表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福シャワー  作者: ユウ
6/10

6.

 その日は、如月のとある日曜日。休みだというのに、珍しく翠尾に呼ばれた。駅前に集合をかけられ、断る理由もなかったのでとりあえず了承。待ち合わせ時刻の五分前に到着すれば、そこにはすでに翠尾は居て、挨拶も適当に、さっさと地下鉄へ向かった。

 そこから、約一時間弱。

「ごめんね、用事とかあった?」

「いや、別に。暇だったけど」

「そっか。良かった」

 そう言って、翠尾は俺の知らない土地を歩き始めた。バスと地下鉄を乗り継いで、駅からここまで、いったい何キロあったのだろうか。俺が聞いたことも無いようなバス停で降り、そこの目の前が目的地だった。

 小さいけれど、綺麗な病院。日当たりがよく、周りに植えられている木々は、今は葉が落ちてしまっているが、春になればさぞ立派な木になるだろうことを思わずにはいられない。

「翠尾、ここは?」

「病院だよ」

「だから何のだよ」

「精神科とか。心療科とか。詳しいことはよく分かんないけど、入院もできるメンタル面の病院だよ」

「で、そんなところに何の用事が?」

「うん、もしかしたら君の方が用事があるんじゃないかなって思って」

「……は?」

 それはどういう意味だ、と少しの憤りが湧く。

「翠尾。お前には、俺がここの診察が必要な部類の人間に見えるのか?」

「ううん、僕じゃなくて。唯子ちゃんには、そう見えてたみたいだけど」

 唯子だって? なんで翠尾の口から、あいつの名前が出てくるんだ。

「どういういきさつがあってだ?」

「そう大がかりなのはないよ。あの日の後さ、やっぱりあの子のことが気になって、次の日もお見舞いに行ってみたんだ」

 そこで、俺は一度、目を見開く。

「で、そしたら、泣きながら頼みごとをされちゃってさ。掴みかかりそうな勢いで、君を救ってくれって。自分じゃどうにもできないから、僕になら、って」

 それで、俺をここに連れてきた。そう理解した瞬間、二度目の驚きは不愉快に変わり、開いていた目を細め、眉間にも皺を寄せる。

「嘘つけ」

「なんで嘘だって思うの?」

「翠尾らしくないだろ、そんなの。自分から唯子の見舞いに行ったり、その唯子の懇願に負けるような男じゃないはずだよ、お前は」

「それを言われたら反論できないなぁ……。僕もそう思う」

「だったら、なんで」

「うーん……。自分でも意識したことなかったんだけど……。なんか僕、飛び降りした女の子に弱いみたいだ」

 翠尾がふざけているのかどうか、探るために相手の目を見る。よほど俺の顔が怖くなっていたのだろうか、翠尾は困り果てた様子で、眉尻を下げていた。こいつがこんな表情するなんて、よっぽどだな。

 そう気づいて、なんだか自分を笑いたくなった。こんな必死になるなんて、まったく。もっと大人の態度がとれないのか、俺は?

「……別に、君を無理やり診察させたいわけじゃないよ?」

「…………そうか」

 こいつがそう言うのだったら、きっとそうなのだろう。素直にそう思ったら、俺の中を渦巻いていた感情も、すっと消えていった。多分、翠尾が感じていた俺の害意も、消えたことと思う。

 すると、いつも通りの口調が目の前から聞こえてくる。

「診察する気が無いならさ、僕の用事を先に済ませても良い?」

「用事?」

「うん。ていうか、今日はそのつもりで来たんだ」

 翠尾の話では、今日は俺の診察とかは考えておらず、ただ唯子がそう思ってたことを報告しようと思っただけらしい。ここへわざわざ来た理由は、翠尾の用事がメインだったそうだ。

 それを聞いて、さらに拍子抜けした。だったら、さっきの俺が必死になって翠尾に噛みつく理由も最初から無かったじゃないか。

 そんなことを思ってるなんて知らないまま、翠尾は先へ行ってしまう。仕方なく俺もその後ろを追って、入院患者が居るらしい病棟へ足を踏み入れる。

「ここって、入って良いのか?」

「大丈夫だよ。話、つけてあるんだ」

「は?」

「ここの院長と僕らの父親が、知り合いなんだ。いろいろと借りもあるみたいで、優遇してくれてるみたい。ま、秘密なんだけどね」

「僕“ら”……?」

「うん。ここだよ」

 そう言ってたどり着いたのは、日当たりのいい一番端の病室だった。病室、という呼び名よりは、一人部屋、と言った方が良いかもしれない。それなりに広く、色彩も豊かだ。俺のイメージする病室とは程遠く、唯子の居た病室の雰囲気とも、大分遠かった。

 寄せ書きや千羽以上ある吊るされた鶴や、統一性の無いぬいぐるみや写真。それらがいたるところにあって、そしてそれをすべて見渡せる位置にベッドが置いてある。

 彼女は、当然のようにそのベッドの上に居て上半身を起こしていた。けれど、何を見るでもなく、焦点の合っていない目でうつむいている。

「あの人は、志麻。僕のお姉ちゃんだよ」

 翠尾の、姉――――。

 そう考えると、なんだか少し緊張した。なんと言ったら良いのか、翠尾にも家族がいるのだと、改めて思ってしまったと言うか。そして、彼の姉が、どうみても心の病気だということに驚いたと言うか……。


「あと、僕の、恋人でもある」


 事も無げにさらりと言った翠尾は、いつも通りの笑顔で微笑む。

 俺が驚愕の表情を浮かべていることに、気が付いているのかいないのか。

 ベッドの上の志麻さんは、ゆっくりと、そしてぼんやりと、こちらを振り返っているところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ