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桔梗と【傲慢】




あなたは、「喜劇」と「悲劇」についてどう思うだろう。

一般的には「喜劇」とは「ハッピーエンド」「ユートピア」と呼ばれる終わり方で、キャラクターたちが最終的に結ばれるなどの展開が多い。一方で「悲劇」とは「バッドエンド」「カタストロフィー」と呼ばれる終わり方で、キャラクターたちが最終的に悲惨な末路を辿る展開が多い。

基本的に好まれるのは「喜劇」の方だ。人とは幸福な夢を望む。そして夢を文字や絵、動きなどで表現して楽しむ。一方の「悲劇」は、好む者もいるが人を選ぶ。終わり方が残酷すぎると受け入れられない人が多いように感じる。


何故こんな話をするかと聞かれれば、察してほしいところではあるのだが、いわゆる「現実逃避」と言われるものだ。何も無関係のものを急に思い付いたのではなく、次に取り扱う「題材」の話をしている。


僕は物書きだ。文才はなく、勉強もそこそこで新しい何かを自ら生み出せるワケでもない。けれども、僕にあるのは文章だけ。矛盾のように感じるかもしれないが、僕には何もないのだ。あるとすればこのちっぽけな命と、もうずっと遠い昔に誰かから言われた言葉だけ。その言葉も、もう僕の中からは失くなりつつある。もう何年も前に言われた言葉。忘れないようにとノートに書き、毎日のように口に出し言うも、それが本当に僕に与えられた言葉なのかが分からなくなってきまった。本当は僕の妄想なのではないかと。


家族は僕に無関心だ。二つ下の弟に付きっきりで、最後に家族で出かけたのも、もう何年も前のこと。弟が中学校に上がってからというもの、僕は家に独りになった。

だから本にのめり込んだ。本は孤独を感じさせない。本の中にいるキャラクターたちが、僕に夢を見せてくれる。そんなキャラクターたちを僕も描きたくて、物書きになった。けれど、


「……こうじゃない。違うんだよ。これじゃあダメだ」


自分の思い描く世界が書けない。自分に文才がないことなんて分かりきっていたことだ。けれど、書けない度にイラつくのだ。そして、この度に僕は周りにある物に当たってしまう。分かっているのだ。これは悪癖で、治さなければいけない。でも、無理なのだ。書けない苛立ちと不快感で、近くにある物に当たってしまう。


そうして行き詰まると、僕はのらりくらりと外を歩く。どうせ家族は夜にならなければ帰ってこない。多少出歩いてもバレることはないのだ。


「悩んでいますね」


バサッと何かが飛ぶ音が聞こえてきて、上を見ると黒い翼を持つ男がいた。

とうとう幻覚でも見始めたかと思ったが、神経衰弱になったワケではないし、僕はファンタジーモノを書いているワケでもないから、こいつが妄想であることはない。けれど、この男は異質だ。


「私はしがない悪魔。あなた様の願いを叶えるためにやって参りました」


嘘ではない。なんとなくだが、こいつの言っていることは本当なのだと分かった。もしかしたら、疲れていてそう思ってしまっているだけなのかもしれないが。


悪魔は願いを三つ、無償で叶える。その代わり、死後は自分が僕のことを管理すると言ってきた。別に、死後のことなどどうでもいいし、無償で願いが叶うのなら安いものだろう。


悪魔が契約のために名前を教えてくれと言うから教えると、「珍しいお名前なのですね」と言ってきた。こいつは僕をどう思っているのか分からないが別にいい。利用してやる。


まず僕が願ったのは「文才がほしい」というもの。僕を満たしてくれる世界を書き上げたいのだ。才があれば書き上げられる。あの美しい世界を。


「では、戻って早速書いてみましょう。きっと、あなた様の願うものが描けますよ」


悪魔に背中を押されて家に戻り、机に向かう。堕天使のことは信じてみたものの、願いが叶うというのは半信半疑だ。


机に向かってもペンを持たない僕を見て、疑っていると分かったのか、ペンを僕に渡してきた。書ける気はしない。けれど、書かなければ始まらない。


僕は恐る恐ると言った風にゆっくりと書き始める。

最初にあったのは疑心。けれどそれは数秒もすれば払拭され、残ったのは快感だった。

悪魔の言った通り、望むものが書けるのだ。今まで想像から文字へとならなかったものが、望むように文字となり重みを持つ。

無我夢中になり書き続け、時間が経ったのだと分かったのは日が沈み、家族が帰ってきたときだ。部屋にある小さな照明だけがうっすらと僕の机の上にある文字を照らしていて、それ以外のモノは何もない部屋ではないかと錯覚するほどの闇。


家族は僕を心配した。久しぶりに、家族に心配された気がする。だから、


「……私は大丈夫だよ」


そうやって誤魔化した。誤魔化すとはまた別かもしれない。今までの僕ならば、きっと家族に心配されて嬉しいと感じたことだろう。家族が弟ではなく自分を見てくれていると。けれど、今の僕からすれば、創作の邪魔をしてきた奴らだ。いい気はしない。そもそも、ここは僕の部屋なのだ。勝手に入ってこないでほしい。

幸いだったのは、僕の創作の区切りがよかったことだろう。もし、区切りの悪いところで家族が帰ってきていたのなら、僕はまた物に当たっていただろう。


「どうでしたか?」

「……うん。よかった」


後ろで僕が書いているのをずっと見ていた悪魔。ふと、家族には見えていなかったのか疑問に思って聞いてみると、どうやら悪魔が見せようとしなければ見ることは不可能らしい。なんとも便利な力だ。


僕は運がいい。こんな素晴らしい力を持つ悪魔に会えたのだから。


「次の願いはそうだな……」


僕は悪魔に止まぬことのない想像力を望んだ。いくら文才があろうと、想像力がなければ意味がない。新しいものを生み出してこそなのだから。既存のには意味などないのだから。


正直なところ、悪魔が何かをしているようには感じられない。けれども僕にはなかったものが確かに手に入っているのを見るに、願いはしっかりと得られている。


悪魔に願って得た文才と想像力は、僕を文字の世界へと誘った。家族が来ても忙しいと言って帰し、書き続けた。


集中すると時間を忘れるとは本当だ。あっという間に時間は過ぎていった。悪魔が気を利かせてくれたのか飲み物や食事は定期的に渡されていたから飢えなどはなく僕は集中できていた。悪魔には感謝してもしきれない。


ある程度満足し、現実に戻った僕を唐突に襲ったのは、恐怖だった。


願いはあと一つだけ。それが終わってしまえば悪魔はいなくなる。そうなればこうして僕の気を散らさずに身の回りのことをしてくれる者はいなくなるし、僕が話したくなったときに気軽に話せる相手もいなくなる。


どうすれば悪魔を傍に置いておけるのか。考えに考えた結果、一つの答えにたどり着いた。


最後の一つの願いで願いの回数を増やしてしまえ。そうすれば、悪魔は願いを叶えるために僕の傍にずっといる。


このとき、僕はきっと正気ではなかったのだろう。でなければ、僕は──。



 * * * *



「願いを増やすが願い、ですか?」


聞いてみると少し考え、「可能ではあります」と答える悪魔に、ならそれにしようと答える。

悪魔は微笑んで、自分には可愛い後輩がいるのだが会わないかと言ってきて、興味はないが今後悪魔といれば会うことになるだろう。今のうちに会っておいて損はない。


悪魔に連れられて向かったのは、とある展望台。まだ昼だからか人がいないが、夜は綺麗な星空が見えると有名で人で賑わう。そんな場所で柵に腰をかけ、本を読んでいる一人の女性がいた。


「……そちらが例の?」


本を閉じてこちらに近づいてくる女性。悪魔は彼女はアズリエルという天使だと教えてくれた。天使と悪魔が仲良いのかと聞けば、彼女は天使でありながら堕天使として扱われることもあるため、仲が良いのだと答える。


アズラエル……アズラーイールか。天使には呼び方が複数あり、どれもその者を現すと聞いたことがある。確かアズラエルは、生者のあらゆることが記されている本を持っているのだったか。


「一つお聞きしますが、あなた様は願いを増やす願いをしたであっていますか?」


そうだと答えると、アズラエルは少し考える素振りを見せ、こちらに来てくれと言う。素直に従うと、手を引かれ、そして、


「愚かな子」


アズラエルに、柵の外へと落とされた。

何がなんだか分からない。どうして突き落とされた。あそこはかなりの高さがある。落ちたらまず助からない。そうだ。悪魔。あいつに助けてもらえば!!

そう思ったのに、恐怖からなのか、声が出ない。落ちる僕を見て、アズラエルと悪魔はクスクスと笑っている。その様子を見て、僕はようやく気がついた。


悪魔は、可能ではあると答えただけであり、叶えるなど言っていなかった。それはつまり、叶えるつもりはないということで。アズラエルがあのとき聞いてきたのは、僕が理解しているのか、それとも欲に溺れているのかを確かめていたのだ。


鈍い衝撃が走る。息ができない。苦しい。身体中が痛い。なのに、生きてる。なんで。


「あら、運がよろしいようですね」


優雅に翼を使って降りてきた悪魔を睨む力も残っていない。音にもならない声を絞り出し、何故だと聞くと、「傲慢は人を亡ぼすのですよ」と答えた。


「あなた様は選択を間違えた。あなたの本当の願いは叶えられず、あなたは事故死という形で終わります」


ご家族が泣いてくれるといいですねと言って、悪魔はどこかへと飛んでいく。


残されたのは死にかけの僕だけ。幸い、ここは有名な展望台。運が良ければ誰かが見つけてくれるはずだ。運が悪ければ、僕の身体は誰にも見つけられず腐敗し、虫の糧となる。


弟が行方不明になれば、きっと親は必死になって探すだろう。けど、僕は違う。弟のように愛されているワケじゃない。それどころか、心配してくれた家族に、酷いことをした。


僕は、ようやく間違えに気がついたのだ。

僕は、僕の本当の願いは。


無意味だと分かっている。それでも、ほんの少しの希望を持って、僕は頑張って空に手を伸ばす。


「僕は……私は──」



あなたは、「喜劇」と「悲劇」についてどう思うだろう。

一般的には「喜劇」とは「ハッピーエンド」「ユートピア」と呼ばれる終わり方で、キャラクターたちが最終的に結ばれるなどの展開が多い。一方で「悲劇」とは「バッドエンド」「カタストロフィー」と呼ばれる終わり方で、キャラクターたちが最終的に悲惨な末路を辿る展開が多い。

基本的に好まれるのは「喜劇」の方だ。人とは幸福な夢を望む。そして夢を文字や絵、動きなどで表現して楽しむ。一方の「悲劇」は、好む者もいるが人を選ぶ。終わり方が残酷すぎると受け入れられない人が多いように感じる。


何故こんな話をするかと聞かれれば、察してほしいところではあるのだが、いわゆる「現実逃避」と言われるものだ。何も無関係のものを急に思い付いたのではなく、次に取り扱う「題材」の話をしている。


僕は物書きだ。文才はなく、勉強もそこそこで新しい何かを自ら生み出せるワケでもない。けれども、僕にあるのは文章だけ。矛盾のように感じるかもしれないが、僕には何もないのだ。あるとすればこのちっぽけな命と、もうずっと遠い昔に誰かから言われた言葉だけ。その言葉も、もう僕の中からは失くなりつつある。もう何年も前に言われた言葉。忘れないようにとノートに書き、毎日のように口に出し言うも、それが本当に僕に与えられた言葉なのかが分からなくなってきまった。本当は僕の妄想なのではないかと。


家族は僕に無関心だ。二つ下の弟に付きっきりで、最後に家族で出かけたのも、もう何年も前のこと。弟が中学校に上がってからというもの、僕は家に独りになった。

だから本にのめり込んだ。本は孤独を感じさせない。本の中にいるキャラクターたちが、僕に夢を見せてくれる。そんなキャラクターたちを僕も描きたくて、物書きになった。けれど、


「……こうじゃない。違うんだよ。これじゃあダメだ」


自分の思い描く世界が書けない。自分に文才がないことなんて分かりきっていたことだ。けれど、書けない度にイラつくのだ。そして、この度に僕は周りにある物に当たってしまう。分かっているのだ。これは悪癖で、治さなければいけない。でも、無理なのだ。書けない苛立ちと不快感で、近くにある物に当たってしまう。


そうして行き詰まると、僕はのらりくらりと外を歩く。どうせ家族は夜にならなければ帰ってこない。多少出歩いてもバレることはないのだ。


「悩んでいますね」


バサッと何かが飛ぶ音が聞こえてきて、上を見ると黒い翼を持つ男がいた。

とうとう幻覚でも見始めたかと思ったが、神経衰弱になったワケではないし、僕はファンタジーモノを書いているワケでもないから、こいつが妄想であることはない。けれど、この男は異質だ。


「私はしがない悪魔。あなた様の願いを叶えるためにやって参りました」


嘘ではない。なんとなくだが、こいつの言っていることは本当なのだと分かった。もしかしたら、疲れていてそう思ってしまっているだけなのかもしれないが。


悪魔は願いを三つ、無償で叶える。その代わり、死後は自分が僕のことを管理すると言ってきた。別に、死後のことなどどうでもいいし、無償で願いが叶うのなら安いものだろう。


悪魔が契約のために名前を教えてくれと言うから教えると、「珍しいお名前なのですね」と言ってきた。こいつは僕をどう思っているのか分からないが別にいい。利用してやる。


まず僕が願ったのは「文才がほしい」というもの。僕を満たしてくれる世界を書き上げたいのだ。才があれば書き上げられる。あの美しい世界を。


「では、戻って早速書いてみましょう。きっと、あなた様の願うものが描けますよ」


悪魔に背中を押されて家に戻り、机に向かう。堕天使のことは信じてみたものの、願いが叶うというのは半信半疑だ。


机に向かってもペンを持たない僕を見て、疑っていると分かったのか、ペンを僕に渡してきた。書ける気はしない。けれど、書かなければ始まらない。


僕は恐る恐ると言った風にゆっくりと書き始める。

最初にあったのは疑心。けれどそれは数秒もすれば払拭され、残ったのは快感だった。

悪魔の言った通り、望むものが書けるのだ。今まで想像から文字へとならなかったものが、望むように文字となり重みを持つ。

無我夢中になり書き続け、時間が経ったのだと分かったのは日が沈み、家族が帰ってきたときだ。部屋にある小さな照明だけがうっすらと僕の机の上にある文字を照らしていて、それ以外のモノは何もない部屋ではないかと錯覚するほどの闇。


家族は僕を心配した。久しぶりに、家族に心配された気がする。だから、


「……私は大丈夫だよ」


そうやって誤魔化した。誤魔化すとはまた別かもしれない。今までの僕ならば、きっと家族に心配されて嬉しいと感じたことだろう。家族が弟ではなく自分を見てくれていると。けれど、今の僕からすれば、創作の邪魔をしてきた奴らだ。いい気はしない。そもそも、ここは僕の部屋なのだ。勝手に入ってこないでほしい。

幸いだったのは、僕の創作の区切りがよかったことだろう。もし、区切りの悪いところで家族が帰ってきていたのなら、僕はまた物に当たっていただろう。


「どうでしたか?」

「……うん。よかった」


後ろで僕が書いているのをずっと見ていた悪魔。ふと、家族には見えていなかったのか疑問に思って聞いてみると、どうやら悪魔が見せようとしなければ見ることは不可能らしい。なんとも便利な力だ。


僕は運がいい。こんな素晴らしい力を持つ悪魔に会えたのだから。


「次の願いはそうだな……」


僕は悪魔に止まぬことのない想像力を望んだ。いくら文才があろうと、想像力がなければ意味がない。新しいものを生み出してこそなのだから。既存のには意味などないのだから。


正直なところ、悪魔が何かをしているようには感じられない。けれども僕にはなかったものが確かに手に入っているのを見るに、願いはしっかりと得られている。


悪魔に願って得た文才と想像力は、僕を文字の世界へと誘った。家族が来ても忙しいと言って帰し、書き続けた。


集中すると時間を忘れるとは本当だ。あっという間に時間は過ぎていった。悪魔が気を利かせてくれたのか飲み物や食事は定期的に渡されていたから飢えなどはなく僕は集中できていた。悪魔には感謝してもしきれない。


ある程度満足し、現実に戻った僕を唐突に襲ったのは、恐怖だった。


願いはあと一つだけ。それが終わってしまえば悪魔はいなくなる。そうなればこうして僕の気を散らさずに身の回りのことをしてくれる者はいなくなるし、僕が話したくなったときに気軽に話せる相手もいなくなる。


どうすれば悪魔を傍に置いておけるのか。考えに考えた結果、一つの答えにたどり着いた。


最後の一つの願いで願いの回数を増やしてしまえ。そうすれば、悪魔は願いを叶えるために僕の傍にずっといる。


このとき、僕はきっと正気ではなかったのだろう。でなければ、僕は──。



 * * * *



「願いを増やすが願い、ですか?」


聞いてみると少し考え、「可能ではあります」と答える悪魔に、ならそれにしようと答える。

悪魔は微笑んで、自分には可愛い後輩がいるのだが会わないかと言ってきて、興味はないが今後悪魔といれば会うことになるだろう。今のうちに会っておいて損はない。


悪魔に連れられて向かったのは、とある展望台。まだ昼だからか人がいないが、夜は綺麗な星空が見えると有名で人で賑わう。そんな場所で柵に腰をかけ、本を読んでいる一人の女性がいた。


「……そちらが例の?」


本を閉じてこちらに近づいてくる女性。悪魔は彼女はアズリエルという天使だと教えてくれた。天使と悪魔が仲良いのかと聞けば、彼女は天使でありながら堕天使として扱われることもあるため、仲が良いのだと答える。


アズラエル……アズラーイールか。天使には呼び方が複数あり、どれもその者を現すと聞いたことがある。確かアズラエルは、生者のあらゆることが記されている本を持っているのだったか。


「一つお聞きしますが、あなた様は願いを増やす願いをしたであっていますか?」


そうだと答えると、アズラエルは少し考える素振りを見せ、こちらに来てくれと言う。素直に従うと、手を引かれ、そして、


「愚かな子」


アズラエルに、柵の外へと落とされた。

何がなんだか分からない。どうして突き落とされた。あそこはかなりの高さがある。落ちたらまず助からない。そうだ。悪魔。あいつに助けてもらえば!!

そう思ったのに、恐怖からなのか、声が出ない。落ちる僕を見て、アズラエルと悪魔はクスクスと笑っている。その様子を見て、僕はようやく気がついた。


悪魔は、可能ではあると答えただけであり、叶えるなど言っていなかった。それはつまり、叶えるつもりはないということで。アズラエルがあのとき聞いてきたのは、僕が理解しているのか、それとも欲に溺れているのかを確かめていたのだ。


鈍い衝撃が走る。息ができない。苦しい。身体中が痛い。なのに、生きてる。なんで。


「あら、運がよろしいようですね」


優雅に翼を使って降りてきた悪魔を睨む力も残っていない。音にもならない声を絞り出し、何故だと聞くと、「傲慢は人を亡ぼすのですよ」と答えた。


「あなた様は選択を間違えた。あなたの本当の願いは叶えられず、あなたは事故死という形で終わります」


ご家族が泣いてくれるといいですねと言って、悪魔はどこかへと飛んでいく。


残されたのは死にかけの僕だけ。幸い、ここは有名な展望台。運が良ければ誰かが見つけてくれるはずだ。運が悪ければ、僕の身体は誰にも見つけられず腐敗し、虫の糧となる。


弟が行方不明になれば、きっと親は必死になって探すだろう。けど、僕は違う。弟のように愛されているワケじゃない。それどころか、心配してくれた家族に、酷いことをした。


僕は、ようやく間違えに気がついたのだ。

僕は、僕の本当の願いは。


無意味だと分かっている。それでも、ほんの少しの希望を持って、僕は頑張って空に手を伸ばす。


「僕は……私は──」




「僕」――常磐(ときわ)桔梗(ききょう)。ルシファーの契約者。

     外を歩いている時に契約を持ちかけられた。

ルシファー――七大悪魔の一人。【傲慢】

       「望みが叶うと分かった時、人は自分の本当の願いを理解できるのか」が気になり、彼女に契約を持ちかけた。

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