たなら来たでその理由がさっぱりわからなかった。


漁師たちの噂話はカスピ海の海底に棲むその3匹の海洋竜にも届く。

「漁師たちが噂をしている姫君とはあの城にいた姫であろうか」

3兄弟竜はお互いに顔を見合わせた。


この温厚な海洋竜には獰猛なる山岳悪竜の存在は知られてはいなかった。同じ竜Zmey Gorynychであっても棲息の形態が異なっていた。


統帥Dobrynya Nikitichはキエフに大本営を開設した。


竜Zmey Gorynych退治本部。カスピ海公国王姫救出の対策本部。


「すべての作戦は私が陣頭式を執る。責任は私にあり姫の命は必ずや助けてやる」


山岳地帯の悪竜Zmey Gorynychの棲み家洞穴

。統帥は陽動作戦に出る。

「山岳悪竜Zmey Gorynychをおびき出すのだ。羊肉を焼け。洞穴の前にこんがりと上手そうなローストに羊を焼け」

羊の匂いに誘われて悪竜Zmey Gorynychをおびき出したら洞穴から姫君を救出する作戦になる。


羊肉は焼かれた。統帥の言う通りこんがりと焼かれなんとも香ばしき匂いが洞穴に運ばれる。

「うん。なんと美味しい匂いがしているのだ。たまらないな」

洞穴の山岳悪竜Zmey Gorynychは3頭それぞれが鼻先をヒクヒクとさせていた。

「どれどんな羊肉やあるのであろうか」

洞穴の岩山を動かし外に出た。Zmey Gorynychは匂いのある方向を見る。見るからに美味しそうな羊肉があった。たまらず竜は3頭を揃えてパックとかぶりつく。

「しめた。よし今だ。羊肉を食べている隙に洞穴にいけ。姫君を救え」

と統帥は軍隊を動かしてやるつもりであった。


山岳悪竜Zmey Gorynychは羊肉をくわえたらそのまま洞穴に運んでしまった。

「あちゃあ。洞穴に戻ってしまった」

羊肉の囮作戦見事に失敗に帰すであった。

「ちくしょうZmey Gorynychめ。洞穴には子供竜がいるのだろう。だから餌をせっせと洞穴の棲み家に運んでいくんだ」


統帥は頭を抱えた。次はどうやるが統帥は考えが浮かばなかった。


カスピ海の海底の海洋竜。今は3兄弟が揃っていた。

「姫君がどうやら山岳悪竜とやらに囚われの身になったらしい」

一体全体どんな様子なのかと海洋竜たちも知りたくなった。

「よしでは3男竜。お前がキエフに飛来をして様子を探って参れ」

3男竜は兄竜に言われてかしこまりましたと承知をした。海底から飛び出した。一路キエフに向かう。


その海洋竜Zmey Gorynychがキエフの街に現れたら、

「なっ、なに。竜がキエフの街に現れただと」

忽ちキエフは大騒ぎとなった。キエフ軍隊は出動をし大本部の統帥が指揮を執ることになる。

「しかし山岳悪竜Zmey Gorynychが2頭もいたとは知らないことであった」


海洋竜は飛来してキエフの広場にやってくる。広場には遅れて統帥も到着をした。海洋竜は統帥の指揮する軍隊に向けこの広場への来意を伝えた。

「我はカスピ海底に長年棲む竜である。Zmey Gorynychではあるが決して人には危害など与えることはしない。その点安心されよ。故に軍隊は我を攻撃しないように頼みたい」

海底竜Zmey Gorynychは温厚な性格で決して人などは襲わない。そのような印象を与える目的もあった。


海洋竜との対応は統帥である。広場にいる海洋竜に問い掛ける。

「海洋竜Zmey Gorynychよ。なぜキエフの街に現れたのだ。我々は山岳の悪竜と姫君救出作戦の真っ最中なるぞ。邪魔をされては迷惑なるぞ」

統帥は威厳を保ち軍隊の本意を伝えた。統帥の前で海洋竜Zmey Gorynychは頭を下げた。

「カスピ海(旧)候国の姫君には幼竜時代に大変世話となった。その山岳悪竜Zmey Gorynychとやらを懲らしめ姫を救出したい。キエフ軍隊と我々竜は協力をして姫を救えれば幸いだ」

海洋竜の願いであるとした。

「うーんなるほど。海洋竜は信じてよいのか悪いのか」

またしても悩んでしまう統帥である。

「キエフアカデミーの教授を呼べ。相談したい」


再び山岳の悪竜Zmey Gorynych退治作戦は練り直されることになる。

「今度は海洋竜たちが我々に協力をするやしれぬ」


アカデミー教授は呼ばれてすぐに広場に到着をする。北の教授も南の教授もいらっしゃった。

「統帥さま。海洋竜Zmey Gorynychは我々に協力だと思います」

南の教授は断言をしたいと力強く言う。

「この海洋竜Zmey Gorynychがカスピ海旧候国の池で飼われていたのは事実でござります。姫君がこの海洋竜をかわいがり餌などを与えたも事実でございます。故に竜は今こそ恩返しをしたいのでしょう」


統帥は海洋竜を作戦に組み入れた。

「しからば頼みたい」


海洋竜Zmey Gorynych3男竜は喜んでカスピ海底の棲み家に帰っていった。


統帥は海洋竜と山岳悪竜を対決させればベストであろうと踏む。

「洞穴から山岳悪竜Zmey Gorynychをおびき出しその隙に我々軍隊は姫君を救出されよ」


さっそくに山岳にキエフ軍隊は踏み入る。洞穴の前にずらりと並ぶ。

「よし成竜のZmey Gorynychを待つのだ。Zmey Gorynychが洞穴から出たら踏み込むぞ」


海洋竜が山岳に飛来して来るのを待ち陽動作戦は開始された。まずは再び子羊肉が焼かれ香ばしき匂いが立ち込めた。

「山岳竜Zmey Gorynychよ出て来い」


匂いを嗅ぎ付け山岳竜は洞穴より出現をする。

「羊肉がある。よし食べに参る。たまらないうまさなのだ」

山岳竜Zmey Gorynychはヨダレさえ流し羊肉の許に飛来をした。


が羊肉はいたって小さく山岳竜Zmey Gorynychはガッカリとする。

「こんなに小さくては洞穴の子竜にわけてやることもできない」

山岳悪竜はパクッと3頭を揃え噛みついた。その時に山のかなたから雷鳴が轟く。

「うん雷鳴だとは何事や」

ギョロと3頭をモタゲたら。


海洋竜が3匹飛来をして山岳悪竜めがけて今にも攻撃をする体制であった。

「なんなんだ。Zmey Gorynychがいるぞ」

山岳竜とてまさか自分以外にZmey Gorynychがこの世に存在をするとは思ってもみなかった。


海洋竜は一匹ごとに山岳悪竜の3っの竜頭にかぶりつく。噛みちぎってしまおうとした。

「グェー生意気なやつめ」

負けてはいないぞと山岳悪竜は火炎を吐く。


炎は瞬く間に海洋竜を焼き焦がしていく。

「わあっ熱い熱い」

海洋竜Zmey Gorynychたちは海の棲息生物。熱さや体が乾くことを極端に嫌がる。

「喰らえ貴様ら。どんどん燃やしてやる。俺に逆らうやつは焼き殺してしまうぞ」

火炎の力は更に増していく。山岳悪竜Zmey Gorynychはゴウゴウ燃え盛る炎で周りの山林を火事にしてしまう。海洋竜たちはひるみ一度は退散を余儀なくされた。


長男海洋竜は悔しいと嘆いた。


統帥の率いるキエフ軍隊は洞穴に向かう。成竜Zmey Gorynychが闘いいない隙に姫君を救えと洞穴に入ったのである。


統帥Dobrynya Nikitichは勇敢にも険しい岩山を駆け洞穴の中に入る。続くは軍隊である。


洞穴で子供竜を見つけた。

「またもや子供竜か。何匹いるのか」

子供竜とてZmey Gorynychであった。なりは小さくとも火炎は吐かずとも。


統帥の率いる軍隊に向かい攻撃を仕掛けてくる。

「子供だと思ってはならぬ。竜だ、悪竜Zmey Gorynychだ。皆の者勇敢に退治せよ。剣を抜くのだ。しっかりと槍を構えよ。Zmey Gorynychの心臓めがけて一撃せよ。ひるむなっ油断するな」

数匹の子供竜Zmey Gorynychは鎌首を持ち上げ統帥たちを威嚇した。軍隊の兵士にはその異様な姿を見ただけで萎縮をし洞穴から出ていく意気地なしもいた。

「なんたることか。それでも兵士なのか栄光あるキエフ軍隊なのか」

統帥は兵士を叱りつけた。


統帥は剣を抜き子供竜をバッタバッタと斬り殺していく。子供竜Zmey Gorynychは激しい抵抗を繰り返し見せた。統帥と争っていく。


「よし次々と斬り倒し成敗させたぞ」

最後の一匹を統帥は一太刀にてバッサリとやる。

「フゥ〜目にものを見せてやるぞ」

子供竜は皆殺しにされた。


統帥は勝ち誇り洞穴の中を進む。

「姫を探せ。姫を見つけ出して救うのだ」


奥深い洞穴であった。かなりの距離を軍隊は潜り入って行かざるをえない。不気味な岩肌があちらこちらに露出していた。兵士たちに徐々に恐怖を与えていく。

「統帥殿申し上げます。これは不気味ですな。コウモリやムササビが棲みつきネズミもいます」

奥の奥に入る。岩が険しい洞穴となっていた。

「この岩は蓋の役目をしているな。岩を退かすか。この中に姫がかくまれているかもしれぬ」

軍隊の兵士は全員でヨッコラショとやる。岩はなかなか動きはしなかった。

「皆頑張ってくれ。姫のためじゃ」


山林は燃え盛り火事となる。山岳悪竜Zmey Gorynychが焼き払ってしまい山の辺りは火の海であった。山の動物は一斉に逃げ回るが大半は焼かれてしまった。


海洋竜たちは熱さにはトンと弱く逃げまどうだけであった。

「炎には負けてはいけないぞ。山岳悪竜なんかに負けてはならぬ」


海洋竜は3匹が相談をして次なる攻撃作戦を練る。

「よし行くぞ。抜かるな」

海洋竜はサァーと空に飛び出す。山岳悪竜Zmey Gorynychの火炎を吐くその口にめがけ海洋竜3匹は、


プシュー


カスピ海洋の水を吹き掛けた。火炎はシュンとなり鎮火をしてしまう。

「やったぞうまく鎮火できたぜ。炎がないならこっちのもんだ。よし行け」

海洋竜は果敢に山岳悪竜の首に噛みつき喰い千切りをはかる。噛まれたZmey Gorynychは苦しくてもがき始める。

「畜生。火炎が使えぬとは」


海洋竜は3匹が3匹それぞれが食らいつきついに山岳悪竜Zmey Gorynychを倒してしまう。


山岳悪竜Zmey Gorynychが倒されたら山火事が収まり盛んに燃え盛ったことは嘘のようになくなってしまった。


洞穴も同様であった。統帥が動かそうとした岩は跡形もなく突然に消えてしまう。

「おおこれはどうしたことか」

目の前の不気味な岩は消え失せた。さらに洞穴であるはずの岩肌が瞬く間に元の平和なる山に変わった。コウモリもムササビもネズミもいない。


気がついたら統帥たちはなにやら倒された大木を懸命に押していた。

「岩がなくなり大木とな。どうしたことなのか」

統帥にも兵士たちにも理解はできない現象であった。


「統帥さま、統帥さま。こちらにこちらに来てください」

軍隊の若い兵士が叫ぶ。大木をそのままにして声のする方に行く。

「おお。姫っ、姫君ではないか」

森の中に美しいカスピ海の姫君は立っていた。統帥は足早に近寄りギュと抱きしめた。放心状態の姫君はそこでハタッと我に返る。

(わらわ)は何をしているのか」


山岳悪竜を倒した海洋竜。姫君が心配となり山の奥まで飛来をしてくる。

「よかったな。姫君は統帥たちに無事保護をされたぞ。命には別状なしである」

海洋竜は安心をしてそのままカスピ海洋に向かい去って行った。

「これで姫君に恩義は返しました。姫っ、統帥殿と幸せにな」


統帥は姫君の身柄を無事確保してキエフの町に戻ってくる。すぐさまカスピ海公国王には伝書バトが飛ばされた。


キエフ大公ウラジミールは大喜びをする。

「ワシの可愛い可愛い姪っ子の姫が無事に帰ってきたぞ。でかしたぞ統帥Dobrynya Nikitich」


翌日にはカスピ海公王と公王妃が早馬に乗りキエフにやってきた。

「ウラジミール大公さま。ありがとうございます。無事に娘の妃は戻って参りました」

カスピ公国王はお礼を言う。続いて公国王妃も、

「御兄様。ありがとうございます。娘が娘が無事に妾の許に戻って幸せでございます」

公国王妃は妃君が連れ去られて以来心労から病の床についていた。顔色はあくまでも青く弱々しいものであったが、

「娘の顔を見ましたら元気が出て参りました」

久しぶりにお妃に笑顔が戻ってきたようだ。


キエフ・ルース。帝制ロシア・ロマノフ朝の成立する前の時代のことであった。


統帥Dobrynya Nikitichはこの後に妃君との結婚を勧められたようだ。ウラジミール大公が大変に乗り気であった。

「姫君は可愛いらしくて魅力的な女性でございます。でも私にはもたいない」

Dobrynya Nikitichは結婚話は辞退をして翌朝にはキエフの町を出て行った。

「兵士というやつは常に新たな戦争を求めて止まぬ生き物なのさ。平和な世の中であるとか平和な人生とはトンと無縁なものさ」


Dobrynya Nikitichは剣と鎧兜(よろいかぶと)を持ち東に向かったと噂があった。


アジアを東に向かうとは。キエフからコーカサスを越えインドに入るか中国に至るか。


ひょっとして日本にも足を向けたかも知れない。

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