2025年年末外伝
▂▅▇█▓▒░(^ω^)░▒▓█▇▅▂ 『ワタシノナカデトシコシスルボーヤボシューチュー♪』
年越し蕎麦……それは年末に際して蕎麦を食する風習である。和の文化、そして年末の風物詩である。一年の締め括りはやはりこれでなければなるまい。寿司や鍋、鋤焼き等という豪勢な選択肢を否定はしない。しかし……素朴で古式ゆかしい蕎麦という選択肢は俺個人として最も好みとするものであった。
故に前世では、そしてどういった事か転生によって鬱いエロゲー世界に生まれ出てしまった今も変わらない。俺にとって年末の終わりは蕎麦で締め括る。それこそが譲れない一線であったのだ。それが、それが……。
「饂飩……だと?」
それこそが、この屋敷における慣習を伝え聞かされた俺が発した第一声であった。
「……?何かおかしいの?」
俺の驚愕と硬直の反応に畳の上にちょこんと座る目の前の少女は、続いてきょとんと首を傾げて不思議そうにする。本当に本当に不思議そうに。一体何でそのような顔をするのかと困惑に満ちていた。それが更なる驚愕を俺にもたらす。
「いや、いやいや、いや、いや……?」
それは正に未知との遭遇であったろう。今の俺には眼前の姫君、我が主君鬼月の雛姫様がグレイ型エイリアンに見えた。小柄の子供体型だしな!
「すーはーすーはー……いや、だってよ……年越しは、蕎麦、だろ?」
大層馬鹿げた発想を深呼吸して打ち切って、俺は改めて脳裏に己の知る常識を思い返す。
そうである。年越しと言えば蕎麦である。一年を細く長く生きる事を祈願して食べるもの。炬燵に潜り、紅白歌合戦を見ながら天婦羅蕎麦を食べるのはテンプレの筈である。昭和臭い?んな馬鹿な。
「しょーわ?てんぷれ?よく分からないけどさぁ……けど、それなら細いより太い方がよくない?」
「ごもっとも!!」
我が主君ないし、俺の御守相手の御姫様からの正論を越えた正論であった。細く長くと言えば太く短くもある。何故二者択一なのだ?いっそ欲張りに太く長くが正義ではないか!これは否定出来ない!奥ゆかしさ?遠慮?そんなのは糞食らえではないか!
「いやいやいや!ちょっと待て!蕎麦には別の由来もあると聞く!」
納得しそうになったのを辛うじて押し止めて反論。そうだ。例えば切れやすい細麺故に一年の悪縁厄災を切るとも、家族の縁が長く続くようにとも、年越し蕎麦の風習には数多の由来の説があるという。なればこそ、そのような由来の薄い饂飩如きでは蕎麦に勝てる筈もなし。饂飩、お前その立場降りろ!糖質の塊め!
「細麺だと家族の縁きれそうだけど?」
「鋭いな!そして辛辣だな!?」
間髪入れぬ反論に俺は突っ込みを入れるしかなかった。即ち、合理的に応答出来なかった。俺は敗北者じゃけぇ……。
「ぐぐぐっ……まさか、饂飩とは」
紆余曲折あって扶桑の片田舎の寒村からよりにもよって鬼月家という原作ど真ん中な御家に雑人見習、ひいては鬼月家の厄介児姫の世話役に流れ着いた俺はその年の最初の年末に、この瞬間に初めてそれを知ってしまったのである。つまりは……鬼月家では年末に蕎麦ではなく饂飩を食べるのだ。
(一応……前世でもそういう地域はあったんだったかなぁ?)
確か東北の方でも饂飩派な地域があった筈。もしかしたらその辺りを反映でもしてるのだろうか?何にせよこれは酷い裏切り行為であった。いや、裏切ってないけども。
「うどん……きらいなの?」
「別にそういう訳じゃあ……」
正確には今生では実は饂飩食った経験がない。蕎麦や雑穀は栽培していたのだが……気候の問題だったのだろうか?何はともあれ、俺にとってはある意味で未知であった。饂飩、饂飩かぁ……。
「……そんなにおそば食べたいの?」
「別に無理してって訳じゃないですけどね?」
そして俺は姫様と共に戯れる部屋の外に視線を向ける。障子の隙間から見える慌ただしい光景。今日は年越しの日。即ち大晦日の日の、夕暮れ刻であった。元旦から続く多くの催事行事に備えた女中に雑人、その他家中の者達の最後の追い込み時……。
考えなくても分かる事である。ここで一介の雑人見習の餓鬼が饂飩じゃなくて蕎麦がいいと言ったら果たしてどうなるであろうか?否、これが俺の御主人様のお姫様であろうと同じであろう。微妙な立場の疎まれ姫が折角饂飩の用意しているのに蕎麦がいい等と言えば……態々この程度の事で好感度を落とすのは馬鹿馬鹿しく思えた。
……たかが己の詰まらない感傷で、友誼を結んでくれた少女の立場を貶めたくはなかった。
「……別にいいですよ。天下の鬼月の年越し饂飩、具がたっぷりとあるでしょう?楽しみにしておきますよ」
だから俺は虚勢を張って喜んで見せた。疎まれつつも雛は確かに鬼月のお姫様であり、俺はそんなお姫様に気に入られた糞餓鬼だった。我儘姫が少しでも我を抑えてくれるからと、雑人の分際で彼女と寝食を共に出来た。それだけで雑人としては特上の扱いだった。これ以上を望むのは贅沢というべきだろう。少なくとも、故郷に残した家族の事を思えば文句を言うのは傲慢というべきなのだろう。
「けど……」
「いいんです。それよりも……明日から大変ですよ?覚悟して下さいね?」
雑人衆の頭達から、あるいは金庫番殿から口酸っぱく言われていた。雛もまた鬼月の一員なれば公の場にも出なくてはならぬ。幼い故に、礼儀を知らぬ故に余り表に出さなかったがそれも全くとは言えぬし何時までもとは言えぬと。家を継がずとも、小家に嫁ぐにしても、鬼月であるならば為すべき最低限の役目があるのだ。俺はその補佐としてしつこく指導されていた。
「えー」
「えー、じゃありません。私の御飯のためにも頑張って下さい。頼みますよ?」
彼女の年始の有力者らに対する挨拶に立ち振舞い。歌に行儀作法。全てが俺の今後の待遇に掛かってる。頼む。頑張れ!
「むー、うらぎりものー!」
「全ては姫様の御ため。この雑人見習、心を鬼にしてつくしますぞ」
「ぎまんだ!全てがぎまんに満ちているー!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ姫を俺は諭すように宥め鎮めんとする。悔しいだろうが仕方ないんだ。それがお前の運命なのだ。
「ひとでなしー……」
「何とでも言いなされ。って。ん?は、はいっ!!只今!」
拗ねる雛を鎮定し終えた所で呼び出しに俺は立ち上がる。雑人見習が姫君のお遊び相手ばかりしてると思えば大間違いだ。人手が足りぬなら猫の手も、遊んでる餓鬼なんて当然呼びつけて働かせる。騒ぎ過ぎて俺の存在を思い出させてしまったのかも知れない。
「あっ……」
「夕餉前には終わります。……だからお利口さんにして下さいね?そうしてくれないと帰れないんですから」
まるで目の前でおやつを奪われたみたいな喪失感に満ちた表情を浮かべる姫君にそう言い添えて、俺は呼び掛けの方向に向かう。こうしないと俺を取り戻そうと我儘姫の我儘が始まるのだ。
(失敗は成功の母。こう言えば大丈夫だろうけど……!)
色々試して漸く見つけた解決法。しかし子供相手故に何処まで信用出来るか知れぬ。少し後ろを振り向いて、しかし催促する呼び掛けに不安を振り払って俺は後ろ髪を引かれる思いを断ち切った。
「……そうだ。あいつなら」
幼い姫の声音は己の床を走る足音で聞こえなかった。
「ふぅ。漸く、かぁ……寒ぃ」
雑用を終えたと思えば押し付けられて、終えたと思えばまた押し付けられてを三度程繰り返して、どうにか夕餉の刻には主君の元に帰還出来た。水仕事、外仕事もあって冷えきった身体を主君のぬくぬくとと温められた部屋に避難させようとする。
「お帰りなさーい。ごはんあるよー?」
「先に食べても良かったんですよ?冷えちゃいますよ?」
「やー。一緒に食べるのー♪」
「それはどうも。……年越し饂飩ですね。伸び切る前に食べて……」
そして俺は見たのだ。御膳の上にて香ばしく湯気立つ蕎麦を。
「……蕎麦?」
「蕎麦だよ?」
「いや、蕎麦ですよ?」
「うん。蕎麦だよ?」
「ですね。……蕎麦?」
ナンデ?蕎麦ナンデ?アイエェェ……?
「姫様……?これは、どういう事です?俺は冷静さを失おうとしています」
「ふふーん♪よくぞ聞いてくれました!」
俺の問い掛けに御姫様はドヤるように腰に手をやって無い胸を張る。そして自慢げに事の経緯を説明する。
端的に言えば彼女は煽て上手だったという事だ。鬼月家の金庫番。豚染みた肥満体の男はそれ故に日頃から薬師らに小言を言われている立場にあった。彼女はそれを利用した。
饂飩と蕎麦、果たしてどちらが身体に良いか……例年がっつりと大杯にて食らう肥満体の彼に、年越しの饂飩を蕎麦に変えてみたらと提案したのだとか。まるでその身を心配するように。病気になって欲しくないよと嘆願して。自分もお蕎麦食べるからと。目元を潤ませての名演技。
普段余り甘えてくれない姪娘からのその言葉がガツンと来たのだろうか?雑人見習や疎まれ我儘姫はいざ知らず、炊事の者らも金庫番様の要望を無視は出来まい。あっという間に蕎麦の用意は出来た。健康考えての山菜蕎麦である。山のような山菜に幾切れかの鴨肉。鶏出汁の慈味深い蕎麦……それが俺の目の前にある椀の中身であった。
「姫様……」
「一緒にたべよ!!伸びちゃうよ?……それとも、迷惑だった?」
椀の中身と姫を見比べて呟いて、彼女は満面の笑みで催促する。催促して、遅れて不安そうに上目遣う。
「……まさか!有り難う御座います!」
「……えへへ」
俺の謝意に嘘偽りがないのを理解したのだろう。照れたように笑みを溢す。一緒に笑う。仲良く笑う。笑う角には福来たる。新年は笑って迎えるべきだった。
「戴きます」
「いただきます!」
食材と料理人と、そして姫様に感謝を籠めて手を合わせて祈る。……そして、勢い良く啜り食う。
「はぁ……」
一口小気味良く啜って、白い吐息。身体が温もるのを感じた。懐かしさを感じた。蕎麦の味わい。実家の味……。
「美味しい?」
「えぇ。本当に」
「良かったぁ」
姫の心からの喜び。見ている側が嬉しくなるような天真爛漫な喜楽。そして……今一口啜ってから、俺は独白するように呟く。
「……母さんに、ねだったんです。蕎麦を」
「おかーさんに?」
日々の苦しい家計。そんな中でも母が自分に何を食べたいのかを聞いて来たのは御褒美だったのだろうか?長男故に弟妹達の面倒を見て、内職を手伝って、野良仕事をして……母にとっての精一杯の礼の意志だったのだろう。
年末の最後の日に蕎麦を食べたい……蕎麦の実自体は栽培していたから問題ない。だが、それを麺にするのは今思えば面倒臭かっただろう。当時の自分は其処まで考えが思い浮かばなかった。利口に己の願いを提案したつもりになっていた馬鹿者だった。
父による取り立ての山菜を入れた蕎麦はたった一杯だった。俺のためにと父と母が一品多めに。弟妹達がごねるのを叱っていたのを覚えている。
「がんばったんだね。おそば、おいしかった?」
「美味しかったですよ。けど……一人締めしても、ね?だから分けたんです」
一杯のかけ蕎麦を皆で分けて、皆で食べた。年越し蕎麦を家族皆で。
「みんなで……」
「蕎麦食べる由来の一つですよ。家族が側に居られるようにって。洒落ですけど」
多分、それが俺が今生の母に蕎麦をお願いした理由だった。そして……多分前世の自分が蕎麦を好んだ一因だったかも知れない。
何時か、苦楽を共にして傍に居てくれる家族を作れますようにと……。
「まぁ。あくまでも言葉遊びですけどね」
実際問題、今上の家族とも最早側に居られないのでその程度のものであった。過去の良き思い出、それ以上のものではなくて……。
「……」
「……姫様?」
俺の語りを聞き終えた雛姫はただただ沈黙。じっと、そしてぼんやりと箸に掛けた蕎麦を見続けていた。じーと。じぃーと。
「……退屈な話でした?」
「おそば食べたらそばにいる……」
俺が呼び掛けると独り言のように彼女は呟く。そして俺を見る。
「わたしも、毎年おそば食べたらそばに居てくれる?」
まるで何を考えているのか分からぬ表情での姫の問い。何に対して。誰に対してかも知れぬ言葉足らずの言葉。
いや……分かっていた。今の彼女の置かれている立場を思えば、その言葉の悲痛な意味合いが察せられた。
「……」
「ねぇ?そばに……いてくれる?」
不安げに、彼女は重ねて尋ねる。此方の様子を窺う。まるでどちらが主人か分からぬ反応だった。
「来年も、お蕎麦食べたいですね。一緒に」
「……!!うんっ!!」
彼女に待ち受ける苦難を想って、俺は唯今は喜んで欲しくてそんな事を語っていて、何も知らない黒髪のお姫様は純粋無垢な笑顔でそれに同意してくれて……。
「……まぁ、それはそれとして明日の御勤めについてはビシビシと注意しますからね?」
「おにあくまぁ!」
それはそうと俺は蕎麦を用意した彼女の下心を看破して、彼女は頬を膨らませて罵倒の言葉を喚いていた……。
ーーーーーーーーーーー
「どうしやしたか?」
「……いや。少し昔の事を思い出してな?」
閉話休題。孫六の作ってくれた眼前の蕎麦を見て俺は当時の事を思い返す。あの頃と同じ山菜蕎麦。年越し蕎麦である。あの頃以来の……。
「饂飩の方が良かったですか?すいやせん。此方じゃ饂飩食べるんですねぇ」
心底申し訳なさそうに頭を下げる孫六。都より連れ立って北土が鬼月の屋敷に移り住んだ彼とその妹にとって年末の年越しに食べるのは蕎麦であったのだ。皆が小麦を求める中で蕎麦は安く手に入り易かったのもこの選択を後押しした。文化の違いに気付いた時には手遅れで今更饂飩を出す余裕はなかったという。
「いや。俺は饂飩よりは蕎麦派なんだ。却って助かったよ」
鬼月の下人になってからも最低限の福利厚生とばかりに年末には年越し饂飩が供された。そうだ。饂飩だ。仕入れからして態々小麦と蕎麦別々に買い付ける面倒はしない。この蕎麦は允職に昇進して自由な裁量を手に入れたからこそ初めて可能となったものだった。意図したものではないけれど。
「御兄様。安心して下さい。伴部様の御言葉は本当のようです」
囲炉裏の側でちょこんと座る痩せた盲目の娘が語る。兄を慰めて、若干ズレつつも俺の方を向いて微笑む。俺は微笑み返して、その兄にも呼び掛ける。
「孫六、ほれ座れ。お前が一番大変だったろう?」
「へ、へい。それでは失礼します……」
允職の世話役として年末年始の仕事の殆どを引き受けてくれた男を囲炉裏に招く。皆で囲炉裏を囲む。団欒する。
「毬、お前のは厚い椀に汁は少な目にしてるそうだ。箸は……ここだ。しっかり持てよ?」
椀が厚く底が広いのは火傷したり溢してしまわないようにだ。汁が少ないのも同様。箸を手を誘導して掴ませる。太く短いのは何かあっても怪我しにくいようにだ。意地悪じゃないぞ?
「勿論、承知しています。……御気遣い、有り難う御座います」
「俺じゃなくて兄貴にいってやれ。用意したのは俺じゃない」
「いえ、私や兄と囲炉裏で一緒に等と、恐縮で……」
本当に畏れ多いとばかりの毬の表情。俺と兄妹の立場は絶対的に上下関係だった。それを共に、そして囲炉裏を囲んでの食事は本来有り得ない事の筈であった。それは家族、身内、仲間に対するものの筈だった。
「そんな畏まるなって。気安く、な?自分の家と思っていいんだぞ?……まぁ、俺の家じゃないんだけどな!」
マイホームではなく賃貸の悲哀を空笑い気味に自虐する。家賃は金銭じゃなくて命懸けの任務です。この小さい家の賃貸が?人生の悲哀ですね……。
「さぁさぁ、食うとしようぜ?お互いの、無病息災祈って、な?」
折角の大晦日、辛気臭い話はこれまでである。新しい年は笑顔で迎えるべきであろう。
「へいっ!」
「伴部様と御兄様の息災、祈らせて頂きます!」
そして三人揃って蕎麦を啜り始める。細く長く、無病息災の新しい年を願って。厄を断ち切るために。
そう。細く長く、少しでもこの温かな安息の日々が続いてくれるように。
除夜の鐘が遠くで鳴り響くのが聴こえた……。
『絶ち切れるかよ』
ーーーーーーーーーーーーー
「…………」
とある下人が下男下女扱いの者らと共に蕎麦を食していた頃、彼女は其処にいた。
煩悩を祓う百八の鐘の音が闇夜に間断なく打ち鳴らされ続けられて、響き続けていた。薄暗い部屋に彼女は一人。湯気の立つ椀が添えられた膳の前で、彼の居る方角に向け、視線を空に向ける。
「………はっ!」
底冷えするくぐもった笑声が漏れた。彼を思って嗤った。彼を想い火照る。彼を重い濡れた。
そして膳の見下ろした。命じて作らせた蕎麦を見た。昆布に鰹節に椎茸で取られた旨味溢れる出汁に上物の蕎麦粉を打って作られた蕎麦麺が浸されている。その上には天婦羅に油揚げ、蒲鉾に鴨肉、月見玉子、葱、若布、焼餅……調理人が腕を奮って拵えた具沢山の贅沢三昧な蕎麦を見た。
そんな具材を箸で摘まんで捨てた。捨てた。捨てた。捨てた。全部要らないから。切除してやった。排除してやった。
「これだけで、十分……」
床に不要品をぶちまけて、綺麗サッパリとなった蕎麦。申し訳程度の山菜だけ乗せた蕎麦を見て、漸く落ち着いた。その表情は恍惚に溶けていき、蕩けていく。彼との思い出の味。己と彼とのだけの味だった。
「いただきます」
穏やかに手を合わせて。目の前に存在しない誰かを見て。感謝するように宣言。そして……啜った。
啜る。啜る。啜る。噛み締める。噛み締める。噛み締める。そして飲み干す。かっ込むかのように急ぎ食らう。箸を椀に放り捨てて、生温かな吐息を漏らす。
「あァ……」
腹が満たされて、それ以上に心が満たされる気がした。全身が焼けるように熱くなる。当然だろう。いつの間にか彼女は己の胸を刃で突き刺してほじくっていたのだから。
「あは、あははぁ……はぁ」
ゴリゴリと肉を掻き開く。血を豪快に垂れ流して、咀嚼していた蕎麦の汁に麺まで胸から溢れ出ている。先程まで食事とは全く繋がらぬ自傷行為……否、彼女にとってはそれは道理である。
理由は明白だ。彼の傍にいないといけないからだ。今はまだ全身は……だけどこの心だけは。この胸の内の心だけは、それが許されるから。蕎麦だけに、傍にいる。彼との思い出と共に蕎麦を食べた。心温もる。ならば今すぐにでもその返礼が必要だ。常識だ。
「お前も……食べてるんだろう?私の事を思って。私を心待ちにして。だから、な?」
蕎麦のお陰で新年最初のお年魂……そんな駄洒落染みた事を思い浮かべる。忌まわしいあの贅肉の妹がそれを贈るのだと思うと何とも痛快であった。御年玉。そう、御年玉。誰よりも喜ばれる彼への御年玉。自分だけが、あげられる……。
そして思いは更に馳せるのだ。今度はあの頃みたいに二人で向かい合って。いや、三人で、四人で、五人で、家族で、団欒を……。
「くくくく……」
重厚で荘厳な鐘の音は、しかし狂牝のそれを祓う事敵いそうにない……。
(;`∀´)『テンジョーデオレハアルコールスープラーメンクッテタリ♪』
| ⁰⊖⁰)『ワガヤハニシンイッタクデスガ、ナニカ?』
(ノ≧ڡ≦)『トリナンバンデス!』




