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幸福シャワー  作者: ユウ
4/10

4.

 今日は、珍しいもんを見た。聞いて驚け。

 翠尾が、教室で女子と話をしていた。

「帰ろうよ」

「……いやです」

 こんな会話が聞こえてきたときは、“おいおいおいここ学校だぜ”と心の中で突っ込んで呆れていたのだけど、声の主を知って、さらに驚く。

 帰ろうと言っていたのが、翠尾。いやだと言っていたのが、俺の幼馴染だ。

「もういいです、放っておいて……!!」

 なに、修羅場? なんでいきなりそんな状況にぶっとんでんだ、幼馴染よ。

 幼馴染と言っても、そんなに今でも話をしているわけではない。母親同士が仲良いので今でも交流はあるのだが、当人同士は性別も違ったということもあり、少しずつ疎遠になっていった。

 その彼女の名は唯子。大人しく女らしい子で、目立つ容姿でもなく、それなりに仲の良い女子と毎日楽しくやっているようだ。もっとも、唯子の名前なんて俺らの間じゃ出ないから、遠目で見て思ったことだけど。

「はな……、放して! やめて、もう死ぬ!」

「だからさ、僕の話も聞きなよ。本当にここから飛び降りるつもりなの?」

 おいおい。こりゃちょっと穏やかじゃなくね? 唯子が自殺だって? それに、説得する役目が翠尾なんて、絶対無理だ。むしろ背中を押してやりそうだ。

 不安になって、ドアの後ろから顔を出す。二人とも俺に気づかず、睨みあった視線を外さなかった。その異常な雰囲気に、さらに不安が募る。このままにしておいてはいけないと思った。

「ちょ、落ち着けって、唯子も、翠尾も」

 二人はぱっと、はじけるように顔を俺に向けた。翠尾は形の良い黒目を大きく見開きながら。唯子は、真っ赤になった目に、涙と恐怖を湛えながら。

「……あれ、この子と知り合いなの?」

 翠尾は驚いた顔のまま俺に向かって言った。

「幼馴染だよ」

「え?」

 珍しく口をあけて間抜けそうな顔をしている、翠尾。ぽかん、という効果音がつきそうだ。

 その隣で、ここからでも分かるほど体を強張らせ震えている唯子。その右手は、翠尾に腕を掴まれていた。そして反対の手は、拳を作っていたのだが、強く握りしめすぎて、真っ白になってしまっている。

「何したんだよ、二人とも。なんかあったのか?」

 唯子は唇を噛み締める。その様子を冷たい目で見ていた翠尾は、すっと目線を外して、いつも通りの笑顔で、簡単に説明をした。

「この子がね、ここから飛び降り自殺するって言うから、やめなよって言ってたんだ」

 びくり、と唯子は体を跳ねさせた。唇をさらに強く噛み、ぼろぼろと涙を落とす。

 すると突然、翠尾の腕を振りほどき、あっと言う間に唯子はこの場から逃げ出した。俺も翠尾も呆気にとられていたのだけど、しばらくして、翠尾から帰ろうかと言われた。そうだなと言って、俺は帰宅の準備を始めた。

 俺も翠尾も、いつも無言が多いのだけど、今日の沈黙は俺にとって、少し痛かった。

「家に帰ったら、唯子の様子、おばさんに聞いておくから」

 教室を出てすぐ、切り出した。

「うん。直接は聞かない方が良いと思うよ」

「は? なんでだ?」

「あの子、君のことが好きみたいだから」

「は?」

 俺のことが?

「冗談か?」

「いくら僕でも、こんな悪趣味な冗談言わないよ。聞いてなかったの?」

「何をだ?」

「彼女の、飛び降りしようとした理由」

「聞いてないけど……」

 予想はつく。今、唯子の家は両親の仲が最悪だと聞いている。毎日のように喧嘩をしていて、たまにしていなくてもぴりぴりしていてお互い無言で、もう家庭は冷え切っているらしい、と母は言っていた。

 離婚も近いかもねえ、と付け足すように言った母は、長年の親友の身を案じているように見えた。

 しかし、翠尾の口から話されたことは、まったく違うことだった。

「なんかね、幼馴染のことが好きなんだって。でも、最近全然話さなくて、相手のことが心配なんだけど、何もできないのが悔しいんだって」

「その幼馴染って俺のことか?」

「それは君の方が詳しいんじゃないの」

 十中八九、俺だな。

「だとしたら、なんであいつに心配されてんだ、俺?」

「ふわふわしてるんだって」

「はぁ?」

「個人としての……なんて言ってたかなぁ。特徴? 実体? えーと…………その人の本質、らしきものが、その人には無いんだって。他人に合わせるのばかりがうまくて、自分を持ってない。だからその人の中身は、いつもふわふわしてて、あの子から見ると危なっかしく思えるんだって」

「なんだ、それ」

「ね。なんだろうね」

 何でもないことなのだと、翠尾は言ってくれたようだった。いつものような口調で、いつものような笑顔で軽く、答えた。

 しかし、俺にはそれがわざとらしく聞こえてしょうがない。実は、翠尾も俺のことをそう思っているんじゃないだろうか? だから、俺に気にするなと言っているのではないだろうか――――。

 バスを待つため立ち止まると、俺の隣には翠尾が並ぶ。

 白すぎる肌。綺麗な顔だとつくづく思う。女顔のような気もするが、男らしさもある。老若男女問わず気に入る容姿だと誰かが言っていたが、それなら、俺は限りなく少ない部類に入るのだろうか。俺は翠尾が嫌いなのだ。顔も含め、性格も何もかも、生理的に、とにかくだめなのだ。どうしてかなんて知らない。分からない。


 翠尾は、そんな俺を、哀れに思っているのだろうか。

 だから俺に、構うのだろうか。

 ああだめだ、疑心暗鬼になりすぎている。深く、ひとつ、息を吐く。


 家に帰った後、母親に、唯子の母から連絡が無いことを確認し、携帯電話を手に自分の部屋へ直行する。

 唯子が出ませんように、と祈りながら彼女の家のアドレスを探し、発信。

 すぐに彼女の母親が出て、特に変わった様子はなかった、と答えた。

 今度は浅く、安堵の溜息を吐き、通話を終えた。

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