白雪姫の生まれ変わり
私は、リンゴが嫌いだ
それは私が白雪姫の生まれ変わりだから
知恵の実?
そんなもん、知ったこっちゃないね!
バンッ
夕焼けに染まる図書室で、私に本で叩かれても両手は下ろしたままの男子生徒と睨み合っていた。
いや、睨んでいるのは私だけなんだけどね。
だって、だって!
うとうと〜っとしてた私にき、き、キスしてきたんだよ?!
しかもそれが学校で王子軍団の一人、武光利哉だったりするわけで。
別に憧れてもないし好きでもない奴にキスされて、しかももし誰かに見られていたら、明日から私は女子から総スカン及び質悪い陰湿なイジメを受けるハメになる。
迷惑千万極まりない!
「いくらモテるからって皆が皆、アンタのことが好きってわけじゃないんだからね!バーカッ!!」
「………だからって、フツー本で殴るかよ」
「おあいにく様!好きでも親しくもない不届き者を殴る私の手が可哀想じゃない」
なんでわざわざ自分まで痛くならなくちゃいけないのよ、って意味。
「気ぃ強ぇな。これが白雪姫かよ」
「し、白雪姫ぇ?なにアンタ、中二病?だいだい私のこの姿がどう白雪姫だっつの」
焦げ茶の真っ直ぐなセミロングの髪をポニーテール。瞳も焦げ茶。
肌は日本人特有の色。
白くない。
どこにだっている普通な女子高生だわ。
「いや、お前は白雪姫だよ――――林檎嫌いの白林雪姫ちゃん」
「!!」
「諦めろ。お前は俺と結ばれる運命にある」
ガッ
知るかっバーカァッ
額に本のカドがモロ直撃して流石に悶絶しているバカを放って、私は走って帰路についた。
昔々、あるところに
夜空のように真っ黒な髪と
粉雪のように真っ白な肌と
赤い、赤い唇をした美しいお姫様がいました
名前を白雪姫
彼女の本当のお母さんは白雪姫が小さい時に死んでしまいましたが、とても優しい人でした
けれど、新しい義理のお母さんは女王のごとく振る舞い、自分の美しさが大好きで、同じく美しい白雪姫が大嫌いでしたので白雪姫にお城の掃除などをさせて苛めて、殺そうとまでしました
けれど白雪姫は逃げ込んだ森の小人たちに助けられ、魔女に化けた女王が作った毒リンゴで一度死んでしまった白雪姫を王子様のキスに助けられました
白雪姫は小人たちをとても好きになり、命を救ってくれた王子様に愛を抱きました
王子様は助けた白雪姫をそのまま連れ帰り、隣国にいた女王に罰を与えました
そうして王子様と白雪姫は幸せに――――
パタリ
白雪姫の絵本をパラパラと流し読みをして、最後の一文だけは無理矢理読まないように閉じた。
アイツの最後の言葉………
『諦めろ。お前は俺と結ばれる運命にある』
私が白雪姫だと知っていた。
白雪姫が結ばれるのは王子様。
アイツが?王子様ってわけ?
………イヤすぎる。
「アンタ何したの」
ボーイソプラノの男より男らしい、友人のミズキが無表情に、不審げに私に問うが、私だって知らんがな。
「何もしてな………くもないけど、先にしてきたのはアッチ」
「ふぅん。いつの間に接点作ったの」
「だから先に向こうがきたの!」
教室扉のすぐ外には武光が胡散臭い笑顔で私を手招きしている(らしい)。
私は必死に気づかないフリだよ!
ミズキが呆れた顔してたって知らな………
「オイコラ、無視してんじゃねぇよ」
王子笑顔でなんちゅうことをーっ!
しかも私たちにしか聞こえない音量ってのがまたムカつく。
「ちょっとツラ貸せ」
「なんでよっ」
「昨日殴られたところが痛いなぁ。誰かに保健室へ連れてもら………」
「わ、わかったわよぉっ!」
最悪だぁ〜!
連れてこられたのは、立ち入り禁止の旧校舎。
普段は扉や窓という窓に鍵がかかっていて入れないのに、ヤツは何故か鍵を持っていたのだ。
「少しは落ち着いたかよ?白雪姫」
「私はそんな名前じゃないわ。ちゃんと白林雪姫という名前がある」
「じゃあ、雪姫」
「呼び捨て………」
「ほら、入って」
武光が開いた扉は校長室。
でも通常あるようなおっきくて重量のありそうな机は見当たらず、趣味のいいローテーブルと、囲うようにこれまたフワフワで座り心地が良さそうなソファーがズラリ。
ズラリと言えば、壁はほぼ、本棚で埋め尽くされている。
唯一埋まっていないところは簡易ベッドが置いてあるだけだ。
明らかにダベる為に準備しました的な。
「茶ぁ淹れっから、適当に座っとけ」
なんなんだ、一体。
わけわかんなくてフラフラと、でもちゃっかり出口に近いところに座る。
カチャカチャ
コポポポ………
「生憎、砂糖やミルクは使わねぇ奴ばっかだから無え」
「ストレートでも平気よ」
「まぁ遠慮せず飲めば」
無地のカップにはいい香りがする紅茶。
紅茶は好き、ホッとするから。
「………悪かった」
「え?」
「昨日の、最後のは言い方が悪かった」
「言い方って―――」
いやむしろ、その前の行動に私は怒っているんだけど。
「キスしたことは、謝らねぇから」
「なんでよ、そっちの方に私は怒って――――」
「好きだから。愛してるから、謝らない」
好………愛?
「――――何言ってんの?仮死状態の私の顔に一目惚れしただけのくせに!」
長年思っていたことを爆発させてしまった。
偶然迷った森で、たまたま見かけた不思議な光景に、興味本意で近づいたら、奇跡的に顔がタイプだった女性が横たわっていただけだ。
「本当に………覚えてないんだな」
「覚えてない?………私が白雪姫だってことは知っているけどそれだけなのは確かだけれど、そんなもんでしょ?」
「――――っは〜!これも『呪い』か?くっそ、あのクソババアの魂を八つ裂きにしておくんだった!」
「ちょ、なんなわけ?」
いきなり悔しそうにされても、事情がわかんないこっちとしては不審なだけなんだけど?!
「俺とお前は婚約者だったんだよ」
えぇええ〜っ?!!
初めて会ったのは白雪姫が三つで、自分が八つの時だった。
向こうの方から婚約話を持ちかけてきた。
その時はまだ、若干ウチの力が劣勢だったため、対面はこっちから向かった。
そうして出会った可愛い女の子。
黒曜石のように輝きのある真っ黒な髪と、新雪のように輝きのある真っ白な肌は頬にほんのりと朱がさしていて、唇は林檎のように光沢のある柔らかそうな肉付き。
分け隔てなく誰に対しても、明るくて優しくて元気な、でもどこかしらおっちょこちょいな姫君。
恋に落ちるのに時間はかからなかった。
自国に帰った後もちょこちょことまた顔を合わせに行っていた。
けれど二年後、白雪姫の父が新しい王妃を迎えてからは、さっぱりとなる。
今までは娘溺愛だったのにも関わらず王妃にゾッコンで、白雪姫を省みることがなくなっていった。
いつしか婚約はなかったことにされ、姫自身の扱いも蔑ろにされ始めたと聞くようになる。
特に王が亡くなってからは悲惨だと。
そしてとうとう、白雪姫が消えた日は、証拠諸々を集めて白雪姫を救出するべく準備万端にしていた。
「だから一目惚れというのなら、もっと前だよ」
「そ、そう………;」
今で考えると、小二が幼稚園年少に惚れたはれたの話か。
ガキの五歳差はデカイからな、若干引くのは仕方ねぇか。
でもそれだけ、好きだったんだよ。
「『呪い』って?」
仮死状態に一目惚れじゃなかったのはわかった。
その後は物語のままじゃないの?
「魔女に与えた罰っての、覚えてないか」
「なんにも」
「ま、あんまイイ記憶でもないしな………焼けたばかりの鉄のドレスと靴をはかせて、死ぬまで踊らせたんだよ」
「えっ………」
「『魔女』、だからな」
「あ、そっか――――」
あの時代は中世だものね。
要は魔女狩りだったわけよね。
ううう、魔女狩りの内容は一応知ってるから、今だけは覚えてなくてよかったーと思うよ。
「したらさ、魔女が死ぬ寸前に俺達に呪いをかけたんだ。『生まれ変わる度に白雪姫は王子と自身の姿を忘れ、王子は白雪姫に永遠に拒絶される!』」
「………自身の姿を忘れる?」
「お前の本当の姿だよ。それは勿論、わかんだろ?」
「………白雪姫?」
「そう」
「んな馬鹿な………」
あ、あれ?
なんか眠………
「ようやく薬が効いてきたか」
「くす、り?」
「ただの睡眠薬だよ。大丈夫。ほんの三十分程度だ」
「な、んで」
「呪いを解くために。毒林檎の呪いと同じ解き方なんだ」
毒林檎の呪いは、王子のキスで。
「ごめん、な?でも生まれ変わりも五回目だからさ、いい加減俺も辛いんだ――――好きな女に拒絶されるのは、もう嫌だ――――」
目が、重い
悲しそうな顔
ずっと、五回も?
………覚えて、ない
ごめん、ごめんね
――――思い出して
――――愛し合った日々もあるから
「白林、俺と付き合ってくれ!」
「ごめんなさい」
あれから一ヶ月。
どうなったかというと。
「雪姫はずっと昔から俺のだよ。手ぇ出してんじゃねぇ」
「利哉」
「すっすいませんでしたぁ!」
名も知らない(聞いたけど、もう忘れた)男の子が走り去っていく。
うー、後ろから抱きつかれているから表情がわかんないけど、多分笑ってるようで笑ってない笑顔を向けられたんだろうな。
可哀想に。
「呪いが解けたのはいいけど、おかげで虫がわんさか………」
「私はアンタ以外、興味ないんだけど」
「………!雪姫ーっ愛してるー!!」
「んぐっ」
茶色の髪は次第に黒くなっていき、肌も白さが目立ってきた。
唇も、赤くぽってりと………多分これだけは、利哉の毎日のキスのせいだと思いたい。
利哉のキスと共に目覚めた私たちは、呪いが解けた。
私は全てを取り戻し、利哉を拒絶することはなくなった。
っていうか、実際に呪いをかけられてたの私だけじゃない?!
利哉は二次被害受けてただけで………
「何考えてんの?」
「んっ………アンタのこと」
「林檎も利哉も嫌いだった時が信じられないくらい、大好きだなって」
色々思い出した私は、林檎が好きになっていた。
林檎は、私たちを繋げてくれたものだから。
「不安か?」
「ちょっとね」
「心配すんな」
自信満々の俺様王子が言う。
「言っただろ?お前と俺は、結ばれる『運命』にあるってよ」
千年前から愛してんだから、そんな不安は不必要だ
それに、愛し合った記憶があるだろう?
ああ、その言葉で私はますます貴方の虜になる
「「何度生まれ変わっても、愛してる――――」」
END