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第四話

 ――鉄の匂いがした。


 湿った石壁。

 錆びた格子。

 地下に降りる階段は、思った以上に長く、そして重苦しい。


「……思ったより本格的だな」


 俺は思わず呟いた。


 奴隷商の男は肩をすくめる。


「犯罪奴隷だからな。国が管理してる分、下手な私設牢より厳重だ」


 でしょうね、と内心で返す。


 俺は今、生まれて初めて人間(正確には人種)を買いに来ている。

 倫理? 罪悪感? そんなものは三歳で魔力ゼロ判定を受けた日に置いてきた。


 現実的に考えよう。

 俺は十一歳、無職、才能なし。

 この世界で生き延びるには、他人の力を借りるしかない。


 つまりこれは――

 戦略的ヒモ計画だ。


 階段を降り切ると、通路の両脇に牢が並んでいた。


 人族。

 獣族。

 魔族。


 どれも一目で分かるほど、目が死んでいる。


「……うわ、重いな」


 俺は小さく息を吐いた。


 ここにいる連中は、社会から弾かれ、罪を着せられ、未来を奪われた存在だ。

 同情しないと言えば嘘になる。


 だが――


(俺も、似たようなもんだろ)


 魔法が使えないだけで、人生ほぼ詰み判定。

 社会にとって“不要”と判断された側。


 だからこそ、変に感傷的にはならない。


「坊主、ここだ」


 奴隷商が足を止めた。


 俺は顔を上げる。


 そして――


 檻の奥で、目が合った。


 銀色に近い淡い黒髪。

 長い耳。

 白い肌。


 エルフだ。


 だが、今まで見てきたどのエルフとも違う。


 姿勢が、違う。


 檻の中。

 鎖につながれ、床に座らされているというのに――

 背筋が伸びている。


 いや、正確には。


 こちらを、見下ろしている。


「…………」


 俺は思った。


(あ、これ絶対めんどくさいやつだ)


 彼女は俺を見て、ゆっくりと目を細めた。

 値踏みするような視線。

 遠慮も容赦もない。


 そして、口を開く。


「……随分と、若いのね」


 低く、冷たい声。


 感情はない。

 だが、確実に“見下している”。


「あなたが……次の主人?」


 その瞬間、俺の脳内に警報が鳴り響いた。


(やばい、こいつ知性高いタイプだ)


 奴隷商が説明を始める。


「こいつはエルフの女だ。名前は――」


「リシェル・アーデルハイト」


 彼女が、遮った。


「名前くらい、自分で言えるわ」


 奴隷商は一瞬だけ苦笑する。


「……そういう性格だ。犯罪内容は国家反逆の共犯」


「共犯、ね」


 リシェルは淡々と続ける。


「実際には、何もしていないけれど」


 ……はい出た。

 冤罪パターン。


 俺は心の中で深く頷いた。


(分かる、分かるぞ)


 こういう世界だ。

 邪魔な存在は、罪を被せて処理する。


 彼女は俺を見る。


「あなた、魔力がないわね」


「えっ」


 即バレた。


 というか、なんで分かる。


「立ち方で分かる。魔力を持つ者は、無意識に周囲と“接続”している」


 なるほど分からん。


 だが、次の一言が致命的だった。


「――無能が、主人になるつもり?」


 うん。

 分かってた。


 分かってたけど、直球すぎない?


 奴隷商が慌てて咳払いをする。


「おいおい、客だぞ」


「事実を述べただけよ」


 リシェルは一切引かない。


「この少年に、私を管理できるとは思えない」


 ……言ってくれるじゃないか。


 だが、俺は怒らなかった。

 むしろ、安心した。


(ああ、ちゃんと頭の回るタイプだ)


 感情論で泣き落とししてくる奴より、百倍マシだ。


 俺はポケットから、指輪を取り出した。


「これなら、どうだ」


 リシェルの視線が、初めて揺れた。


「……誓いのリング?」


 さすが、知っている。


「お互いに害意を持てば、両方死ぬ」


 沈黙。


 奴隷商が口を挟む。


「坊主、正気か?」


「正気だよ」


 俺は即答した。


「寝首かかれるのは御免だし、信用もされないだろ」


 リシェルは、俺をじっと見つめている。


 その目は――

 さっきまでとは、明らかに違っていた。


「……つまり」


 彼女は静かに言った。


「あなたは、私を縛るために、自分の命も差し出すと?」


「結果的には、そうなるな」


 正直に答えた。


「別に信頼とかじゃない。保険だ」


 俺は自分の本音を隠さない。


「俺は楽して生きたいだけだ。

 そのために、お前の力が必要なだけ」


 普通なら、ここでキレる。


 だが――


 リシェルは、笑った。


 ほんの一瞬。

 誰にも見えないほど、微かに。


「……なるほど」


 彼女は、誤解した。


(あ、今、完全に誤解したな)


「命を天秤にかけられる覚悟……

 そこまで計算に入れているとは」


 いや、違う。


「表面上は無能を装いながら、

 本質では対等な契約を望む……」


 違う違う。


「随分と、性格の悪い策士ね」


 違うって言ってるだろ。


 奴隷商が吹き出した。


「決まりだな、坊主」


 俺は頭を抱えた。


(ああ、始まった)


 こうして――


 俺は、世界一めんどくさい奴隷を手に入れた。


 なお、彼女はこの時すでに、


 「この男は、凡庸を装った異常者」


 という、致命的な勘違いをしていた。


 俺が気づくのは、

 もう少し先の話である。


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