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百合と【節制】




人は誰しも、一度は空想をしたことがあると思う。

「空想」と聞くと、「妄想」と考える人も多いだろうが、この二つは決して同じではない。

現実にないことを考える、という点においては同じだが、一番の違いはそれが現実であるか想像であるかを区別できることだろう。


空想とは、小説家や漫画家など、物語を生み出すということをしている人たちがよくしている。現実にはないことであり、「こうであったらいいな」「こんな風だったらな」と言う、いわゆる「夢見」に近い。

妄想とは、自分の想像を現実に持ってきてしまうこと。言い方が少し悪くなるかもしれないが、「厨二病」と呼ばれる人たちはこれに当てはまるのだろう。現実には存在しないことであるのに、それを現実に存在すると思い込んでしまう。


何故こんな話をしているかと言えば、現実逃避である。

勉強そこそこ、容姿もそこそこ。取り柄と言えるものもない。そんな私だが、学校のカースト上位の者たちに目をつけられてしまっている状況だ。


理由としては、彼ら彼女らの気にくわないことをしてしまったから。気にくわないと言っても、何か変なことをしたなどではなく、そのグループが答えられなかった問題を答えてしまったからという幼稚なもの。それだけで「バカにされた」と言われても困ってしまう。バカにしたつもりなどあるワケなく、聞かれたから答えただけだ。


まだ実害が出ていないからいいが、これからどんなことが起こるのやら。心配してくれる人なんて誰もいないため、そこはいいのだが服が汚れるのは困る。洗うのが面倒だし、親に何を言われるか分からない。


「世の中ってクソだよ。本当に……」


高校生が何を言っているのかと言われるだろうか。どうせ教師は役に立たない。友人と呼べる人物もいない。「花の高校生活(青春)」なんてもの私にはない。


「お困りかい?」


私の隣にいた青年。

さっきまで確実にいなかったし、この学校の人じゃない。というか、背中に翼生えてないか?

驚いて口を開けて喋ろうとしても音が出ない私の思っていることに気がついたのか、青年は自分は天使なのだと言ってくる。


大人になっても厨二病が治らない人はいるんだなと思ったのだが、頭には天使の持ってる光る輪っか……光輪、もしくはヘイローって言うのだっけか。それがあり、翼も妙にリアルで、3Dとはとても思えないでき栄え。


ただ、気になるのはヘイローと翼の色だ。

ヘイローの方はよく分からないが、天使の翼は白のイメージがある。けれど、この人は黒で、とても綺麗な夜の色。


「……あぁ、コレね。天使は天使でも、神に叛逆した存在。堕天使なんだよね」


そう突拍子もないことを言い出した。


信じたくはないけれど、青年は本当に天使らしい。そうでなければ、翼で人が飛ぶなんて芸当はできないから。

この異様な光景を受け入れてしまっている私も私だなと思わず苦笑してしまう。


とりあえず、時間が時間だし帰ろうと屋上から出て、しっかりと扉の鍵を閉める。入っているのがバレたら面倒だからだ。

帰りたくもない家への道を歩いていれば、「帰らなければいいじゃんか」と言う声がして、振り向けば彼がいた。


「俺、君のこと気に入っちゃった。名前は? 教えてくれたら君の願いを三つ叶えてあげるよ」


私に話す間を与えずに喋る彼に、思わず持っていたペットボトルの蓋を開け、中身をかけた。

驚いている彼を横目に全力で走り、家に戻る。


いつからついてきていたのかは不思議だけれど、あんなのが親に見つかったら説教どころの話じゃない。だいたい、名前を教えただけで願いが叶うなんてうまい話があるはずがないのだ。対価として命を要求される可能性も……。

ふと、その可能性が頭を過り、私は足を止めた。


死ねるなら、いいのではないのか。最後くらい、自分の好きにしても。どうせこのまま過ごしていても私の幸せな学校生活なんて望めない。それならいっそのこと、願いを叶えてもらって、死んでしまった方が幸せだ。


「置いていくなんて酷いなあ」


少し拗ねた口調の彼に向き直り、本当に願いを叶えてくれるのかを聞けば、天使は(彼は堕天使だけども)約束は守る。守らなければ主たる存在に消滅させられるのだと。ちょっとした約束も守らないといけないとは大変なのだな。


それでも、願いを叶えてくれるという非現実的な彼の言葉は、私に一縷の希望を与えてくれた。だから、彼が望むように名前を言った。


私の大嫌いな名前を教えた。

名は意味を持つと言うけれど、私の名は私を名に籠められた思いのようには育ててくれない。


「契約成立。俺は君の願いを叶える。君は俺に願いを叶えてもらう。君の願いを三つ叶えるまで、俺たちはずっと一緒だからね」


彼は契約したあと、「ゼラキエル」と名乗った。

そんなにフヨフヨと浮いていて周りに驚かれないのかと聞けば、ゼラキエルは私以外には見えないようにしていると答える。天使の力とは便利なものだ。


時間も時間だったため、とりあえず家に帰った。

玄関を開ければ聞こえる両親の怒鳴り声。またか、と思いながらも止める気なんてとっくのとうになくなっていて、私はゼラキエルを自室へ招き入れた。


聞きたかったことは全て聞いた。

代償や対価はあるのか。具体的にはどの程度のモノまでなら叶えてくれるのか。そういった願いに関することもそうだけれど、ゼラキエル本人のこと。何故私を選んだのかも。


「契約者は死後その天使に魂を管理されるんだよ。だから、君が死んだあとは俺が君を管理する。君が生きている間は大丈夫だよ」


管理というのは少しあれだが、願いを叶えてもらうのに対価は特にないことに安心した。

ゼラキエルが何故堕天使となったのかは教えてくれなかったけれど、私を選んだのは飛んでいたら見つけたからというなんとも適当な理由だということは教えてもらえた。願いも、基本的にはなんでもできると答えた。その基本が知りたいのだけれど、むちゃくちゃなもの……それこそ、死人を生き返らせろなどの理を逸脱するものでなければ可能らしい。


かなり強いものだな。こういうのを人はよく……そう、「チート」だ。チートと呼ぶのだろう。しかし天使……ゼラキエルからしたらこんなもの朝飯前なのだと言う。


願いは三つ。慎重に考えるべきだ。

いつだかに読んだコミックでは、一人につき三つの銃弾と一つの拳銃を渡し、それで人を殺すのは合法にすればどうなるか、的なものだった。

一発目にはそれ相応の正義が必要となる。人を殺すのに躊躇いが生まれるから。だが二発目、三発目はそうではない。自分の意見に逆らう者を殺せてしまう。人を殺すという快感と、正しいことをしたという正義感に包まれているから。そうして無意味に人を殺した者を、次はまた別の正義が殺す。

そうして連鎖していけば、一国なんてあっという間に滅ぶのだろう。


あのコミックは「願い」という曖昧なものではなく「殺し」というハッキリとしたものだったが、大まかなことは変わらないだろう。


「ねぇねぇ、決まった?」


急かされるけれど、そう簡単に決まるものじゃない。

今日はいろいろあって疲れてしまった。何も、願いは今日言わなければいけないワケではない。もう寝て、明日から考えよう。



 * * * *



ゼラキエルと出逢って早一週間。


「君って欲ないの?」


欲はある。けれど、それを願ってまで叶えたいかと聞かれれば違う。だから私はまだ、ゼラキエルに願いを言えていない。


最初の三日ほどは待っていたゼラキエルも、退屈になってきたのかずっとこの調子だし、適当に一つ叶えてもらう? でも、それでそのあとになってやめておけばよかった、なんてことは嫌だし。


「俺に頼めばイジメもなくなるよ?」


それは嬉しいけれど、根本的な解決にはならない。今後一切イジメがなくなるとは限らないし、今回なくしたとして、どのように改変されるか分からない。急にイジメがなくなったらそれはそれで怪しまれるし、イジメっ子を消すなら、それこそどうなるのか分からない。


できるだけゼラキエルには頼らない。そのスタンスは崩すつもりはない。ゼラキエルに頼むのは、本当にどうしようもないときだけだ。


そう、思ってたんだけどな。


やはり人生、そうはうまくいかない。イジメっ子たちにいつものように放課後殴られ蹴られ、彼らが満足するまでやられていると、外で関わりを持った成人している、いわゆる「裏世界の人」に、私を好きにしていいと言ったらしい。その人たちは気持ちの悪い笑みを浮わかべて、痛みで抵抗できない私の服を破いた。


とっさだった。誰も助けてなんてくれない。それが当たり前だった。けど、今は違う。呼べば来てくれる存在がいる。


無意識に、ゼラキエルの名を呼んで、助けてと叫んでいた。叫んでしまった。


助けが来るワケないだろうと鼻で笑うイジメっ子たちに影が差し、美しい羽根が舞い落ちる。そして、


「きゃぁあ!!」


美しい羽根が、イジメっ子たちを貫いた。イジメっ子たちが連れてきた人たちも例外ではなく、私以外のその場にいた全員が羽根で貫かれたのだ。


数秒もすれば全員が動かなくなり、辺りは血の海。身体の一部が不自然なほど抉れているイジメっ子たちとイジメっ子たちの連れてきた人たちの動かぬ躯、返り血を浴び、身体を震わす私。そして、怖いほど綺麗な笑顔を私に向けてくるゼラキエル。


間違えてしまったのだろう。ゼラキエルへのお願いを。ゼラキエルは満面の笑みで、「やっと願ってくれたね」「君をいつでも助けるよ」などと言っている。


酷くて優しい天使に抱きしめられて、泣いてもいいのだと言われて、私は涙を流した。初めて泣いた気がする。家では、泣けば叩かれ蹴られは当たり前だった。息を潜め、空気になっていなければ、両親のソレが私に向かってくることなど一目瞭然だった。クラスメイトはみんな私を遠巻きにして、保護者たちは口を揃えて「あの子には近付くな」と言う。そんな私に、弱音を吐くことなど許されていなかった。


満足するまで泣いて、落ち着いたときにはもう日は落ちていた。満天の星空の下に、イジメっ子たちの死体とそれから流れ出て、今ではもう流れは止まってしまった血の海と、綺麗な夜色の翼で私を優しく包み込んでくれるゼラキエル。


このときだろう。きっと私が──。



 * * * *



それからは、自分にこんな行動力があったのだなと感心した。家に帰って、部屋に行き、破れた服を着替えて必要最低限のモノを持って家から出る。両親は私が帰ったことに気づいたのかすら分からない。そもそも、今日はいたのだろうか。いつも聞こえるあの喧騒が聞こえなかった気がする。私が興味を完全に失い、気がつかなかっただけかもしれないが。


そう考えると、私は今まで、あんな両親に興味や関心がまだあったのだ。私のことなど見てくれるはずがないのに、ずいぶんとお花畑なのではないか。自分が見れば、興味を持てば、あの両親が自分を見て、興味を示すとでも思っていたのだ。

そのことに思わず笑いが溢れる。自分を見てくれない者たちに、今まで何を求めていたと言うのか。


「よかったの? 家出てきて」

「いいよ。もう帰らないから」


そうだ。もう帰らない。あの家にいる必要なんてないのだ。明日にはきっとイジメっ子たちの死がニュースになる。そうなれば、真っ先に疑われるのは私で、両親は私にしつこく問いただすだろう。そんなことになったら面倒だ。


もう縛られない。もう自由なんだ。ゼラキエルがあいつらを殺してくれたのだから、もういいのだ。殺したのはゼラキエルでも、頼んだのは私なのだ。ゼラキエルは罪に問われることがない。だって天使なんだから。でも、私は生きている人間。なら逃げるしかないだろう。こんなところで、こんな風に終わりたくはないのだ。


「お金、結構持ってるんだねぇ」


感心しているゼラキエルに、使う機会などなかったのだと答える。

家から逃げて、やりたいことをやった。親に禁止されていたゼームセンターでゲームをして、欲しかったぬいぐるみを買って、食べてみたかったクレープを食べて。

やってみたかったこと、欲しかったもの、食べてみたかったもの、全部やった気がする。けれど、全部やるのにもかなり時間がかかってしまって、あの日が昨日のことのように思えるのに、あの日から既に二ヶ月以上の月日が流れていた。


その間、私は願いを使わなかった。使わないで楽しみたかった。ゼラキエルは何も言わずに、私のわがままに付き合ってくれた。でも、もう終わりなのだ。


うるさいほどに鳴り響くサイレン。警察がメガホン越しに出している声。野次馬たちの笑いと困惑の声。


見つかってしまったのだ。家族や学校と言う名の地獄に。捕まれば二度とこの幸せは手に入らない。きっと両親は酷く怒っている。学校も、何故イジメっ子たちを殺したのかと問いただし、私を警察に突き出すだろう。もしかしたら、もう証拠は揃っていてるのかもしれない。だから警察がいるのだ。


「ゼラキエル」


まだ願いは二つ余ってる。そのうち一つ、最後の願いは決めていた。だから、今から使うのは二つ目だ。願いにする必要は、ないかもしれない。


「私のこと、愛して?」


ずっとずっと、私は愛に餓えていた。愛を感じたのは、もうずっと遠い昔のこと。愛に餓え、独りでぽっかりと穴が開いていた私の心を満たして、ずっと傍にいて愛をくれたのはゼラキエルだった。ゼラキエルからしたら、そんなことしていないと思うのだろうが、否定せず、私の傍にいてくれたのは、後にも先にもゼラキエル一人だけだろう。


「最後のお願い、いい?」


とても酷いお願いだ。愛してほしいと言った相手にこんなことをお願いされたら、ゼラキエルでも困ってしまうだろう。でも、私のわがままを叶えてくれるのは、君しかいないから。


「私を──」




「私」──幽望(ゆうぼう)百合(ゆり)。ゼラキエルの契約者。

     屋上にいるときに契約を持ちかけられた。

ゼラキエル──七大天使の一人(「サリエル」の方が名としては有名)。【節制】

       宗教によっては堕天使とされていることもある(そのため「サリエル」ではなく「ゼラキエル」と名乗っています)

       


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