第三話
この世界には、いくつもの国がある。
そして、それ以上の数の“種族”が存在する。
人族、エルフ、ドワーフ、龍族、魔族。
それ以外を一括りにしたのが獣族で、細かく分ければ数え切れないほどだ。
で、今俺がいる国は――
ルースドル王国。
この国は分かりやすい。
人族主義国家だ。
人族が上。
それ以外は下。
法律上は平等?
建前としては、な。
実際のところ、街を歩けば一目で分かる。
獣族や魔族は端に追いやられ、エルフやドワーフですら「よそ者」扱いだ。
そして――
奴隷の多くは、例外なく多種族。
(まあ、そうなるよな)
差別は制度になると、驚くほど効率がいい。
◇
俺の予算は金貨五百枚。
この世界の貨幣価値を前世風に言うなら、
•金貨一枚=約一万円
•銀貨=千円
•銅貨=百円
つまり五百万円相当。
十一歳で、生活費とは別に貯めた金としては、我ながら頑張ったと思う。
だからこそ――
俺は腹に袋を抱え、必要以上に警戒していた。
ここは王都近郊。治安は悪くない。
だが「悪くない」と「安全」は別物だ。
俺が今立っている場所は、貴族街。
高級な服。
余裕のある歩き方。
香水の匂い。
どう考えても、俺は浮いている。
(場違いにもほどがあるな……)
だが、目的地はここだ。
王都最大級の奴隷商――
しかも国営。
俺がここを選んだ理由は一つ。
犯罪奴隷を扱っているからだ。
◇
誤解しないでほしい。
俺だって、犯罪者を奴隷にしたいわけじゃない。
犯罪奴隷は危険だ。
主人の寝首を掻く事件は、実際に多発している。
理由は単純だ。
この世界の奴隷契約は、言霊による行動制限。
だがそれは永続的ではない。
主人が寝るとリセットされる。
つまり――
奴隷より先に寝たら、死ぬ可能性がある。
普通の奴隷が主を殺さない理由?
親族への報復、逃走不能、社会的制裁。
だが犯罪奴隷は違う。
裏社会とのパイプがあり、逃げ切る算段がある。
だから殺す。
……理解していても、普通は買わない。
だが俺は――
(安いんだよなぁ……)
犯罪奴隷は、とにかく安い。
金貨五百では、優秀な奴隷はまず買えない。
ならどうするか。
青春を金稼ぎで潰すか。
それとも、リスクを取るか。
(……まあ、人生ほぼ詰んでるしな)
どうせ底辺。
生き地獄なら、危険地帯に踏み込むのも大差ない。
それに――
俺には秘策がある。
◇
誓いのリング。
結婚指輪の上位互換みたいなマジックアイテムだ。
効果はシンプル。
•不貞
•致命的な暴力
これらを働いた場合、死。
だが問題は――
どちらかが破れば、両方死ぬという点。
割に合わない。
あまりにも割に合わない。
そのため需要は皆無。
バカップルが勢いで買って、数年後に後悔するアイテム第一位だ。
結果、魔法具商会には
「外してください」
「人生間違えました」
という依頼が殺到する。
作った本人にしか外せない仕様なのも、タチが悪い。
そして――
その大量返品のおかげで。
(……特売価格)
俺はこの“クソ強力な呪い指輪”を、格安で手に入れた。
貴族用の品だから性能は本物だ。
安全?
いや、全然安全じゃない。
だが――
寝首を掻かれるよりは、マシだ。
◇
「そこのお客様」
声をかけられた。
奴隷商だろう。
ずっと店の前で立ち尽くしていれば、不審にもなる。
(よし……)
「失礼する」
「どうぞどうぞ」
一瞬、相手は俺を値踏みするように見た。
だがすぐに商人の顔に戻る。
思っていたより、痩せている。
(奴隷商=太って金歯、は物語だけか)
「どのような奴隷をお探しで?」
「ヒモ――じゃなくて、犯罪奴隷を」
危なかった。
かなり危なかった。
奴隷商は一瞬きょとんとし、次の瞬間――
吹き出した。
「ははっ……誓いのリングか」
笑いながら、目の色が変わる。
「なるほどな。確かにそれなら扱える」
口調が崩れた。
距離が縮まった。
「坊主、理由を聞いても?」
「奴隷に働いてもらって、俺は楽して生きる」
一拍。
次の瞬間。
「ははははははは!!」
腹を抱えて笑われた。
「面白ぇ……その年でそこに行き着くか!」
そうだろう。
十一歳のガキは、まだ夢を見る。
騎士だ、魔法使いだ、英雄だ。
だが俺は――
現実を知りすぎている。
「よし、付いてこい」
奴隷商が言った。
「犯罪奴隷は牢だ」
「分かった」
歩きながら、俺は思う。
――ヒモ男としての伝説が始まる。
楽して生きる異世界生活。
俺はまだ知らない。
この世界が、
楽を選ぶ者を、決して放っておかないということを。




