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Another Life to End  作者: 綾高 礼
第四章

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大賢女(2)


 深い微睡のなか、俺の頬が引っ張られる感覚とは似ても似つかない、引きちぎられそうな強い痛みが襲う。


「……きろ……さっ……きんか」

「う……ったい……イタイイタイイタイ‼」


 うっすらとぼやけた視界が美女の顔をはっきりと、強制的に捉える。痛みさえなければそれはどんな目覚めより幸せだったに違いない。


「やっと起きたか寝坊助! 早く支度をしろ。稽古の時間だ」

「稽古って……いまなんじ」


 腕に付いているアイ・ジーの液晶画面に映る時間は、午前六時。


「早すぎだろ⁉ ニートなめんな‼」


 誰がどう見ても虚しい遠吠えだが、朝の布団を剥がされる事ほど辛いものもない。


「寝言は寝ながら言うんだな。そら、起きた起きた」


 そう言って師匠は、今の俺にとって命より大事な毛布をはぎ取った。

 こうして、初の仮想世界での目覚めは、異世界に来たことで現実に帰れないことを思い出してしんみりしたり、金髪美女が何故か一緒に眠っていたり、清楚なシスターが、修道服の上からでも隠し切れない宝満な胸を揺らしながら「うふふ、起きてください、朝ですよ」と優しく起こしてくれたりすることもなく、只々慌ただしく過ぎていった。

 すぐさま俺と師匠は、スキナカス大森林を超えてすぐにある草原フィールドにいた。

 朝の陽射しは、草原に湿る雫を美しく反射させ、あらゆる緑、生命、全ての始まりを思わせる。俺以外の。


「なんでこんな朝っぱらから……稽古って。朝ご飯も食べてないのに」


 俺もう無理、ママ、助けて。


「泣き言は昨日のうちに言っておけと言っただろうに」

「言ってない、嘘つくな!」


 師匠は俺の虚しい口答えなど無視して、近くにちょうど人が一人座れそうな石に腰掛け足を交差させた。あ、うん、これは実にエロい。

 太股と太股の間から絶対に見えそうで見えないデッドゾーンが早朝の俺のご褒美になりそうだ。ウヘヘ。そこでふと疑問。師匠って実際、何歳くらいなんだろうか。

 本人は長く生きすぎたとか言ってたけど、結婚出来なかった故の皮肉なのだろうか。

 実際は二十代後半くらいなのかな。と言っても外見的に全然違和感はないんだけどな。

 まぁ百歩譲って三十代くらいなのかもな。現実にもいるもんなそういう女の人。四十代、五十代の人でも全然そう見えないくらい若く見える人。

 俺の母さんもどっちかと言うとそっち側だよな……。ちなみに言っておくが、俺は熟女好きでもないし、禁断の愛とかにも興味はない。


「…………聞いてるのか! ……おい‼」

「グヘッ」


 次の瞬間、重い拳が脳天から貫かれた。


「何を腑抜けた顔しておる。人の話をちゃんと聞かんか! 全く、死にたいのか」


 今の流れからだとモンスターではなく、あんたに殺されるってことでいいのか。

 フン、とすっかり機嫌を損ねた師匠は俺の腕についているアイ・ジーに目をやった。


「まぁいい、それとお主はアイ・ジー(それ)について何処まで知っている?」

「こっちの世界と俺の住む世界を行ったり来たり出来ることくらいだけど……」


 ほんの僅か、菫色の瞳が大きく見開いた。


「人間《お主達》は皆、このアイ・ジーについて詳しい者ばかりではないのか?」

「何を思ってそう言ってるのかは知らないけど、そういう奴もいるだろ?」

「……そういうものなのか。この世界に来る人間《お主達》のほとんどがアイ・ジーの使い方を知っておるイメージだったが、私もまだまだ無知であったか」


 そう言って師匠は顎に手を置き、「ふむふむ、お主達についてはこれでも知悉しているつもりだったのだが」と頷いた。

 何故かな、少し申し訳なくなってきた俺が悲しい。


「悪かったな、絶滅危惧種で」


 俺の可愛い皮肉に「殺すぞ」と言わんばかりに睨んでくる。ホントすいません。


「俺、実は昨日人生で初めてアイ・ジーを使ったんだよ。で、勢いそのままにこっちの世界に来た」

「フフ、主も中々に奇妙な奴よな。そうだ、お主は探し人がおるとか言ってはなかったか?」

「あ、あぁ。それはそうなんだけど……」


 急に咲華のことになるとどうしてか、俺の口元が麻痺してくる。


「どうした?」

「い、いや。今はいいんだ。それに昨日言っただろ、俺がこの世界に来た本当の理由」


 師匠は俺が気まずそうな顔をしているのを配慮してか、すぐに話題を変えてくれた。


「少し話が逸れてしまったな。では、お主の話からすると戦っている所を見るのも初めてだったのだな」

「あぁ」

「その初戦が十億とは……気の毒な奴だ」

「あの十億というドラゴンはこの世界でどれくらい強いんだ?」


 自分で聞いておきながら、ふざけた質問なんだと思う。

 でもそれ以外、上手く聞き出す言葉が思い浮かばないくらい、十億というモンスターは強烈だった。

 人の肉をいとも簡単に引き裂き、嚙み砕き、踏み潰し、喰らい殺す。

 いくらモンスターの住む世界だとはいえ、あの現場を見た俺からすれば、『人生シミュレーションゲーム』『仮想世界』なんて言葉では済まされなかった。


「強いか、フフッ。そうだな……」


 何が可笑しいのか、微笑を零す師匠。時々垣間見えるその妖艶さは、何度見てもドキッとさせられる。


「あれとは何度か戦ったことがあってだな。私が戦ってきたモンスターの中でも群を抜いてあれは強い」


 やはり、そうなのか……。これを聞いて安心するのもどうかと思うが、十億が弱い方だって言ってきたらどんなに恐ろしいか考えたくもない。


「そもそも十億が現れたのもここ一~二年くらいの話でな。本来、モンスターというのは弱肉強食の世界を生き抜く為に領地争いなどの食物連鎖を繰り返す。お主達の世界で言う所の『動物』と変わらんよ。でも、十億はこのメルクリウスにしか存在しない唯一の個体種なんだ」

「個体種……」


 師匠の言っていることを何となくだが理解した。

 それとこれは後で知ったのだが、このALEにもちゃんと「プラネテス」という暦があって、それがそのまま惑星全体の名称でもあるらしい。つまり現実でいう所の「地球」だ。

 そして俺が初めて完全転移してきた街の名が「メルクリウス」となっているらしい。


「一応聞くが、個体種ってそんなに珍しいものなのか?」


 絶滅危惧種同士みたいで、気がい合いそうだぜ十億! とはならないが。


「そうだな、別に個体種なのは珍しいだけであって、特段驚くほどのものではないのだが、お主は十億の正式名称を知っているか?」


 ブンブンと首を横に振る。


「ティルグレイス」


 当たり前だが、やはり聞いたことなんてなかった。


「……この私が《《三百年以上生きてきた》》中でティルグレイスという個体種のデータは何処にも残されていなかった」

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