Ambivalence・Heart
十億戦から数週間経った日のこと。
驚いたことに役所から本当に十億という報奨金が出た。使い道については色々考えたんだが、今まで被害にあった遺族にまず支援金を贈るようにお願いした。
それに街も滅茶苦茶に壊されてたんで、その補修工事にも充てて貰った。
もちろん、十億戦に参加したセレスティアやトオル、他の大勢で残りの報奨金を全員山分けした。もうそんなに残って無かったけど。
まぁその代わりといって俺は役所に、一つだけお願いをした。
カフェレストランを経営したいからそれを建ててくれと。
役所の人から本当にそれだけでいいのかと言われたが、そもそも俺一人じゃ何も出来なかったのは事実だし。
というかALEの本来のジャンルは、『人生シミュレーション』だからね。
これが本当の楽しみ方だろ。
***
二〇五四年 十二月
冬。
雪がしんしんと降り積もる。
呼吸をする度に吐く息は白く染まり、嫌でも気温が低いことを覚えさせられる、そんな季節。
俺は白を基調とし、赤と黒が所々にデザインされたロングコートを身に纏い、石碑の前でしゃがみ込む。
辺りに開放感のある草原は広がってないし、周りに同じような石碑もずらっと並んでもいない。
むしろ木や草しかないそんなスキナカス大森林に、たった一つだけある石碑に刻まれる名を見ようと、積もった雪を軽くなぞった。
そうして見えてくる名は、『レイア・オルコット』。
皆からは『大賢女』と呼ばれ、俺のたった一人の『師匠』。
石碑の近くには、師匠が使っていた杖と青紫色のローブが十字架に掛かっている。
「久しぶりだな、師匠。元気にしてたか」
俺は青紫色の花をそっと石碑の前に置く。
こういうときのマナーとか正直よく理解してない。でも師匠の色を示す花がいいと思い、花屋の娘である咲華に選んでもらった。
「ちょっとだけ報告。最近はお店の調子も少しずつだけど、よくなってきてな。
あ、ちゃんと毎朝の走り込みや稽古はしてるからな。これは本当だ。決して仕込みが忙しいからサボったり眠たいから二度寝したりしていない。
それよりさ、聞いてくれよ師匠。セレスティア達が俺の店でずっと居座りやがるんだ。そこで次から次へと変な依頼ばっかり受けて……でさ、あいつ見た目だけはいいから他のお客も連れてくるんだよ。特に変な奴ばっかり……ってまぁ今日はあんまり時間無いからそれはいいや。
それよりさ、俺、決めたんだよ、師匠」
――言ってみろ。
と懐かしい声が聞こえてくる。
「もう少しだけ…………いや、最後まで人生を足掻いてみるよ」
もはや半年前に自殺を図った者の発言とは自分でも思えない。でも。
――そうか。
といつも通りの、淡々とした師匠の返事が聞こえてきた。
『ツヅルー、そろそろ行くわよー。早く来ないと置いてくからねー‼』
遠くでセレスティアとトオルが俺に手を振っている姿が見える。
それに片手を挙げて返事をする。
「そう、それだけ。じゃあ…………また来るから」
俺はロングコートの裾を軽く払い、石碑を後にする。
そっと、心臓に手をやる。
そこには天使がハート型の鏃をした矢を引き、反対には悪魔が蛇を巻き付けた剣を握っている。
《《両価性》》を思わせる赤と黒の紋章。
その部分はドクン、ドクンと一定のリズムを刻んでいる。
手は赤く痛くなる程に冷たい。
なのに、それに触れているだけで心が暖かくなった。
こうして何度も気に入ったように、紋章下に刺繡された文字を触っている。
これはギルド名だ。
どんなギルド名かって?
俺もいまいちよく分かってないんだよな……。
でも何となく気に入ってるから毎日人がいない所でこんな感じに呟いてるのは、誰にも言ってない秘密だ。
そう、こんな風に。
「|Ambivalence・Heart」
(完)




