第二話
そして、更に八年の月日が流れた。
八年。
剣士になる夢は風化し、魔法への未練も腐り落ち、俺は今――
「ポルコルトの肉が安いよー! 朝一番の仕入れだ! 今日逃したら損だよー!」
肉屋の前で喉を枯らしていた。
客引きである。
しかも朝四時から。
空はまだ薄暗い。鳥すら目を覚ましていない時間帯だ。なのに俺は既に三時間は立ちっぱなしで声を張り上げている。
この世界に労働基準法など存在しない。
存在するのは「働けるなら働け」という圧力のみだ。
(……前世よりブラックじゃないか?)
いや、前世は精神が死んでいたが、今は肉体が死にかけている。どちらがマシかは微妙なところだ。
ちなみに剣士になる夢はどうなったのか?
答えは簡単だ。
才能がなかった。
いや、違うな。
才能が“まるで”なかった。
入学試験ではゴブリンに追い回され、模擬戦では木剣に叩き伏せられ、最終的には「向いてない」の一言で終わった。
(だよなぁ……)
喧嘩が弱い男が、なぜ剣士になれると思ったのか。
人生、二周目でも現実は優しくなかった。
◇
俺は家を追い出された。
魔法が使えない。剣もダメ。
そして決定打は――弟の存在だ。
後から生まれてきた弟は、魔力量優秀、剣の才能もある、性格も良好。
おまけに顔も整っている。
神様、バランス配分ミスってない?
弟は時々こう言った。
「兄さんは売るにも価値がないって父さんが言ってたよ」
にこやかに。
悪気なく。
純粋な報告として。
(……なるほど)
つまり俺は、売れない在庫。
この世界には奴隷制度がある。
最初それを知ったときは衝撃だったが、今では普通の制度として理解している。
売られると主人が解放するまで一生奴隷。
だが――
魔法も使えない人間を買う物好きはいない。
需要がなければ市場価値はゼロ。
俺は“売れなかった”のだ。
愛情ではない。
純粋に、金にならないからだ。
(……まあ、それでも売られなかっただけマシか)
少なくとも首輪はついていない。
俺は今、自由に喉を枯らしている。
◇
だが、俺はまだ諦めていない。
人生を、エンジョイすることを。
(さて……どうする?)
魔法なし。
剣なし。
商才もない。
腕力もない。
友達もいない。
あるのは、無駄に冷静な思考力だけ。
そして俺は気付いた。
(……話し相手がほしい)
そう。
俺が一番足りていないのは、才能でも地位でもない。
“孤独耐性”だ。
前世も今世も、基本ソロプレイ。
誰かと普通に会話をしたい。
だが俺に友達を作る能力はない。
これは実証済みである。
ではどうするか。
正攻法がダメなら――
(……非正攻法だな)
この世界には奴隷制度がある。
金を払えば、確実に自分の側に誰かを置ける。
契約で縛られ、逃げない。
話し相手が保証される。
……合理的だ。
(人情? 綺麗事だな)
俺はもう学んだ。
綺麗事では生きられない。
この世界は、利用する側とされる側でできている。
なら俺は、利用する側に回る。
もちろん無理矢理な関係を築く気はない。
暴力も強制もしない。
ただ――
働いてもらう。
そしてその稼ぎで生活する。
(ヒモというやつだな)
実際、この国にもいる。
奴隷を買い、その働きで悠々自適な生活をしている男たち。
以前は軽蔑していた。
だが今は思う。
(あれが一番、合理的な生き方では?)
労働から解放される。
時間が手に入る。
話し相手もいる。
最高では?
◇
「おい、ソルヤ」
店主が声をかけてきた。
「今日はもう上がっていいぞ。長い間ありがとな」
俺は肉屋で五年働いた。
魔法が使えない俺を雇ってくれた、数少ない善人だ。
「生活に困ったらまた来い。雇ってやる」
その言葉に、ほんの少し胸が温かくなる。
「……ありがとうございました」
俺は深く頭を下げた。
袋に入った退職金を受け取る。
大金ではない。
だが――
奴隷一人なら、買える。
◇
夕焼けの街を歩きながら、俺は袋を握りしめた。
胸の奥で、何かが燃えている。
これは野望だ。
剣士でもない。
魔法使いでもない。
勇者でもない。
俺が目指すのは――
この世界で最も合理的で、最も怠惰で、最も賢い生き方。
そう。
「ヒモ男に、俺はなる!!」
夕空に向かって叫び声を上げた。




