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和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件  作者: 鉄鋼怪人
第九章 純朴な田舎から都会に出るとみんな怖く見えるよねって件

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第一二五話

(;`∀´)『カチクノアンネイキョギノハンエイ……』

| ⁰⊖⁰)『ヨシテクダサイ。ケンリテキ二コレイジョウハマズイキガシマス』

日の沈んだ白木の関街は色とりどりの光で満ちていた。


 理由もなく人が集まる事はない。栄える都市には相応の理由というものがある。商行路の途上にて栄える街の特徴はほぼ決まっていて、それは白木の関街もまた同様だ。


 流れ込む多くの荷を保管するために広がる倉庫街、それに隣接するように両替商や金貸といった金融商人が外から来る客のために軒を連ねる。荷を運ぶためには人夫共が必要で、荷車を曳く馬や牛の世話人も必要で、護衛の用心棒も必要だ。そしてそれらの仲介人もまた同様。行商人連中からの依頼が何時来ても良いように彼らは昼夜問わずに店を開けている。


 多くの技能を持つ人が滞在するならば旅籠の類いが栄えるのは当然の帰結である。鬼月と橘の家が借り入れた街有数の高級旅館から飯も出ない雑魚寝前提の襤褸宿までが街に溢れかえる。常に宿は不足していて、閑古鳥が鳴くような事態は一度も起きた事はない。


 そのように人の出入りが多いので歓楽街も発展した。飲食店は無論として、それらに食材を卸す卸売業も活況で、芝居小屋に旅の一座等、娯楽産業もまた好況だ。夏には人気取りのために街の豪商連中が職人に依頼して花火大会すら催す程だ。


「やぁ。お嬢ちゃん!どうだい?ウチの店に寄っていかないかね?」

「い、いえ。大丈夫ですので……!!失礼を!!」


 商人は鋭い。相手が都会の澄ました街娘かそれとも垢抜けない田舎娘かを即座に見抜く。街の賑わいに忙しく物珍しげに視線を動かす鈴音へ、店の客引き共は頻繁に声を掛けていた。その度に鈴音は誤魔化してその場から離脱する。離脱して、更に周囲を見渡す。あの人を探して。あの人の背中を探して。しかし……。


「見失いました……」


 愕然として女中は呟いた。決して余所見していた訳ではない。しかし……。


 あっという間の出来事だった。道を埋める人の流れ、一瞬消えたその背中。慌てて人の波を掻き分けた。その姿はまるで幻のように消え失せていた。それでも暫しその姿を探して彼方此方と探し続けていたのだが……どうやらこれ以上捜索した所で無意味であるようだった。


「……」


 無言の内に、女中は大通りを佇む。周囲の喧騒、人の流れ、それらの中で鈴音は酷いまでの孤独感に苛まれた。置いて行かれてしまったように思えたのだ。


 そう、まるであの時のように……。


「……馬鹿馬鹿しい」

 

 心中に浮かんだ感情を、鈴音は否定した。転た寝で悪夢を見てからの混乱していた彼女の感情がここに来て漸く冷静さを取り戻したようだった。


 全く以て愚かしい話だった。一体何を考えているのだろうか?彼を誰に重ね合わせている?それは侮辱だった。兄に対してだけではない。彼に対しても、余りにも酷い侮辱だった。


 代償行為……押し付けである。それは思い出の否定であった。あの下人の人格の否定であった。浅ましい。恥知らずの所業だ。


「帰りませんと……」


 踏ん切りを付けて、鈴音は踵を返した。彼に謝罪をするのは明日にでもしよう……衝動の赴くままに勝手に旅館を抜け出した手前もあって、鈴音は急いで戻ろうとする。戻ろうとして……気が付いた。


「……どちらの方角でしたか?」


 人々の行き交う大通りのど真中でポツンと突っ立つ女中は、嫌な予感と共に呟いていた。


 つまりはだ。彼女の状況を端的に言えばこうなる。「迷子」と……。





ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「不味いです。少し不味いです……」


 あれから何れ程時間を経たであろうか?其ほど経ていないと鈴音は思いたかった。人で賑わう街中を、彼女はひたすらにさ迷う。


 正直、最初の内は直ぐに来た道を戻れると思っていた。楽観的過ぎた。あの下人の背中を追い掛ける事ばかり夢中で、途中の経路なんて完全に頭の中から抜けていたのだ。いや、そもそも其処にまで意識が向くのならば無断で追いかけてはいないのだが……何にせよ、彼女が一人呟くように、事態は結構不味かった。


 どうにかして歓楽街から外れた場所に向かおうとして、しかしそれは逆効果であった。人気のない歓楽街の外れに向かうと通りの店構えは却って妖しさを感じさせるものに変わりつつあった。小汚くて何を売っているのかも知れぬ店舗に柄の悪い通行人。細い横路では浮浪者や目付きの悪い女共が訝しげにジロジロと此方を覗いては何かを囁きあっていた。


 そんな中でそれなりに身形が良い出で立ちの女中の姿は悪目立ちしていた。周囲の風景から浮き出ていたとも言えるだろう。


「早く戻らないと……!!」


 周囲を一瞥して、鈴音は呟く。焦燥する。一応、主君の仕事が仕事てありそれに付き従う立場である。護身用の装備は常に懐に仕舞いこんでいるが腕はからっきしであった。事態が悪い方向に向かう前にどうにか旅館に辿り着かなければ……そんな事を考えていた直後の事である。


「はぁはぁ……きゃっ!!?」

「えっ!!?きゃっ!?」


 息絶え絶えの声音と駆け足の音に振り向いた。同時に小柄な身体が飛び込んで来た。鈴音は咄嗟に受け止めて、背後に後退りつつ悲鳴を上げた。


 懐に、小さな人が飛び込んで来ていた。


「な、何が……!?」

「す、すみません!!?」


 困惑する鈴音。懐に突っ込んで来た人影は……外套で顔を隠した子供は、驚愕しつつも慌てたように謝罪する。謝罪して、するりと彼女の脇腹を抜けて逃亡を再開した。


「えっ……!!?」


 横路に向けて逃げ込んだ子供の背中を唖然として見つめていると更に影が続く。先程よりもずっと大柄な、成人した男の人影。それも複数。少女を追って横路に殺到する。


「……」


 その光景を何も口にする事も出来ずに暫し見つめていた鈴音。直後に浮かんだ思い付きに彼女は困惑する。動揺する。迷う。何の縁もない相手など放置しておいて一向に構わない筈であった。己が迷子の時に他人の世話まで焼くなぞ馬鹿馬鹿しい話である。


 理性は彼女に先程の怪しげな光景を綺麗さっぱりと忘れるように要求する。一瞬そちらに傾こうとしていた天秤はしかし、直後に思い出した過去の記憶が道の反対側を向いていた足を止めた。


 見て見ぬ振り……本当にそれで良いのか?明らかに先程の光景は普通ではなかった。盗みを追い立てているという雰囲気でもなかった。もっと鬼気迫るものがあった。


「もしかして……」


 この関街ではここ数ヶ月程失踪事件が幾つか発生しているとも聞く。あれはもしやその現行犯か何かではないか?だとしたら……。


「っ……!!」


 咄嗟に足が動いていた事に鈴音は内心で己を罵倒する。見捨ててしまえば良いのに。見て見ぬ振りをしてしまえば良いのに。自分から危険に首を突っ込むなんて何を考えている!?


「だけど……!!」


 だけど、其処から先の言葉を紡ぐ事はなかった。そんな暇はなかったから。さっと物陰に隠れる。懐のそれを握りしめながら覗きこむ。路地裏の壁際に追い詰められた子供の姿。


 何かの間違いであってくれ、自分の勘違いか早とちりであってくれと鈴音は思う。しかし、その思いは届かない。


 懐から刃物を引き抜く外套で顔を隠した追手共。何かを抱えた子供は、眼前の光景に信じられないとばかりに驚愕する。


 ジリジリと迫る追手達。子供は怯えて何事かを叫ぶ。しかしながら追手達にはその言は届かない。届かないとばかりに無視を決め込む。刃を翳す。そして……。


「えいっ!!?」

「っ!!?」

「なっ!!?」


 これ以上は堪えられない……舗装もされていない泥の上を駆け走った鈴音は精一杯の力を込めてそれを投擲した。玉を、投擲した。


「ぎゃっ……!!?」

「うおっ!?」


 暗い路地裏を目映いばかりの光が満たした。閃光玉の光だった。暗闇を突如として照らし出した閃光と轟音に、追手達は目と耳を塞ぐ。視界を潰されて目元を押さえて悲鳴を上げる。


 なまはげ騒動の最中に生じた襲撃も意識して、自衛と逃亡のために支給されていた閃光玉。妖対策のために配られていたそれは、特に影妖怪を意識した過剰な性能を有していた。光と音の荒れ狂う暴力……!!


「此方です……!!?」

「えっ!?ええっ……!?」


 事前に光の襲来を予測出来ていた鈴音は、腕や布で光と轟音を遮っていた。辛うじて視界を確保して男共の間隙を走り抜ける女中。追われていた幼子の手を引っ張ってその場から逃げる。


「待て……!!?」


 子供の元に駆け寄る事を阻止しようとするが無駄だった。視覚と聴覚を奪われてしまっては迅速に追い掛ける事は出来ない。悪態を吐く事しか出来なかった。


 鈴音は子供の手を取って路地裏をひたすら走る。時折背後を振り向いて、入り組んだ道を右に左にと曲がる。遠くから迫る足音に焦燥する。


「はぁ、はぁ……まだ追い掛けて来るのですか!!?」


 何時まで経てもしつこく迫る足音に鈴音は息を切らせて詰った。人拐いは当然ながら違法だ。無作為に狙った一個人に向けて逃げられたのにそう長々と追い立て続けるなんて本来有り得なかった。騒ぎが大きくなれば警羅がやって来るかもしれない。獲物なんて幾らでもあるのだから直ぐに諦めても良かった。それを……!?


「くっ、はぁ……あ、あの!?すみません!!?も、もう大丈夫です!!お手を離して下さいまし!」


 息を切らせながら子供が叫ぶ。その声音、その口調で鈴音は二つの事に気付いた。一つは少女である事。今一つは少なくとも其処らの民草なぞではない事だ。


 良く見れば外套の下の装束も上等そうな生地だった。鈴音は彼女が狙われた理由を確信する。


「そんな事出来ませんよ!見たでしょう!!?脇差なんて引き抜いていて!!」


 人質を傷つけるかは分からない。しかし最悪脅迫に指の一本や二本送られても可笑しくなかった。それを見過ごすなんてあり得ない。


「私の責任なんです!!私がこの子を隠していたから……御見捨て下さい!!貴女だけでも逃げて……!!」

「何を言って……っ!?」


 少女の嘆願に近い訴えに鈴音は困惑する。どういう意味なのかを問い質そうとして、しかしその余裕は失われる。


 曲がった道の先は行き止まりとなっていた。


「そんな……!?」


 無意味と分かっていて、木板の壁を叩いて鈴音は表情を歪める。道を引き返そうとして、しかし足音は近づいていた。間に合わない。少女を抱き寄せた鈴音は必死に方策を考える。何か、何か無いのか……!!?

 

「これはこれは、びっくり。仔猫ちゃんが二頭も揃って可愛らしい事」

「えっ……!?」


 来襲して来るであろう、追手達に身構えていた鈴音にとってそれは不意討ちに等しかった。甘くて粘り気のある、妙な程に耳に残る声音。慌てて振り返る。小刀を抜いて突き翳す。そして、視界にそれが映りこむ。


「あらあら、これはまた随分と警戒心の強い……仔猫といっても猫は猫というわけ?ふふっ、健気な事」


 闖入者の呼び掛けに、その意味を鈴音は理解し切れなかった。彼女に出来るのはただ、相手の風貌を見つめる事のみである。


 先程まで誰もいなかった木板の前に佇んでいるかぶき者……その出で立ちはそうとしか表現のしようがなかった。女物の着物に羽織る天鵞絨の外套は男物。無駄に大きな煙管を手にして高く、しかし華奢な体つき。


「あ、う……?」


 視線を上に向ける。乱れた漆黒の長髪の隙間から覗く紫水晶のような瞳は不気味な、それでいて神秘的な輝きを湛えていた。気だるげな美貌であった。美男とも、美女とも言い切れぬ、しかし確かに整った容姿は妖しさと共に神秘性と魅力を併せ持っている……。


「あ、あなたは……」

「さて、少し計画が狂ったけど……まぁ、御二人様御案内って所?」


 鈴音の問い掛けを無視して、闖入者はニヤリと嗤った。嗤いながら、舞うようにして手を振るった。


「手持ちが無いから、団体客の追加なら自腹で御願い致しましょう」

「っ!?」

「なにっ……!!?」


 曲がり角から現れた数人の追手は、直後に吹き荒れた突風によって吹き飛ばされる。後続の数人は、足を止めると警戒するように闖入者と相対した。


「何者だ……!!?」

「放蕩者の占い師?」


 追手の剣呑な叫び声への応対は何処までもふざけた口調であった。


「占い師……?」

「あぁ。そうだ。少し失礼。『良い子は御眠の御時間でしょ?』」

「えっ……?」

「あれ……」


 占い師、その単語に反応した鈴音。しかし思考はそれ以上は続かなかった。闖入者の囁いた言葉が彼女の、そして彼女が助けた少女の脳を犯したから。


 甘く甘く、蕩けるような言葉が鈴音達の睡魔を刺激した。するりと小刀が手元から滑り落ちる。急速に襲いかかる眠気は、根性で逆らえる類いのものではなかった。


 言霊術による、催眠術。霊力の欠片もない唯人に、逆らえる余地なぞない。


「あっ……」


 崩れる身体を誰かに支えられるのを、鈴音は辛うじて認識した。遠退く意識。ぼやける視界。


「それでは、皆様。我々は此処等で失礼をば?」


 遠くから追手達に捨て台詞を吐いた闖入者の声が響いたのは分かった。直後に抱かれている鈴音は、周囲の風景が捩れたようにして一瞬で変貌しているのを認めた。其処はもう、薄暗い路地裏ではなくて……。

 

「こ、こは……?」


 その答えを導き出す前に、彼女はその意識を完全に手放していた。そして……。




ーーーーーーーーーーーーーーー

「う、うん……?」


 酷い頭痛と共に環は起き上がった。己が寝所にて臥せっている事に直ぐに気が付いて、そして記憶を手繰っていく。


「うぅぅ……。確か、宴席に出席していて……?」


 騒がしくて正直楽しいとも思えない歓迎の宴席。途中で御意見番に御酌攻勢から助けて貰い、料理の約束をしていたのを覚えている。そして……。


「そうだ。酔いが回って退席したんだ……」


 元々結構な量を呑んでいた事もあるし、御酌を受けずにいても酷い酒精の匂いが頭に染み込むように漂っていた。それで限界になって御先に席を退出したのだ。確か御意見番に寝所に案内して貰って……。


「……何で僕の部屋じゃなくて御意見番のなんだろう?」


 周囲の調度品や内装を見て、其処が誰の借りている部屋なのかを理解した環は困惑する。どうせならば自分の部屋の方が良かったのだが……首を傾げる蛍夜の姫君。


「御意見番様は……まだ席かな?」


 白若丸くんの方の世話をしているのだろうか……?そんな事を思って環は思案する。


「勝手に戻るのは気が引けるけど……」


 とは言え、何時までも己の部屋に戻らぬのもそれはそれで鈴音達に迷惑を掛ける。書き置きを残して部屋を退出するべきであろう。


「こういう時、式神があったら便利なんだろうなぁ……」


 やはり頑張って今一度学んでみるべきか?環はそんな事を思いながら文を認めた。部屋の主へ謝意と退室の理由を記して机の上に置いておく。被っていた布団を綺麗に折り畳んで部屋を後にする。


 まだ己の身体が火照っている事もあるのだろう。廊下は若干肌寒さを感じた。


「確か僕の部屋は……」


 まだ少し朧気な意識を叱咤して、環は記憶を辿る。自分が借りている、部屋は確かこの廊下を進んだ先で……。


「……師匠様?」


 曲がり角を進んだ先で一瞬見えたのは鬼月の当主夫人の姿だった。幾人かの人影と共に曲がり角に姿を消した己の刀術の師に、環は立ち止まる。立ち止まって、ふらりとその後に付いていっていた。


 理由?分からない。後から考えても環には分からなかった。酔っていたからだろうか?夢遊病のように思考は定まらず、導かれるように、流されるようにしての行動……深い理由を問われても彼女自身が困ったであろう。彼女自身も説明なんて出来なかった。


 そして、この場において大事な事はそんな事ではなかった。


「……なんて事だ。見失ったというのか?」

「そのようです。何やら逃亡を手助けした者がいるとか。それも二人も」

「一大事ですな。唯でさえ姫様の保護をせねばならぬというのに、ここに来て一気に不穏な状況になって来ましたな。一体誰がそんな事を……?」


 廊下の途上で立ち止まっていた一団に気付いて咄嗟に環は身を隠していた。ちらりと覗いて会話を盗み聞きする。いや、盗み聞きするつもりは無かったが結果としてはそのような形となっていた。


「現場に居合わせた者達によれば一人は女中の出で立ちをしていたようです。今一人は奇怪ななりをしていたとか……」


 説明を述べるその声音に、環は聞き覚えがあったような気がした。そして直ぐにそれが宴会場で出会した蝦夷の男のものであると気がついた。そっと覗けば件の男は関街の長官や師と相対している。何やら、剣呑な雰囲気で言葉を交えていた。


「奇怪ななりとな?よもや近頃市井を騒がしている人拐い共ではあるまいな?」

「ふざけよってからに。そやつら全員、背後関係を洗った後に斬首に処してくれよう……!!」

「何にせよ、早く身柄を保護せねばならぬ。この際、表だってでも軍団も動かすべきではありませぬか……?」


 ある者は苛立ちながら、ある者は不安げに所見を述べていく。背景が知れぬ故に断片的にしか分からぬ会話は、しかしそれだけでも相当に深刻な状況である事を環に悟らせていた。


「その事に関して、まだお話するべき事があります」


 話に横槍を入れるように口を開いたのは、件の蝦夷の男であった。一礼をした後に、懐からそっと何かを取り出す。


「手掛かりと言えるかは分かりませんが……女中の出で立ちをしていた者が残していった短刀です。退魔士の業でどうぞ検分を御願いしたく……」


 短刀を巻いていた布地から晒し出した蝦夷の男。同時に環はそれを目撃してはっとする。男の手にしていた短刀に見覚えがあったからだ。


 己の女中の、護身用の短刀であったからだ。


「……覗き見は感心致しませんわね?環さん?」

「っ!!?」


 唖然とした直後に、ぞわりと鳥肌が立っていた。交差する視線。思わず怖じ気づいて一歩退く環は、しかし次の瞬間には引っ張られるように己の師の前に引き出されていた。誰かに引き摺られた訳ではない。己の足が、己の意思に背いて歩き出していたのである。


「何奴だ!?」

「貴様、盗み聞きしていたのか!!?」

「ひっ!!?」


 師と共にその場にいた者達の半数が驚き、残る半数は怒声と共に腰に供えていた得物に手をつけて問い質す。その殺気立った迫力に環は思わず肩を竦めた。返事をする余裕なんてなかった。


「落ち着き下さいまし。……この子は鬼月の家で預かる家人、私の弟子でしてよ?身分不確かな者では御座いませんわ」


 鬼月の当主夫人は柔らかな口調で環に代わってその身分を述べる。場の者達の敵意が僅かに薄れる事に環は安堵する。しかし……。


「けれど、不思議な話ですね?この短刀に見覚えがありましてよ?……確か貴女の女中の持ち物ではありませんでしたか?」


 菫の暴露した事実に、場の者達が先程よりもずっと鋭い疑惑の視線を環に向けた。言葉を失う環。事実ではある。事実ではあるが……この場で疑念を抱かせるような追及に顔を青ざめさせる。


「如何なる事か。説明をして貰えるかな?」

「あぅ……」


 重々しく、殺気立てた口調での追及。その圧に環は緊張して動揺して、言葉が出なかった。弁明の言葉は全て、口に出す前に霧散していく。酒精の残滓も相まって頭が回らない。そして、そんな態度が更なる疑惑を見る者達に抱かせる事となっていて……。


「環さん。そんな所に居られたのですね?」

 

 廊下に蠱惑染みた甘言が響き渡った。

 

「えっ、……ご、御意見番、様?」


 環が振り向くと其処に佇むのは鬼月の御意見番であった。良く見れば傍らに白若丸が控えている。環と視線が重なるとニコリと優しげに微笑む老退魔士は、そのまま環の側にまで歩んで来て呼び掛ける。


「厠に迷いましたか?ですから案内すると言いましたのに。廊下に人が集まって通るのが恥ずかしくなりましたか?」

「えっと、それは……はい。そうです?」


 欠片も知らぬ話に、しかし即座にそれが助け舟である事を見抜いて辛うじて環は話を合わせる。環が応じた事に慈愛に満ちた微笑みで以て頷いて、胡蝶は廊下の向こう側の者達を向いた。


「あら。これは小使殿ではありませんか。ご機嫌よう。それと……此は此は、長官殿に軍団長殿までいらっしゃるなんて!!」


 真っ先に呼び掛けられた攩野は恭しく一礼をする。次いで長官達の存在に気付いたように口を開いた胡蝶。その振る舞いは何処か大袈裟にも思えた。


「皆様方、こんな廊下の真ん中で寄り集まって何事でありましょう?密議でもしているのでしたら、流石に無用心では?」

「ぬぅ……」


 胡蝶の追及に、長官は反論も出来ない。事態は一刻を争う状況故の事であったし、正しくこれより防諜を施した部屋で最小限の者達で事態を相談する手筈であったのだが……よりによってあの悪名高い「黒蝶婦」に気取られる事になろうとは。長官は苦々しげな表情を浮かべざるを得ない。


「それは失敬を。事態は急を要したものでして。仮に聞き耳を立てる者は、私が引っ捕らえるつもりでした」

「それで弟子に無用の嫌疑を掛ける事になっては師として失格ですわよ。菫さん?……腕前は兎も角、そういう配慮はまだまだ足りませんわね?」


 義娘の謝罪に義母が悠然として応える。微笑みながら、迂遠に嫌味を口にする。


「……御指導御鞭撻賜りたい所で御座いますがしかし、無用というのは合意し兼ねますわ」


 そしてすっと小使より短刀を受取り見せつける。

 

「此方の短刀。確かに私の弟子の女中が所持していたもの。その事に間違いはない筈。……そうですね、環さん?」

「……はい。その通りです」


 菫の言に、一瞬迷った環はそれでも素直に事実を口にした。どの道直ぐに発覚する嘘を言っても疑惑を強めるだけの事であったから。ならば最初から認めた方が幾分かマシであった。争点は其処ではなかった。


「しかし……」

「……ですが、それが何だと言うのでしょうか?」


 胡蝶が何かを言おうとした直後に、環は口を開いた。その強い口調に、胡蝶も思わず自身の主張を抑える。


「失礼します。……偶然立ち聞きしてしまった事には謝罪します。ですが、断片的に話を聞く限りにおいてそれだけで僕の女中に某かの嫌疑を、ましてや僕にまで疑いの目を向けられるのは心外です……!!」


 環は僅かに動揺で声を震わせて、それでもはっきりと己の意志を述べた。事態を正確に把握している訳ではない。それでも、今のままの流れに任せる事が何れだけ不味いのかは察していた。


「……貴女は此度の事案に関与していないと?」

「先ずは、具体的にどのような事案であるのか。説明を御願いしても良いでしょうか?」

「……良いでしょう」


 長官達と視線を交差させて、承諾を得た菫は懐から式符を放った。放った式符は結界の要として線を結ぶ。人避けと遮音の結界を構築する。


「朝臣蝦夷の姫君が行方を眩ましました」

「……!!」


 菫の開幕いきなりの言葉に、事前にその予感はありつつも、確かに環は強い衝撃を受けたのだった……。




    


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 菫は環と胡蝶達に向けて説明を述べていく。


 曰く、この白木の関街に到着した朝臣蝦夷・佐伯邦守の姫君が人知れず行方を眩ましたと。祝宴では影武者を立てていると。


 曰く、捜索していた蝦夷の手の者達は姫君を確保する直前に妨害を受けたと。


 曰く、姫君は「高貴な御方」に輿入れする身故、一刻も早い保護が必要であると。


 曰く、蝦夷の長共、そして関街と軍団の長が事態を把握しており、丁度街に滞在している上洛団の代表たる鬼月家にも協力の要請があったと。機密を守るために当主と己だけが話を聴いており、これから夫が待つ一室で密議を開く予定であったと。


 曰く、乱入してきた妨害者は二人。内、最初の妨害者が手にしていた短刀が此れであると。


 此れであると、蝦夷の手の者達が回収した短刀を見せる。


 蛍夜環の女中、鈴音の所持していた短刀を、見せつける……。


「して、何か弁明の言葉はありますか?」

「っ……!!ま、先ず本当にその者が僕の女中かは知れません。それに!仮に僕の女中であるとして、本意によるものなのかは何も分からないじゃないですか!!?」

「逆に言えば、本意でないとも言えぬという訳ですね?」

「それ、は……!?」


 師の返答に、環は言葉が詰まる。否定出来ない。否定する証拠がない。環自身は心から友の潔白を信じていたが、それが他者に通用すると思える程に甘い考えはしてはなかった。ましてや、案件が案件ともなれば……。


「この場において大切なのは最悪を予想して危険より姫を御守り申し上げる事……ならば貴女と貴女の女中に嫌疑を掛けるのは当然の処置ではありませんか?」

「それは実に公明正大なお話ですわね?では師である貴女は世話役の私も同じく扱う必要がありますわね?」


 菫の追及に、胡蝶が横槍を入れた。菫は、目元を細めて義母に視線を向ける。


「容疑者は二人。それも話を聞く限りにおいては片方は呪術にも明るい人物と考えられますわ。環さんの女中に呪いの才ある者なぞそうおりませんわ。当然ながら、環さんも、その下に仕える今一人の僕も、そのような幻惑の術を使えぬ者であると、私が呪いの契約に誓って保証致しましょう」 


 胡蝶は、少なくとも実行犯としての環の嫌疑を晴らす。


「……元より何らかの理由で潜伏していた草ではありませんか?」

「それこそ、際限のない御話ではありませんか?そんな想像するのでしたら捕らえてから問い質せば良いだけの事でしょう?」

「しかしですね……」


 菫が尚も鋭く指摘しようとしたのを止めたのは、その気配に気付いたからだった。人避けの結界を容易に抜けて来たそれに視線を向ける。


「挨拶も無しに不粋な。……一体、何者でしょうか?」


 胡蝶と白若丸の背後に現れた、その人影に向けて菫は手厳しく言い捨てる。


 己の実の娘に向けて、冷たく問い掛ける。


「葵、様……?」


 ふてぶてしい表情。豪奢な出で立ち。宴席でも姿を現さなかった鬼月の二の姫君の姿に、環は訳もなくその名を呟く。呟いて……違和感を覚える。


 可笑しい。本当に目の前の人物は二の姫君なのか?


「実の母に向けて、式で顔を見せるなんて失礼とは思いませんか?」

「生憎と、御母様にそのような躾を受けた覚えはありませんので」


 菫の娘に向けた柔らかな口調で向けられる抜き身の刃のような指摘に、式は、式だからこそか。表情一つ変えずに嘯く。


「……」

「その短刀、少々御借りしても?」


 黙りこんだまま冷徹な眼差しを向ける母に対して、高慢に娘は求める。母は淡々と攩野に短刀を返還した。返還された短刀を、攩野は恭しく前に出て差し出した。


「失礼致しますわね?」


 それが押し退けた環達に向けてのものか、それとも攩野に向けてのものか、誰にも分からない。あるいは両方に向けてのものであったかも知れない。其ほど心の籠らぬ形ばかりの礼。そして差し出される短刀の刃をなぞるようにして触れた。


 直後、ポンッという軽い破裂音と共に鶏が刀の真上に現れる。


「っ!?」

「何が!!?」


 長官達が動揺したように叫ぶ。環もまた同様。驚かなかったのは菫や胡蝶、白若丸、そして当の葵の式程度のものであった。攩野は長官達程に驚愕はしなかったが、それでも目の前でクルクル鳴く鶏を凝視していた。


「風見鶏……人探しの術ですか」

「持ち主の残り香を辿りて指し示す。……筈なのだけれど」


 呪いの具現化である鶏は困惑したように四方八方をクルクルと当てもなく見渡し続ける。まるで標を失ってしまったかのように所在無さげな姿……。  


「持ち主を、探しかねている……?」

「風見鶏の呪いは探索の術式でも特に妨害に強いものよ。それを誤魔化すとなると……手練れの隠行か、あるいは相当強力な攪乱術式を使っているくらいしか考えられないわね」


 環の呟きに、胡蝶が補足するように答える。


「そのようね」


 二の姫の式が指を鳴らせば仮初めの鶏はその姿を霧散させる。そして、言葉を続ける。


「実はね。暇潰しに街中に飛ばしていた式が、面白いものを見ていたのよ」

「待ちなされ。そのような許可を出した覚えはありませぬぞ……!?」


 葵の式の言葉に関街の長官が思わず声を荒げた。退魔士に彼方此方で勝手に式をばら蒔かれては堪らない。扶桑国は各退魔士家に自領や任に付随した理由もなく式を乱用する事を戒めていた。特に、白木の関街等の朝廷直轄の街では。


 実際に何処まで遵守されているかは兎も角、面前でのそのような暴露発言に対して、長官達からすれば嫌でも反応せざるを得なかった。無視なんて出来る筈もない。


「法を犯した事を声高々と……葵、貴女は鬼月の家の名に泥を塗るおつもり?」

「御叱りは甘んじてお受けしましょう。空文化しつつある法でありましてもね。けれど長官殿。その前に話だけでもお聴き下さいますわね?」


 母の叱責と警告に対して、しかし葵は欠片もそれを気にしていないように見受けられた。元より、好意なぞ期待していないかのようであった。悠々と流して、彼女が問うのは関街の長官に向けてである。


「よ、宜しい。言いたまえ……!!」


 動揺から来る震え気味な声音で長官は発言を認可する。態々この場で処罰もあり得る発言をしたからには相応の意味があると考えるのは誰でも思い至る話であった。


「私の式が、街中にて一つ喪われましたの。……そう、丁度拐かされる直前の事だったかしらね?見ましたわ。姫君と女中を言霊で虜とした者の姿を」

「何だと……!?」


 軍団長が葵の式の発言に反応する。いや、口にしたのは彼だけであったが、長官も、蝦夷の者達も同じだった。同じようにその発言に反応して、注目する。その先の言葉を求めるように視線を向ける。


「……その者の名は知っていて?」


 菫は娘の姿を模した式に向けて質問した。葵は不敵に冷笑すると、手持ちの扇子を鳴らした。そして口にする。その家の名を。


「宮鷹、その家の者に伺う必要がありますわね。そちらの家の娘は、一体何を企んでおられるのでしょうか?とね」

「今すぐ、宮鷹の上洛団代表を呼び寄せよ!!部屋にて詳しく聞き取りを執り行う……!!」


 勢い良く踵を返して長官が叫んだ。それに応じるように長官の部下に軍団長、蝦夷の長共も慌ただしく動き出す。結界の効力の外に飛び出してはその場を去っていく……。


「鬼月の姫君。短刀、失礼致します」


 葵の式に短刀を差し出していた攩野もまた一礼すると、蝦夷の長達に続き退出する。


「あっ……」


 退出する瞬間、環は攩野が己を見て小さく会釈したような気がした。尤も、それに反応する時間は無かった。その前に別の者が発言したからである。


「……此度の姫の違反につきましては処罰は鬼月家に一任致しましょう」


 その場を立ち去ろうする直前に足を止めた長官は、葵を始めとした鬼月の面々を一瞥して、そして菫に向けて言い付けた。彼の立場としては公に違反を放言された以上は放置も行かず、かといって重い処罰を申し付けるには功もあった。故に処置を当の鬼月家に一任した。情状酌量の余地を与えるために。己の責から逃れる意味もあった。


「……承知致しましたわ。当主と相談の上で判断を仰ぎましょう。聴きましたね、葵?」


 立ち去る長官に恭しく礼をして、菫は娘に呼び掛ける。式を通じて母を見る娘は応じる声は上げなかった。ただその眼差しで以て呼び掛けの先を促す。


「貴女の不遜な振る舞いについては、後程御父様から処罰の申し出が下されます。……それまで自室での謹慎を命じます。無論、式を弄ぶ事もです。分かりましたね?」

「……っ!」


 菫の指示に僅かに、本当に僅かに鬼月葵の姿を模した式神はその身を震わせた。少なくとも環にはそのように見えた。


 その意味までは理解は出来なかったが……。


「葵、返事は?」

「……えぇ。承知したわ」


 菫の再度の呼び掛けに漸く式は応じた。端的に、無感動に、機械的に、応じた。何処か重苦しい空気が廊下に流れる。


「……そうでした。環さん?」

「っ!?はい!!?」


 暫し続いた沈黙を破ったのは菫で、しかし己の名が口から出てきた事に環は動揺を隠せなかった。思わずうわずった声音で応答する。


「貴女と貴女の女中に対しての疑念は未だに晴れた訳ではありません。それについては承知出来ますね?」

「それは、彼女も謹慎にすると?」


 菫の発言に即座に噛み付いたのは義母である。環の肩に手をやって引き寄せて、鋭い視線で以て義娘を睨み付けるその姿はまるで親熊が小熊を守る姿にも似ていた。


「……」

「……」


 その態度に葵の式と元稚児は内心で何とも言えぬ気分となるが流石にそれを口にする事はなかった。


「……義母様。結論の急ぎ過ぎは良くありませんわ。最後までお話は聞いて下さいまし」


 正面からその姿を無感動に見つめる菫は、小さく嘆息すると義母に向けて認識の相違を告げる。そして、目を細めて環を凝視する。


「環さん。師として貴女に一つ、機会を与えましょう」

「機会……?」

「えぇ。貴女の望みに応える話です」

「環さん、駄目ですよ!?そのような……!」


 会話の不穏な気配に感付いて話を遮ろうとする胡蝶。しかし遅かった。菫はその提案を口にする。


「貴女にも独自の蝦夷の姫君の捜索を許可します。その中で貴女の女中を確保したのならば、事の経緯を取り調べるための尋問は貴女に一任出来るように長官らに取り計らいましょう」

「……!!?」


 師の提案は、環にとって到底無視出来るものではなかった。それは余りにも魅力的過ぎる提案であった。


「それは、本当ですか……!!?」

「えぇ。信用出来ぬのでしたら証文を書きましょう。呪術契約を結んでも構いません。私の権限の及ぶ限り、貴女の女中に便宜を図りましょう」


 但し、と菫は付け加える。


「あくまでも貴女が保護出来たらの話です。そして、貴女もまた契約を受諾した以上は退魔士として、命に賭けてもその職責を果たさなければなりません。その覚悟は……」

「冗談はお止しなさいな!!」


 菫の言に無理矢理に胡蝶が怒鳴り込んだ。その気迫に、思わず控えていた白若丸は肩を竦めて怖じ気づいた。


「……」


 葵もまた、表情にこそ出さぬが確かに驚いていた。この老婆の、ここまであからさまな感情の吐露は滅多にない事だ。それこそ、彼の事くらいだろうか?もしや、この老婆……。


「まだこの子は預かって半年や其処らの家人見習いなのですよ!?それを、責任持って指導するべき師の身でありながら貴女という人は……!!?」

「構いません」

「環さん!?」


 胡蝶の愕然とした視線に、環は一切振り向く事は無かった。環は既に決意をしていた。


「僕だって、道理は分かります。事態の深刻さも。……それに、自分が決断しなければ何も始まらない事も」


 環は、何かを思い出すように俯き、そして直ぐに真っ直ぐに師を見つめる。強い意志で以て、見つめる。


「……御意見番様、僕の事を思っての抗議有り難う御座います。ですが、この件に関しては譲れません。どの道、急を要する案件ですから人手は多い方が良い筈です」

「だからって、そんな……」


 覚悟を決めた環とは対照的に、胡蝶はわなわなと口元を震わせる。顔を青ざめさせて、今にも卒倒しそうになる。


「一人で捜索させるおつもりで?」


 鋭い指摘をしたのは葵だった。その場に残っていた者達全員が桜色の女の影に意識を向けた。


「御母様。其処の家人に未だ嫌疑があるというのでしたら、よもや単独での行動は許可なさったりはしませんよね?」

「目付をつけろ、と?」

「丁度、其処に稚児の……小僧がいるわ。式神術を学ぶ身の上、刀術を仕込まれた蛍夜の姫君とあわせた方が互いを補えると思うのだけれど?」


 はっ、と言う視線で胡蝶は己の弟子を振り返った。一同の注目を一身に受けた元稚児は、環を見る。そして観念する。


「えっと、白若丸くん?僕は、その……」

「師の許可が下りましたら、何なりと」


 困惑して遠慮する環を無視しての応答であった。そして、それに返される師の答えは決まりきっていた。こうして、白若丸の同行は決定する。


「……承知致しました。では、此方からも、目付と補佐に一人派遣しましょう」

「派遣……?」


 白若丸の同行を認可した菫は、しかし序でとばかりに更なる同行者を捩じ込む。葵の式が怪訝な表情を浮かべる。誰が派遣されるのか、警戒して訝る。


「まだ夜明け前。兎も角今は眠る事です。明朝、環さんの御部屋に此方からの手の者を送りますわ。……そろそろ失礼しますわ。あの人の補佐をしなければなりませんので」


 菫は一方的に宣言すると、そういって環達に向けて背を向ける。


「あ、あの……!」

「そうでした。環さん。蝦夷の下僕は今回は連れ回さない方が賢明ですよ?……要らぬ疑いを増やしたくないのでしたら」

「え……?」


 環は師に何か言おうとしたが、その前に菫は警告した。警告して、今度こそ振り向きもせずに廊下の奥へと消えていく。


「要らぬ、疑い……?」


 胡蝶や白若丸が明確に敵意の視線を向ける中で、環はただ一人厳しい師の言葉を反芻していた。その、妙な言い回しに困惑しながら……。


 







「……はぁ」


 薄暗い室内。見鏡に映る背中が遠退いていくのを見つめ続けていた桜色の姫君は、漸く深い溜め息を漏らす。安堵の、溜め息を漏らす。


「姫、様……」

「下げてしまいなさい。もう十分よ」


 御簾の外にて控えていた半妖の白丁に向けて、素っ気なく命じる。悪意というよりもどちらかと言えば精神的な余裕の欠如からのものであった。


 今の彼女にとって、式を通しての肉親との会話すら、多大な負担を要していた。本来ならば直接視覚を式と繋いでも良かったものを態態見鏡を挟んでいたのだから。


 ……見鏡を挟まなければ実母と相対出来ぬ程に、彼女は弱りきっていた。


「ふぅ……」

「あ、あの姫、様……」


 再度の嘆息。先程よりも弱々しい息遣い。そんな主君におどおどと呼び掛ける白丁もまた、幾らかマシではあるが衰弱しているように見えた。主君はその理由を知っていた。


「……何かしら?」

「宜しかったのですか?その……御母君とあのような約束をして……」

「あら、彼の妹のために謹慎したのがそんなに不満?」

「い、いえ……そんな訳ではありませんが……」


 慌てて否定する白丁娘。そんな訳ない……それこそそんな訳がないだろうに。冷めた目で姫君は下僕を見下ろす。彼女は知っていた。眼前で気まずげに俯き視線を逸らすこの狐もまた、同じく彼を求めて求めて仕方ないでいる事を。


 彼に、己の過去を慰めて貰いたがっている事を……。


(……あの金狐、次出会したら剥製にしてやろうかしら)


 本当に憎らしい事である。要らぬ過去をほじくり返し、寝た子を起こして何がしたいのだか。お陰様で折角無害に自立しようとしていた小娘に依存心を芽生えさせてしまったではないか。


(どうにか、軟着陸させられたら良いのだけれどね)


 狸女の呪いもある。彼も悲しむだろう。殺してしまうという解決法は叶わない。上手く事態が収拾出来れば良いのだが、半妖とはいえ妖は妖。一度化物の傲慢で自分本位な欲望に呑まれてしまったら厄介だ。実際、先程の不満の含んだ意見はその予兆である。


 彼との接触が困難になるから彼の妹を見捨てた方が良い……朧気にでもそんな発想が出てこなかったと口にしたならば、それは真っ赤な嘘であると葵は断言する。


「ですが、折角の伴部さんとの約束は……」

「果たすわ。少なくとも私は赴くわよ」


 己を長年放置してきたあの女は知るまい。己が使役する本道式、その最後の切り札を。澄影とあれを併用して使えば己が抜け出した事が気取られる事はあるまい。


 問題は彼自身が来るかであるが……あの蜂鳥を使役している淫魔擬きからの情報から葵は察していた。彼の所在は今あの忌々しい両親の傍にはない事を。彼が何処かに雲隠れしている事を。


 恐らくは何らかの任に就いていると思われるが、まるで狙ったような奴らの命令に、葵は不快感を覚えていた。彼との接触を邪魔でもするつもりか?あるいは彼自身への警告か……。


「……心配しても仕方のない事ね」


 それが彼の選択であるのならば、それを受け入れるのみである。元々無茶な我が儘ばかり口にしてきた小娘なのだ。今回に限ってそれを反故にするとなれば、それはそういう事なのだろう。それを尊重するしかない。それ以外に道はない。


 だから、構わない。他の連中にも納得させる。寧ろ、己が試験紙になれば彼女らとて万々歳であろう。女同士の素晴らしい友情であった。


「ふふ。友情ね……」


 そういう関係を結べるだけ、葵は自分が丸くなったものだと今更に思って冷笑した。


「姫様……?」

「それよりも……」


 困惑する白丁を無視して、葵は一人推察するように呟いた。あの女の言っていた追加の目付役とは、一体誰の事であろうかと……。

 


 





ーーーーーーーーーーーーーーーー

「話は聞きました!!全く以て貴女という人はとんだ問題児ですね!?仕方ありません、師があのように深々と頭を御下げになられたのです。顔を立てるためにも、私が直々に目付をしてやりましょう。妙な真似をしたら即座にその首をはね……ふぎゃん!!?」

「…………えぇ?」


 翌朝、障子を勢い良く開いて入室してきた年下の姉弟子が、直後につまづいて勢い良く転倒した光景に、思わず環はあんぐりと口を開いていた……。


(ʘ言ʘ╬)『……ショウキ?』

⊂( ´∀`)⊃『ニクカベニハナルワ』


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